疲れも知らず   作:おゆ

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第百三十一話 490年 6月 フェザーン奪還

 

 

 

 

 

 一方、チャンスを掴もうとしている人間がいる。

 

「今だわ。待っていた甲斐があった」

 

 エカテリーナはフェザーン回廊近くの微小な航路に潜んでいる。そこで刻々と変わる情勢を検討し続けている。

 

 帝国軍と同盟軍が事実上の決戦となるガンダルヴァ会戦を行ったことも知っている。

 しかもそれは帝国のラインハルトと同盟のヤン・ウェンリーの個人戦とも言えるほど激しい戦術戦になったという。

 結果としてヤンの方が内容的に勝っていたのだが、ラインハルトを斃すことはついにかなわず、先に撤退している。

 非常に残念なことだ。むろんエカテリーナはこの戦いで同盟を支援する方の側に回っている。フェザーンで修理させていた同盟艦を応援として供出し、側面からできるだけのことは行っているのだ。

 

 ただしフェザーン艦隊を直接ぶつけることは避けている。

 ラインハルトの心証を決定的に害すれば以後どのようなことをしようと帝国の目の敵にされ、必ず潰される可能性がある。

 もう一つ、それとは別にやるべきことがあるからだ。

 

 それはフェザーン回廊を経由する帝国軍の補給物資輸送船団の撃滅である。

 本来なら同盟軍が率先してやるべき補給寸断作戦だが、それをやる力を失っている以上、フェザーン艦隊が肩代わりして行う。

 むろんこれほど大規模な征旅を行っている帝国軍は輸送船団もひっきりなしに使っている。ただし護衛の関係からある程度大規模にまとめた方が効率がいいのは自明だ。

 エカテリーナはここぞという大規模輸送船団を待っていた。

 それが今やってきている。

 

 

 エカテリーナに命じられ、フェザーン機動艦隊の両翼の片方であるミュラー艦隊が輸送船団を襲う。

 

 一方の帝国軍としても補給の重要性を充分に理解し、用心を怠ってはいない。今もこの大規模船団の護衛にゾンバルト少将麾下三千隻もの艦隊を付けていた。

 

 だが人選としては良くなかったのだ。

 この役目にゾンバルト少将はわざわざ志願して就いている。もちろん小さなことでも功績を上げ、出世に結び付けたいためである。それは明け透けであったが、中級指揮官に経験を積ませるという意味もあって護衛任務が任された。今現在艦隊司令官級をそれに使えないという事情もある。

 

 だがうまいこと護衛任務を勝ち取ったにも関わらずゾンバルト少将は気が緩み、索敵を怠ってしまっている。

 そのためただでさえミュラー艦隊の接近を許してしまった。更に襲撃が分かってからも反応が遅い。

 その上戦術目的を見失ったのが致命的なミスだ。

 輸送船の護衛として付いている以上、襲撃を受けたなら物資の中でも優先順位が高い物を選び、いち早く先に送らせるなどの方策をとるべきだったのだ。

 どのみち名将だろうと護衛任務の中で奇襲を受けてしまえば、百パーセントを守り切ることは困難である。

 

 結果的にせっかくの護衛三千隻も意味がない。

 ゾンバルトは戦術能力に欠け、おまけにその自覚も薄いとはなんとも救われない話である。とうてい敵わない敵勢へがむしゃらに砲戦を展開しただけで、無為無策のうちに輸送船団は全滅させられた。対するフェザーン艦隊のミュラーとしては実に簡単な仕事になった。護衛艦隊に隙を作り出し、そこから無力な輸送船を撃つだけである。

 ゾンバルト少将が敗死せずに生き残ったのはミュラーが補給輸送船撃滅という目的を達成すればさっさと立ち去っていったおかげに過ぎない。

 

 

 

 ほぼ同時刻、エカテリーナは帝国軍遠征作戦の重要な橋頭保であるウルヴァシーも襲撃させた。

 

 こちらはフェザーンのもう一翼であるアップルトン中将率いる艦隊が担っている。隠蔽の上にも隠蔽してガンダルヴァ星系ウルヴァシーへ接近し、最後に姿を現す。それにより、ここを守備するよう命じられていた帝国軍ヴァーゲンザイル少将の艦隊を釣り出しにかかる。

 それは見事に成功している。戦意ばかり旺盛で自身の実力をわきまえない者の相手など、歴戦のアップルトン中将には造作もない。

 釣り出した後は、迂回して急進させた一隊がウルヴァシー表面を爆撃するだけで事が足りている。こうして帝国軍後方基地に打撃を与えた後、一目散に退散した。

 この近傍でガンダルヴァ会戦を行った帝国軍ラインハルトと鉢合わせしたらたまらないからだ。逆にいえば出会い頭さえなければ、ここいらは同盟領のかつて自分の管区に近く、アップルトンにとって古巣のようなものである。退避は充分に可能だ。

 

 

 

 ここまでは予定通りともいえることで、さほど苦労することもなく終えられる。

 だが次の行動は強い意志と慎重さを持って取り組む必要がある。

 

 エカテリーナの目指すところはフェザーン奪還だ。

 

 それに成功すれば回廊を扼し、帝国領と同盟領を遮断できる。

 ただしそれを成すには絶対的条件がある。

 ガンダルヴァ星域よりずっとフェザーンに近い位置にあるマル・アデッタ星域、ここに停泊する帝国軍ケンプ艦隊を排除しておくことが必須になる。それができなけばフェザーン奪還は絵に描いた餅になってしまうのだ。

 フェザーン艦隊が奪還のための戦いに入っても、フェザーン駐留の帝国軍に時間稼ぎをされ、ケンプ艦隊と挟撃の憂き目に遭ったら目も当てられない。

 

 そのためにはフェザーン駐留帝国軍とケンプ艦隊を各個撃破していく必要がある。

 だからといって逆にマル・アデッタ星域までフェザーン艦隊が赴くのも危険だ。

 いくらフェザーンに近い星域とはいえ、他の帝国軍各艦隊から応援に来れないほどの位置ではない。フェザーンには二個艦隊しかない以上、そうそう冒険はできない。

 

 結論からいえばケンプ艦隊をフェザーン側に引き付けて戦うべきである。

 そのためにわざわざ輸送船団とウルヴァシーを叩いた。帝国軍にとって補給が生命線である以上、フェザーン艦隊の蠢動を許しておけず、必ず討伐を考える。それも最も近いケンプが命じられるはずだ。

 

 

 

「ゾンバルト。卿は大言壮語しながら任務を果たせなかった。貴重な物資を損ない、しかも全くもって無様な戦いをした。本来なら士官学校からやり直せと言いたいがそうもできない。よって自らの身をもって全軍の軍紀を正すことに貢献し、せめてそれで役に立て」

 

 こう言ってラインハルトはゾンバルト少将を手順に則って消す。言い逃れしようのない行為で重大な結果を生んだのだから当然である。

 

「次にヴァーゲンザイル、卿の不手際も目に余る。降格されたくなければ以後いっそう励め」

 

 ヴァーゲンザイル少将に対してはこの程度で済ませる。中級指揮官をこれ以上減らすべきでないという考えもあったからだ。千隻単位の艦隊を動かすだけならこれでも使い道はある。

 横にいたキルヒアイスもラインハルトが過度に罰を与えない様子を見て安心している。

 

 だがさっさとラインハルトは頭を切り替え、次の行動に思いを馳せている。

 

「フェザーンの残党どもの悪あがきに対し鉄槌を下す必要がある。マル・アデッタのケンプに連絡を取れ。下水に巣食うネズミどもを排除し、補給線を確固たるものにせよ、と」

 

 ラインハルト自身はその討伐に赴けない。

 未だオーベルシュタインからハイネセン攻略の報が入っていない以上、うかつに後退するわけにもいかない。それは弱気ととられ、政治的な悪手になる。最悪同盟各星系によるゲリラ戦と反攻を呼び込んでしまうからだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百三十二話 下準備

ミュラーvsケンプ!

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