疲れも知らず   作:おゆ

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第二十九話 486年12月  政治家

 

 

 この年、帝国軍は大規模な軍事行動を計画していた。今回は帝国側から仕掛け、敵領に侵入し、成果を持ち帰ろうというものだ。

 

 純軍事的にはあまり意味がない。

 恒久的に支配領域を広げることは最初から無理だと分かる。

 だが作戦にはたった一つだけ意味があった。それは宮廷行事に華を添え、皇帝の治世に成果があったと記するためのものだ。

 今の皇帝フリードリヒ四世にはあまり特記すべき事項はなく、平凡である。その平凡であることがいかに貴重なものであるか分かりもせず、歴史記録にちょっとした一行を加えたい者たちによって企画された、下らない侵攻作戦だ。

 

 

 

 ただし、その軍事行動には珍しいことが含まれていた。

 

 一つはラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が率いていることである。

 なるほど地位だけを見れば上級大将が行うにふさわしい作戦かもしれない。規模からすれば数個艦隊を率いる元帥ではなく、通常の一個艦隊を率いる大将でもない。

 

 ただし、それは普通の上級大将であった場合だ。

 現時点でこの上級大将はわずか21歳である!

 幼年学校を卒業して五年にもならず、仮にこれが士官学校卒だとしたら、学校を出たばかりのヒヨッ子ではないか。

 

 むろん、この上級大将は自分が全責任を負って会戦を行なった経験などない。

 元帥の副官という経験、いやそれどころか参謀長の立場で会戦を見た経験すらない。

 ということは大会戦をコントロールすることの一端に触れたことがない!

 

 いくらこれまで華麗な艦隊行動を指揮してみせた実績があるとはいえ、あくまでも会戦の一部として機能していただけに過ぎない。

 そんな人物がいきなり三百万人の兵の命を預かるのである。

 しかも艦隊は編成されたばかりで実戦どころか訓練すら充分ではないのだ。とどめに補給も後詰もあり得ない敵領に遠征するとは自殺行為ではないか。

 

 作戦自体も摩訶不思議なものだった。

 骨子は帝国軍艦艇二万隻を率いてイゼルローン回廊から出撃し、敵領地に入って戦うということだ。

 この戦力は威力偵察にはあまりに大きすぎる。そんな規模の話ではなく、れっきとした帝国による同盟領侵攻という範疇になり、つまり近年にない帝国からの長距離出撃だ。

 しかしながら、敵首都星を突く、あるいはそれに準じた重要拠点を叩くというにはあまりに戦力が足らない。

 なんにせよ戦略的に中途半端であり、兵たちが出撃前から絶望的になるのには理由にお釣りがくる。

 単に捨て駒にされるように思えたからだ。

 

 

 

「少将閣下、いつもより兵たちが動揺しています。中には有り金全部使い切って連日飲み歩く連中さえいます」

「間もなく金を使うこともできない世界に行くかもしれない。それくらいは好きにさせておけ」

「では、この件は放置と……」

「そうだ。実際それが一番利口なのかもしれないからな」

 

 今から敵領に入ろうとする帝国軍艦艇二万隻、それは本隊の他に分艦隊が五つも含まれている。それで通常の一個艦隊よりも数が多くなっている。

 それは分艦隊の将たちで、年若い総司令官である上級大将を補佐するようにという配慮に見える。ただし表向きはそうでも、内実は帝国軍の厄介者である将を押し付けただけに過ぎない。無能者、硬直した者、逆らいやすい者などだ。

 

 今、参謀にそう言われて返事を返したのはその一人だ。

 

 薄氷色の瞳を持つ将、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将である。

 本人も帝国軍中枢部に厄介者扱いされている自覚はあり、その原因が中枢部批判や命令違反を繰り返した過去にあることも知っている。どうしても皮肉屋の性質が抜けず、覚えをめでたくすることなどできないしする意思もない。

 

 しかし、帝国軍の将にしては珍しく根性論、鉄の規律などという言葉とは無縁だ。規律にむやみと厳しいことはない。

 だからこそそういう返事を返している。

 戦いでは生き残るための運か才能がなければ死ね、というシニカルな考えが厳しいというのなら、間違いなく厳しい方の将かもしれないが。

 

「兵たちは酒に酔うと司令部批判まで行います。規律上多少は問題かと」

「それを責めることはできない。俺もたぶん同じことを言いたい。今回の作戦について、思う所はあり過ぎる」

 

 ファーレンハイトには帝国軍上層部の意向が薄々分かる。帝国政府に言われて始められた作戦ではあっても、軍には軍の思惑があるのだ。

 若い金髪の上級大将を試す、はっきり言えば実力が地位と釣りあって無ければ死んでこい、といったところだ。そして厄介払いのついでに自分も嬉しくない抜擢をされた。

 とんでもなく運が悪いとしか言いようがない。

 

「貴官も同じことを思っているのではないか。兵たちや俺と同じく」

「それでも表向き言ったりはしません。金髪と赤毛の二人だけで行ってこい、クソッタレ、などという言葉は決して」

 

 これにはさすがに皮肉家のファーレンハイトも驚き、苦笑する。

 

「貴官は顔は優しいが言葉は悪いな。末席参謀のザンデルス中佐といったか」

 

 

 

 

 さて、この帝国からの侵攻を受ける側の自由惑星同盟である。

 

 どのみち侵攻に対して取るべき対応は一つだ。国交もない国同士、交渉や政略は考えられない。

 攻めて来るなら防衛戦を戦うしかない。

 何としても自領の有人惑星を守り、同盟市民を保護する。それが同盟軍の存在意義である。

 

 

 それら帝国と同盟という当事者の他にも動く者がいる。

 フェザーンは戦いを前にした状況でまたしても同盟に肩入れしていく。

 

 特に今回は貴重な情報を同盟に伝えるという思い切ったことをしている。

 

 しかもそれをフェザーンの同盟弁務官を通すのではなく、ハイネセン駐在のフェザーン弁務官を使って情報を流した。もちろん先のことがあり同盟からの弁務官ヘンスローをもはやフェザーンは信用していないからだ。

 

 ただしそれは理由としてはおまけに過ぎなかったのかもしれない。

 そのことに気付いた人物がいた。

 ハイネセンに駐在するフェザーン弁務官は当然プレツェリだった。今、フェザーンから同盟に帝国軍の機密を渡す役を担うことになる。表面ではフェザーン弁務官の業務の一環として粛々とそれを行なっているが、もちろん内心は狂喜している。同盟にとってこれほど貴重な情報はなく、軍事的に計り知れないアドバンテージを得られるものだ。

 

 ところが不審な点がある。

 

 フェザーンが軍事情報を渡す相手は同盟最高評議会議長ではなく、同盟軍統合作戦本部の誰かでもない。

 何と国防委員ヨブ・トリューニヒトだった!

 このことをフェザーン自治領主の名で指示されていたのだ。

 確かに他の委員に渡すよりは国防委員に情報を与えるのは変ではない。だが他にもっとふさわしい人物がいそうなものだ。もっと地位の高い政治家か、あるいは直接作戦を立案する軍人か。

 なぜフェザーンの指定はヨブ・トリューニヒトなのか。

 何かしらのつながりがあるのか。これはプレツェリとしても慎重に会談に臨む必要がある。

 

「ではトリューニヒト国防委員殿、フェザーンからこれをお渡しします。出処を書いてはいませんが、もちろんフェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーからのものです。お分かりとは思いますが極秘情報ですので、目を通されたら今日の内に書類は全て処分すると確約して頂きたい。念のためです」

「それはもちろんお約束します、プレツェリ弁務官。これほどの重大情報、フェザーンにとっては証拠を残しておけるはずもないでしょうな」

 

 

 

 内実を知る者にとっては茶番だろう。

 

 同じ同盟の側に属する人間同士がおためごかしに話している。

 しかもここはハイネセンだ。

 とはいえ、プレツェリは真実を明かすことはしない。今は素性を隠し、あくまでフェザーン弁務官という人間の立場で責務を果たすのだ。まるで二重スパイのようだな、とプレツェリは思わないでもなかったが、気を許さないのも職務の内である。

 

 情報を渡せば仕事は終わりだ。

 プレツェリはこれで席を立ってもよかったが、やはり確認しておきたいことがあった。

 

「我がフェザーンは情報というものの重要性と怖さを認識しております」

「それは当然です。私も同じ認識ですよ。情報を軽んじる輩の気持ちがまるでわかりません」

「今回お渡しした情報も戦いの帰趨を左右するものになるでしょう。間違わずに活用すれば。結果、そちら側の兵士の命に換算すればどれほどの数に値するか」

 

 プレツェリはそう言って話を向けた。

 何気ないおまけの会話のようだが、このヨブ・トリューニヒトの考えを探る助けになればいい。

 自分はそれを確かめたいのだ。

 ヨブ・トリューニヒトがそれに対して即答してくる。

 

「そう、どれほどの数に及ぶでしょうか。我が同盟軍兵士の犠牲を一人でも減らすため、最大限役に立てなくては」

「そうしてもらわねば困ります。せっかくお渡しするのですから」

 

 そこだけはプレツェリの本心だ。

 同盟のため、その情報を是非とも使ってもらいたい。

 

「ついでの話ですが、国防委員長、この情報を具体的にどう使うか思いつくことはありませんか?」

 

 更にプレツェリは一歩踏み込んだ。

 トリューニヒトは少し首を傾げ、今度は一呼吸考えてから言う。

 

「いえ知っての通り、私は軍事の本当の専門家ではありません。国防委員ではありますが、それはいわゆる文民統制の一環としてのものです。私などが思いつけるのは常識の範囲を超えないものでしょう。いわゆる素人考えというものです。まあ、それで言ってしまえば、もちろん敵帝国艦隊より十二分に上回る戦力をあらかじめ用意して、一気に決着を付けるべきでしょう」

「なるほど、全く同意できる考えですな」

 

「帝国側の戦力が分かっていれば対応する戦力が容易く計算できます。それに、下手に小出しにして持久戦になってしまえば有人惑星に被害が及ぶ可能性が出てくるでしょうし。破れかぶれになって思いもよらないことをしでかしたら厄介と考えます」

「確かに民間人被害を考慮するのは最優先でしょう」

「もう一つ気になるポイントは帝国軍の司令官のことです。あまりに若い。帝国軍の意図が何なのか判断しかねますが、司令官が分かれば性格と能力を確実に分析できます。順当に考えるならば、若さゆえ作戦行動は短慮で性急であるかもしれませんが、あるいは別の可能性も……」

 

 ここで話が途切れた。

 ヨブ・トリューニヒトの顔に警戒心が垣間見える。

 おそらく、話に乗せられてしゃべり過ぎたと思っているのだろう。ここはこれ以上探るべきではない。

 

「軍事も単純ではなさそうですが、しかし驚きました。文官である国防委員長が直ぐにそれだけおっしゃることができるということ、自由惑星同盟の人的資質も捨てたものではないようです。」

「お褒めいただいて何よりです。まあ、これでも私は市民から任されて国防委員の椅子に座っている者ですから、多少は勉強したつもりです。しかし、今おっしゃられた人的資質というものは相対的なもので、同盟がフェザーンや帝国に比べてどうか心許ない。いや向上の努力を継続し続けないと同盟の未来が暗いものになってしまうでしょう」

 

 

 

 それで会談は打ち切られた。

 

 しかし、プレツェリはヨブ・トリューニヒトという政治家が、本気で同盟のことを思う真摯な政治家であることを知った。

 会話をしたのは今回初めてだが、権力や金、地位、票のことばかり考える悪徳政治家には見えなかった。他の凡百の政治家に比べればよほどいい。

 

 ヨブ・トリューニヒトは他の政治家についてはあえて言及しなかったようだが、今の自由惑星同盟には能力以前の問題で政治家たるにふさわしくない人物が多いことは明らかだ。同盟の最高評議会議長サンフォードすら黒い噂が付きまとうほどに。

 

 そしてトリューニヒトは知的能力についても水準以上に思えた。

 

 もう一つ、会話中で特に気を引かれたことがある。

 今回の情報を活用して兵士の犠牲を減らす、と言っていた。

 決して帝国軍と戦って勝利するという言い方ではなかったのだ。そうプレツェリは記憶している。

 

 

 

 そして渡された情報は無駄にはならず、しっかりと活かされた。

 

 同盟軍統合作戦本部は侵攻してくる帝国艦隊が二万隻規模と知り、それに対応した作戦案を練り上げたのだ。

 結果、第二艦隊と第六艦隊の二個艦隊を動員して迎撃に当たる、当初軍部ではそんな作戦を考えた。その二個艦隊だけで艦艇二万八千隻になる。帝国艦隊より充分な優位に立てる数だ。

 加えて帝国艦隊にとっては敵地であり、同盟にとっては自領なのだ。戦況が持久戦になれば物資面でも有利になる。

 

 ところが驚くべきことに国防委員会はこの作戦案を却下した。

 

 もっと多くの艦隊を動員し、大戦力を一気に叩きつけて確実に勝利すべし、との注釈をつけて送り返してきたのだ。辺境領民への配慮が足りないとも明記してある。

 ヨブ・トリューニヒト国防委員がそれを特に強く主張したとの噂だ。

 

 すると今回同盟側の作戦を担当するロボス元帥は面目を失い、消極的になった。

 もっと簡単に言えばふてくされた!

 その結果自分が総司令として戦場に行くことをやめ、現地司令官の状況判断に任せる、と決めてしまった。

 

 複数の艦隊を動員するのに総司令部を置かないなどというのも普通には考えられない。いくら有利な戦力比でも連携が取れないではないか。

 

 

 銀河の歴史に燦然と名を残すアスターテ会戦、結果的に大きな意義となる。

 しかし戦う前に同盟側の歯車は狂い始めていたのだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第三十話 アスターテ ~平行線~

魔術師、見参!
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