疲れも知らず   作:おゆ

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第三十話  487年 2月  アスターテ ~平行線~

 

 

 同盟軍統合作戦本部シトレ元帥はロボス元帥の我儘ぶりに呆れて翻意を促した。

 

 総司令部無しで大会戦を戦うというのか!

 

 事は同盟将兵多数の命に関わる問題であり、統合作戦本部としてほっておくわけにいかない。だが余計依怙地になったロボス元帥は作戦担当という立場を盾にとって変えようとしない。

 かといって今さら作戦担当をシトレ元帥に譲る気配もないとは!

 戦いを慎重に考えていたシトレ元帥とは違い、ロボス元帥は自領で迎撃する作戦であり、戦力でも優っているのでどう戦っても勝利すると楽観していたからだ。

 自分がわざわざ行くこともない。そして勝てば自分の株も上がるという姑息な計算をしていた。

 

 この頃、統合作戦本部からグリーンヒル大将が再びロボス元帥の参謀長に異動になっていた。

 しかしそのグリーンヒル大将も手の打ちようがない。これまでと同様、ロボス元帥は参謀の意見に耳を貸さないからである。いやむしろ年をとるごとに頑迷さの度が増しているように感じる。

 

 ただしシトレ元帥の圧力と、暗に動くグリーンヒル大将の根回しは全くの無意味に終わったわけではない。

 国防委員会の主張によりやむなく追加でもう一個艦隊を追加することになったのだが、ロボス元帥はむろんロボス派の構成員である第四艦隊パストーレ中将を推挙した。

 

 しかしそうはならなかった。

 

 もちろん例の通りウランフ中将、アップルトン中将といった主戦派の面々が追加される艦隊へ参加を希望してきたが、とりわけ強くボロディン中将が参加を希望したのだ。先のシュムーデ少将の帝国艦隊に運悪く出会えず、すんでのところで逃がした悔しさがあったからである。

 軍部にそれを是とする雰囲気があり、ロボス元帥も空気を読んで渋々認めざるを得ず、追加される艦隊はボロディン中将に決まった。

 

 最終的に同盟軍は三個艦隊四万隻を差し向けることとなる。

 第二艦隊パエッタ中将、第六艦隊ムーア中将、そして第十二艦隊ボロディン中将という陣容だ。

 

 

 

 

 手に入れた情報は正しく、やがて帝国軍艦隊二万隻がイゼルローン回廊を抜けて同盟領に侵攻してきた。

 

 同盟政府は大急ぎでイゼルローン方面辺境星系から住民の避難を進める。

 それらの人々は思う。また我が家へ戻れるのか。

 避難民たちは同盟軍の奮戦に期待を寄せる。もしも同盟軍が敗退し、帝国軍が惑星表面を占拠ないし破壊するようなことがあれば無情にも生活の拠点を失ってしまう。他の惑星で肩身の狭い思いをしながらもう一度開拓を始めなければならないのだ。

 それでも帝国軍に捕まって農奴にされてしまうより千倍マシなのは言うまでもない。

 

 避難を始めた星系は幾つかあるが、エル・ファシルもそういった一つである。

 住民は皆忙しく避難の準備をしている。しかし、その表情は疲れの中にも明るさがあった。

 報道管制をぬって一つの情報が広まっていたのだ。

 今回、帝国艦隊を迎撃に向かう同盟軍艦隊の中に第二艦隊が含まれている。つまり、ヤン・ウェンリーが参加しているということなのだ!

 あのエル・ファシルの英雄が今度もなんとかしてくれるのに違いない。

 特に若い女性は熱の入ったファンレターを送るのだった。

 

 

「先輩、このファンレターの山を取っておくんですか? 返事はどうするんです」

「アッテンボロー、今さらそれを聞くのかい? 自分ならどうする?」

「そりゃあ、返事なんかできませんよ。一つに書いたら他のも全部書かなきゃいけなくなるし」

「そうだろうとも。他に考えようもない」

 

 同盟艦隊がハイネセンを出港し、今までの忙しさが一段落した時のことだ。

 それまで軽口を言う暇もなかったが、ようやくファンレターといった雑事の話ができるまでになっている。

 

「でも先輩、あるいはこの艦隊の空戦隊にいるポプランっていう色男のように美人の写真付きのだけ返事するって方法を使うとか。」

「いちいち封を開けて中を見る時間も取れない、いや取りたくないんだがねえ」

「いや分かってますよ。そりゃあ、先輩の勤勉さは限られてますから。しかも小さ目に。どうせなら別の方に有効活用してほしいのは山々で」

 

 参謀として第二艦隊に随伴しているヤン・ウェンリーに話しかけているのはもちろんその後輩ダスティ・アッテンボローだ。そのアッテンボローはファンレターの一つをつまんでひらひらさせながら首をかしげている。

 おどけて冗談を言うポーズである。

 

 しかしここで軽口を止め、表情を少しだけ真面目な方に傾けた。

 

「ところで先輩、今回の戦いはどうなんです? みんなもう楽勝ムードなんですが、本当に同盟側の楽勝になるんでしょうか。順調過ぎるのも心配で」

「そうだなあ、普通に考えれば帝国艦隊の二倍の兵力、よくここまで大盤振る舞いしてくれたと政府に感謝したいところだよ。大兵力で短期に終わらす、それが可能なら一番に考えるべき方策だからね。今回はいい判断をしてくれたものだ。しかし、どうも艦隊の配置が気になる」

「今回は三方の平行進撃から包囲殲滅でしょう。完勝には一番の態勢じゃないですか」

「そうなればいいんだけど、向こうがもし本当に有能だったら、そうとばかりも…… いいや、確かにここで想像ばかりしていても仕方ないな。仕事の一環にした方が建設的だ」

 

 なおさら疑問顔になってしまったアッテンボローをさておいて、ヤンが少しばかり思索に入った。

 今回の戦いは帝国側の動員数を事前に知っていた同盟側の圧倒的有利だ。

 

 動員兵力は二倍に達し、陣形もいい。しかし懸念が残らないわけではない。

 

 

 

 この会話の直後、ヤンは上司である第二艦隊司令官パエッタ中将に具申した。

 参謀としての権限による直球だ。その内容は同盟軍作戦の骨子である平行進撃の危険性についてである。

 

「同盟軍の三個艦隊は率直に言って距離が離れ過ぎています。少なくとも互いに状況の分かる距離、時間距離にして数時間内にとどめるべきです。どんな事態になっても連携を失わなければ数の利を失わない態勢にできるでしょう。すなわち危険なく勝てます」

「そんなことはわかっている。ヤン准将。だが、そうすれば帝国軍を包囲に取り込めないではないか。向こうの立場なら絶対的に不利と分かっているところにわざわざ飛び込むはずがない。回れ右されてしまえば殲滅できなくなり作戦は失敗する。油断させて食い付かせてこそ作戦がうまくいくのだ。そのために当初はやや距離を取らざるをえん」

 

 ヤンにもパエッタの言い分はよく分かる。

 確かに明らかに必敗になるところへ帝国艦隊が来るわけがない。

 

 しかし、あえて言わなくてはならない。自分の思うところの戦略的考えを。

 それは勝利というものの捉え方だ。

 ヤンは今回、防衛戦という見方をしている。すなわち自領の市民を守ることが勝利であり、目的である。

 しかしパエッタはあくまで帝国艦を葬ることを目指している。

 

「戦いが起きないのが失敗でしょうか? 帝国側が不利を悟り、戦わず撤退してくれればそれに越したことはないでしょう。犠牲は何もありません」

「みすみす逃がして、戦いにすらならなければ何が勝利だ?」

「今回、帝国艦隊を同盟領から撤退に追い込むことが目的であり、戦い自体はその手段に過ぎません。同盟の辺境星系を守る上で戦いが回避できるなら願ってもないことです」

「いいや戦って帝国軍を少しでも撃ち減らしておくのだ。今回はその絶好の機会だ。生かして帰らせてはならない。ヤン准将、軍人が戦いを避けてどうする!」

「犠牲無くして目標を達成するのが最良の結果ではありませんか」

 

 これは考え方の違いである。

 どちらも自分の考えというものがある。話してもやはり平行線にしかならない。

 

 

 

「しかしヤン准将、その考えにも聞くべきところがある。進言は感謝しよう」

 

 パエッタ中将から議論の矛先を収めた。

 この年下の冴えない風貌の参謀を邪険に扱うことはしない。最後は少し相手に気を遣った言葉だ。

 

 それに今までこの参謀の意見は的確そのものであった。幾度の戦いにおいて、その進言は少なくとも後から考えたら間違いであった試しがない。

 何より第二艦隊司令パエッタ中将は猛将として知られるが暴虐ではなく、無駄に威張り散らすタイプではない。むしろ同盟軍の艦隊司令官の中では公正な方である。若い頃はもっと我の強い司令官だったが、年齢とともに熟成されバランスがとれてきている。

 

 それが分かっているヤンも言い方を変えた。

 

「いえ司令官、私も出過ぎたことを言いました。それでは少しでも危険を減らせる策を考えましょう。帝国軍のあらゆる動きを予めシミュレートして即応できる状態にしておき、いわゆる虚を突かれる事態を防ぐのです。それと他の艦隊との連携をもう一度調整しましょう」

 

 それにはパエッタ中将も同意した。用心に越したことはないのはその通りだ。

 

 

 

 一方の帝国艦隊の側である。

 イゼルローン回廊を進み、まもなくそこを出て敵領に入る。

 

 戦いは間近、総司令官であるラインハルトは高揚している。

 

「キルヒアイス、楽しみだな。この戦いに勝てばようやく俺も元帥になれるだろうか。ここまで長かったな」

「ラインハルト様、これで長いと言ったら聞く者がやっかみましょう」

 

 ラインハルトはまだ二十一歳なのだ!

 帝国軍では異例としか言いようがないほど出世を極め、この齢で上級大将の位についているのにそれでも遅いという感覚は普通ではない。

 

「先にはローエングラム家の名跡などという形ばかりのものを貰ったが。俺には元帥の方がいい」

 

 そんなことを聞いてキルヒアイスは苦笑するしかなかった。帝国に古くから存在し、今は名跡が途絶えているローエングラム家という大貴族家の名をもらったのに少しも有難がっていない。人によっては気も狂わんばかりにうらやましく思うだろうに。

 それよりも帝国元帥という軍事的実力を欲している。

 

 おまけに来たるべき大会戦でもう勝った気でいるではないか。キルヒアイスの知る通りラインハルトは気が早い。それは子供時代から変わっていない。

 

「そうですね、ラインハルト様。ですが戦いに際しては敵にも考えがあるでしょう。勝ってからお考えになってもよろしいのではないですか」

 

 もう一つキルヒアイスに分かっていることがある。

 ラインハルトはただ単に昇進の手段として戦うのではなく、戦いそのものを欲している。

 有能な敵と火花を散らして戦うのが本来の望みなのだと。

 

「そうだな。確かに敵には敵の考えがある。しかしキルヒアイス、これまで敵に歯応えなどなかったぞ。今回の戦いも勝って下さいと言わんばかりではないか。味方が足を引っ張らなければ負ける要素など思いつかない」

「そのことですがラインハルト様、今回の遠征では帝国軍の曲者ばかりを押し付けられたようですね。実力としてはメルカッツ中将、ファーレンハイト少将には見るべきところもございますが扱いにくいという評判、そして他の将に特に語るべきものは」

「キルヒアイス」

「ラインハルト様」

「キルヒアイス、お前さえ側にいれば俺は勝てる。必ずだ。他は邪魔したり裏切ったりしなければそれだけでいい」

 

 

 その自信を持って戦いに挑む。

 アスターテ会戦、それは華麗な響きとして後世に記憶され、ラインハルトの生涯を彩る一つになる。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第三十一話 アスターテ~光芒の宇宙~


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