疲れも知らず   作:おゆ

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第百三十話  490年 6月 末路

 

 

 ヨブ・トリューニヒトはシャトルへの通路を力なく歩いていた。

 

 オーレリーの最期を見てはいない。

 それは彼女の覚悟を無駄にしないためだ。

 自分を生かすため、彼女は敢えて死地を選んだ。その美しい心が分かる以上、早くシャトルで飛び立ち、ハイネセンを脱出しなければならない。

 それが唯一彼女に報いる道なのだ。

 

「いや、オーレリーが死んだと認めたくないから、最後までいなかっただけかもしれない。きっとそうなのだろうな……」

 

 自嘲の呟きを漏らしながら所定の行動に入る。

 シャトルで宇宙に出れば、帝国軍が囮に食いついているうちに素早く高速宇宙艇に乗り換え、バーラト星系を脱出していく。もちろん帝国軍の哨戒網は密であったが、ドーソン大将の適切な支援もあるのでギリギリ可能だった。

 

 その後ひとまず目指すのはエリューセラ星系だ。

 エリューセラ星系はそこそこの人口があり、同盟の中でも主要星系になっている。ただし目立ち過ぎるほどの大きさではない。いったんそこに潜伏し、ハイネセンでの帝国軍の出方を伺うのだ。

 あまり早く亡命政権を喧伝すれば帝国軍をここへ呼び込むだけになり意味がない。

 

 

 同じ頃、ヒルダと銀河帝国正統政府は別ルートで逃亡していた。こちらは慎重に経路を探りながら最終的にフェザーン回廊を目指す構えだ。ヒルダはエカテリーナらと再合流するのが最も良いと判断している。

 もちろん再合流したからといってその後の青写真はまだ作れていない。

 ただし少なくともフェザーンと情勢分析の共有を図る。

 もう一つ、ヒルダには仕事がある。

 エカテリーナへエリザベートの死を伝えなくてはいけないのだ。

 

 

 通信でトリューニヒトからそのことを聞いていた。

 

「ミス・マリーンドルフ、フェザーンへ向けての航行と聞いています。お気をつけて。帝国軍は今のところむやみな星系の占拠や分散をしていませんが、途中ばったり出くわさないとも限らない。そこで同盟軍の秘密哨戒コードを教えましょう。哨戒情報を得られれば、事前に帝国軍の動きが分かり、より安全に進めます」

「ご親切にありがとうございます。しかし議長、それは軍事的機密情報なのではありませんか」

「いや、構いません。個人的なことですが、もうしばらくは人が死ぬのはこりごりです。特に知っている人については」

「誰か、議長の知人が亡くなられたのでしょうか? とても沈み込んでいるように見受けられますが」

「本当にただの個人的なことです。恋人がハイネセン脱出の際に亡くなりまして。卑劣にも同盟を裏切った将校に襲われたのです」

「恋人を? え、で、ではまさか! それはフェザーンから来た方のことですか!」

 

 今度はヒルダが取り乱す。

 何気ない会話から驚くべきことを聞いた。むろん、ヒルダはエリザベートがオーレリーという偽名を使っていて、どういう運命のいたずらかトリューニヒトの恋人になっていると知っている。

 

 こんなところで個人的なことを口にするとは、トリューニヒトもまだまだ冷静な状態からは程遠い。

 そのためヒルダの反応が明らかに過剰なことにも気付かない。

 

「それだけのことです。個人的なことで動揺するとは政治家としてお恥ずかしい」

「嘘ではないのですか。そんな……」

 

 一つ言えることは、エリザベートの死はトリューニヒトにとってあまりに大きな衝撃らしい。

 そんな様子を見てヒルダはエリザベートの魂に慰めがあることを知った。

 このような人のために彼女は散ったのだ。女としてそれは素晴らしい最期ともいえる。

 

 だがトリューニヒトが見せる悲嘆の列に、確実にもう一人が加わることをヒルダは知っていた。

 エカテリーナもどんなにか自責の思いに捉われるだろうか。

 

 

 

 一方、ハイネセンで制宙権と制空権を掌握したオーベルシュタインは地上には降り立たず、サラマンドルに留まっている。

 付近の軍事基地は空爆で全て破壊した。もちろん下手に防空ミサイルなどを撃たれないためである。それは軍事的デモンストレーションを兼ねて徹底的に行われている。

 

 だが肝心の同盟政府に対する降伏勧告には返答がまだない。

 

 オーベルシュタインはハイネセンに点在している諸都市へ空爆態勢をとらせる。

 実際に空爆を敢行するつもりだ。

 少しばかりの脅しで済ませる気はない。オーベルシュタインにとって戦争の早期終結こそ目的であり、多少の人命は問題ではない。それが必要経費なら気に病むことはなく、せいぜい復興の障害が増えるだけのことである。。

 

 しかしその空爆の実施直前、通信が入った。

 

「自由惑星同盟人的資源委員長、ホアン・ルイという者だ。帝国艦隊指揮官へ会談を求めたい」

「それは政府代表のものか。そうでなければ話し合いなど意味はない。銀河帝国が興味を持つのは交渉ではなく、降伏か、絶滅か、その返答だけである」

「降伏するかどうかの決定すらままならないのが現状であれば、期待に応えられない。こちらは降伏したくないのではなく、できないのだ」

「不思議なことを言う。よろしい、それではホアンとやら、一時間以内に当艦隊旗艦に来て釈明するがよろしかろう。むろん空爆用意を解くことはない」

 

 オーベルシュタインは大事を取り、地上で会談することなく旗艦サラマンドルにホアン・ルイを呼びつけた。

 

 ところがホアンがサラマンドルに到着する前に帝国軍へ接触を試みてきた者たちがいる。

 武装の無いシャトルで上がってきた。その上で、害意がないことを繰り返し通信しながらサラマンドルに近付く。

 その応対はワーレンが行った。

 

 

 シャトルから完全に武装を解除している集団が出て来る。ブラスター一つ持っていない。心配した陸戦隊によるテロなどではなく、ワーレンとしても一安心である。ただしその意図を訝しく思うことは変わらない。最初にこの不思議な一団の真意を問いただす。

 

「その制服を見た所、政治家ではなく軍人、しかも将官級とお見受けする。卿らの意図がどこにあるのか、この帝国軍中将アウグスト・ザムエル・ワーレンが聞こう」

 

 一応丁寧に応対はする。ただし妙に気分が良くない。それはこの者たちが揃いも揃ってまるで媚びたような笑みを浮かべているせいだろうか。

 

「感謝いたしますワーレン中将。当方は自由惑星同盟軍ロックウェル少将他8名、銀河帝国へいち早く恭順を示す者です。帝国のため我らが行った働きのことをどうかお伝えいたしたく」

「不思議だな…… そちらはまだ正式に降伏していないはずではないか。まあ、帝国へ恭順とは慶事というべきかな。しかし聞き間違いでなければ卿らが帝国のため働いたと聞こえたが? 既に働いたとはどういうことだ」

 

 益々ワーレンは訝しく思う。

 そして次に想像の範囲外のことを聞き、驚くしかない。

 

「本当に我らは帝国のお役に立ちました! 同盟軍通信施設などの破壊を行った上、守備兵を一掃して参りました。そして政府閣僚の少なくとも5人は亡き者にしております。そしてこれぞまさに有用な情報です。今の同盟軍トップのドーソン大将がいる場所はアルテミスの首飾りの指揮所なのですが、その位置情報までございます。どうかよしなに扱い下さい」

「な、何!? そんなことを、いったいなぜ!」

「もちろん、帝国のお役に立ちたいと思いまして」

 

 

 ワーレンはようやく理解した。

 目の前にいる奴らは裏切り者の集団だ。

 

 ワーレンがこれまで戦ってきた者たちは、敵ではあってもあっぱれな精神性を持っていた。その意気に驚かされたことも一度や二度ではない。

 しかし、敵の中にも卑劣な者どもが巣食っていたのだ。この亡国の時に醜い本性を現したのだろう。祖国を売り、媚びへつらってくる。

 おおかた自分の命の保証でも求めているに違いない。

 そしてあわよくば少しの地位を得たいとも思っているのだろうな。自分のため祖国も他者も売り渡し、利を得るつもりだ。

 

 薄汚い。

 ワーレンはそうと分かった以上、もう顔も見たくなかった。

 一旦下がらせ、オーベルシュタインに報告に行く。

 

 

 

「オーベルシュタイン司令官代理、先ほどの者らは卑劣な裏切り者どもでした。処罰はいかように」

「処罰? それが必要なことだろうかワーレン提督。何か根拠があれば別だが」

「何ですと!? 祖国を裏切った連中をこのまま置いておくと言われるのか!」

 

「ワーレン提督、判断する基準としてはあくまでも役に立つか立たないかで決まることではないだろうか。帝国にとり、そういった輩でも手先に使えるなら生かしておいた方がよい。こちらの持つ情報は充分とは言えず、内部事情に詳しい裏切り者を使うことは理にかなっている」

 

 ワーレンの考えでは裏切り者を処罰しないことは考えられない。しかしオーベルシュタインから思いがけなく反対される。しかも合理的理由まで添えられている。

 

「ですが!! それでも不快感を持つ者は多いでしょう。それは私のみならず帝国軍将兵たち全員がそうです」

「単純に感情の問題に思える。それにその者どもを処刑するにせよ、今すぐ行う必要もない。そこへ民衆の恨みを集め、スケープゴートに利用してから切り捨てるのが最も有用な手段ではないか」

 

 ただしこの頃にはワーレンも少しは学習している。

 正義や矜持を言い立ててもオーベルシュタインには通じない。利点が欠点を上回ることを、あくまで筋道を通しながら言わなくては通らない。

 逆にそう話すならオーベルシュタインは合理的に判断してくれる。

 自分のプライドのために依怙地に意見を押し通すことはなく、前言を撤回するなど意外に柔軟性があるのだ。

 

「では、こうお考え下さい、司令官代理。そういった裏切り者を処刑し、帝国の清廉さをアピールするのです。それを行なうタイミングは今が最良でしょう。帝国の支配を恐れている今だからこそ最高の宣伝になるのです。感情の問題と仰られましたが、今は感情こそ最も重要な局面ではありますまいか」

 

 このワーレンの言葉にオーベルシュタインも直ぐには返答しない。

 三十秒ほども思慮を重ねてから返した。

 

「よかろう。それも一つの方法と認めよう。ではワーレン提督、その処罰については任せる」

 

 

 これで裏切り者たちの運命は決まった。

 

 ワーレンがその者どもへ簡潔に通達する。

 

「卿らの処分が決まった。上司に対する反逆、殺害、利敵行為、逃亡、このことについて裁かれることになる。もちろん、これはどれをとっても極刑に値する罪状だ」

「え、お、お待ち下さいワーレン中将! 我らは帝国のために働いたのですぞ! 正道に立ち返り、帝国に対する罪滅ぼしとして行ったのではありませんか! それなのに罪などとは!」

「これは個人的な感情に基づくものではない。帝国の法に乗っ取って決めることだ。甘受してもらおう」

「そ、そんな馬鹿な! ならば同盟の法に乗っ取り、正式な裁判を! そうだ、我らは同盟軍人、帝国の法ではなく同盟の法が適用されるべきだ!」

「いい加減に黙れ! この場で刑を執行してほしいのか。俺だって感情を抑えるにも限度があるぞ。言っておくが卿らはその祖国を消し去るために動いたのだろう。法だけ自分のために残すとは、少々虫が良すぎる話だと思わないのか!」

 

 なおも見苦しく涙ながらに命乞いをするロックウェル少将らをワーレンは警備兵に命じて下がらせた。

 こうしてエリザベートの命を消した者たちは、その罪をきっちり自分の命で償う羽目になる。

 ワーレンの言う通り、その処分は帝国の清廉さを表わすのに使われた。ロックウェル少将はいみじくも露ほどには帝国の役に立った。

 

 

 

 一連のことについてオーベルシュタインがワーレンに委ねたのは理由がある。

 最も重要なことはこれから始まる降伏交渉だ。

 その直後に旗艦サラマンドルへ上がってきたホアン評議員がオーベルシュタインに相対した。

 

「お初にお目にかかる。会えて嬉しい、とは言わんよ。実際嬉しくないからね。そちらが帝国艦隊の指揮官とお見受けするが、先ずはハイネセンに対する領空侵犯を問いただしたい」

「戯れ言を。戦争状態にある関係上そんなことを言われる筋合いはない。時間稼ぎが目的ならいくつかの都市の消滅で贖って頂こう」

「時間稼ぎではないさ。どんな時でも正しきことを言うのがこの国の流儀なんだ。まあ、帝国では知らんがね」

 

 ホアンには胆力があり、敵艦のただなかにあっても飄々とした姿は変わらない。

 

「では時間を短縮して聞いてもよいか。単刀直入に聞くが、降伏を受諾するのか、しないのか。明確な返答を期待する」

「それはできないんだ。ここに政府権限が無いから仕方がない。今、同盟という国家として対外的な条約を締結できる人間は、最高評議会の中の一人に定められている。そしてその人物はハイネセンにいない」

「なるほど……そういうことか。その人物の名と行き先を聞いておこう」

「名はヨブ・トリューニヒト、最高評議会議長だ。行き先は本当に知らない。たぶん本人しか知らんよ」

 

 

 オーベルシュタインは表情を変えない。

 ただし内心は大きく落胆していた。

 戦略的に後手に回ってしまったからだ。

 

 艦隊をしらみつぶしに各星系に派遣するのは軍事的に悪手だ。

 脅しに虐殺するのもまた悪手、一度それを行えば、おそらく各星系がバラバラに崩れるだけで、それこそ一括した降伏を引き出すことができない。

 そういう亡国の折には、素早く裏切る者、ただただ狼狽する者、ヒロイズムに酔い現実的ではない抵抗を叫ぶ者、様々出てくるのは自明である。

 そこを一括して降伏させなければ、各星系単位で態度が違うという悪夢になってしまう。そして各星系全てを軍事的に征服するにはとんでもなく時間がかかる。

 

「帝国艦隊の指揮官、土産もなく会談したとあっては同盟の沽券に関わる。こちらも少しは譲歩した印を見せよう」

「あまり意味がないとは思うが、一応聞いておく。それは何か」

「防衛要塞システム、アルテミスの首飾りの自爆だ。これでハイネセンは艦隊からの防衛が全くできなくなる。まあこれで手を打てなんて無駄なことは言わんよ。ただしこっちから譲歩したという事実は残るだろうさ。ああそうだ、帝国艦隊への駐留と物資売却も許可しよう。ただしあくまで駐留であるし、物資も後払いでいいが対価を払ってもらいたい。会計も商人もうるさいんでね」

 

 ホアン・ルイもまた狡猾だった。

 

 アルテミスの首飾りが過去のものとして話題にもならなくなる前に、素早く有効活用に転じた。どうせ意味なく破壊されるものなら、先んじて譲歩の形として残すのだ。政治の戦いもまた大事な戦い、互いに手を打ち合って火花を散らす。

 

 オーベルシュタインはここに至って、ラインハルトと合流し、戦略の練り直しを図ることを考え始めた。

 

 

 

 

 

 




 
 

第百三十一話 フェザーン奪還

魔女帝の作戦、ウルヴァシー急襲!

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