ヒルダは一つの考えを口にしたのだ。
現状でマクシミリアンの持つカストロプ家私領艦隊は一万隻を数える。
ただしその質は驚くほど低い。
マクシミリアンは私領艦隊などというものは貴族の見栄を張るものだと認識していた。昔の大帝の時期ならいざしらず、今はそんなに大規模な海賊はいない。艦隊の必要性はなく、貴族は自分の地位や財産を目に見える形にするための飾りとして持っているだけだ。
そんな見栄のためにマクシミリアンは経費をかけるつもりはなかった。叛乱など思いもしなかった頃には。
他の貴族は帝国軍の退役艦を買うことが多いが、マクシミリアンはそこから更に貴族が手放すくらいの老朽艦をもらい受けるのが常であり、それで充分だと思っていた。大貴族であると見られる最低限の費用しか使わない。
ただしマクシミリアンは艦隊に興味がないゆえに積極的に廃棄することもしなかった。それで数だけは残ってしまっている。
むろん形ばかりの艦隊であり、もはや存在しているだけの老朽艦では本当の戦闘には耐えられない。その多くが最大戦速など出したら分解しかねないほどのものである。
そんな状態なのを熟知しているマクシミリアンにとって、今回フェザーンから貸与される六千隻の艦隊は喉から手が出るほど欲しいものだった。
しかしヒルダは言う。
なるほど確かにフェザーンから艦隊を貸与してもらい、戦力の形だけは整うかもしれない。
だが実際に機能するかは分からない。
艦隊を実際に指揮して戦える者が決定的に不足している。この貸与されたフェザーン艦隊は正にその状態にある。
これでは何の役にも立たない。
惑星の防衛衛星システムだけは自動化されているが、艦隊は優秀な指揮官あってこそ力になるのだ。
「こちらの艦隊は多分役に立たないでしょう。カストロプ家私領艦隊は論外としても、フェザーンの艦隊さえ各艦で戦えるというだけのことです。指揮官がいなければ艦隊戦を戦うのは無理です」
「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ、確かにそれには同意する。運用する人間が重要だということは分かる。よくぞそこに着目した」
「おそらく私が軍事など知らないからそう思うのでしょう。数の暴力、数の戦いを見たことがないので、他の面がよく見えます」
「なるほど、軍事経験がないからこそシンプルに本質を見られるというわけか」
マクシミリアンも同意した。元々頭は悪くなく、素早く理解できた。
しかしながらマクシミリアンは自分が艦隊指揮をするつもりはない。
そこは正しく認識し、自分にそんな訓練の経験もなく、能力もないことは弁えている。
「それは困ったことだ。ここには俺も含め誰も艦隊指揮をとれる人間はいない。防衛態勢がとれないではないか。現状を正しく認めるのは良いが、解決策がないのでは何にもならん」
「ええ、しかも帝国軍の者を引き抜こうとしても無駄でしょう。いくら不満がある者でもまさか帝国軍と戦うなど考えるはずはありませんから」
「そんな者はどこにもいるものか。帝国軍の力を熟知していれば、逆らう気力など持てるはずがない。しかし今はどうしても人材が必要だ。何か策があるだろうか」
「策はあります。帝国軍ではなくて軍事的に能力も経験もある者、それが正に帝国領にいます。」
「帝国領に、だと!! どこにいるのかそんな者は! 勿体つけずに言え」
「それは、捕虜収容所です」
マクシミリアンは盲点を突かれた!
驚きの発想だ。
なるほど、確かにそこに帝国軍以外の人材が存在するではないか。ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ、やはり得がたい娘だった。
帝国軍には当然いくつも捕虜収容所があり、叛徒の軍から捕らえたもの、投降してきた者をまとめて押し込めている。
捕虜はほとんどが生粋の軍人だ。農奴として貴族に渡すことはできない。
妙に軍事的知識を働かせ、反乱を起こされたらたまらないからだ。そういう御し難い者たちは拡散させず、ほとんどは開発途上の惑星に置かれた収容所に閉じ込め、辛い開拓に従事させている。
そういった捕虜の多くは下級の兵卒である。しかし数が数だけに、中にはごく稀に将帥もいるのだ。
これを奪えば人材が手に入る!
ひそかに調査すると、やはり少将クラスまで存在したのだ! マクシミリアンはそのアーサー・リンチ少将という叛徒の将帥に目を付けた。
捕虜は粗末な宿舎に放り込まれ、決して充分な食糧も与えられず、そして昼間は過酷な惑星開発の労働力に使われている。帝国軍の復讐という側面もあるが、主には捕虜に経費をかけないせいである。
しかし、さすがに階級が高い者にはそれなりの待遇を図っている。
なぜなら階級差別の強い帝国の気風が反映されているからだ。叛徒である自由惑星同盟には貴族出身士官など存在しないのに。
捕虜でも尉官クラス、佐官クラスと上がるつれ住居も食料も不自由はしない。
まして片手で数えるほどしかいない将官クラスはある程度の自由と独立した住居を与えられている。
それに加え、アーサー・リンチには独立住居であるべき特別な理由があった。
それは、同じ叛徒の捕虜がアーサー・リンチに執拗な侮蔑と嘲りを入れてくるのだ!
もちろん捕虜のほとんどは少将より低い階級でしかないが、精神的に堪えるいびりをすることはできる。
理由は明らかだ。
アーサー・リンチは普通の捕虜ではない。
戦闘中に艦が動かなくなった、あるいは囲まれてしまいやむを得ず降伏をしたのではない。アーサー・リンチは何とその前に民間人を置いて自分だけ逃亡していたのだ! 惑星上の民間人保護のために派遣されていたというのに。
この話は有名で、捕虜の誰もが知っている。
捕虜といっても誇りある自由惑星同盟の軍人であり、卑怯を嫌う。
当然、全員がアーサー・リンチに敵意を持っていた。
アーサー・リンチもあの時どうしてそんなことをしたのか自分でも分からない。
追い詰められたための異常な心理状況だったとしか言いようがないからだ。
それまでは思慮がありバランスのとれた思考の人間だった。自他ともにそう認める有望な将官だった。親交のあったグリーンヒル大将も自分のそういうところを見込んでくれていたほどだ。
それがただの一回、心の弱さが出てしまった!
このエル・ファシルでの不名誉によって全ては台無しになり、あらゆる意味で未来を失くしてしまったのだ。
あの時、自分は確かに臆病風に吹かれていた。明らかに多数の帝国艦隊が来襲すると分かった時から。
しかしながらエル・ファシルへ同盟軍の援軍を呼んでくるために先行したのも確かなことで、決して自分の命惜しさだけで行動したのではない。
どのみち麾下の少数の艦隊では帝国軍に対抗できないだろうことは明白だ。民間人を連れて脱出しても、足の遅い輸送船であれば必ず追い付かれる。
帝国は見逃すことなどあり得ない。
軍人の捕虜は捕虜収容所にしか使えないが、民間人なら農奴に使える。常に多量の農奴を欲している帝国にとって、人員を乗せているらしい輸送船は格好の獲物だ。
それならばむしろ民間人をエル・ファシルから宇宙に出さない方がマシだ。
宇宙で輸送船を拿捕されたのなら、もはや逃げ場はない。一巻の終わりだ。
しかし、惑星の表面ならば分散して隠れればいい。捕まるのは一部で済むではないか。
思い返してもあの場合、民間人をエル・ファシル表面に広く散らせて、同盟艦艇は急ぎ発進し、援軍をできるだけ早く連れてくるのが唯一の方法だったはずだ。
もちろん、自分が残るべきだったのだろう。艦隊もある程度は残すべきだった。エル・ファシル住民に対し説明責任もあった。
自分はそこまで否定しない。
ただ方法論として自分の考えも間違っていないはずだ。これについては自分が臆病風に吹かれて最初に出てしまったのとはまた別の議論である。
自分は結果的に帝国軍によって囲まれ、簡単に捕虜になってしまった。
その後の様子は捕虜収容所で伝え聞いた。
何とあのヤン・ウェンリーの策が鮮やかに決まったらしい!
もちろん賞賛すべきことだと思っている。民間人をしっかり保護したのだから立派なことだ。
結果論だ、などと非難がましいことは言わない。苦労するだろうことを知りつつ、自分が民間人の只中に残したヤン・ウェンリーは素晴らしい働きをして英雄になった。冴えない風貌のために凡庸な士官と判断した自分は間違っていた。
自分を帝国に対する囮として使った戦術についてはとやかく言わない。ただし軍事上の観点ではリスクの高いイレギュラーなことだとは思う。英雄に対する負け惜しみかもしれないが。
ともあれ、自分はあの瞬間のわずかな臆病のせいで巨大な不名誉を負うことになった。捕虜収容所で他の同盟将兵から嘲られるのも仕方がない。
だから今、自分はひたすら願っていることがある。
もはや不名誉を挽回しようなどと思わない。
ただ、死に場所が欲しい。
自分は確かに自由惑星同盟軍の将、同盟に対する忠誠がある。だからこそ、それにふさわしい意味のある死に場所を。
そしてそのアーサー・リンチのいる捕虜収容所へマクシミリアンが精鋭を送る。強襲し、アーサー・リンチ他の有能な艦隊指揮官を奪うためだ。
ここで帝国軍は後手に回った。
むろんマクシミリアンは宣戦布告などするわけはなかったし、隙を突けるという利点を最大限に活かした。この時点ではマクシミリアンが武力抗争を起こすとは帝国の方も疑心暗鬼だった。
全てはヒルダの策である。
マクシミリアンのカストロプ家は討伐に対する防衛態勢どころか機先を制してきたとは! おまけに帝国の捕虜収容所もまさか帝国領内で襲撃など考えてもいない。防備はあくまでも捕虜が逃げ出さないためのものしか用意がない。
結果、捕虜収容所を簡単に制圧し、多数の捕虜を奪うことに成功する。
それら捕虜の中からアーサー・リンチを取り分け、マクシミリアンが相対する。アーサー・リンチの方もなんとなく自分が目的だということは感じている。
しかし、会った瞬間、アーサー・リンチは嫌悪感しか感じなかった。ただでさえ帝国貴族は自由惑星同盟の怨敵だが、それが理由ではない。
目の前の男はいかにも帝国貴族らしい尊大そうな姿だった。太って人相も悪い。吐き気がするほどの嫌悪感を抱いた。服装も奇妙な古代貴族の出で立ちだ。側には同じような格好をさせた下女を多く侍らせてもいる。
「私をここに招いた、いや帝国軍から強奪したのはそちらだな。今一度確認しておこうか」
「叛徒の少将、その通りだ。強奪したとは、帝国軍から見たらそうかもしれない。しかし別の言い方でも良いとは思わないか。救出と言ってくれて構わない。もちろん、こちらに感謝も添えてだが」
アーサー・リンチは余計に不快感が増す。
その尊大な言い方と、内容と両方に。
「何が感謝だ! 恩着せがましいな。不愉快だ。こちらから頼んだ覚えはない!」
「本当ならそんな口利きを平民が言おうものなら懲罰するところだぞ! 今回だけは特別に許してやる。時間が惜しい。そろそろ用件に入ろうと思うがどうだ」
「それには全く同意する。こちらも無駄口など言いたくない。早く用件とやらを言ってくれ。どうせろくでもないことだろう」
「いいか、よく聞け。このカストロプ領星系に艦隊を用意させている。一言で言えばその統率と指揮をやってもらおう」
これは驚きだ!
アーサー・リンチにとっては意外な申し出である。
まあ自分は軍人なのだから、何かの警備に使うのかと思っていた。あるいは後ろめたい目的の強奪か、それに類するものを。
それが何と艦隊指揮だとは!
もちろん艦隊指揮官である自分に対する仕事としてそれが最もふさわしいともいえる。が、事の経緯からすると帝国軍とは関係ない。更に言えば偉そうな貴族が持ち掛けているのだ。
ちょっと理解が及ばず、混乱するしかない。
だが、次の言葉にもっと驚くこととなる。
「その上でここにやってくる帝国艦隊を撃退してもらいたい。」
「何だと!?」
ここはもちろん帝国領…… そして帝国艦隊を撃退? どういう冗談だ。
だが合理的結論はたった一つだ。
目の前の貴族が帝国艦隊、つまり帝国政府に弓を引くつもりなのか。
「なるほどな。無謀としか言いようがない。我が同盟軍でさえ勝てない帝国軍相手に戦うとは、よくもまあそこまで無知でいられたものだ」
口からは皮肉と真実の両方を兼ねた言葉が出てくる。
帝国軍と戦う!? こんな、帝国内の一領地が?
おまけにそんなもののために艦隊指揮など馬鹿馬鹿しい。帝国貴族のために同盟軍人が働けるものか。
「なぜ俺がそんなことをしなくてはならん。何の必然性も無い。俺は自由惑星同盟の艦隊指揮官であって、帝国貴族の犬になどなるものか。話すだけ無駄だぞ」
「くそッ、丁寧な言葉を使ってやれば増長しおって! アーサー・リンチ少将、言っておくが貴様の方に選択肢などない。温情によって命を助け、報酬もやろう。それで何が不足だと言うのだ? 良いこと尽くしではないか!」
「今さら金だと? 帝国貴族というものは尊大なだけではなく理解が遅いというのも初めて知った。もう一度言ってほしいのか」
話が合うはずがない。そもそも自由惑星軍の敵とは帝国軍ではなく、それはただの盾であり、内部の帝国主義者が敵なのだ。すなわち帝国貴族である。
「おのれ! 何を言う。そんな口を利かせるために連れてきたのではないぞ!」
「帝国とその貴族を打倒するための自由惑星同盟軍だ。俺は今でもその一員であることが誇りだ。無駄足をさせた礼として親切に言ってやるが、そんな用件を任せたいならもっと志の低い者を当たるべきだろう」
二人の敵意ある視線が交錯する。
だがその一日後、熱心にカストロプ家艦隊の概要を把握しようとするアーサー・リンチの姿があった。
思い直したのだ。
どうせ何をしても貴族の反乱などうまくいくわけはなく、潰される。
だったら協力してもいい。奇妙な立場であれ、帝国軍と戦うことになるのだ。それだけは間違いない。
であれば充分に意味がある。願ったりかなったりではないか!
このまま捕虜収容所で生涯を朽ち果てさせても、何の甲斐もない。
他人に何を言われても、何を誤解されても構わない。金や命惜しさに魂を売ったと非難されてもいい。汚名など今さらどうということはない。
帝国軍と戦い、手傷を負わせられるならば他に理由など必要あるものか。
自分が同盟軍の一員である証しはそこにだけ存在する。
貴族が用意してくれる舞台を使うのだ。
帝国軍と戦って、死に場所を得るために。
次回予告 第四十話 動乱 ~逆撃~
ついに始まった戦い!