疲れも知らず   作:おゆ

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第百三十五話 490年 7月 誤解

 

 

「…… あら?」

 

 アドリアン・ルビンスキーの引き起こした騒動から一夜明けた。

 エルフリーデがフェザーンで最も大きい病院の一室で目を覚ます。出血が多いため一時は命も危ぶまれたのだが、やっと意識を取り戻すまで回復したのだ。

 

「リヒテンラーデの大叔父様でなくてロイエンタール提督が見える。ということはまだあの世じゃないってことかしら」

「それは保証する、エルフリーデ」

 

 ロイエンタールがエルフリーデを見つめ、そしてエルフリーデもまたロイエンタールを見つめ返す。

 そこでふとエルフリーデは気付いた。いつものロイエンタールの自虐的な眼光が薄らいでいるように感じた。それがどうしてなのかはエルフリーデも知らず、むろんロイエンタール自身にも分からないだろう。

 誰かの命が助かるように願い続けたからだろうか。

 

 

 

 しかしながら二人が歓談を始める時間はない。

 慌てて病室に入ってくる者がいた。意識不明の重体になっているバルトハウザーの代わりに副官に取り立てられたディッタースドルフが駆け込んできたのだ。

 

「ロイエンタール閣下に御報告! 逃亡していたフェザーンの艦隊、約一万三千隻が星系に入りつつあります! そしてこの艦隊を率いているのは……」

「そこで言葉を止めるのは何かの演出か、ディッタースドルフ。いつから芸達者になった」

「て、敵の艦隊司令官、ナイトハルト・ミュラーと判明しています!」

「…… そうか、なるほど運命というものは面白い」

 

 むろんミュラーとロイエンタールは旧知だ。ロイエンタールはミュラーの上司であったし、ミュラーの退役も支援している。

 ロイエンタールはその後のミュラーの足跡を知らなかったが、ここで敵味方となってしまうとは。これもまた不思議な縁である。

 

 ただしそれでロイエンタールは感慨にふけったりしない。

 今考えるべきことはミュラーの戦術能力である。

 

「ミュラーが率いているのならば手ごわいものになるだろう。俺に同数の艦艇があるならばケンプとは違い、負けたりしない自信があるが、現実に七千隻しかないのでは少々危険が伴う。正面対決は避けたいところだ。となれば予定通りフェザーンを盾にしながらの持久戦としよう」

 

 仮に相手が凡百の将ならこの戦力差でも艦隊決戦に持ち込むつもりだったが、ミュラーを相手にそれをするのは危険と考えた。

 

 ロイエンタールは手持ち艦艇を地下のあちこちに分散させ、先ずは長距離ミサイルに狙われないよう隠した。その上で地上に急造の基地を並べる。もちろんダミー基地も含めてかなりの数に及ぶ。これは地上戦で来るなら簡単ではないというアピールでもある。

 持久戦の態勢としては盤石だろう。

 ミュラーの艦隊が一個艦隊規模といえど陸戦要員はせいぜい数万人に過ぎない。とても惑星表面を制圧するのに足りるはずがない。

 

 

 だが、フェザーンの情勢はロイエンタールの想像以上に反帝国に染まっていったのだ。

 それは軌道エレベーターの破損が理由である。

 通商国家の根幹が使えなくなってしまえば、フェザーン人にとってこれほど大きな打撃はない。

 帝国軍の艦ならば地上への離発着が可能でも、フェザーンの輸送船は同盟艦と同じく地上に降りることは考慮されていない。エンジン出力の問題もあるが、既に形状からして宇宙に係留するしかできない形なのである。

 これまでロイエンタールの行政はフェザーン人に好意的に捉えられていたが、その功績を打ち消して余りある不手際である。

 

 その反帝国の意識が馬鹿にならないことをロイエンタールも知っている。下手な押さえ付けは逆効果とみて、考えられる限りの懐柔策を打つが、それでもはかばかしくない。

 

 

 

 二週間かけて熟慮したのち、ロイエンタールはフェザーンを捨て去ることを決意した。

 

 それはせっかく隠した艦艇にさえ被害が出ることがあったからである。宇宙からの攻撃に対して艦を隠しておくことができても、補給や修理と言った面でフェザーン企業や人員の世話にならないでいられない。そこで意図的な手違いやサボタージュをされるとたちまち支障が出てしまう。このままでは戦うこともないうちに、時間と共に戦力が減っていく。

 

 そうと決めたらロイエンタールは躊躇せずにフェザーンを出る。

 フェザーンの施設は破壊せず、しかし軍需物資は残らずラインハルトの元へ送るようにして。

 むろんロイエンタールはエルフリーデとその子供を伴っている。

 

 

 フェザーン近傍宙域でロイエンタールの艦隊とミュラーのフェザーン艦隊がすれ違う。

 しかし戦闘にはならない。

 ロイエンタールは確実に勝てるのでなければ戦うことはないと思っていたのだし、ミュラーもまたフェザーン奪還という目的を前にして余計なことはしない方がいいと考える。

 ある意味お互いのことを信頼していたのだ。

 共に目的も忘れ、目の前の敵を叩きに行くような短慮な将でないことを分かっている。

 

 ロイエンタールはこの後、ラインハルトと合流することは考えなかった。それは無意味だ。

 ラインハルトの元に艦隊は充分あり、自分が加わったところで意味はない。

 それよりも自分がするべきことはフェザーン回廊に栓をすることだろう。フェザーン勢力が帝国領土にちょっかいを出さないためだ。

 回廊帝国側出口付近に停泊し、近辺の警備艇などを糾合して戦力を増強しつつしっかりと見張る。

 

 

 こうして見事にフェザーンは帝国から奪還された。

 

 ミュラーはフェザーンに降り立ち、直ちに掌握する。

 この吉報を届ければ、同盟航路に潜んでいるエカテリーナとルパートが帰還してくるだろう。それを待つばかりだ。

 

 

 

 

 フェザーン回廊ではこのように戦いらしい戦いはなかった。

 だが宇宙の一方では激戦が繰り広げられていたのだ。

 

 アップルトンはエカテリーナに命じられた通りガンダルヴァ星系ウルヴァシーの帝国軍基地に一定の打撃を与えた。その後、どちらかというと同盟の中枢に近いバーミリオンに向かっていた。

 それには理由がある。

 手持ちの艦艇は旧同盟のものが多く、補給にしろ修理にしろ、同盟の基地で行った方がはるかにうまくいくからだ。この点ミュラーの艦隊とは違う。

 むろんバーミリオンにいる時間は長くない。ゆっくりビュコック提督らと歓談することもできず、再び出立する。

 それはミュラーの艦隊と協調し、ケンプの艦隊を叩く作戦に加わるためだ。むろんガンダルヴァ星系を通らないコースでそこへ向かっていた。

 

 しかし思いもよらず不幸な偶然が待っていた。

 

 

 他方、ラインハルトはミッターマイヤーをジャムシード星系へ派遣していた。揺れ動く同盟各星系を落ち着かせるためである。

 

 そのミッターマイヤーは先日、ガンダルヴァ星系近傍でラインハルトとヤン・ウェンリーが決戦に及ぼうとしていることを知った。

 

「何だと! あのヤン・ウェンリーが…… それでは万一ということもある。奴の意気込みは本物だろうし、ローエングラム公が危ない」

 

 当然ながらミッターマイヤーもその決戦に加わり、帝国の勝利を決定付けるべく急いでガンダルヴァ星系へ向かう。

 ただしそれは結果的に間に合わなかった。

 ガンダルヴァの決戦は史上稀に見る激戦ではあるが決して長いものではなかった。

 

 ミッターマイヤーは会戦の終結を知ると共に、ラインハルトが勝利したことで安堵する。

 その後、ミッターマイヤーは新たにラインハルトから命令を受けるまで航路の中途半端なところで停泊を続けることにした。

 再びジャムシードへ行った方がいいのか、それともいったんガンダルヴァに集結した方がいいのか、その指示を聞いてから動くべきだと判断したのである。

 

 

 このポイントへちょうどアップルトンのフェザーン艦隊が通りかかった!

 

 そしてこの時、アップルトンは誤解してしまったのだ。

 見えてきた帝国艦隊はケンプ艦隊の後詰として派遣されたものであり、今まさに向かっている途中だと。

 こんな戦略的価値のない航路途中に停泊するなど作戦途中としか考えられない。

 

 一方のミッターマイヤーもまた誤解してしまった。

 

「こんなところに敵艦隊とは、まさかウルヴァシーに反復攻撃をする気か! 決戦を終えたばかりのローエングラム公に打撃を与え、ヤン・ウェンリーの成し得なかったことを仕上げるつもりか」

 

 ならば、ミッターマイヤーも戦わないで見過ごす方はない。

 

 どちらの艦隊にとっても出会い頭の遭遇戦、急いで戦闘準備をさせる。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百三十六話  状況

混沌とした同盟領
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