疲れも知らず   作:おゆ

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第四十三話 487年 7月  動乱~確信~

 

 

 国務尚書リヒテンラーデと軍務尚書エーレンベルクの議論は尚も続いている。

 

「儂はの、正しい順番で事に当たれと言うておるのじゃ! エーレンベルク、よもや要塞の方を先にするのではあるまいな」

「何だリヒテンラーデ、そこまで言うなら答えてやろう。その通り、帝国軍はイゼルローン要塞を奪還する準備で忙しい。今ごちゃごちゃ政府の世迷い言を聞いている暇はない!」

「事の軽重を間違えてはならんぞ、エーレンベルク!」

 

 

 二人の立場の違いが、認識の違いを生んでいる。

 それが判断の元になっている以上なかなか折り合いがつかない。

 

「お主の言いたいことは分かっているつもりだ。だがこれも知っておいてもらいたい。イゼルローン陥落というのはそんなに軽い物事ではないのだ。オーディンにいればそれは分からんだろう。こういう言い方をしてしまうのもどうかと思うが、イゼルローン回廊で叛徒と戦ったことのある者でなければ分からん。奴らは狂信者なのだ」

「儂は確かにオーディンにしかおらん。むろんイゼルローン回廊に行ったこともなく、艦隊で戦うなど想像だにできん。じゃが叛徒どもが狂信者というのは分かっておるつもりじゃ。民主制などというたわけた思想を持ち、帝国に歯向かって止まず、どこまでも帝国を攻撃する厄介な害虫じゃ。いずれ片付けねばならんとは儂も思うておる」

「イゼルローン要塞を陥としたことで奴らが調子付けばどのようなことになるか。その前に是が非でも奪還せねばならん。これは国難なのだ。帝国そのものが吹っ飛んだらなんとしよう」

 

 エーレンベルクはイゼルローン要塞の早期奪還こそ重要だと唱える。

 軍部としては当たり前だろう。イゼルローン要塞の戦術的戦略的価値を充分に知っている。

 

 しかも百五十年もの長きに渡って間帝国軍が戦ってきたのは叛徒相手であり、ここで取り返しのつかない失態をしでかすわけにはいかない。イゼルローン要塞を完全に掌握され、運用される前に奪還すべきなのはその通りだ。

 

 リヒテンラーデもそれ自体に反論しているのではない。一定理解しつつも今はその時ではないと主張する。

 

「そうかもしれんがエーレンベルク、考えてみてくれんか。叛徒が今すぐオーディンに攻めてこれるかを。儂の目にはそれより貴族どもの方が余程危険に映るのじゃ!」

「貴族など内輪のことはどうでもいい。リヒテンラーデ、どうせ奴らは腰抜けの集まりに過ぎん。帝国を引っくり返すことなどできるものか。国難はあくまで叛徒との戦いにある!」

「いやそうではない。この言い方も赦してもらいたいが、逆にお主こそ分かっておらん。それは当然かもしれん。オーディンの宮廷におらねば分からんこともあるのじゃ。貴族三千家を侮ってはならん。現にブラウンシュバイクやリッテンハイムすら艦隊を動かし始めたと聞いておる。他の貴族も好機と見て要らぬことをせんとも限らぬ」

 

 内患と外憂、共に重視するポイントが違うのだ。

 これでは平行線のまま議論が尽きない。

 

「リヒテンラーデ、悪いとは思うが軍務尚書としては優先順位はやはりイゼルローン奪還だ」

「帝国にとって帝室が大事ではないか。もう一度言うが、外から征服されずとも帝室を倒されれば帝国は終わりなのじゃ。一刻も早く貴族を鎮めねば危うい。遠くの叛徒よりも今は貴族が問題じゃ」

 

 

 

 ただし、帝国のために我らはいる、この一点で二人は固くお互いを信じている。

 

 友がそう言うのだ。最後はそれは信じるしかないではないか。

 

「そこまで言うならリヒテンラーデ、分かった。なんとかしようぞ。軍内部では誰も分かってくれんだろうが…… 説得が難航すれば、その時には軍務尚書を退くのと引き換えにすれば鎮められよう」

 

 エーレンベルクは覚悟を示した。

 進退を賭け、自分にとっても帝国にとっても重大な判断を下した。

 

「それほどの大事だときっと約束してくれるのだな、リヒテンラーデ」

「約束しよう。儂はそう思うておる。エーレンベルク、帝国のためなのじゃ。逆にもしも叛徒がオーディンに来ることがあれば、儂が盾となって真っ先に散ると約束しようぞ」

 

 一人の覚悟をもう一人がしっかり受け止めた。

 

 

 

 エーレンベルクは直ちに第三次カストロプ討伐を宣言した。

 

 帝国軍の誰もが驚き、反対した。

 こんな時に貴族相手に帝国艦隊を使うなど考えられず、エーレンベルク元帥は狂ったと言われた。

 イゼルローン陥落の衝撃から現実逃避をする老いぼれとまで陰口を叩かれた。更には責任回避のためではないかと疑う声すらあった。

 理解してくれる味方など誰もいない。それでも引退を確約することでなんとか押し通した。

 

 

 先の席でリヒテンラーデはもう一つ、具体的な事をエーレンベルクに言っていた。

 

「儂に軍事のことは分からん。じゃが貴族のことは分かる。今回、貴族どもの動きを鎮めるのはたやすい。貴族というものはの、根は臆病なのじゃ。一罰百戒、カストロプ家を潰せばたちまちおとなしくなろう。ブラウンシュバイクらの大貴族も武力など元から不得手じゃ。中心を潰せば事は済む」

 

 正確に把握している。さすがに政略に冠絶するリヒテンラーデならではだ。

 

「しかしリヒテンラーデ、それも簡単にはいかん話だぞ。かなりの作戦が必要なことがこれまでの戦いで分かっている。厄介な防衛衛星システムがあるのに加え、妙に動きの良い私領艦隊もあるのだ。一個艦隊で破れた以上、今度はどれだけ動員すればよかろうか」

「そこでじゃ、エーレンベルク、実はローエングラム元帥から儂のところに推薦状が来ておるのだ。腹心の少将がいるらしいの。それでな、かの者であれば少数の艦隊でも確実にカストロプ討伐がかなうだろうと」

「何だそれは? あの孺子の、そのまた家来が? 一個艦隊でもできなかったことを少数でやれるだと」

「やらせてみてもよいではないか。軍部をそれで説得できはせんか」

 

 どのみち今は帝国軍から大艦隊を割くことはできない。それこそイゼルローン回廊方面が心配だ。

 エーレンベルクは承知した。

 

「分かった。リヒテンラーデ。カストロプ家討伐はその者にやらせてみよう」

 

 

 

 

 イゼルローン失陥で焦燥にかられる帝国軍、しかしこの時期に喜んでいる人物がいた。

 もちろんラインハルトだ。

 

「喜べ! キルヒアイス。カストロプ討伐の話が通ったぞ。期待はしていなかったのだがな」

「先の推薦の話ですね。わたくしがカストロプ家討伐に行ってくるという。ラインハルト様、わざわざお膳立てありがとうございます」

 

 キルヒアイスは感情の波を表わしやすいラインハルトとは違い、涼しい表情を崩さない。

 

「もっといいニュースもあるぞ、キルヒアイス。預けられる艦はたったの三千隻だ! これはシュムーデとやらがあっさり失敗したのと同数じゃないか。最高だな。この武勲でお前の昇進は間違いなしだ!」

 

 こう言って本当にラインハルトが喜ぶ。キルヒアイスの昇進は我がことのように嬉しい。

 

「ラインハルト様、お忘れのようですが、お言葉の中にもし作戦が成功したら、というものが抜けているようです」

「こいつめ、そんな言葉が必要か?」

 

 訂正する必要などあろうものか。

 

「成功するなという方がよっぽど無茶だろう。お前には」

 

 ここまで言われてはキルヒアイスとしても苦笑するばかりだ。

 ラインハルトはキルヒアイスが艦隊指揮をすることに万に一つの心配もしていない。

 

「お前がやるのならむしろ三千隻も要らないな。いや、あまり戦果が華々しいとかえってやっかまれる。それぐらいが丁度良いのか。過ぎたるは及ばざるが如し、だからな」

 

 こう言ったラインハルトは褒めてもらえるつもりだ。

 周りの事も一応考えたように言ったのだから。

 

「大人になりました、ラインハルト様。そんな言葉を言われるとは」

 

 

 

 二人は無邪気に笑っている。

 

 ラインハルトは終生の友としてキルヒアイスを認識している。別に副官でも秘書でもなく友だ。初めて会ったその日から。

 

 しかし、二人とも軍にいる以上、公式には友という立場は存在しえない。何らかの地位が必要なのだ。

 キルヒアイスは未だ少将の一人に過ぎない。

 将官といえど、膨大な人員がいる帝国軍では掃いて捨てるほどの地位である。

 

 それに対し、ラインハルトは今や指折り数えるほどしかいない帝国元帥である。その信頼する副官が少将ではとても格好がつかない。上級大将、せいぜい大将くらいでなければ側近とは呼べないのだ。

 実害も生じてしまう。幕僚内にまだ総参謀長は設定されていないが、しかしいずれは設けなくてはならない。その時にもしキルヒアイスがそれ以下の地位でしかなければ、副官といえどもラインハルトに直接の意見はできなくなってしまうのだ。意見具申は階級が上の総参謀長を通さなければ越権行為に当たる。

 

 ラインハルトはどうにかしてキルヒアイスを昇進させる必要があった。

 もちろんラインハルトにとってキルヒアイスが親友兼副官なのは絶対的決定事項なのだから。

 

 悠長なことをせずキルヒアイスの昇進を成し遂げるには、やはり武勲を立てさせるしかない。今回のカストロプ動乱はラインハルトの目には格好の機会に映った。

 

 

 

「それと老人にも感謝せねばな。あの老人は頑固だが私心はない」

 

 キルヒアイスを推挙しようとするラインハルトと、カストロプ家の反乱を一刻も早く鎮めようとする国務尚書リヒテンラーデ侯は利害が一致した。結果キルヒアイスに活躍の場を与える支援をしてくれたのだ。この繋がりは後に別の形で活きてくることになる。

 

「そうですね、ラインハルト様」

「それにしても貴族の反乱なんかの討伐を失敗するとは帝国軍も不甲斐ないな。しかも二回もだ。だがこれで都合がいい。キルヒアイスを昇進させる舞台が整った」

 

 ここでラインハルトが更に茶目っ気のある顔を見せた。

 

「本当ならもっといい昇進の機会があったぞ。イゼルローン要塞の奪還だ。だがキルヒアイス、それはお前には譲らん。俺がやってみせる」

「それは良いでしょう。ではわたくしは、ラインハルト様が失敗した後で試すことにいたします」

 

 むろん冗談だ。

 第一、イゼルローン奪還などの大作戦でラインハルトがキルヒアイスを伴わないはずがない。

 

 こんな壮大な冗談が言えるほど、二人の未来は晴れやかであり、先に続く道はどこまでも伸びている。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第四十四話 動乱~自分だけの同盟艦隊~

アーサー・リンチの魂に救済あれ!

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