同盟領に入った帝国軍二万隻はゆっくりと行軍した。もちろんその軌跡は同盟領に多数設置されている索敵ブイによってモニターされている。途中で引き返すこともなく、分散することもない。極めてオーソドックスな行軍だ。
それに同盟側にとって安堵したことがある。
今回の帝国艦隊は近隣の同盟領星系を強略することがなかったのだ。そんな利益にはまるで興味がないように進んでいく。当たり前のようだが、今までの帝国艦隊の行動からすれば良い意味で驚きなのである。
一方、同盟艦隊はそれに対応した迎撃ルートをとった。
三方からの包囲完成を目論み、三個艦隊を分散させ進撃させている。大きく迂回して帝国軍艦隊の後方に回り込むのだ。それがうまくいけば自領での大軍による包囲作戦の完成である。理想的な殲滅戦になり、大勝利は疑いないと思われた。
予定宙域はアスターテ星系付近と見込まれた。気が早いことに戦いはアスターテ会戦と名付けられているほど予定通り進んでいく。
ところが帝国艦隊は忽然と姿を消す!
いきなり濃密な電波妨害をかけてきた。それのみならず、索敵ブイも片っ端から破壊してしまったようだ。今までそんなことをしなかったのは、未熟な司令官が油断して進撃しているように見せかける帝国側の欺瞞だった。
同盟側が手を打てないうちに、帝国艦隊は最大戦速でいずこかへ消えた。
「先に索敵を潰すとは、その若い司令官とやらも意外に手強いな。しかし逆に帝国艦隊の狙いが明らかになった。必ずや奇襲を考えている。直ちに駆逐艦を全方位に展開して索敵網を作り直せ!」
こう言うのは包囲の一角を担う第十二艦隊ボロディン中将、勇将として名高い。即座に考えを巡らせ、状況に対応していく。
「帝国艦隊はどこから襲ってくるか分からん。だがしかし、おそらく我が艦隊の後方を狙って来るに違いない。こちらが三方から包囲を図っていたことをおそらく知っているだろうから、向いている方向も特定しているはずだ。しかしそれを逆手に取ってやる! 艦隊方向を変えつつ、移動するぞ」
この早い段階でボロディンは包囲網の完成をすっぱり諦めた。
敵帝国艦隊の所在がはっきりしなくなった以上、包囲にこだわるのは意味がない。
いやむしろ動かなければ先手を取られて危険になる。
しかし、艦隊を移動させるとしてもどこへ向かえばいいのか?
いったん状況を仕切り直してハイネセン方向へ戻るか。それが順当かもしれない。帝国側が有人惑星の攻撃をしていないなら、もう一度迎撃の作戦を練り直しても間に合う。
それに第二艦隊か第六艦隊へ今から向かっても、同じようなことを考えて既に移動を始めた可能性があり、合流できないかもしれない。
だがボロディンは考え直した。
それはダメだ。逆に言えば第二艦隊や第六艦隊が同じように考えている保証はないのだ。
帝国艦隊が奇襲をかけてくるならば、一個艦隊は確実に犠牲になってしまう。この第十二艦隊が単独で撤退してはならない。
ボロディンは考えた挙句、第六艦隊の方を選び、第十二艦隊へそこへ向けての移動を指示した。
しかしこれは結果的にわずか遅かったのだ。友軍の方を考えてしまったからではあるが、常日頃果断なボロディンにしては痛恨である。
ボロディン第十二艦隊のオペレーターが叫ぶ!
「後方より帝国艦隊! 数、およそ二万隻! 急速に接近しています! 推定接触時間、あと一時間」
「何、何だと! あと一時間とは早すぎる! 帝国軍はいったいどんな魔法を使ったんだ」
ボロディンはさすがに焦る。奇襲の可能性を考え、逆手に取ることも考えていたのだが間に合わない。全体の方向転換はまだ終わっていないのだ。
まして他の同盟艦隊の動きも分からず、応援がいつ来るのか目途が立たない。
「全艦、速度上げろ! 第六艦隊方向へ急げ! 襲ってきた帝国艦隊へ回頭はするな。この態勢では自殺行為だ。それに、どのみちこの艦隊だけで二万隻に対抗はできん」
ボロディンは勇将の誉れ高いが決して無駄に勇猛なのではない。果敢に戦うべき時とそうでない時をきちんと弁えている。
今、ボロディンの第十二艦隊は一万ニ千隻、今回動員された三個艦隊の中では一番少ない。同盟軍では、比較的後で結成された艦隊である第十、第十一、第十二艦隊は小さめなのだ。
だからこそ帝国軍はこれを狙ってきた。
「ほう、三方からの包囲などという下らない夢を諦め、もう移動を始めていたのか。なるほど、敵もまるっきり無能というわけではなさそうだな」
「しかし間に合いました。予定の各個撃破には差し支えないかと」
「そうだなキルヒアイス。始めるとしようか」
この帝国艦隊の総旗艦は白く優美、しかし高性能なブリュンヒルトという新造艦である。
今、ラインハルトはその指揮シートから立ち上がった。
その姿は艦橋の誰もが美神と見紛う光に満ち溢れていた。覇気の微粒子がきらめいて全身を包んでいるような錯覚さえ覚える。
「長距離砲戦用意! あくまで敵の後方を捉えたまま、戦艦は全て連携して主砲斉射準備に入れ」
「イエローゾーン突破、あと三秒でレッドゾーン抜けます、3、2、1、」
「よし、砲撃開始!」
最初の斉射三連だけで同盟第十二艦隊に少なくない損害が出る。
「何という的確な集中砲火だ。この帝国艦隊は強い。しかも速く、ただ逃げ切るのは難しい。やむをえん、艦隊をやや散開させて惑わすのだ。ミサイルで牽制しながら空母だけは守れ」
第十二艦隊としては全滅は避けなくてはならない。分艦隊もあえて固まらず散開させる。これもボロディンの冷静な判断だ。
「第六艦隊はまだ見えないか。最後に確認した位置から移動してしまったのか…… 合流できれば戦いようもあるのに」
それでもボロディンは一方的に打ち崩されたわけではない。
冷静に観察すると、敵帝国軍艦隊の中でも動きにワンテンポ遅れる部隊がいくつかあるのに気付いた。
「帝国艦隊の中でも濃淡があるな。付け入る隙が無いわけではない。動きの鈍い部隊を集中して狙え! そこを崩せば向こうも足を止めざるをえない。それで時間が稼げる」
さすがに実力派で知られた闘将ボロディンの狙いは的確だった。
これで一瞬だが帝国艦隊側にむしろ爆散が相次ぎ、損害が出る。逆転はしないまでも一息つけることになる。
「敵の集中砲火にてエルラッハ少将の部隊に被害甚大!」
「何だと、無様な」
もちろん帝国側でもブリュンヒルトにその報告が行く。
ラインハルトは怒気を収めると、この悲報にたじろぐことなく命ずる。
「被害艦など捨てていけ。全体の艦隊行動に影響を及ぼしてはならない。迅速な行動こそ勝利の鍵である」
しかし、通信オペレーターはすぐに動けなかった。
ほんのわずか躊躇してしまったのだ。必要な指示であるのは理解できる。ここは戦場であり、合理性のために犠牲が必要になることもある。まして艦隊総数で劣るのだから機動力を失うわけにいかないのも分かる。
しかし、敵領内において味方艦隊からはぐれてとり残されるのは、兵にとって希望が絶無になることを意味するもので、あまりに非情な命令だった。
ここにいる通信オペレーターは総司令部付けであり、もちろん有能な者が選ばれている。普段は遅滞などするはずがないのに。
オペレーターたちの心情が分かる人間がいる。
いつもラインハルトの横にいて、優しい眼差しを絶やすことのない盟友が。
その胸には遠い昔、ラインハルトともう一人の人物に立てた誓いを秘めている。
「ラインハルト様、皆が戸惑っているようです。もう一言付け加えておいては」
「あ、ああ、そうだな、キルヒアイス。その通りだ」
ラインハルトはキルヒアイスの助言ならば素直に受け入れ、命令の解釈を付け加えたのだ。
「損害を被った艦で速度が出せないものについて、その乗員は全員速やかに最寄りの艦に移乗、それを確認したのち被害艦をためらわず自爆させよ」
今度は通信オペレーターも安心して命令を伝える。
そんなオペレーター達は戦闘中に無用なことを考えてしまった。金髪の美神は長身の赤毛の従者が寄り添ってこそ完璧になれる。それで完全なのだ、と。
戦いが進み、やはり刻々と第十二艦隊が削られていく。その破綻が秒読みだ。
その時、ようやく待ち望んだ希望の光が差し込んできた。
「艦影を探知! 友軍です! やはり第六艦隊が前方にいました!」
同盟三個艦隊のうちでも第六艦隊ムーア中将は状況の変化についていけず、移動もしていなかったのだ。
どうしていいか分からなくなって留まっていたというのが正しい。
実際には移動を強く進言する参謀がいたのだが、ムーア中将はいったんその案を却下した手前、その無駄なプライドによって最後まで聞き入れることはなかった。
そして第十二艦隊に見つけられたが、逆に第六艦隊の側も第十二艦隊を探知した。よくよく見ると、何と第十二艦隊は半壊状態ではないか! 艦列を保つのがやっとだ。
おまけにその背後には帝国軍艦隊も見える。
「あ、あれは何だ! 帝国軍は包囲網の中にいるはずではないか。それが第十二艦隊を追っているとは、どうなっている!」
ムーア中将はそう言うが、現実に帝国艦隊の方が第十二艦隊を後方から追って攻勢を加えている。
一方、ボロディンと第十二艦隊は歓喜している。
「よし、第六艦隊となんとか合流できる。これで数の上では逆転だ。我が艦隊は大きく迂回しながら回頭し、艦列を第六艦隊にそろえる。そうしたら逆撃を加えるぞ。もう戦いはこちらのものだ」
やっと一安心できる。これで勝てるだろう。
当初の三個艦隊で圧倒するというものではないが、二個艦隊が揃えば同盟側が数で優位に立てる。
予定通り撃滅してくれる。
帝国艦隊もここまで戦ってきて疲労が蓄積しているはずだ。同盟領に侵攻してきた報いを受けてもらおう。
「ラインハルト様、数の上では不利になりましたが、お逃げになりますか。今戦いを終わらせても一定の戦果になるでしょう」
「バカを言うな、キルヒアイス。分かってるんだろう? 敵の新たな艦隊、といっても動かなかっただけだ。それで無能なことは明らかではないか。そんな艦隊が応援についても何ら憂慮するに及ばん」
もちろんこのラインハルトの返事はキルヒアイスの予定内だ。
ラインハルトの覇気はここで逃げるのを良しとするはずがない。もちろん、大言壮語ではなく、勝てる充分な実力があって言っているのだ。
キルヒアイスは穏やかに微笑み、スクリーンの一点を指し示した。
「では、攻撃続行を。見るとこのポイントに間隙がありますので、そこを突けば敵の二個艦隊は連携が取れないでしょう」
「こいつめ、最初からそのつもりだったな。そう、そこを突けば事実上各個撃破と同じことになる」
全体として、同盟艦隊の方が数の優位を当て込んで攻勢を強めた。ただしそれはわずかな間に過ぎない。
帝国軍は巧みに同盟二個艦隊の連携の結節点を撃ち抜き、混乱を引き起こす。
「くそ、これはまずい。とにかくいったん攻勢を強めて敵を引き離せ。このままでは瓦解するのはこちらになり、第六艦隊と共同歩調もとれない」
ボロディン第十二艦隊が温存していた残り弾薬のありったけを放って大攻勢に出る。
それは長く続けられるものではないが、一定の戦果をもたらしてくれた。
「フォーゲル少将負傷! 損失多数!」
この報がまたしてもブリュンヒルトを駆け巡る。
貴重な五つの分艦隊のうち、これで二つまでもが決定的に破られてしまったのだ。
「愚か者が、この局面で油断するとは何を考えていた! 敵の大攻勢の目的は目くらましに過ぎず、照準も雑だ。対処は難しくないはずなのに」
「ラインハルト様、しかしそこから崩されますと、多少は困ったことに」
キルヒアイスに言われるまでもなく、帝国軍としては早急に対処が必要だ。
分艦隊のレベルで艦列に穴が開けば、そこを付け込まれて乱戦になってしまうかもしれない。そうなれば数で劣る帝国軍が圧倒的に不利に決まっている。もちろん同盟側もあまり乱戦は好むはずはないが、戦闘というものは得てしてそうなる。
しかし、帝国艦隊が策を打つ前に、敵が突破してくるどころか弾き返されたではないか。
もはや対処に動く必要がない。
先ほどまでの動きの悪いフォーゲル分艦隊と同じ分艦隊なのに、鮮やかな艦隊運動で敵の突破を許さなかった。
「これは見事だが、いったいどうしたことか。フォーゲル少将の分艦隊に状況報告を求めよ」
ラインハルトが最後まで言い切らないうちだった。その分艦隊の旗艦からブリュンヒルトに通信が届けられたのだ。
スクリーンが通信に切り替わると、そこには乱雑に破壊された艦橋が映し出されていた。
倒れた柱や投げ出されたシートがいくつも見えている。これはよくある被弾した艦の有様であり、未だ搬送されていない怪我人がいる。
それどころか搬送も治療も必要なくなった動かない兵がそのままにされている。
報告してきた士官さえあちこち包帯を巻かれていて、怪我は決して軽くなさそうだ。
だがスクリーンの越しにラインハルトへ向かってしっかり敬礼してきた。
それは砂色の髪をした若い士官だった。
次回予告 第三十二話 アスターテ ~総力戦~
ついに常勝対不敗