疲れも知らず   作:おゆ

25 / 143
第二十四話 486年 3月  父とルパート

 

 

 ルパートがそう告げる。

 その骨子は、フェザーンの立場は帝国のいざこざと距離を置くものであり、たまたま被害者になったことである。

 

「……補佐官、まあ経過を蒸し返すのはやめにしましょう。それで時間を費やすことはありません」

 

 舌戦の不利を悟ったレムシャイド伯がそう言った。

 老練なレムシャイド伯の見たところ、この年下の補佐官は予想以上に手ごわい。付け入る隙もなく、当初考えていた帝国の責任逃れは無理そうだ。さすがにルビンスキー家につながる者だけのことはある。

 

 

 

 こうしてルパートの方が主導権を握った。話題を相手に転換させるよう仕向け、先ずは優位に立つ。

 

「レムシャイド弁務官殿、それには同意します。話を先に進めるべきですな。有意義になるように」

「しかしこれからの対処ですが、私共が考えても良い方法は見つけられません。残念なことですが」

「それは困りました。しかし全く解決がないわけではないでしょう」

 

 意外なことだ。

 無茶な貴族私領艦隊が迫る中、何ができるというのだろう。

 

「それはいかような。補佐官、教えて頂ければありがたい」

「差し出がましいようですが、弁務官殿は伯爵という立派な貴族であらせられる。だとすれば貴族の狼藉に何かできるのでは。残念ながらフェザーンの者は貴族ではなく、何もできないのですが」

 

 その提案は意外なことだ。確かにそんな可能性も無くはないが、具体的なところが見えない。

 

「私の肩書のことを指しているのですか…… しかし、この場合いかに仲裁したものか」

「例えば、戦闘宙域の中間に赴いて呼びかけてみてはいかがです? 伯が貴族艦隊の目の前に出れば、思い直してくれる可能性も出てくるのでは」

「そんな! 私に生きて帰るなと言うのも同然ではありませんか!」

 

 レムシャイド伯は震え上がってしまう。

 その提案は無理過ぎる。

 血気に逸った貴族艦隊を抑えられるとはとても思えない。しかも伯爵というのは貴族の中では上位と言い切れるものでもなく、一喝して黙らせるのは無理がある。たとえ出ていったところで、むしろ貴族の誇りが分からない裏切り者として宇宙の塵に変えられるのがオチだ。

 

 こうなってはレムシャイド伯も必死で考える。何か方法はないのか。

 

 実は今の今までフェザーンの困難など他人事だったのだ。

 帝国から来た弁務官のほとんどは繁栄するフェザーンに反感さえ持つものだ。レムシャイド伯ほど公平な人間でもその例外ではない。むしろ今回の事件を愉快とさえ思っていた。フェザーンは少し痛い目に遭えばいい、と。

 

 それがルパートという切れ者の補佐官と会談したことで一変する。

 よもや自分の命のかかった事態になってしまうとは。

 いいアイデアもなく、問題を他に転嫁するぐらいしか頭に浮かばない。慌てて大声を出した。

 

「駐在武官のミュラー君はいるか! 急ぎ呼んで来い!」

 

 

 

 飛んできたミュラーはレムシャイド伯から詳しい状況説明を受けた。

 

 フェザーン回廊に押し入ってきた貴族私領艦隊は総数にして千八百隻もの数、あと二日以内でにここへ到着する。

 この戦力は大きい。

 

 それに対抗するべきフェザーンの警備艇は全部で二千六百隻あるが、しかし大半は小型艇ばかりだ。航路を文字通り警備するだけの艇なので当たり前である。

 最も大型のものでも正規巡航艦にはるか及ばない。まして戦艦を相手にすることなど考えられない。戦いになれば防御も砲撃も全く歯が立たず、一方的に虐殺されるだけだ。

 

 もう一つ、警備艇は文字通り警備を普段の仕事としている。

 決して戦闘経験は多くない。しかもせいぜいその相手は宇宙海賊であり、作戦行動単位は多くても数十隻単位なのだ。指揮系統はそれに見合った細かなものしか存在せず、まとまって大会戦ができるような態勢ではない。

 要するに貴族私領艦隊と比べてさえもソフトウェア的に劣る。

 

 他に使えるとすれば最初に逃げ込んできたクロプシュトック艦隊なのだが…… しかしそれらの艦の大半は被弾ししていて、まだ修理もできていない。速度もシールドもとうてい本来の性能とは言い難い。

 それにフェザーン警備艇とは通信設備も戦術システムも違い、これはお互いに艦運動の連携や斉射といった同期ができないことにつながる。何よりもクロプシュトック艦が再び戦えば貴族もいっそう収まりが付かず、それこそ凄惨な殲滅戦になる恐れがある。

 

「それでも何とかならんかね。私は軍事に疎いが、状況がはなはだ悪いことは分かる。君は専門だ。何かいいアイデアを出せるなら言ってほしい。頼む」

 

 レムシャイド伯のそんなすがるような目を見ても、ミュラーは困った顔しかできない。

 戦力差は絶望的に大きく、抑えるどころかまともに戦うことさえできないだろう。

 

「純軍事的に言えば貴族私領艦隊を警備艇で追い払える可能性はあまりに少なく、徹底して交戦を避けるべきかと存じます」

「それを何とかして欲しいんだが。やはりダメか…… では結局クロプシュトックの兵を差し出し、乗り切るしかないということになるか」

 

 ミュラーもそれを分かって暗い顔をせざるを得ない。レムシャイド伯の言うことは、クロプシュトックの兵を血祭りの犠牲にすることだ。

 それが最小限の犠牲で済む方法と分かっていても悲惨な話である。

 貴族の言う、復讐は貴族の誇り、それが理不尽なせいでこんなことが起きる。兵士たちのほとんどはたまたまクロプシュトック領に生まれただけの平民なのに。

 

 

 

「やれやれ、そんな結論になりましたか。フェザーンとしては今後の亡命ビジネスに多大な影響のあること、帝国にはこの上なく大きな貸しになりますが、それでよろしいのですな」

 

 横でしばし待っていたルパートが言う。交渉上そうは言ったが、クロプシュトック兵を犠牲にする案が嬉しいはずはない。

 

 だが会談が終わりかけた時、ミュラーがまた発言した。

 明るい表情ではない。ようやく言葉を絞り出す。

 

「お待ち下さい補佐官殿。もう少し考えましょう。クロプシュトック艦隊の兵は亡命に一縷の望みをかけてやってきたのです。罪もない彼らに死ねというのは、あまりにも……」

「しかし他に方法があるのだろうか、駐在武官殿。伝え聞いただけでもクロプシュトック領惑星で貴族の乱暴狼藉はとどまるところを知らず、その悲劇は空恐ろしい様子だったとか。このフェザーンをそうさせてはならず、そのために最善を尽くさなくてはならない。駐在武官殿はフェザーンが戦火に焼かれてもいいと」

「そうではありません。もちろんフェザーンを守らねばなりません。先ほど私は撃退の可能性がほとんどないとは言いました。しかし、決してゼロとは言っておりません」

「それはどういうことでしょうか?」

「戦力が不充分でも、戦術的に最善手をとれば、あるいは。」

「驚きました。失礼ですが現実離れしているのでは? 具体的にはその優れた戦術とやらを誰がどのように行うと?」

 

 しばしの沈黙が流れる。

 

 ルパートにはもう分かっていた。

 このミュラーという駐在武官、同情心の強い優しい男だ。クロプシュトック兵の立場で考えている。

 しかしただ言葉の上で反対したのではなく、本当に勝算がゼロと思っていないように思える。

 歯切れが悪い言い方をするが、食い下がってくるのはそのためだ。

 

 ただし同時に分かる。その撃退の可能性というのはおそらくミュラー自身が戦場に赴き、戦術を組み立て、それが実行された場合のことなのだろう。それでこそ撃退の可能性があると。

 言い換えれば自分がフェザーン警備艇とクロプシュトック残存という戦力の指揮をとればあるいは、と思っているのだ。

 

 しかしそんな自信にも関わらず、この男は奥ゆかしい。

 自分からそうとは言い出さない。いや言い出せない性格だ。

 

 おそらく駐在武官という立場の者が駐在先のフェザーンの艇を指揮するというのは筋違いであるし、そもそも自分の大尉とかいう位が低すぎて指揮を執るのに萎縮している。

 だがそれでは話が先に進まない。

 

「レムシャイド伯、何やら駐在武官殿は軍事的な方法を見出されているようだ」

 

 

 

 ルパートの方としても考えがまとまったわけではない。

 自分一人で決められる問題ではない。フェザーン戦力の指揮系統という手続き的にもそうだが、何より事が重大過ぎる。結果はフェザーンの運命を決めてしまうことであり、取り返しが付かない。

 

「では、しばしお待ち頂きたい」

 

 判断できないルパートはそれを言い残し、しばし退室してアドリアン・ルビンスキーとエカテリーナに連絡をとった。

 

「まあ、ミュラーがそんなことを! ルパート兄さん、ミュラーがそう思うのならおそらく問題ないわ!」

 

 エカテリーナはもちろんミュラーのことはよく知っている。決して大言壮語するような人間ではなく、何の根拠もなく希望を口にする人間ではないことも。ならば大胆に指揮を任せてもいい。

 

「そう思うかいエカテリン。だがそのミュラーという駐在武官は若く、経験もない。大尉ということは軍では本当に下っ端なんじゃないか。しかもこの場合フェザーンの警備艇を任せるんだぞ」

 

 その言葉も間違っていない。フェザーンの運命を託すのにはあまりに心もとない。

 だが、それではどうすればいいのだ。

 

 アドリアン・ルビンスキーがやっと口を開き、重々しくルパートに言う。

 

「ルパート、お前はその男を見てどう思った。年や地位などの背景で本質を見誤ることはするな」

 

 さすがに深い知恵と経験を持つ男の言葉だ。

 しかも、それは同時にルパートの父親としての言葉でもある。

 

「人を見る力量を自分で試せ。自分の目を信じて決めろ。これはお前にとってまたとない成長の機会だ」

 

 

 

 ルパートは今まで自分がいかに甘かったか痛感した。

 本当に厳しい決断をしたことがなかったのだ。

 取り返しのつかない重い決断を任せられたことはなく、反発はしていても、やはり父に保護されていた。

 

 一方、父は常に一人で重い決断をこなしてきた。今の今、やっとその意味が分かる。

 そのアドリアン・ルビンスキーともあろう者がここでルパートへ無責任に押し付けたとは考えられない。おそらくその逆であり結果がどのようになっても受け入れるという覚悟をしている。

 それもまた父親としての度量と暖かさではないか。

 ルパートは今こそそれに対し、しっかりと応えて一人前であると証明してみせなければならない。

 

 

 

 ルパートはこの通信後一つ大きく呼吸する。

 ミュラーとレムシャイド伯のいる部屋に再び入り、決めたことをはっきりと伝える。

 

「やっていただきましょう。駐在武官殿。フェザーン警備艇の指揮をお任せする。クロプシュトック艦も出動できるものは加えましょう」

「私が、本当によろしいのですか? いえ、本当に差し出がましいことで、何と申したらよいのか……」

「お任せすると決めたのです。地位のことならば特務として艦隊指揮にふさわしいものを臨時に設定します。遠慮する必要はありません」

 

 ルパート・ケッセルリンクは大きな決断をした。

 後悔はしない。

 

 

 

 決まれば直ちに行動が開始される。躊躇する時間は残っていない。

 戦いの迫る足音がする。

 ミュラーが宇宙に向かう直前、軌道エレベーター入り口でエカテリーナが呼び止める。

 

「ミュラー、突然こんなことになるなんて…… どう言ったらいいか」

「エカテリン、僕は軍人なんだから、戦うのは当然さ。パーティーに出るのが本当の仕事じゃない」

 

 ミュラーはわざと明るい声を出す。いつもの自然な思いやりである。

 

「あ、いや、仕事は戦うだけじゃだめだな。勝ってこなきゃね」

「そうね、その通りだわ。ミュラー、あなたは負けないわ。大丈夫よ」

「ありがとう、とっても嬉しいね。そう言ってくれて元気が出るよ」

「大丈夫だわ。根拠は無いけど!」

「一言余計だよ、エカテリン。凹むなあ、もう」

 

 二人はそう言って笑う。

 エカテリーナも決して湿っぽくなどするものか。女の涙なんかこういう場面には必要なく、場違いだ。

 どんな時もエカテリーナらしく振る舞う、そう決めている。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第二十五話 防御の真髄

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。