疲れも知らず   作:おゆ

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第二十八話 486年 4月  アスターテへの道

 

 

 嵐の中で馬を駆っていたのはなぜか。

 エルフリーデのぶしつけともいえる質問にロイエンタールが正直に答える。

 それは車に乗せてもらっているからということではなく、やはりこれからのことで頭が一杯になっているので、いつもの警戒心に隙があるからだろう。

 

「どうしても行きたい所がある。今夜のうちに」

「そう、では大切な用事なんでしょうね。そんな厳しい顔で考え込むほどの」

「自分、というより友のために何としても行かねば」

 

 半ば予期していたとはいえ、この断固たる言葉に衝撃を受けた!

 

 権謀術策の渦巻く宮廷に染まったエルフリーデには驚きになる。

 

 このロイエンタールという男は友をおそらく自分よりも大事にしている。

 それはまるで自分の命よりも。

 

「友のため…… それは素晴らしいことと思いますが、何でしょう、自分より大事にしているように聞こえますわ。何かこう、むしろ自分を大切にしていないような」

 

 しまった! 正直に思った通りを言い過ぎたとエルフリーデは思った。

 普通の貴族婦人に外れたことを言ってしまった。下手に洞察力を発揮したことを言えば怪しまれてしまう。

 

 しかしロイエンタールといえば、また自分の思いに沈みこみ、話を半分も聞いていない。

 エルフリーデもそれを刺激しないよう再び黙り込む。

 雨と風の音は耳になじんできたが、ワイパーの音だけがひっきりなしに聞こえてやまない。

 

 

 女と男、二人は嵐の中、無言のまま車を進ませる。

 

 

 進んでいくにつれて、しだいに道が狭くなってきた。

 それだけならまだしも嵐に吹き散らされた木の枝が散らばってきている。嵐が激しさを増し、枝を折るほどに風が強くなっているせいだ。

 だがエルフリーデの車は、なんとそれらをものともせず次々跳ね飛ばしながらスピードを落とさず進む。

 

 それにはさすがにロイエンタールも気付き、驚かざるを得ない。

 

「これは、ご婦人の運転とはとても思えない! 枝で車が傷つくと思いますが……」

 

 互いに正式の自己紹介はしていなかった。

 しかしロイエンタールが思うにおそらくこの女は貴族の婦人、雰囲気で明らかではないか。

 しかし、貴族はよほどでなければ自分で運転などしないものだ。特にこんな夜には。

 現実に運転しているところから、極端に活動的な婦人だろうと踏んでいる。

 

 しかしこんな運転は尋常ではない。

 車が傷付くこともそうだが、障害物を跳ね飛ばす衝撃は、普通の婦人なら青ざめるほどのものではないか。例えていえば直撃をくらった戦艦のような感じである。

 

「いえ、お気になさらず。先ほどとても大事な用があるとお聞きしました。それはこんな車よりたぶん大事なことなのでしょう。心配なさらずとも良いですわ」

 

 

 

 しかし、ついに終わりが訪れた!

 

 道に大きな倒木がある。しかも倒れ方が悪く、ちょうど道路を横断する形になっている。こんな大きさ、手で持ち上げて撤去しようにも一目で無理だと分かる。

 道は塞がれて、もう車では通れないということだ。

 

「申し訳ありません。今頃やっと分かりましたわ。なるほど、嵐なのに馬に乗っていらしたのは、こういうことを予期されていたのですね。余計なことをしてしまい、お詫びの言葉もございません」

 

 確かに馬で走っているのであればこういう思わぬ障害物でも乗り越えられる。

 とんでもなく古風な方法に見えたが、乗馬とは実に合理的な判断だった。それは目的地に行くための最も確実な方法だったのだ。

 

 ロイエンタールはまたしても驚く。それを直ぐに気付いたこの女の頭の良さに。

 

「結果的にはそうかもしれないが、落雷が近かったのは想定外で自分のミスだ。ご婦人、ここまで乗せて頂いて感謝する」

「しかしここからどうやって」

「いいや心配なさることはない。行きたい所はもうすぐそこに見えているので、歩いても時間はかからない」

 

 確かにラインハルトの別邸が、近くの丘の上に立っているのが見えている。

 

「ご婦人、本当に助かった。この親切に礼の言葉もない。ご婦人こそ引き返すのは大変なのでは?」

「いいえ私のことなど…… お役に立てたのなら嬉しく思いますわ」

 

 それで別れた。

 しかし、後日この出会いがエルフリーデ・フォン・コールラウシュとオスカー・フォン・ロイエンタール、二人の運命を大きく変え、更には宇宙の運命まで変えたのだ。

 

 

 

 

 その後、ロイエンタールがラインハルトやキルヒアイスに会ってどんな会話をしたのか、エルフリーデに知るすべはない。

 

 しかし結果は詳しく知っている。

 ロイエンタールの願った通りになり、ラインハルトは他の貴族たちの妨害をものともせずにミッターマイヤーを保護した。ミッターマイヤーはこれで命拾することができ、目的は達せられたのだ。

 

 しかもその後が面白い。ミッターマイヤー、ロイエンタールの両将ともラインハルトに近しい仲になり、あたかも幕下に加わっているような印象である。

 

 その事実とあの嵐の夜の真摯な顔からエルフリーデはほぼ正確に想像できた。

 ロイエンタールは友を救うべくラインハルトへ率直に願い出たのだ。その代価はおそらく財などではない。忠誠だろう。

 そしてラインハルトはそれを貴重なものと感じ、だからこそ動いた。

 ロイエンタールの持つ才も見抜いたに違いない。

 そう考えるとラインハルト・フォン・ミューゼルというのは度量もあり、行動力もある。友情を理解し大事にする感性もある。有能な人物をこれからも引き付けるのではないか。先々、これは何より重要だ。

 

 

 

 エルフリーデの諜報活動は半ば達成されている形になったが、もう少し確証を得たいと考えた。

 そしてもう一人、ラインハルトの陣営に属すると見なされている人物に近付いてみたのだ。

 

 それにエルフリーデのピアノ演奏の素養が役に立つとは!

 

 その人物、エルネスト・メックリンガー准将と高名なピアノ演奏家のツテで何とか知り合えた。

 

 ただし、実際に話しができたのは一回しかない。

 なぜならメックリンガー准将には芸術パトロンのヴェストパーレ男爵夫人が付いている。

 

 この男爵夫人はとても嗅覚の鋭い女であり、エルフリーデが探りを入れるために接点を持とうと画策してもなぜか邪魔を入れてくる。

 こうなると探り過ぎて逆に騒動に発展したらかなわない。エルフリーデは早めに撤退した。

 しかし探りとしては必要充分だ。芸術的な才能などこの際どうでもいいが、メックリンガー准将が落ち着いた知的な人物であることはすぐに分かる。軍人としても水準以上の能力があることは明らかだ。

 理論をベースに考えを進めながら、頭の良さで先を見通し修正する柔軟性もある、そんな将だろうと思えた。

 そんな人物を麾下に取り込むとはラインハルトの将来性は明るい、エルフリーデは確信を持った。

 

 

 そうリヒテンラーデ侯にも報告する。

 

「おお、ようやってくれた、エルフリーデ。そうか、グリューネワルト伯爵夫人の弟ラインハルトは将来力を持ちそうか」

「そうね、有能な者は有能な者を呼ぶもの。思ったより強くなりそうよ。今はまだ貴族社会でも軍でも小さい炎かもしれない。でも先のことは分からないわ」

「簡単に吹き消されるか、それとも誰にも消せない大火事になるか。儂の手の平に収まればよいのじゃがな」

「それじゃ、もっと見張ってみる? 私もあの派閥には興味があるわ」

 

 それは嘘ではない。

 正確にはエルフリーデはランハルト派閥の主要な一人に興味を持っている。もちろんあの晩に会った男、オスカー・フォン・ロイエンタールである。

 

 だがリヒテンラーデ侯は溜息をつき、別のことを言う。

 

「いや、エルフリーデには、今は違うことを頼みたいのじゃ。今の宮廷も問題が多い。ベーネミュンデ侯爵夫人がまた良からぬことを企まぬよう、見張っている者が必要じゃからの」

 

 リヒテンラーデ侯は疲れたように付け足す。最近の帝国は問題が山積している。

 

「それにまだまだ問題がある。今度はカストロプ家にも不審な動きがある。クロプシュトック家のことが終わったばかりじゃというのに、ようも次々あるものよの。儂も疲れておる暇はないわい」

 

 リヒテンラーデはこの年、長く盟友として付き合っていたグリンメルスハウゼン老人を喪っている。その老人は軍にいながらにして貴族社会の陰謀を解き明かしてはリヒテンラーデの大きな力になっていた。

 

 それでいよいよリヒテンラーデの責務は重い。

 今まで帝国を支えてきた重責は皺になって刻まれている。しかし目の光はいささかも損なわれていないのだ。

 気概は衰えていない。この銀河帝国を支え、命の限り忠臣たらんとする思いは。

 

 

 

 

 この年、もう一度大規模な戦いが巻き起こる。

 それは第四次ティアマト会戦と記録されるものである。

 

 この戦いに際してもフェザーンは自由惑星同盟に大きく肩入れし、情報を流した。

 ところが戦いは双方互角という程度に終わった。どちらも大きな損害を被ったが、比率で見るならば同盟の方が傷は深い。同じ損害でも同盟は人的にも経済的にも回復力に劣るのだ。

 

 この結果もまたフェザーンのルビンスキー家にまたしても深刻な課題を突き付ける。

 

 もう一つ、小さな問題かもしれないが、この戦いにナイトハルト・ミュラーも帝国軍として前線参加している。

 先のフェザーン警備艇を見事に指揮してのけたゆえだ。

 その素晴らしさに着目した帝国軍はフェザーン駐在武官の任期満了を待たずしてその任を解き、前線に呼び戻した。一度にではないが、二階級も上げて中佐になっている。平民出身としては異例なこと、これは弁務官レムシャイド伯爵の報告がとても率直だったゆえである。

 

 そしてミュラーは抜擢に見事応え、この第四次ティアマト会戦において大きな武勲を立てた。

 ほぼ壊滅した分隊の指揮を引き継ぎ、自分の乗る駆逐艦を含めた駆逐隊を生き残らせ、おまけに逆撃までしてのけている。

 

 この活躍により、更に昇進し大佐になった。

 それは軍人として大変嬉しいことだが、ミュラーは心の奥底で思うことがある。

 

 フェザーンでの日々をいつも思うのだ。

 

 それは殺し合いなどしない、穏やかな日々だった。軍人として晴れがましいことはないかもしれないが人間らしい時を過ごした。フェザーン一のおてんば娘エカテリーナと共に。

 あれはもう取り戻せない過去でしかないのか。

 思い出として残されたという意味しかないのか。

 

 そんな個人の感傷の一方、否応なく銀河の歴史は進む。

 歴史上、極めて大きな転換点となり、その後を決定付けた戦いが引き起こされた。

 

 

 その戦いの名は、アスターテ会戦。

 

 ここから歴史は英雄の時代に入る。帝国に一人、そして同盟に一人。

 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第二十九話 政治家

ヨブ・トリューニヒトとは何者…… 諜報員プレツェリの目に映るのは……


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