帝国軍討伐艦隊は壊滅し、カストロプ側の完勝だ。むろんその家本領惑星は無傷に終わっている。
「思った通りだった。いや、それ以上に凄まじい威力だな。やはりこの防衛衛星システムは役に立つ。帝国軍がもう少し大規模な艦隊でやってきた方が派手でよかったろうに。たかが三千隻程度だったとは、少しばかり残念だ」
そう言ってマクシミリアン・フォン・カストロプが喜色満面だ。
惑星の守りが鉄壁だと知り、うってかわって強気に出ている。防衛衛星の性能に多少の不安があったが、もうすっかり払拭された。
「まあ、そっちもうまくやってくれた。逃げるマネをしただけだがな」
ここで特に意図もせず失言をした。
その言葉を受けたのはアーサー・リンチである。だが表情も変えず、無言のままでいる。
もちろんアーサー・リンチはマクシミリアンにおべんちゃらを言うつもりなど欠片もない。しかし、逆に褒められる言葉を予期しているわけでもないのだ。ならばこんな嫌味を言われても今さらがっかりすることもない。
それに逃げる真似をしただけというのは事実だ。
戦いの帰趨を決める防衛衛星システムの性能は最初から分かっている。
アーサー・リンチの指揮する今回の作戦の要は、そのシステムの射程内に帝国艦隊を深く誘い込むことだった。それができなければ一気に損害を与えられず、撤退に追い込めない。
だがマクシミリアンは知りもしないが、艦隊戦において逃げる真似というは簡単ではない。
付かず離れずの駆け引きを成功させ、食いつかせながら損害をできるだけ減らす。それには高度な艦隊行動をやり遂げる必要があった。それも錬度の低い艦隊がやれる技量の範囲内で。
勝利はその結果だ。
更に言えば、アーサー・リンチは最初からそれを可能とする編成にしていたのだ。フェザーンの艦隊の中から性能の揃った高速巡航艦を選び抜いていた。それが今回の作戦で動いた千隻だ。
多少練度が低くとも、同じ大きさと性能の艦ならば比較的乱れずに艦隊行動ができる。
ただしそれだけではなく、アーサー・リンチは本当に細かい配慮をしていたのだ。乗員の質や癖まで把握したうえで各艦を指揮し、破綻なく艦隊行動をやり切らせている。
アーサー・リンチとしてはマクシミリアンからの評価なんかどうでもいい。
褒められようが、けなされようが。
それより今はただ、帝国軍と戦ったという事実を噛みしめる。
自分の心中では自由惑星同盟軍の将として帝国軍を相手に戦い、勝った。
それでいい。それこそ、自分がこの世に存在する証しだ。
討伐艦隊を派遣した帝国軍中枢部は戦いの結果を知って大いに慌てた。
非情なことではあるが、それはシュムーデという人材を失ったことが原因ではない。ましてや数十万人の兵の命のことではない。
帝国軍が貴族の私領艦隊に破れてしまったということが問題なのだ。
そんなことはあってはならない!
元々帝国軍は叛徒と戦うために創られたものではなく、内乱の鎮圧のための装置である。それが目的果たせず敗北したとあっては権威は形無しだ。
もしもそのせいで帝国軍が貴族どもに侮られることがあれば、今後は抑止力にならず、長きに渡って叛乱が頻発する恐れがある。
帝国軍には何としても権威が必要であるし、絶対に敗北は許されない。
間髪置かず討伐艦隊の第二陣が編成された。もちろん異例の早さだ。ニュースが広まり、貴族に帝国軍が侮られる前に決着を着ける必要がある。
今度は過剰戦力ともいうべき一万二千隻、一個艦隊にも迫ろうという規模を動員して向かわせた。
帝国軍中枢部は吉報を待つ。できるだけ早くそれが欲しい。
ところがそれは最悪の悲報となって返ってきた!
二度目の討伐艦隊はまたしても敗北し、数を半分に減らして戻ってきたのだ。
「いったい、どうしたわけだ! 先の戦いでカストロプ側は防空衛星のようなものと、戦闘艦が千隻程度で戦ったと聞いている。これに帝国軍の一個艦隊がなぜ負けねばならぬ!」
帝国軍上層部では軍務尚書エーレンベルク元帥とミュッケンベルガー元帥がすぐさま戦いの推移を問いただす。
その詳細は驚くべきものだった!
先回のシュムーデ討伐艦隊は相手がたった千隻ということで、うかつに追撃し、結果衛星システムの射程内に誘い込まれた。初手なのでそれは仕方がない範疇だと言える。
ところが今回はそうではない。
防空衛星の存在を知りながら、何とその射程内に押し込められてしまったのだ!
カストロプ本領星系に入った帝国軍討伐艦隊はつい油断していた。
惑星上空に到達し、衛星システムと対峙してから本格的に戦いが始まると考えていた。カストロプ家はそれに縋っているのだろうし、それしか勝利の目がない。この一個艦隊に衛星の助力無しに挑むなど自殺行為だ。
予定としては邪魔を適当にあしらいつつ、工作艦でその衛星システムを処理する手筈だった。
遠距離から飽和攻撃を仕掛けつつ、それに紛れて工作艦多数で一つずつ衛星を囲み、ネットワークを断ち切る。そして専門家がコンピューターをハッキングして停止コードを割り出すのだ。
少しばかり時間はかかるかもしれないが、衛星の処理自体は可能だと踏んでいた。
だが予想外にも防衛衛星システムが見える前から切り裂くように敵襲があった。
それは選りすぐりの高速艦による突撃らしく、油断して後手に回った帝国の討伐艦隊はあっさり分断されてしまう。
「小癪な! 相手はどうせ小勢だ。落ち着いて再合流すれば何ということはない」
ここで驚くべきことが起きる。
分断された一方がいつのまにか囲まれていたではないか。
それも艦数にすれば五千隻もの数によって。
これで局所的に帝国側討伐艦隊の数の優位は失われてしまう。
しかもそのカストロプ側の五千隻は精緻な艦隊運動を見せ、逆に討伐艦隊は思うような艦列をとらせてもらえず、必死にもがくしかなかった。いくら艦が強力でも包囲されての十字砲火は凌げない。
もちろん討伐艦隊の分断されたもう一方は直ちに救援をはかる。
同士討ちをしない攻撃ポイントを選んで布陣し、カストロプ側の包囲網を崩して味方の窮地を救う。そうすれば確実に逆転勝利できるはずだ。
まさに斉射を掛けようという瞬間のことである。
救出をしようとした討伐艦隊の片割れへ敵襲が来た。
図ったようなタイミングで、しかも後背に着かれているとは。それも小型艦中心とはいえ五千隻という数で。
「しまった! 救出位置を読まれていたか…… だがまたしても五千隻だと! カストロプ家にはいったいどれほどの兵力があるのか!」
討伐艦隊は一個艦隊規模、未だ総数で上回り、錬度も高い。
しかし態勢を崩された不利を覆すことができず、全てが後手に回る。反撃の糸口を掴めず、主導権を握られたまま対処するしかない。
最後の決着は帝国軍の側の悲鳴で終わった。
「エネルギー波急速接近、回避できません!」
いつの間にか衛星近辺に戦場を移動させられていたのだ!
気が付いた時にはもう遅い。大局的にそこまで押し込められていた。
満を持し、防衛衛星システムが思うさま狂暴なエネルギーを叩きつけてくる。
もはや討伐艦隊は四分五裂して逃げ惑う。当てられれば確実に沈められる、衛星からの砲撃はどうにも防げない。
衛星システムの威力によって恐慌をきたし、これほど無様に敗退すればカストロプ側にとって追撃は容易だ。
もはや一方的な狩りにしかならない。
こうして帝国の討伐艦隊は二度までも敗北を喫した。
アーサー・リンチがカストロプ家私領艦隊とフェザーン貸与艦隊の両方を駆使した結果である。
帝国軍中枢部はうめくばかりだ。
今回の戦いではっきりしたことがある。カストロプ家の持つ艦隊は決して弱兵ではない。それどころか確実に一線級の指揮官が存在し、帝国一線級の艦隊もかくやという戦術を駆使してみせる。
その指揮は常に討伐艦隊を上回り、全く見事という他なかった。
「これは侮れぬ。だがしかし、次こそは絶対に失敗してはならん」
帝国軍としてはこのまま負けっぱなしではいられない。
権威は形無しだ。
その失地を回復するためには、三回目の討伐で完全な勝利が必要であり、それ以外にはない。
もはや交渉の余地などない。絶対に軍事的に討伐しなくては収まらない。
仮に帝国政府の考えが弱気になったとしても、帝国軍五百年の歴史の重みを考えればそれしかないのだ。
つまりマクシミリアンの思惑は完全に外れた。
帝国は講和に切り換えて済ませるほど弱腰ではなく、第三回目の討伐軍は質も量も圧倒するべくこれまでにない大規模なものと決め、派遣の準備を始めた。
ところがこれは実現しない。
帝国軍が討伐艦隊を送れる事態ではなくなった。
マクシミリアンの策謀の結果、というより正確に言えばヒルダの献策による。
それはつまり、カストロプ家の名で帝国内の主要な貴族に宛てて、脅しを通達したゆえである。
「今回、帝国軍があろうことか叛乱討伐を謳って我が領地に侵攻してきたのは、もちろん何者かの陰謀の結果である。カストロプ家はその始まりから今も変わることなく帝室に忠誠を誓い、敬っているのが真実だ。ところがカストロプ家は無実であるにも関わらず陰謀を仕掛けられ、帝国政府に誤解されてしまい、討伐という事態となった。
正義はカストロプ家にある。仕掛けてきた犯人を決して赦さない。カストロプ家は疑わしい貴族家に我が艦隊を派遣し、復讐を成し遂げるであろう。その力があることは戦って帝国軍を破ったことで証明された。
潔白と思う貴族家はその私領艦隊を動かし、共に卑劣な犯人に鉄槌を下し、この騒動の決着に貢献すべし」
それはカストロプ家としての釈明を装いながら、決してそれだけではない。
二度までも帝国討伐艦隊に完勝したという事実に基づき、強力さをアピールするものだ。
そして更には他の貴族家に脅しをかけている。カストロプ家はあくまで被害者であり、犯人を叩きに行くと。
ヒルダからこの策を聞いたマクシミリアンは、当然ながら不思議に思った。
「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ、そんな布告に何の意味がある。言葉を綺麗に連ねたところで、もはやカストロプ家が叛乱を起こしているという事実が変わるわらんぞ。どう言葉を使ったところで他の貴族が味方してくれるはずはない。第一、こちらは防衛に手一杯で他の貴族と事を構えたりはできない。それこそ自殺行為だ」
ヒルダは表情を変えず説明する。
「いいえ、実際に他の貴族を巻き込むのではありません。貴族を動揺させ、身構えさせるだけでいいのです。この脅しを聞けば、おそらく多くの貴族が万が一のためにそれぞれの私領艦隊の準備を始めるでしょう。カストロプ家が何か誤解してしまって攻め寄せてきてはたまりませんから。それでいいのです。カストロプ家に備えさせるのが目的です」
「それはいったい何だ? まるで逆ではないか! 貴族をわざわざこちらに対応させるとは、カストロプ家にとって不利になる」
ヒルダは分かりやすく言葉を足していく。
次第にその壮大な意図が明らかになり、マクシミリアンは足が震えてくる。
「ではお聞きしますが、帝国軍はいったい何のためにあるのでしょう。それは不穏な貴族に対処し、反乱を防止するためです。何であれ貴族の私領艦隊が動きを見せれば、帝国軍は必ずそれに釘付けになります。各家の私領艦隊の意図がどこにあっても、帝国軍はそうせざるをえません。つまり、カストロプ家に対し敵であろうが味方であろうが、帝国中の貴族が騒ぐだけで、結果として帝国軍を動けなくさせてしまうのです。質はとにかく、数だけでいえば帝国軍よりも貴族私領艦隊の総数の方が多いのですから、帝国軍は手一杯になるでしょう」
舌を巻くしかない。
マクシミリアンの目の前にいる小娘は予想をはるかに超えた戦略家だった。帝国軍を手玉に取るのはこの者だ。
「ううむ、何と見事な策だろうか…… 文書一つでこれほどのことを成せるとは!」
それ以上の言葉も出せず、恐ろしいとさえ思う。
ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの策が冴え渡る。
ヒルダ自身はそんな自分に対して嫌気が差している。マクシミリアンに協力することもぞっとするほど不快なことだ。
しかし本当の理由はそんなことではない。
「自分はいったいなんなのだろう。策を出す、策略を練る、それが楽しいと思っている。どんなに否定しても自分は楽しんでいる。戦いでは大勢の人間が傷つき、死んでいくのに私はそれを駒のように扱い、しかも心はゲームをするように弾んでいるとは。私はこんな人間だったのね」
自分の策で世の中が大きく動くのを見る、実はそれを望んでいたのか。
この動乱に巻き込まれることで自分の隠れた本性を知った思いだ。
ヒルダは悩むしかないのだ。
本当に心置きなく才能を発揮できる場に巡り合うまでは。
太陽のように輝き、その存在に絶対の忠誠と信頼をおける主君を見つけるまでは。
次回予告 第四十二話 動乱~上に立つ器~
再び走れ! グラズノフ! 情報を同盟に!
そしてシトレ元帥の決断とは!