疲れも知らず   作:おゆ

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第百三十六話 490年 8月 声明

 

 

 ミッターマイヤーの帝国艦隊とアップルトンのフェザーン艦隊は、ほぼ同時に互いを探知した。

 

 ただし対応が早かったのはアップルトンの方だ。

 停泊していたミッターマイヤー艦隊に比べ、航行していたアップルトン艦隊の方が準備が早いのは当たり前である。

 艦艇数で比較するとミッターマイヤー側が一万七千隻、アップルトン側が一万三千隻と判明した。戦力でアップルトンは不利だと分かったが、先手を取れることでお釣りがくると計算した。

 

「第一級戦闘配備! 急げ! 各艦増速し、あの帝国艦隊を叩け!」

 

 アップルトンは基本的に闘将であり、あのウランフ提督に近い。素早い判断力で攻勢のタイミングを逃さないのが持ち味だ。

 

 

 その様子にミッターマイヤーも苦い顔をする。

 

「敵はなかなか速いな。こちらにも一定の損害が出るのは避けられそうにない。ただし、速さでいうなら引けをとるつもりはないぞ!」

 

 

 アップルトン艦隊はレッドゾーンに突入するや否や砲撃を開始し、そのままミッターマイヤー艦隊に取り付き、更に打撃を与えようとする。

 しかしそれは途中で終わらざるを得ない。

 何とミッターマイヤー艦隊は流れるような動きで横方向へすり抜けていったのだ。艦隊の全てが連動し、時間差なく動き始める。フェザーン側の砲撃が空しく残像を通り過ぎ、虚空に消えていくばかりになる。

 それだけではなくミッターマイヤー艦隊は密集隊形のまま大胆に反転行動を取る。

 

 これにはアップルトン艦隊も驚かざるを得ない。

 帝国艦隊の統一行動は見事であり、まるで一体のトカゲのように動いているからだ。

 そして驚いてばかりもいられない。帝国艦隊はあまりに速いターンを終え、あっという間に向かってきている。これから明らかに熾烈な攻勢が予期されるものだ。

 そしてアップルトンの回避は無駄になってしまう。

 ミッターマイヤー艦隊はフェザーン側が後退して立て直すことを許さず、取り付いて削ぎ取ってはまた離れ、また取り付いてくる。

 

 艦隊行動でアップルトンはミッターマイヤーに遠く及ばない。

 それは多分に練度の低いフェザーン艦隊を率いているためでもあったが、帝国軍が常識に照らし合わせても速過ぎるせいだ。

 おまけにアップルトンが反撃しようにもうまくいかない。フェザーン艦隊は砲撃の精度が悪く、動き続けるミッターマイヤー艦隊を捉えられないとなれば戦いは一方的である。

 

 フェザーン艦隊はこの時まで四千隻を失い、更に戦力差は拡大していく。通常の艦隊戦では考えられないほど急速に壊滅への坂道を転げ落ちつつある。

 

「まさかこれほどとは。この帝国艦隊は強い。その艦隊行動は傍目から見れば見惚れてしまうほどだろうな。叩かれている当事者としてはそうも言っていられないが。とにかくその艦隊行動が向こうの武器だが…… 」

 

 

 

 アップルトンはここで一つ妙な命令を出している。

 

「これしかないだろう。全艦隊、できるだけ密集隊形を取れ! まるでドックに入るようにぶつからないギリギリで並べ! いや、多少ぶつかってもいい」

 

 この命令を伝達するコナリー少将は疑問に思う。

 アップルトンの意図が分からない。

 

「アップルトン提督、ここから密集隊形とは…… しかしその形で防御陣を張っても今さら無意味かと。戦力差が開けばどのみち撃ち減らされるだけでは」

 

 そう言うのも当然である。

 

 密集隊形の防御陣というのは、艦列に隙を作らず、崩されないところに意味がある。下手な突入を許さないためだ。

 ただし別に艦自体が強くなるわけではなく、シールドを重ねることはそもそもできない。そのため、砲撃を間断なく続けられればむしろ弱い陣形かもしれない。なぜなら撃たれる砲の照準が甘くても、僚艦に当てられてしまう可能性があり、いわゆる流れ弾にやられる。多少の戦力差であれば意味があっても、ここまで艦艇数に差が開けば余計に不利ではないだろうか。

 

「いや、これでいい。文字通り実行してくれ。それではヤン・ウェンリーの奴のお株を奪うとするか」

 

 

 

 このフェザーン艦隊の超密集隊形はミッターマイヤーも見ている。

 多少訝しく思うが、戦理にあてはめて考える。

 

「敵としては密集隊形をとって逃げに転じるつもりか…… いや、それにしては加速を始めていない。ならばこちらがそれに合わせて包囲陣形を取ると思っているのだろう。それが常道だからな。なるほど確かに包囲をするために分散すれば、こっちの強みである統一行動は取れなくなる。考えたものだ」

 

 ミッターマイヤーは考え、それでも常識的に包囲隊形に変えるべきか迷う。

 しかし別に包囲しなくとも押せば勝ちは見えている以上、そこに乗ってやる必要はない。

 

「相手の長所を消すのも戦術ということか。フェザーンの指揮官もなかなかやる。だが、こちらが分散しなければどうなる」

 

 そしてミッターマイヤーは自分の最も得意とする隊形を崩さず、再びフェザーン艦隊に向かう。再び取り付きながら、その強い圧力で今度こそ瓦解させるためだ。

 

 

 

「よし、かかった! 全艦一斉射撃用意、だがまだ引き付けろ」

 

 アップルトンはミッターマイヤー艦隊の中核部を見定める。

 

「3、2、1、撃てーー!」

 

 その斉射はフェザーン艦隊とは思えぬほど揃ったものだった。

 白い帯が輝き、そのまま一直線に伸びる。

 これによりミッターマイヤー艦隊のもっとも分厚い層を撃ち抜いたのだ。

 

 こうなった理屈は簡単である。

 かのヤン・ウェンリーは運用において一点斉射を得意にしていて、戦術上の大きな優位点にしている。

 これは補佐するフィッシャーの精緻な艦隊運用があればこそ可能になっている。なぜなら、相手艦隊の一点に攻撃を加えるためには艦ごとに精密な射軸の計算と調整が不可欠だからだ。

 フェザーン艦隊にそんなことができるはずがないが、しかし今アップルトンは超密集隊形にさせた。

 こうなれば精緻な調整は必要ない。

 全艦が同じ方向を向いているので、その射軸でただ前に撃てばいい。いくら練度の低いフェザーン艦隊でも、自動的にヤン艦隊の一点斉射と同じことが可能になる。

 もちろん、その前に攻撃を食らってしまえば話にならず、ここまで密集すれば僚艦からの誘爆さえ考えられる。つまり諸刃の剣でもあるのだ。

 アップルトンは大胆にもここで乾坤一擲の賭けを打ち、それは吉と出た。

 

 ミッターマイヤーもそれを見て、直ぐに理屈は分かった。

 しかし思わぬほどの損害を受けてしまい、方向を転じて反撃しようにも直ぐにはできない。

 そんなところへフェザーン艦隊は猛砲撃を加えつつ進行し、そのまま飛びすさって戦場を離脱していく。

 

 こうして一つの遭遇戦は終わる。

 

 両者が激しく火花を散らした戦いだった。

 ミッターマイヤーの帝国艦隊はここで三千隻を失っている。そしてアップルトンのフェザーン艦隊は五千隻もの数を失っている。その損害の比率と戦場を先に離脱したことから、艦隊戦はフェザーン艦隊の負けとすべきところだが、実際のところ両者ともそういう勝ち負けは考えていない。

 どちらも相手の作戦目的を挫いたとして安堵したのである。

 

 

 

 

 その頃、同盟領内で政治的な動きがある。

 

 ハイネセンにいるオーベルシュタインとワーレンは実効支配を続けているが進展はない。同盟の降伏を引き出せず、協定の類いを結べないでいる。

 

 そうしたところへ、何とエリューセラ星域から声明が出されたのだ!

 

「私ヨブ・トリューニヒトは自由惑星同盟を代表し、全同盟市民諸君にお詫び申し上げる。同盟政府は幾多の不手際を繰り返し、政略を誤り、ついに帝国軍による侵入を許してしまった。同盟艦隊は奮闘しつつも撤退せざるを得ない状況にある。結果、帝国軍は各地の同盟領星系を押さえ、ハイネセンも足元に置いている。だが諸君、同盟はまだ滅びていない。未だ帝国に屈してはいない。それを宣言しよう。諸君、希望を持ってほしい。我らはアーレ・ハイネセンの子供たちであり、民主主義の使徒である。諦めることなく、民主主義の灯を掲げ続けようではないか!」

 

 

 そこに具合的なことは何も言われていない。どう反撃するか、どういう方針を取るかも分からない。

 ただし一つのことは明らかだ。同盟は降伏していない事実を伝えている。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百三十七話 これから

エカテリーナの思惑
 
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