疲れも知らず   作:おゆ

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第二十七話 486年 4月  女と男

 

 

「しかし、よくよく私もその弟に縁があるものね。先にはひと働きしたばかりなのに」

 

 その通り、ラインハルトに関することでエルフリーデは繰り返し良い働きを見せていた。

 色々な陰謀からラインハルトを守ったのはエルフリーデなのだ。リヒテンラーデ侯の意を受けて。

 初めに刺客を片付けている。これはかつて宮中のベーネミュンデ侯爵夫人が八つ当たりでラインハルトを害そうとしたので対処したのだ。

 

 次にはノルデン少将という曲者をラインハルトから遠ざけている。

 

 ラインハルトの地位が上がるにつれ、貴族の反感は急速に高まり、ついにはベーネミュンデ侯爵夫人以外にもラインハルトを害そうと企む者が他にも出てきたのだ。

 寵姫の弟、しがない没落貴族出身、そして何より本人の不遜な態度、上位貴族たちが反感を持つ理由はいくらでもあった。

 害する方法として何とラインハルトの参謀にまで間者を送り込んできたのだが、それがノルデン少将だった。

 

 しかしエルフリーデの目を逃れることなど不可能である。

 

 巧みに糸を操り、そのノルデン少将を引き離し、ついでに激戦地へ送り込んでいる。これでノルデン少将が斃されるのも時間の問題だ。

 

 その働きは、これほど離れた場所からでも陰謀が有効だということの好例である。

 ただし、人類社会をその権謀術策で一手に操るリヒテンラーデにとってすれば、姪エルフリーデの働きは頼もしいものであっても意外とまで思わない。

 

 

 今回委託した任務もそつなくこなしてくれるだろう。

 

「その捕らわれた少将の救出にはエルフリーデが手を下さずともよい。頼むのはそんな簡単なことではなく、ラインハルト・フォン・ミューゼルが将来、帝国軍を左右する派閥を作り得るか、派閥の頭領となるほどの器量があるか見てほしいのじゃ。今後どこまで重要になるか判断する材料を得るためにな」

「そういうところね。分かったわ、大叔父様」

「いくら才能があっても一人では限界があり、部下を心服させて派閥が作れるかどうか、それが鍵となるからの」

 

 

 

 エルフリーデはひとまず状況を把握する。

 

 先のクロプシュトック侯討伐の際、ブラウンシュバイク公艦隊へ帝国軍から軍監が一人付けられた。

 それが今回問題になっているウォルフガンク・ミッターマイヤー少将だ。

 

 その若さで少将という異例のスピード出世を果たしている有能な人物である。しかも平民出身というから驚きだ。

 しかし、軍監という任務には致命的に向いていなかった。

 平民出身であることが大いにマイナスに作用したのだ。

 クロプシュトック侯の私領艦隊を破るのにミッターマイヤー少将はその軍事的な才気を使って指南しようとした。しかし、貴族たちにとり平民出身の軍監など論外だった。無視、あるいは煙たがれるだけに終わる。能力以前に平民出身というだけで軽視し、その策に従うことなど全く無い。

 しかも、その策にしたところで貴族私領艦隊の寄せ集めには実現不可能なことが多い。烏合の衆なのに帝国軍のような訓練された統一行動などどだい無理なのだ。

 

 真面目に職務を考えていたミッターマイヤー少将は呆れかえるしかない。

 

「貴族私領艦隊とはこんな体たらくなのか。まともな軍なら俺が指揮してクロプシュトック艦隊など三時間あれば破れるものを」

 

 このことを伝え聞いた貴族たちははっきりとした反発と憎しみを抱いた。

 それはミッターマイヤーらしからぬうかつさであったが、これは率直さが裏目に出た格好だ。軍という実力の世界にいたために貴族というものの考え方を深くは知らない。

 

 

 その後、ブラウンシュバイク公側の貴族艦隊はなんとかクロプシュトック私領艦隊を押し切り、領地惑星に降下して占領作戦に移る。それは数の力だけの行動で、戦術も何もあったものではなく、ミッターマイヤーは呆れるしかない。

 

 ただし問題はその先にあったのだ。

 

 貴族の本質はここに現れた。

 クロプシュトック領惑星は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。貴族たちは分捕り放題、領民を殺して奪うことしか考えていない。そもそもが貴族というのは奪う存在なのである。それが復讐という大義名分を得た以上、どんなことでもやってのける。

 

 そういった貴族どもの無法を許しておけるミッターマイヤーではない。

 正義感は人一倍持っている。

 懸命に貴族の乱暴狼藉を防ぎ、領民を守ろうとした。

 そしてついに決定的な事件が起きてしまう。目に余る無法を働いたコルプト子爵家の子弟をミッターマイヤーは射殺してしまったのだ!

 

 それは狼藉の現行犯に対し、警告を経た上で行った軍監として正当な処置である。法的には何も問題ないだろう。しかし、貴族たちにとって平民が貴族を射殺したということのみが重要な問題だ。

 不当にもミッターマイヤー少将は捕縛され、コルプト子爵の縁者の復讐に晒される。

 

 悪いことにコルプト子爵家は大貴族ブラウンシュバイク公に連なる家柄であった。

 

 ミッターマイヤーはすぐに殺されることはなかったが、仮に正当な裁判を求めても無駄である。

 おそらく何かの捏造でもでっちあげられて、死と同義の厳罰が下されるのは明らか、帝国において大貴族の意向は法に優先されて当たり前である。

 

 更にややこしいことに、同じ帝国軍少将という地位にあったフレーゲル男爵までもがしゃしゃり出て、ここぞとばかりにミッターマイヤー少将を亡き者にしようとしていた。

 ブラウンシュバイク公の甥であるフレーゲル男爵は歪んだ貴族選民主義の持ち主で、日頃から平民出身の将官など帝国軍には不要と公言している人物である。

 スピード出世の平民将帥など最初から忌むべき者であり、極刑を願うのは当たり前である。

 

 

 

 

 この逼迫した事態に最も早く行動を起こしたのはミッターマイヤー少将の親友であるオスカー・フォン・ロイエンタール少将だった。

 

 この人物はミッターマイヤー少将とは見かけも性格もまるで違う。

 しかし、過去同じ戦場で共に戦って以来親友になっている。余人では伺い知ることができないくらいに強い友情で結ばれているのだ。

 

 今回の事態も自分のこと以上に心配している。

 

 そして心配だけではなく、ミッターマイヤーの危機になりふり構わず行動する。

 順当なことをいえば法の下に事件を引き出すべきなのかもしれない。しかし大貴族が絡んでいる以上全く無理なこと、しかも法の正義など期待できない。

 

 道はたった一つしか残されていない。

 誰か別の有力者の庇護を求めるのだ。しかしその候補はあまりに見つけにくい。それはロイエンタールの人脈が広くないというだけではなく、有力者は貴族でなければ意味がないのにも関わらず貴族の選民思想に染まっていない者でなくてはいけない。

 

 そんな都合のいい者を見つけられるだろうか。しかも期限内に。

 

 例えば、ミュッケンベルガー元帥は戦場経験が豊富なだけあってそういった選民意識は持っていない印象だが、さすがに一介の少将のことを相談するには敷居が高すぎて無理だ。それに有力ではあっても貴族たちとしがらみが多く、貴族と正面切って事を構える可能性があるのに請け負ってくれるとは思えない。

 

 ブラウンシュバイク公に敵対する人物としてリッテンハイム侯という大貴族がいる。しかしながら、陣営が違うという一点のみ異なるだけで、帝国貴族としての考えは同じようなものである。おそらく平民の庇護に興味もないだろう。これもまた味方してくれるように説得するのは不可能だ。

 

 たった一人、頼めそうな人物が選択肢に残った!

 

 それがラインハルト・フォン・ミューゼル大将だった。帝国軍内における評判は極めて悪い。皇帝の寵姫である姉の威光で実力と関係なく出世した鼻持ちならない人物とみなされている。それは貴族のみならず、いや平民出身の将兵もまたそう思い、妬んでいるほどだ。

 これまでの戦果など偶然の産物に過ぎず、異常な出世がそもそもおかしいと。

 

 更には本人の言動も素行も過激なもので、およそ穏便とはかけ離れていることがそれに拍車をかけている。

 華麗な表現の皮肉を得意としていた。

 人目もはばからずそれを行なうのだ。

 側にいる赤毛の副官がいつもなだめるが、間に合わないことも多く、そのため無用な反発を受けることも多くあった。

 だがしかし、客観的に見れば実際の艦隊指揮ぶりは水際立って優れ、いつでもその地位にふさわしい以上の戦果を上げている。ロイエンタールは直接部下になったことはないが、それはよく分かる。

 

 賭けだ。この未知数の人物にオスカー・フォン・ロイエンタールは友人ともども運命を託すと決めた。噂は噂に過ぎず、どんな考えを持つ人物かは会って見ないと分からない。しかし、少なくとも貴族社会の常識的な価値観を持っていないだろう。

 

 

 

 ロイエンタールは事前に連絡をした上で、ラインハルトと会談を試みた。

 

 その動きをエルフリーデが察知した!

 

 ミッターマイヤー少将の数少ない人脈と、それらの人々の人となりを知ればアンテナを張るのは簡単だ。ロイエンタールの思惑も動きも予想の範囲に充分収まる。

 

 ただし、ロイエンタールの動きは予想よりも早かった。

 おまけに断固とした意志で、一刻の猶予もならないという姿勢を崩さない。

 

 何と大嵐の晩にも関わらず会談に向かったのだ!

 

 そんなことで日を改めることはせず、万難を排して会談場所のラインハルト・フォン・ミューゼル大将の別邸へ行こうとしている。

 

 その行動を知ったエルフリーデもまた直ちに後を追う。

 追ってどうするのだろう。しかし、何か重要なものが得られる予感がしたのだ。予感に従うのがエルフリーデの常である。

 大体にして既に得られた情報がある。というのは、ロイエンタールという人物が嵐をものともせずに友のために行動する人間であるということ、そして危機にあるミッターマイヤーと固い友情で結ばれていること、これらは疑うべくもない。

 

 

 

 エルフリーデは普通通り車を使い、ロイエンタールの足跡を追った。

 もちろんロイエンタールも当然車を使ってその別邸へ行くものと思っていた。オーディン郊外は夕暮れからますます風は強くなり、雨も大粒になっている。間もなく叩き付けるような大雨になるだろう。風に巻かれる木々の音も不気味に高まっている。こんな嵐の日は車でしか移動できない。

 

 ところが前方に見えてきたものに驚かざるを得ない。

 目標とするロイエンタールは何と馬に乗って走っているではないか!

 

 なぜ? と考えたがここで止まるわけにはいかない。

 それではエルフリーデが後をつけてきたことが丸分かりになってしまう。やむなく追い越して行かざるを得なかった。

 

 そこで偶然にも都合の良いことが起こった。

 いきなり稲光りが周囲を照らし、数秒後に大音響が響き渡った!

 

 落雷だ。

 

 しかもそんなに離れた場所ではないとは、少なからず危険である。

 エルフリーデは落雷を天祐として最大限利用することにした。

 

 車のスピードを落とし、やがて追い付いてきたロイエンタールの馬に並びかける。

 ロイエンタールの方もそんな車両を訝しがり、一瞬顔を向けてきたが、直ぐ前に戻した。嵐の中で馬を駆っているのだから当たり前だ。

 

 しかしそんなロイエンタールにエルフリーデの方が見とれてしまう。レインコートに半分隠れていたが、ロイエンタールの横顔は際立って端正だった。

 

 

 

 二度目の落雷が光る。

 またしても大音響、しかも距離はさっきより近い。

 

 エルフリーデは車の窓を開けてロイエンタールに声をかける。

 

「もし、馬では落雷に対して危険ですわ。車の中の方が安全です。よろしければこちらにお乗りになったら?」

「ご婦人、それは親切なことで、ありがたい」

 

 確かに落雷には車の中が一番安全である。

 ロイエンタールは遠慮すべき場合ではないと認識し、簡潔に謝意を表わしてこの申し出を受けることにした。

 

 車の中では特に会話らしい会話はなかった。

 

「お急ぎでしょうか。嵐は嫌なものですわね。こんな夜更けは特に」

 

 こう言って話を振ってもごく簡単な返事しか返らない。

 それはロイエンタールがエルフリーデのことを警戒しているのではなく、頭の中が別のことで一杯になっているせいなのだろう。

 その通り、目的地に着いたらロイエンタールは全身全霊をかけて相手を説得し頼みごとを請け負って貰わなくてはならないのだ。そう簡単なことではない。

 

 またしても稲光が光った。

 エルフリーデはさっとロイエンタールの顔を見る。一生懸命に友のことだけを考える真摯な顔だ。

 思い切って尋ねる。

 

「こんな夜に、何の用事があるのです? 事情を聞くのも差し出がましいようですが、怖いほど深刻な顔をなさっておいでですわ」

 

 逆にご婦人こそ何でここに、と聞かれたら困ることになる。

 しかしながらエルフリーデはどうしても尋ねたかった。

 それは情報収集のためなどではなく、この男と会話したいという思いが勝ったからだ。

 

 エルフリーデの予感は自身の運命までも変えるものだった。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第二十八話 アスターテへの道

エルフリーデの邂逅はいかに!
そして舞台はついに英雄の世界へ

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