疲れも知らず   作:おゆ

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第百三十九話 490年11月 終結に向けて

 

 

 ヤン艦隊の働きにより、帝国軍は一時フェザーン回廊からもイゼルローン回廊からも遮断されてしまう。

 そこへ向けて交渉が呼びかけられる。フェザーンのエカテリーナとヒルダの連名であった。

 

「戦いの収拾を図るべく、帝国軍ローエングラム元帥との対話を提案します。これ以上の流血は誰にとっても益にならないと考えます」

 

 そんな提案など考慮するに及ばず、とラインハルトが一蹴するかに思われた。

 しかし誰もが驚いたことに、ラインハルトはこの対話を受け入れたのだ!

 

「話をしようというならこちらから拒むことはない。ただし無理難題を言い立てるなら無駄足になると思って頂こう。それでよければウルヴァシーまで来ればよろしい」

 

 

 その顛末を聞くとさっそくビッテンフェルトが吠える。

 

「何だと!? 今さらそんな輩と話をしてどうなる。目こぼしをされたことで増長した犬どもには躾が必要であって、餌をくれてやることはない!」

「そう吠えるなビッテンフェルト。別に餌をくれてやると決まったわけじゃないぞ」

 

 そう答えるミッターマイヤーだが、もちろん自分だって疑問に思っている。

 

「確かに妙だ。帝国艦隊が現在どちらの回廊からも切り離された状況は良くないが、しかしそれを過度に心配するのもどうか。戦力的には回廊を再び取り返すこともそう難しくはない。いやこのタイミングだからこそ対話をする必要はないはずだ」

「だからとっととフェザーンでもイゼルローンでも掃除してしまえばよいのだ。だいたいこの国の降伏が引き出せないなら、全部の星系を力でねじ伏せればいい。それが無理というなら適当に政府でも何でもでっち上げて、形ばかり降伏にサインさせればそれで済むではないか」

 

 ビッテンフェルトの論は少しばかり極端ではあるが、一つの考え方ではある。

 ミッターマイヤーや他の将も考えこまざるを得ない。今さら交渉などということで丸め込まれたら、これまで征服を進めてきた意味はどうなる。

 ただしそれは論点が少しズレているのだ。

 問題なのは征服を達成するかではない。

 なぜ対話をラインハルトが受け入れたのかであり、それが黄金の覇王らしくない振る舞いだからこそ戸惑う。

 

 

 

 

 それらの将の考えることを同じくキルヒアイスも考えている。

 

「ラインハルト様は、丸くなられました……」

 

 キルヒアイスはその大きな原因に思い当たる。

 ラインハルトは戦いに満足したのだ。

 あのガンダルヴァの戦いで最強と認める好敵手に勝った。

 もはやこれ以上はないという華麗な戦術戦を応酬した末、ついに破ったのだ!

 これは戦いの一つの極致であり、今後どんなことがあろうとその会戦ほどの戦いはないだろう。

 

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 後世の歴史家は異口同音にそう書き記す。

 本当に皮肉としか言いようがなく、逆説的なことではあるが、それは歴史的真実である。

 

 もしもヤンが勝っていたらどうだっただろうか。

 それでラインハルトが見事斃されていればよいが、しかし生き延びていれば……

 ラインハルトの方はいつまでも戦いにこだわり、満たされないままになるのではないのか。それは考えても仕方がない仮定の話である。だがその方がヤンにとってもラインハルトにとっても、そして周囲にとっても不幸であることは間違いない。

 

 

 そして大事件が発生する。

 ヤンに勝ち、ラインハルトの烈気が和らいだ結果、重大な因子が目に見える形で現れた。

 

 ラインハルトが高熱で倒れたのである。

 それはエカテリーナやヒルダと会見する一週間前のことだった。

 

「ラインハルト様!!」

「どうしたキルヒアイス。慌てるのはお前に似合わないぞ。なに、ちょっと疲れが出ただけだ。心配するには及ばない」

「ですが……」

 

 ウルヴァシーの病室に駆け込んできたキルヒアイスに対し、ラインハルトはそう答えた。

 ただしそれはキルヒアイスを安心させるためであって、本心ではない。

 確かにこの征旅は想定外の10カ月にも及び、誰しも疲れが出ておかしくはない。しかしながら今までラインハルトは健康そのものであり、病で倒れたことなどないのだ。あのカプチェランカの氷原から生還した時でさえ風邪を引くこともなかったくらいである。もちろんラインハルトはこの時二十一歳、まだまだ衰えるはずがない。

 

 だからこそラインハルトは自分でも体が妙なのを自覚している。やはり連戦の疲れと達成感は深いところで異変を生じさせてしまったのだ。

 

 直ちに精密検査が施され、詳しく分析される。

 すると、病気の原因は不明という最悪の結果だった。これでは治すことができないということと同義である。

 

 このラインハルトの病気はキルヒアイスとオーベルシュタイン以外には厳重に秘匿された。

 

 

 

 そして銀河の歴史に残る会談が始まる。

 

 帝国軍は惑星ウルヴァシーに大規模な基地を築き、順次拡大させている。そこへ着いたエカテリーナとヒルダは早速会談のテーブルに着く。

 ラインハルトの側はむろんキルヒアイスとオーベルシュタインが同席している。

 この時ラインハルトはしっかりと帝国の元帥服をまとっているが、立ち上がることはなく、物憂げに席についている。発熱が繰り返し襲い、今も微熱が治まっていない。

 

「フロイライン・マリーンドルフとエカテリーナ、久しぶりだが今さら挨拶はいるまい。では早速提案とやらがあるなら聞かせてもらおう」

「では率直に申し上げます。現在帝国軍の優勢は動かないといえど、帝国領本土から切り離された状態にあります。つまり、本国と補給や連絡をつけるには最低でももう一回は会戦を行う必要があるでしょう。おまけに帝国は同盟という国家を未だ降伏に至らしむるに及ばず、各星系単位で切り崩そうとするならば大変な労力が必要になります」

「なるほど、大まかだが正しい分析だ。裏で糸を引き、その状況を作り出してくれた本人がそう言うのだからな」

 

 ヒルダはラインハルトの皮肉に応じず、用意していた考えを述べる。

 

「……ですから征服に区切りをつけることを提案します。むろん誰もが納得できるものにいたします。一つ、フェザーンが仲立ちしてこの同盟という国家と帝国が協定を結びます。むろん帝国有利なものになるでしょう。もう一つ、その見返りにフェザーンの自治を最低でも五十年認めるという覚書を頂きます。それと最後に、銀河帝国正統政府のサビーネ皇帝をオーディンに迎え入れて頂き、加えて実務的な尚書ポストをこちらに頂くことを含めます」

「全部を求めるか。随分と欲張るのだな。誰もが納得といったが、こちらが一番損な役割であり、とうてい納得し難いものではないか。帝国軍によりほぼ征服は終わっているのだ」

「まだ征服は終わっておらず、途上だと申し上げました。ですから帝国軍にとり、損ではない提案と心得ます」

 

 確かにヒルダは最大限の要求をしている。

 しかしながら速やかに戦役を終わらせ、収拾を図るにはこれしかないともいえるものだ。

 

 

 ラインハルトはぼやけた頭で思考を続ける。ここで提案を蹴るのは簡単だが……

 

 いや先にオーベルシュタインの考えを聞くべきだろう。

 おそらくキルヒアイスに聞いても、早期講和とオーディンへの帰還、そして自分の病気療養を勧められるに違いない。

 ここはオーベルシュタインの怜悧な合理性こそ求められる。

 

「オーベルシュタイン、卿の思うところを述べよ。むろん忌憚のない意見で構わない」

「では僭越ながら閣下、申し上げます。結論から言えばこの提案を受け入れるべきでしょう。どのみち同盟という国家を帝国に組み入れるのは容易ではなく、一度の征旅で成しうることではございません。協定を結べるのであればいったん退くのも正しいと存じます。協定の内容としては安全保障税という形での徴収、帝国査察官の派遣、軍備の制限、こういったところが妥協点かと」

 

 これでオーベルシュタイン自身もまた協定を考えていたことが明らかになった!

 それは決してヒルダらに言われてから考えたことではない。オーベルシュタインは長くハイネセンに逗留し、同盟の政体やシステムについて自分でも少なからず考察していたのだ。

 同盟という国家は帝国とは違い、皇帝を変えればそれで済むということはなく、帝国からすればあまりに異質な社会なのだ。市民の自主性というものが骨の髄まで沁みている限り、拙速を避けるべきなのである。

 

 吞み込んだ結果帝国の方が混乱に陥ったら話にならない。

 

 かつて銀河帝国は叛徒を害虫と呼んで駆除しようとしたが、仮に征服して併呑すれば、自分の半分を超える大きさの害虫を家に迎え入れることになる。

 

「意外だな、オーベルシュタイン」

「帝国にとってそれが最善と考えました」

 

 ラインハルトもキルヒアイスも驚いた。オーベルシュタインはもっと強硬に出ると思っていたのだ。

 

 

 

 そして実はオーベルシュタインには口に出さない考えがある。

 この征旅はもう十ヶ月に及び、オーディンを留守にするのはもはや限界である。いかにラインハルトの軍事的強さが圧倒的であり、貴族や官僚の骨身に沁みていようと、長くその姿を見なければ緩んでしまうものである。今は有能なケスラーのおかげで事件は起きていないが、逆にいえば事が起きてからでは遅いのだ。

 

 そしてもっと大きな懸念がある。

 ラインハルトが病のため早くに逝去したらどうなるか。歴史を見れば偉大な王が征服途上にして倒れる例はいくらでもある。

 そうなれば、帝国の混乱は必至だ。

 何としてもラインハルトの存命中にペクニッツ子爵家のケートヘンという乳児を即位させなければならない。そして直ちにラインハルトへ皇帝位の禅譲という形式をとらせるのだ。

 

 その上で今度はラインハルトの次を定める。もちろんラインハルトが婚姻し、子をなせば一番よい。それでこそ帝国は盤石になるのだが……

 しかしその前に病が重くなれば、ラインハルトはまず確実に後継者としてキルヒアイスを立てるであろう。

 だがキルヒアイスはそれを受けるだろうか。受けても剛毅な帝王になれるだろうか。

 血筋によらない帝位交代が短期間で二回も続くのだ。その不安定を跳ね返し、実力で抑え込む気概が絶対的に必要になる。皇帝の座を奪われないために血を流しても構わない覚悟が。

 

 ともあれオーベルシュタインとしては早めにオーディンへ帰らなければ何もしようがない。

 

「小官はフェザーンの事実上の恒久的自治とサビーネ嬢の皇帝位のことはここで確約せず、オーディンで協議継続というのが望ましいと考えます」

「いいえ、ここで決めるべき問題でしょう。一連の問題は全てつながっており、分割できるものではありません」

 

 先延ばしにしようとするオーベルシュタインにヒルダが食い下がる。

 

 

 この協議は三日に及んだ。

 

 そして結局、ラインハルト側はヒルダの提案を呑んだのである。

 その締結の最終日にラインハルトは欠席している。高熱のためベッドにいるのだが、むろんヒルダの方にそれは知らされていない。

 

 

 




 
 
次回予告 第百四十話  帝国の後継者

そして銀河は巡る
 
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