疲れも知らず   作:おゆ

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第十二話 483年 2月 義侠心は健在なり

 

 

 

 レムシャイド伯爵が更に続ける。

 

「若い者の友誼はいいものだな。ただし、この場合は政治的に非常に興味を引くものだ。君も分かっているとは思うが、報告は怠らないように頼むよ」

 

 要するにエカテリーナを通して帝国に有用な情報を引き出せと言っているのだ。

 レムシャイド伯爵は穏やかなだけの人間ではない。

 帝国の外交の第一線に立っている。そのことをレムシャイド伯爵は理解している。

 

 更に言えば、仕事の範囲は帝国とフェザーンの間のことだけではなく、自由惑星同盟の情報もできれば手に入れなくてはいけない。

 帝国と自由惑星同盟の間には過去も現在も条約など存在せず、話し合いもない。当然のことながら大使や外交官をお互いに置くことなど考えられない。

 単なる別国家ではなく、もはや仇敵なのだ。

 

 それで互いにとって情報を集める窓口は限られ、ここフェザーンは主要な場だ。

 むろん同盟の方でもフェザーンに弁務官も駐在武官も置いている。裏では丁々発止の情報戦が熾烈に展開されている。

 

 別にレムシャイド伯の私心から出たことではないので、ミュラーはエカテリーナから有益な情報を探れと言われても不快ではない。

 しかしエカテリーナはそこまで馬鹿ではなく、おそらく期待するような重要情報のリークはないだろうとも思ってしまう。

 

 

 

 逆にエカテリーナから聞かれてしまった。

 

「ミュラー、幼年学校を卒業したあのラインハルトとキルヒアイスという少年たちは軍の中でうまくやってるかしら。なんだか幼年学校の調子で行ったら大変なように思えて」

 

 あの過激さと一本気な性格では周りと調子を合わせることなどできないに違いない。

 周りとの軋轢は単なる喧嘩ならまだいい。

 軍という生き死にと直接関わる場では重大な結果をもたらさないとも限らない。

 

「う~ん、あの二人か…… あまり噂は聞かないから大丈夫じゃないかな。カプチェランカで手柄を立てて昇進したと聞いたことはあるなあ。でも上にはあまり良く思われていないらしいね」

「え、上に良く思われない? それは逆でしょう? 皇帝の寵姫の弟よ」

「いや、軍では実際そうらしい。でもそれ以上は分からないよ。一介の中尉に伝わってくることは少ないから」

 

 確かにそうかもしれない、エカテリーナは思い直した。

 上司にとっては腫れ物にさわるようなもの、厄介な存在かもしれない。

 そして宮廷での策謀など複雑極まりなく、下手をしたらどこでどう火の粉が降りかかるか分からず、上司からすれば大変に疎ましく思われても不思議ではない。

 

 エカテリーナはオーディンに行くことがあれば調べてみようと思った。

 

 

 

 その機会は案外早く訪れた!

 

 アドリアン・ルビンスキーはフェザーン自治領主就任の各種手続きと挨拶のためオーディンへ行く必要があった。

 皇帝の言葉を賜ることが形式的なことであっても必要は必要なのだ。

 フェザーンは法的に帝国の貴族私領に準じるものであり、血統によって引き継いだものでなくとも他の貴族同様に任命を受けて初めて有効になる。

 しかも帝国の国務尚書などに実際会って細かな確認とその了承も得なければならない。

 

 このオーディン行きにエカテリーナも随行を願い出た。

 

 アドリアン・ルビンスキーは先の襲撃のこともあって難色を示したが、逆にフェザーンにルパートが残ることで納得した。そこでルパートに話しておいたのだ。

 

「ルパート、儂とエカテリンに何かあればフェザーンを頼む。そして常に冷静に対処するのだ。もう一度言うが、謀略に対抗するのは冷静さしかない」

「任せて下さい。しかし、無事に帰ってきますよう。」

 

 ルパートはアドリアン・ルビンスキーの信頼を得て高揚する。事実上の代理権を与えられたのと同じである。

 横で見ているエカテリーナもとても気分がよかった。

 家族は、こうでなくてはいけない。

 

 

 

 そして一行は出立し、二百隻もの警備艇を引き連れながらオーディンへ向かった。ここぞという時の経費は充分にかけるべきだ。

 

 今度は襲撃もなく無事に移動を終える。

 

 その後アドリアン・ルビンスキーと公務を次々とこなす。皇帝への謁見もあったがそれは黒真珠の間にかしずき、一言二言も言葉をもらえばいいだけの話だ。全くの形式的な儀式に過ぎない。

 重要なのは国務尚書リヒテンラーデ侯との話し合いだ。

 それは簡単なことではなく互いに腹の探り合いから始まる。

 さすがに銀河帝国を実質的に預かっているリヒテンラーデ侯は細かな所まで見逃さない。そして帝国の安寧を脅かす存在を排除するという断固とした意識を持っている。

 当然ながらフェザーンのことを決して快く思っていない。自治領という特別な立場は帝国にとってイレギュラーな存在であり、はなから目障りなのである。経済的な利益という観点から現状を容認しているだけのことで、機会があれば帝国の直接支配に持ち込みたい。

 

 話し合いは形式的な報告から始まり、実質的な取り決めの折衝に入る。

 互いに主張しあい、妥協とのつばぜりあいになる。経済的な政策は多岐に渡るものでいささかも気を抜けない。どの項目が将来重大な影響を及ぼすのかわからないからだ。

 今回、アドリアン・ルビンスキーは特にフェザーン領の航行権の支配を明確化したいと思っていた。他は妥協してもいい。結果的に成功と言える範囲でまとめることができた。

 

 数日に及ぶ折衝が終わった後、リヒテンラーデ侯がつぶやく。

 

「フェザーンめ。今度の自治領主は以前より数段切れ者じゃな。これは、将来帝国の脅威になるやもしれん」

 

 リヒテンラーデ侯は帝国を守るためならどんなことでもする。忠臣中の忠臣たるゆえんだ。

 

 

 

 

 その間、エカテリーナは久しぶりのオーディンを楽しんでいた。懐かしいというほど長く離れていたわけではないが、それでも変化はいいものだ。

 

 そして思いがけずラインハルトとキルヒアイスもまたオーディンにいることを知った!

 あの二人もまた所用のためにオーディンに帰っていたのだ。

 エカテリーナがそのことを聞いたのは、ヴェストパーレ男爵夫人からだった。エカテリーナがオーディンで訪ねるべき人物は多くはない。その一人である男爵夫人が言ったのだ。

 

「貴族の争いなんて本当につまらないものよ。どんな争いでも。負けたらもっとつまらないけれど」

「どうしたんですか、男爵夫人。何か争い事でも?」

 

 何にでも興味を持ち、首を突っ込みたがるのはエカテリーナの習い性だ。

 

「最近困ったことがあってね。いえ、自分のことではないのよ。シャフハウゼン子爵夫人がいきなり決闘を申し込まれて困っているそうなのよ。子爵夫人が決闘なんてできるわけないのに。人一倍繊細な夫人なんですもの」

 

 

 それはとある子爵夫人の話であり、ヴェストパーレ男爵夫人ととても親しい間柄だということが分かった。貴族というものは複雑な血縁関係があるものだ。

 

 しかし話としてはあまりに物騒ではないか。

 決闘とは貴族らしいといえばそうだが、古風なことだ。

 そこに至る経緯はともかく普通の貴族の夫人であれば決闘などできるわけがない。

 お転婆なエカテリーナだってできない。ふと思ったが決闘ができる貴族夫人なんて、あのヒルダくらいなものだろう。

 

「しかし男爵夫人、普通なら決闘は代理人を使うものだと聞いています。その子爵夫人が自分で決闘をするわけではないでしょうに」

「それが違うのよ。決闘をふっかけた側のヘルクスハイマー伯爵が裏で手を回して決闘代理人を立てられないようにしているという話で」

「えっ、それは……」

 

「でも何もしないで負けを認めるのも悔しいことでしょ。それで、わたくしが別なお友達とその話をしていたら、そのお友達の弟さんが義侠心にかられて代理人に名乗り出てきてくれたのよ!」

「まあ、そんな親切な人がいたんですか、貴族に。よっぽど強い人なんですか?」

「良いことなのかどうか…… それで困っているのよ。その弟さんというのは気持ちは強いかもしれないけど、去年幼年学校を出たばかりで。一応軍にいるとしてもまだ子供よ。わたくしも調子に乗って代理人証書の証人になってあげたんだけど、少し後悔しているわ。もし何かあったら」

 

 ちょっと待って。

 去年幼年学校卒業? 義侠心が強い? それはまさか。

 

「男爵夫人、ちょっとお尋ねしますがそのお友達というのは誰です? それで弟さんというのはもしかして金髪の?」

「あら、その通りよ! わたくしのお友達というのはグリューネワルト伯爵夫人で、その弟さんは見事な金髪のラインハルトさんというの」

 

 

 あ! やっぱりだ!

 

 ラインハルトだった。

 その義侠心は今でも健在のようだ。有力貴族の無法無体を見逃すことはできなかったのだろう。それで無茶な申し出を。

 しかし男爵夫人の心配は当然である。

 今度は単なる喧嘩ではなく決闘だ。そして相手方のヘルクスハイマー伯は必ず勝つつもりで相当な決闘代理人を立ててくるに違いない。これはとても危ない。

 

「私もその弟さんを知ってますわ! 確かに気持ちは強い方ですけれど…… ヴェストパーレ男爵夫人、その決闘の日取りと内容を教えて下さいな」

 

 ラインハルトを守るため、何か手を打たねばならない!

 

 

 

 残った日は多くない。エカテリーナはフェザーンの力を遠慮なく使う。

 先ずは相手方が雇った決闘代理人を突き止め、その人物がかなりの腕前なのを知る。

 これはかなり厳しい。

 決闘は旧い時代の火薬式銃を使ったものになるらしい。何とかラインハルトに怪我をさせないように最小限の腕前を身に付けさせなくては。

 

 名案は浮かばない。その火薬式銃に詳しい人間を見つけてコツをラインハルトへ伝授してもらう、それくらいしか方策がない。

 しかもそんなレクチャーを頼むのはヘルクスハイマー伯爵の手の届かない者でなければいけない。決闘代理人として知られた者ではだめだ。貴族もだめだろう。察知されれば妨害されるに違いない。

 

 エカテリーナは帝国軍のうちで当てはまる人物を全速で検索させた。

 ようやく、一人のめぼしい人物が浮かび上がる。

 

 名はコルネリアス・ルッツ、帝国軍の現役の少佐だ。

 幾度も射撃競技会で入賞している。そして本人の趣味がそもそも銃器類という筋金入りのマニアらしい。直ちにエカテリーナはコネを使ってその人物に会う。ルッツがたまたまオーディンにいたのは本当に幸運なことだった。

 

「ルッツ少佐、少しお願い事がございまして。ある人物に火薬式銃の基本を教えて頂きたいんですの」

 

 エカテリーナは気が急いて単刀直入に依頼した。もちろん謝礼についても相当の額を払うつもりだ。

 しかし、意外なことにたちまち断られた。謝礼の話をする前から。

 

「せっかくのお話ですが、お断りさせて頂きます」

「え、それはいったいどうして! 失礼ですが理由をお聞かせ願えますか?」

「火薬式銃の使い方というと、思うに貴族の決闘に関係したものでしょう。違いますか? 普通の戦いに使うようなものではありませんから。そんな貴族の争いに関わる気はありません。まして一方に加担することには」

 

 ルッツ少佐の言うことは正論である。エカテリーナはそういう正論を言うルッツが真っ当な人間だと思う。しかし何とか頼まなくては話が進まない。

 

「おっしゃることはよく分かります。事実だと認めましょう。しかし弁解させて下さいませんか。こうなった原因は、とある有力貴族が弱小貴族に言いがかりをつけて決闘にもちこんだからなのです。そして更に、義侠心にかられた者が経験もないのにその弱小貴族の側の決闘代理人になったのです。これが公平だと言えるでしょうか?」

 

 

 最初からほとんど全ての内幕をばらした。

 下手な術策を弄するよりも、この実直なルッツという人物にはこちらの事情を正直に話し、その誠実さに賭けるしかない。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
次回予告 第十三話 帝国の手

リヒテンラーデの懐刀、動く!
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