疲れも知らず   作:おゆ

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第四十話  487年 5月  動乱~逆撃~

 

 

 一方、シュムーデ中将の率いる帝国軍討伐艦隊は思いのほか妨害を受けず、順調に航行する。

 進発から十日もしないうちにカストロプ領宙域に到達し、そのまま本領惑星を含む星系内に入るところまで来た。

 

 戦力は充分という思いがあったが、そこは訓練された軍人である。

 貴族私領艦隊などとは違い、相手を侮ることはなく、どんな時も戦う気構えと作法を忘れることはない。

 ここからは慎重な行動を取る。

 先ずは偵察隊を出したが、そのほとんどが戻ってこない。おそらく索敵に引っ掛かり撃滅されたのだろう。これで分かるのはカストロプ家が軍事的な抵抗を試みるつもりであることだ。この討伐艦隊を震えながら待つだけではなく、立ち向かってくる。

 

「ここに至っても恭順の姿勢がないとは…… 帝国艦隊と戦うことがどれほど無謀なことか、分からないのだろうな。一般兵たちが可哀想だ」

 

 シュムーデには軍事的な実力差を知らないだけに思える。

 

 

 

「それはともかく問題は次にあるだろう。向こうは制宙権を奪われ、惑星上に艦隊が来られたら、結局のところ降伏するしかない。しかしこちらが降伏勧告をしたとしても、素直に従うだろうか。あくまで降伏にしなかったらオーディンに連行するのが厄介だ。少しばかり気が重いな」

 

 その懸念は大いにある。戦いの勝利を疑っていないが、問題はその次にある。

 

 カストロプ家が潔く降伏してくればいいのだが、地上戦に及べばどうなるか。

 むろん徹底抗戦する構えでいるのなら、帝国艦隊が包囲してただ待っているわけにもいかない。自給自足可能な豊かな惑星であれば、それこそ年単位で持久戦が可能である。

 そして都合の悪いことにカストロプ本領惑星は商業惑星にもかかわらず鉱物資源も農業も一応の自立に不足はなかった。

 

 仮に帝国軍を降下させ、地上戦に突入する事態になれば兵士の犠牲も決して少なくないだろう。

 カストロプ家の兵士の練度や士気が高いとは思えない。

 だが無理やり領民を動員することも考えられるのだ。脅しか洗脳という手段を使って。

 練度はともかく数で来られてはたまったものではない。

 

 更に頭の痛いことに人質としてマリーンドルフ伯爵が捕らえられていることが既に判明している。状況の変化によっては切り札に使われる可能性が高い。

 

 だがそんな時の対処法は教えられていない。

 

 シュムーデはよほどミュッケンベルガー元帥に人質の扱いについて聞いてみようかと思った。

 だがそれを聞かれても元帥は困るだけだろう。まさか見殺しにせよとも明言できないが、かといって絶対に助けよと命じることもできない。

 人質が絶対優先かというとそれは違う。

 例えばマクシミリアンが交渉中に帝室に対して不敬な言動をしたとしよう。人質がいようがいまいが帝国軍としては直ちに抹殺しなければならない。それは絶対だ。もしそれに躊躇してしまえば、こちらも不敬に加担するのと同義になってしまう。

 

 結果、人質のままマリーンドルフ伯が死ねば、伯爵は皇帝のために命を投げうったという名誉が得られる。本人には何の意味もないだろうが。

 とにかく今回の討伐に際してはそんな臨機応変さも要求されているのだ。

 シュムーデはあまりマリーンドルフ伯に面識はないが、やはり人質のまま死ぬのは可哀想だという思いから、できるだけ助けてやりたい。

 

 

 

 そんなことを考えながらシュムーデ中将が通信のマイクをとり、正に降伏勧告を送ろうという時だった。

 

「艦隊発見! 急速接近中、総数約一千隻!」

 

 旗艦のオペレーターが緊張の声を上げた。

 

「何? 戦闘配備を維持せよ。先ずはその艦隊の所属を問いただせ。それと近付く意図も」

 

 こう言いながら、シュムーデはむしろ肩の荷が降りた感じがした。

 艦隊戦なら望むところだ。

 一応確認はするが、やはりカストロプ家は私領艦隊を使って抵抗を試みようとしてきた。私領艦隊風情が、しかもそんな数で何ができようか。

 

 

 

「通信に応答ありません!」

「やはりな。ではこの討伐艦隊の敵とみなす。イエローゾーンに入り次第砲撃開始せよ。先ずは威嚇だ」

 

 ところが更に接近してきたではないか。威嚇射撃にも何ら恐れる様子がない。

 

「これは一体どうしたわけだ? 戦いの結果は明らかだろうに…… 戦いの経験がないから逆に恐れを知らず、無謀なのか。あるいは、脅されて死んでこいとでも言われているのか。家族を人質にされたらそれもあり得るな。可哀想だが、ただしこれで見せしめにはできる」

 

 シュムーデは自分で納得した。

 本当に艦隊決戦になってしまったが、それに応じて戦闘態勢を整えていく。

 

「接近され過ぎてはこちらにも被害が出るかもしれん。かすり傷でも負えば帝国軍の名折れだ。いったんシールドを強化しながら防御を固め、敵の砲撃を受け流したら直ちに反撃しろ。いくら命じられてのこととはいえ帝国軍と戦った罪は罪だ。皇帝陛下と喧嘩しているのと同じことだ。きれいに消滅させてやれ。もちろん、途中で降伏してくる艦は保護しろ」

 

 シュムーデには余裕があった。

 質において大差を付けているという自負に加えて、艦数でも三倍上回っている。どうやっても負ける要素が見つからない。

 

 むしろこの戦いを利用することさえ考えていた。

 

「これは良いことかもしれん。鎧袖一触、目の前で私領艦隊が無様に敗北するのを見せつけてやればカストロプ家が降伏に応じる可能性がある。頼みの綱が断ち切られる心理的打撃を与え、そのタイミングで降伏勧告すれば一番いい」

 

 

 向こうの私領艦隊は整った斉射を二回行い、シュムーデの艦隊にほんのかすり傷を与えた。

 だが何も慌てる必要はない。

 

「よし、全艦用意はいいか。撃ち返すと同時に突進、一気に撃滅しろ!」

 

 向こうは帝国軍討伐艦隊の出方を伺うように静止していた。驚いていったん退くとでも思っていたのか。

 そこへ満を持しての反撃だ。質も量も圧倒的である。

 私領艦隊は慌てて逃げに転じ、隊列も編成も何もなく、見る間に崩れている。

 

「予想はしていたが、無様な艦隊だな。最初の空元気はやはり見せかけか。このまま追い詰めていけ。しかし意外に逃げ足が速いな……」

「シュムーデ提督、敵私領艦隊は高速巡航艦ばかりの編成のようです」

「何だと? それは妙だな。まさかたまたまそればかり買ってそろえていたのか。艦隊運用のことなど何も分からず数だけ揃えて。それもあり得るが…… もちろん別に本隊が隠れている可能性も無くはない。索敵は充分にしておけ」

 

 これが自由惑星同盟軍の艦隊相手であれば、シュムーデも深く考え、慎重な態度をとっただろう。シュムーデも苦労して階級を上げてきた実力ある将だ。

 しかし、この時はしょせん貴族の私領艦隊だという思いが支配していた。

 

「本隊が隠れて待ち構えていたとしても、完全な不意打ちでなければ対処は容易だ。それにカストロプ家の私領艦隊はどんなにまとめても大した戦力ではない。全艦加速し、このまま立ち直らせることなく仕留めろ」

 

 私領艦隊はばらばらに砕けながら、尚もカストロプ本領惑星の方に逃げて行く。それは思いの他早い。

 死にもの狂いなのだろう。それに本拠地に逃げようとするのは当然だ。

 しかしこれはかえって好都合、討伐艦隊の力を間近で見せつけるためには。

 かなりの速度のまま追撃を行いつつ、ついにその本領惑星が視認できるところに到達した。

 

 

 

「…… あれはいったい何だ? 全艦隊、警戒を維持したまま速度落とせ」

 

 そこで初めて、シュムーデもオペレーターも気付いた。

 

 妙に大きな人工衛星が本領惑星の衛星軌道上にいくつも浮かんでいるではないか。しかも同じものが等間隔で惑星を取り囲んでいる。

 気を効かせてオペレーターがもう解析を始め、わずかな時間の後で驚愕の声を上げる。

 

「軌道上の物体、ただの人工衛星ではありません。防空衛星です! 軍事用高性能反応炉と多数の砲が認められます!」

 

 それを言い終わった瞬間だった。

 シュムーデの艦隊はいきなり多数のエネルギー線に貫かれた。スクリーンで見てもその砲撃は威力に満ち、禍々しく、尋常なものではない。

 

「全艦最大戦速、直ちに散開! 損害を報告しろ!」

 

 

 思わぬ事態でもさすがにシュムーデは有能であり、素早く反応する。

 しかし報告を聞いて青ざめる他ない。恐るべき損害だった。

 

 そのエネルギー線はどんな艦のシールドも貫き、驚いたことに大型の戦艦ですら一撃であっけなく沈めた。近くをかすめただけでも損害を被る。そんな防御不能な砲撃が見える限りの衛星から同時に襲い掛かってきたのだ。

 イゼルローンのトゥールハンマーと違うのはエネルギー線の半径だけだ。それはさすがに小さく、一度に何隻も沈められることはないが、あまり慰めにはならない。この場合は数がある分だけ砲撃は途切れることがなく、次々とその餌食にされるからだ。

 

「全艦、今はとにかく逃げろ!」

 

 シュムーデは反撃しろとは言わない。

 本当ならいくら犠牲を出しても衛星システムの攻撃と防御の能力を調べることが必要なのかもしれない。帝国軍にとっては。

 

 しかし、シュムーデはそんな自殺行為を部下に命じたりできなかった。

 みんな自分を信頼して命を預けてくれる部下なのである。

 一人一人は人間であって決して使い捨ての駒とは違う。

 大事な命が宇宙に消えることが、戦死者の数字が一つ増えるだけのこととは考えない。

 人とはそんな薄っぺらい存在ではない!

 人は数字として記載されるだけのために数十年の人生を重ねてきたのではないのだ。

 

「済まない。最初の逃走はおそらく見せかけだった。それに乗せられてまんまとここにおびき寄せられたのだ。あんな軍事衛星は初めて見るが、カストロプ家が切り札にしていたのだろう」

 

 

 

 そしてシュムーデには次に来るものが分かっている。

 軍事衛星でさんざん叩かれたこの討伐艦隊に止めを刺そうとするはずだ。

 

「旗艦は殿に残る。皆、この星系から脱出せよ」

 

 予想通り、混乱の隙を突いてどこからともなく私領艦隊が忍び寄り、退路を断ちつつある。

 シュムーデはなんとかそれを突破させ、先ほどとは攻守逆転した追撃戦を戦っていく。そして自分の命を使ってその責任を取ろうとする。

 

 この旗艦に攻撃が集中される。

 その熾烈な砲火をシュムーデは長年の戦場の勘を頼りにかいくぐっていく。伊達に将官になったのではない。

 だがそれだけではなかった。

 シュムーデの思いをよそに旗艦を守って散っていく艦も決して少なくなかったのだ。

 

「シュムーデ提督をお守りしろ! 我らがいるのは何のためか!」

「何、何をしているんだ! 貴様ら早く逃げろというのが分からんのか!」

「いいえ提督こそ分かっておられませんぞ。長きに渡ってお供してきました。今まで多くの仲間が消えましたが、今は我らの番です。それだけのことです」

 

「馬鹿なことを言うな! ここで終わりになどするなと言うのに!」

「ここまで生き永らえたのは全てシュムーデ提督の厚情を賜ったおかげ、提督の下にいられた幸運は言葉にもできません」

 

 覚悟を決めた艦艇が次から次へと付き添って旗艦を守る。

 そこに悲愴感はない。むしろ充実した気分にいる。

 この死は意味があるのだ!

 ためらいなどあるはずがない。

 

「馬鹿者どもが…… こっちの気持ちも分からんで……」

 

 そんなことを思えた時間は長くなく、ついに旗艦へ直撃が相次ぐ。

 爆散が至近であることを悟ったシュムーデは笑みを浮かべた。

 

 

「皇帝万歳、そんなこと言うものか。俺はこんな部下たちと共にいられたことを誇りに思う。そして、できたら、また一緒に……」

 

 シュムーデ中将は戦死、艦隊はほぼ壊滅し、これによって帝国によるカストロプ家討伐作戦は失敗に終わった。

 

 もちろん、これは動乱の序章に過ぎない。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第四十一話 動乱~恐るべき戦略~

またしても恐るべきヒルダの知謀、その戦略炸裂!
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