疲れも知らず   作:おゆ

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第三十八話 487年 4月  不安

 

 

 

 フェザーン防衛艦隊、それはいずれフェザーンの防衛を担うために創られた。

 エカテリーナの発案によるものであり、アドリアン・ルビンスキーもそれを良しとした。そうと決まれば資金は充分にある。

 

 今はまだ雛型にしか過ぎない。

 艦艇数にすれば総数九千隻足らず、旧ヘルクスハイマー私領艦隊の艦、それを追ってきて鹵獲された貴族艦隊、そしてフェザーン警備艦隊を融合させたものだ。

 人員はヘルクスハイマー艦隊のうち同盟への移住をではなくフェザーンに残留を希望した者、またはフェザーン人で急遽教育訓練を受けた者など雑多である。

 

 この艦隊は今は雌伏しているが、いずれは世に出るのだ。

 エカテリーナは今、出すべき時なのかと思った。

 

 もちろんこの重大事を父アドリアン・ルビンスキーに相談する。

 

「お父様、これも機会だと思いますわ。フェザーン防衛艦隊はやっと形を取り繕ったとしても、決定的に欠けていることがあります」

「ほう、それは何だ、エカテリン」

 

 アドリアン・ルビンスキーはいつもの楽し気な表情だ。子供の成長はいつでも親の楽しみである。

 

「艦隊には実戦経験が不足しています。機会を見つけて経験を増やさなけばいざという場合に大きな不安が残ります。それに帝国に対しすっと隠し通せるわけもなく、いずれは艦隊の存在が明るみに出ます。しかも今、カストロプ家に貸与すれば大変な恩を売ることになり、見返りにかなりの大きな利権を取れるでしょう」

「なるほどそう思うかエカテリン。では簡単に言っておく。結論は賛成だ。ただしお前の意見には反対だ」

 

 アドリアン・ルビンスキーはことさらわざと優しい声色を出している。表情も穏やかなままだ。

 これはアドリアン・ルビンスキーがエカテリーナを叱責する時、いつも取る態度なのだ。もちろんエカテリーナはそこらの娘とは違う。アドリアン・ルビンスキーが聡明なエカテリーナを叱責することなど滅多にない。その数少ない場合でも、やむを得ず行うことであり、それ以上にエカテリーナに愛情を持っていることを表わすためのサインである。

 

 

 

「エカテリン、戦う経験を持たなかった艦隊がいかに弱いか、それはよく分かる。数だけは帝国の半個艦隊ほどだが戦力はもっと劣るだろう。いずれ問題になってくるのは事実だ。このタイミングでカストロプ家に貸与するのもいいだろう」

 

 エカテリーナはじっと聞いている。口を挟まない。父は何事かを言わんとしている。

 

「だから結論としては艦隊を貸与、これは良しとする。しかし言っておきたいことがある。エカテリン、お前は理由を並べ立てたな。それが間違いなのだ。行動する場合には、理由はたった一つ、目的はたった一つでいい。たった一つを確実に達成すればいいのだ。人は明確な理屈が分からない時に限って理由を並べ立てる。そして間違った方向に行く」

 

 あ、そうだったのか! エカテリーナに父の言うことが分かってきた。私は間違っていた。

 しかしまだ口を挟む時ではない。

 今思いついた返事など返したら、理解が上っ面のものになってしまう。それでは忠告が決して身に付かないだろう。

 

「エカテリン、決断を下す方法を学んでおけ。お前は高い所に立って、大きく全てを見渡して決断し、人を導かなくてはならん。でなければフェザーンを背負って立つことはできん。その訓練が今から必要なのだ」

 

 今、父は自分を帝王教育しようとしている。人々を正しい方向へ導く帝王学を教えている。

 アドリアン・ルビンスキーの湛えられた叡智は深く広い。その一端に触れさせてもらっているのだ。

 しかしなぜこの自分に。

 それもこんな早い時期から。

 

「済みませんお父様、ようやく分かりました。理由というものは明確に一つでいいものだと。今改めてそれを学びました。ですが何か落ち着きません。お父様に何かあるんでしょうか」

「どうしたというんだエカテリン。それとも何か、今のが遺言のように聞こえたとでも言うのか?」

「いえそんなことは決して。ですが」

「教えることはいくらでも残っている。まだまだあるのだぞ、お前が思うよりも。一つ一つ確実に学んでいくのだ。そのために時間はいくらあっても足りない」

 

 時間……

 

 少しばかり引っ掛かるものがあった。アドリアン・ルビンスキーの父も祖父も若い時に病死している。

 

「まあ、ルビンスキー家は決して長命の家系とはいえんからな」

「これからも多くを学んでいこうと思います、お父様。必ず」

「そうしてくれるか、エカテリン」

 

 ここでアドリアン・ルビンスキーは父親としての柔和な表情に戻る。

 

「そうだ、良いことを言えば、お前はルパートと本当に仲がいい。これからもそれは続くだろう。これは一つ大いに安心できるものだな。人の好悪というものは自分で変えられず、一番学ぶのが難しい種類のことなのだ」

 

 

 

 

 ここで決定された。

 フェザーン防衛艦隊の半数以上にも当たる六千隻が期限を決めてカストロプ家に貸与される。

 むろん、期待をはるかに超えた望外な約束にエリザベートは安堵した。

 

「ありがとう、エカテリン。本当に……」

 

 これ以上の言葉は不要だ。

 今は友人となった二人なのである。長い長い感謝の言葉もそれを聞くこともしなくていい。

 

 もちろん契約上としては使用意図についてフェザーンは何も聞いていないという体裁だ。純粋な商売上のレンタルであるという形である。

 あくまで宇宙海賊への圧力と警備のためであり、それ以外のことは想定していないことになっている。契約書にはご丁寧にも一方的な襲撃に対しやむを得ず対処せざるをえない場合以外、積極的戦闘使用は原則不可、という条項まで入れている。もちろんとってつけたようなもので、言い訳の準備以外の何物でもないのは誰の目にも明らかだ。

 

 その対価は大きい。フェザーンはカストロプ家がオーディンに残してあった広大な屋敷や美術工芸品を全て貰い受けることとした

 

 この契約成立の報はいちはやくカストロプ本領惑星に届けられる。

 マクシミリアン・フォン・カストロプは珍しく喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「おお、エリザベート、これは褒めてやろう。大したものだ。フェザーンから六千もの艦隊の貸与を引き出すとは期待以上にうまくやってくれた。さしずめ女学校の同窓とかいう娘をうまく丸め込んだのだろう」

 

 エリザベートは怒られるよりは良かったものの、複雑な感情を抱いた。

 自分はエカテリーナに誠心誠意頼んで、エカテリーナはそんな自分を信じて決めてくれたことなのだ。

 断じて騙したのではない。

 

 

 

 

 一方、帝国政府はマクシミリアン・フォン・カストロプの真意を問いただすためにオーディンに召喚の命令を下すが、のらりくらりと躱されることが続いていく。業を煮やして迎えの艦を派遣しても病気療養中を理由に逃げられる。

 

 最後、皇帝の勅命という何人も逆らえない形を用いて呼んでも無視される。

 ここに至ってカストロプ家の叛逆は明確になった。

 

 

 国務尚書クラウス・フォン・リヒテンラーデが皇帝に奏上する。黒真珠の間がその国事の場所だ。

 銀河帝国皇帝に直接裁可をいただくという重大事はリヒテンラーデしか言えない。

 

 この黒真珠の間に、関係者として財務尚書ゲルラッハ子爵を始めとして司法尚書や宮廷尚書らの文官が控えている。しかし、それらとリヒテンラーデとは隔絶した差があり、同じ尚書でも重みが全く違う。宮廷尚書など金で買えるとまで言われている程度のどうでもいいものである。

 もちろん違いはその立場のみならず、リヒテンラーデ個人の国事における権威、皇帝の信頼の厚さが明らかだ。

 

「皇帝陛下、ルドルフ大帝の功臣カストロプ公爵家、まことに残念ですが時の流れは忠誠心をも押し流し、今の代に残されてはいないようです。名家を消すのは忍びないことではありますが、帝室の威信を示すため、謀反には断固とした態度をお示しあるよう奏上申し上げます。既に軍部は討伐準備を進めておりますれば、一言お言葉を賜りたく」

「その言を良しとする」

 

 皇帝にとりカストロプ家はどうでもいい存在であり、関心はない。マクシミリアン・フォン・カストロプを見たことがあるのかもしれないが、特に印象はなく、謁見があったことさえ記憶にない。

 少し前に事件を起こしたクロプシュトック侯なら別だ。

 幼い頃可愛がってもらったという良い思い出とかつて憧れていたという個人的な思いがあった。クロプシュトック侯が消えることは皇帝の心に少なくない痛みを与えたものだ。

 しかし、今回のカストロプ家討伐には何の感情もなく淡々と従う。

 

「銀河帝国皇帝フリードリッヒ四世の名において討伐を許す。その通り行なえ」

「では直ちに。皇帝陛下」

 

 奏上と裁可が終わり、誰もいなくなった広間に一人皇帝が残っていた。

 そして自分自身に声を加えるのだった。

 その光景は、きらめく銀河帝国の中心というにはあまりに寂しい。

 

「皇帝は銀河帝国の臣民を全て手にしていると言われるが、すぐ横には人がおらん。クラウスよ。そちだけは最後まで余と共にあれ。決して離れてくれるでないぞ」

 

 皇帝フリードリッヒ四世は真に忠誠心を持つ者がクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯くらいしかいないと思っている。他の凡百の貴族は貴族制度に寄り掛かっているだけで、それ以上のものではない。今回のカストロプ家の反乱もつまるところその結果だ。

 皇帝は意外にも正確に把握していたのである。

 

 

 

 リヒテンラーデ侯は先のクロプシュトック侯討伐における失敗の轍を踏むことはなかった。途中から利権分捕りのために貴族どもがしゃしゃり出てきてはたまらない。

 

「これは貴族の問題である。帝国に迷惑をかける貴族が出たなら、先ずは貴族の間で事を解決するのが本筋であろう」

 

 そういった詭弁すら出てくる可能性がある。どうせカストロプ家の富が狙いなのに。

 そんなことになる前に帝国艦隊を向かわせられるよう根回しを進めていたのだ。

 

 帝国軍が動き出してからようやく討伐を布告する。

 その作戦はリヒテンラーデ侯から詳細を聞いた軍務尚書エーレンベルク元帥がミュッケンベルガー元帥とも相談して決めた。

 派遣する討伐艦隊の指揮官が最も重要である。

 これについて、早々とシュムーデ中将と決定された。これはもちろん先の同盟領内の作戦が消化不良に終わった償いの意味があったからだ。

 

 派遣する規模は艦艇数三千隻、これで充分討伐可能と見込まれた。

 

 カストロプ家は武門の家柄ではない。古くからの貴族であり、豊かな惑星を所持している以上、私領艦隊もそれなりの数はあり、その数はだいたい五千から一万隻と見積もられた。

 

 だが、貴族の私領艦隊などに帝国軍正規部隊が負けるはずなどない。

 兵の錬度、実戦経験の差、装備のレベル、ともかく格が違うのだ。戦うために創られ、実際に戦ってきた集団はお飾りの艦隊とは違う。

 数の違いなど問題にならず、鎧袖一触と思われた。

 

「シュムーデ中将、今回の討伐作戦の指揮を卿に任せる」

「は、ミュッケンベルガー元帥、謹んで任務を拝領いたします。」

「卿には簡単過ぎる任務だろうが、なに、これも形式の一つだ。先に昇進した分の武勲にはなる」

「では早めに片付けて参ります。閣下」

 

 

 

 こうして帝国の討伐艦隊が進発した頃、ついにカストロプ領へフェザーンから艦隊が到着した。

 

 エリザベートへの約束通り総数六千隻、古い艦も真新しい艦も混在している。

 割合としては買い取った旧クロプシュトック艦隊のものが多いが、他にも横流しされた帝国軍の退役艦、フェザーン工廠で作られたばかりの新造艦も混ざっている。

 

 臨時で艦隊指揮官はオルラウ、副官はドレウェンツが務める。

 この艦隊は戦闘どころか長距離航海も初めてである。訓練航海を兼ねての航行であったが、脱落や事故を起こさないで辿り着くだけで精一杯だった。もちろんオルラウらが無能ということはないのだが、それでも経験の不足がそこかしこに響いている。

 

 

 その少し前のことである。

 カストロプ領ではヒルデガルト・フォン・マリーンドルフがマクシミリアンの圧力に耐えかねていた。

 

「お父様を人質にされて、その上協力など厚かましいにも程があります。断じてあなたに協力などいたしません」

 

 しかし厳然として父親を捕らわれている以上、抗しきれない。

 やむを得ずマクシミリアンを利する考えを出す。

 

 それを聞き、マクシミリアンは驚愕してしまう。そのダイナミックな発想はいったいどうやって思いつくのだ。

 

「やはり賢い娘だ。そういった策を求めていた。なるほど、いい策だ」

 

 ヒルダは不本意であることを目いっぱい顔に表して抗議する。

 受け流すマクシミリアンは歪んだ笑いを隠しきれない。

 

「艦隊は揃っても、運用を任せられる指揮官がいなければ役に立たん。艦隊は指揮官次第、その通りだ。もちろん帝国軍から引き抜いたり寝返らせるなどできるわけがない。しかし、言われてみれば帝国に人材自体が存在しないわけではなかったな。はは、なるほど盲点だ」

 

 

 そのマクシミリアンの姿を物陰からエリザベートが見ている。

 今までのエリザベートのような弱々しい目ではなく、そこには力があった。

 盟友を得たエリザベートはこれまでと違う。

 

 

 動乱は風雲急を告げ、予測しえない流れになる。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第三十九話 動乱~死に場所~

カストロプ側はあの将が指揮をとることに!

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