今の帝国軍はイゼルローン要塞失陥という未曽有の事態、貴族の反乱などに割ける艦隊は無い、という空気が流れる。
そこをエーレンベルク軍務尚書が強行するので第三次討伐艦隊には三千隻しか与えられなかったのだが、それをキルヒアイスは綺麗に統率して進む。
途中、キルヒアイスはその帝国軍の二度にわたる討伐失敗の記録を詳細に調べている。
「これはなかなかのものですね。今の帝国軍の将官級と比べても上回るかもしれません」
カストロプ家艦隊にいる敵司令官の能力と戦術について思索する。
あくまでも穏やかに、理知的な瞳を持って。
討伐艦隊の出立をいち早くマクシミリアンが察知した。
実はこれもまたヒルダの献策のゆえだった。情報の重要性を知るヒルダは、オーディンから情報を得る策をいくつか考え、実践させていた。
目を付けたルートは何と女学校つながりだ!
口の堅い者でも、つい家族には話してしまうものである。そして女学校にいるような若い娘はいつでも噂のネタを探しているものであり、どんな些細なことも直ぐに話に出してしまう。
それを用いればたいがいの情報は手に入る。まして軍の情報なら貴族子弟が士官として乗り込む者も少なくなく、それを家族が知らないはずはない。
こうして得た情報を聞いてもマクシミリアンは嘲笑うばかりだ。
「性懲りもなくまた来たのか。帝国軍の中には諦めの悪い者がいるものだ。また返り討ちにしてくれる」
余裕の態度を示している。
これが数個艦隊規模なら冷や汗が流れてもおかしくないが、そうではなく、わずか三千隻であることが同時に判明しているからだ。
「ただの自殺志願の集まりなのか…… いや、そうではないかもしれんな。帝国軍は討伐のポーズを作りつつ、軍内の厄介者を片付けようとしているのか。恰好の機会として。もしそうなら俺を食えぬ使い方にしてくれたものだ」
マクシミリアンが最大限自分に有利であり、かつ的外れな推測をする。
実際のところ数年前ならそれも正しかったかもしれないのが帝国軍の救いがたいところだ。
ここに冷や水を掛ける者がいる。いつの間にか横にいたアーサー・リンチだ。
「そうではなく、むしろ逆だ。今度は心してかかった方がいい。今度の討伐艦隊は決して弱くない」
この頃までには、アーサー・リンチはカストロプ領内外の航路に探査機を多数設置していたので詳細が分かる。
討伐艦隊の様子を一瞥しただけで並以上に優れた統率が取れているのが分かるのだ。
最初のシュムーデ艦隊も決して無能ではなかったが、今度はそれを遥かに凌ぐ有能な将が率いている。ならば今度の三千隻という小規模であるのが不気味である。よほどの勝算があるのか。だとしたらその根拠は何だ。
「こちら側の戦力を全て呼び戻してくれ。今直ぐに。全戦力を集中させ、三度目の討伐艦隊に当たりたい」
何を、というのは自明のことだった。
マクシミリアンはこの少し前に艦隊の半数を割き、隣接するマリーンドルフ領へ進軍させていた。
さすがにマリーンドルフ領ともなれば一応はヒルダにも相談している。
「お前の策を完全にしたいためだ。実際にカストロプ家の私領艦隊が他の貴族に向かうのを明らかにすれば、貴族たちはこぞって今より大騒ぎするだろう。カストロプ家が実力を行使するのを見せつけることが、混乱をもっと深める何よりの手段になる」
もちろんヒルダにはこの手は決して愉快なはずはない。こんな下らない反乱にマリーンドルフ領の人々を巻き込みたくない。
だが結局了承せざるを得なかった。
考え方によっては、最悪ではないとも言えるからだ。
もっと悪辣なのは、ヒルダかフランツ伯が領主として自領に向かいカストロプ家の反乱に手を貸せと命令させられることである。それよりはずっとマシである。
そしてカストロプ家私領艦隊は難なくマリーンドルフ領に到着し、そこにある産物を押さえている。
その様子を見て周囲の貴族領主も怯えてご機嫌伺いに来る始末、ここはマクシミリアンの思った通りに事は進む。
ここに至り、カストロプ家の叛乱が大乱になる兆しを見せてきた。
仮に周囲の貴族領を屈服させ、それらが所持している私領艦隊を接収していけば雪だるま式に戦力も増える。
この時期に帝国軍がイゼルローン要塞を失ったことはマクシミリアンにとって正に天祐だ。
おまけにこの軍事行動をヒルダや周囲には策略としてそう言ったのだが、マクシミリアンの本心は別のところにあった。
マリーンドルフ領は資源や自然条件はあまり良くなくとも、そこそこ繁栄している。それは歴代の伯爵家が善政を行なってきたためだ。もちろんそれに見合っただけの人口もいる。
手つかずのマリーンドルフ領には美人も多くいるだろう。
それを大量に捕らえてここへ連れてくる、それが目的だった!
ヒルダは どうせマクシミリアンはマリーンドルフ領にある富を狙い、火事場泥棒のようなことをすると理解している。
しかし実際はもっと酷いことだった。
マクシミリアンのどす黒い心は、密かな愉しみの皮算用を始めている。
捕らえてきた娘たちは、怯え、驚き、やがて恐怖に屈服し諦める。その様を思う存分愉しむ。
それこそマクシミリアンが反乱を起こした目的そのものであり、美味しい果実なのだ。
しかし一人だけそんな魂胆を見抜いている者がいた。
エリザベートには兄マクシミリアンの心根など透けて見える。
そんな愉しみを実践させてはならない。これ以上被害者を増やしてはならない!
策謀をマクシミリアンと共に図っているヒルダはまだ若く、たぶんそこまで分かっていないのだ。
エリザベートは思い余って、ただ一人相談できそうな相手に話を持ち掛けていた。
その相手とはアーサー・リンチであり、密かに話す。
「兄はまた恐ろしいことを考えています。今度はマリーンドルフ領の人たちが危険です。艦隊司令に訴えるのも筋違いなことですが、話せる人が他にいないのです」
これはアーサー・リンチにとっても驚くばかりだ。
帝国貴族は平民を虐げ、搾取するものと思っていたが、直接暴力を振るって愉しむことまでするとは。
「そこまで酷いことが…… 帝国の貴族は歪み切っている。帝国に生まれた領民は災難だな」
「何とか止められる方法はありませんか?」
「悲劇が起こるというのなら見過ごしたくはない。だが、どのみち帝国内部の話ではないか? 貴族も領民も帝国の者、ならば俺には関係ないな。俺としては帝国艦隊と戦えればいいだけだ」
人としてそういう悲劇は防ぎたいのは山々だ。しかし領民といえども帝国人であり、そこから将兵を出して同盟と戦うことを考えれば気分は複雑になる。
しかし、ここで突然アーサー・リンチの心が動く。
胸に鋭い痛みが走る。
帝国の領民とは、つまりは一般市民と言い換えることができる。
かつて自分はエル・ファシルの一般市民を守ることができなかったから、汚名を着ることになったのではないか。帝国の捕虜になったのはおまけのことだ。
エリザベートの言う領民を救うことは、単なる自己満足、偽善に過ぎないのだろうか?
いや、そうではない!
帝国と同盟の違いは問題ではない。
場所は変われど悲劇に見舞われる力なき民衆という点では変わらない。
今度は救わねばならない。マリーンドルフ領の民衆を。
かつてエル・ファシルの市民を置き去りにした汚名を濯げはしないとしても。誰にも理解されない贖罪だったとしても。
自分は、心に誓ってそうしなくてはならないのだ。
アーサー・リンチは決断した。
先ずはマリーンドルフ領へ派遣されていた艦隊へ連絡を通達する。
暴力を振るったりできないよう、艦隊は決して地上への降下を許さないと。
ただこれには反発する艦も多くいたのだ。
ここまで来て略奪と暴力を許されないことが不満なのである。マクシミリアンならずとも暴力を楽しめると期待している者は多くいたのだ。こっそり降下しようとする艦が引きも切らない。
アーサー・リンチはそんな艦は問答無用で討ち果たすようにも通達していた。そぶりを見せただけでも容赦してはならないと。
もちろん自分もすぐさま高速艦で向かった。
命令を徹底させるため自らが砲撃して見せた。
結果、なんとか軍規は保たれ、マリーンドルフ領の民衆は不安に怯えながらも実害を被ることはなかった。
アーサー・リンチはカストロプ領に戻り、しかし顛末の報告はしていない。
だが直ぐに知られることだ。
制宙権を確保するにとどめ、地上戦を演じなければ兵を損じないという理屈を述べるつもりだった。
当然その詭弁は通じるはずがなく、マクシミリアンの不興を買う。物も人も得たいマクシミリアンがアーサー・リンチの越権行為に納得するとは思われない。
おそらく激昂するだろう。その後はどうなるか分からない。
だが、非常にタイミングよく三回目の討伐艦隊が来てくれた!
このおかげで名分が立つ。
アーサー・リンチは艦隊を集中させることを進言できた。もちろん、今度の討伐艦隊が並みのものではないというのは本音である。
マクシミリアンは渋々であるが、アーサー・リンチの言葉に同意した。
マリーンドルフ領の占領作戦は中止とし、艦隊を呼び戻して再び一本化する。
だが、心の内では何を大げさな、とアーサー・リンチに向かい舌打ちした。
迎撃を万全にするためとはいえ、たかが三千隻程度の討伐艦隊にそこまで慎重になることはないだろう。
まあ、今だけは言うことも聞いてやらねばならないか…… アーサー・リンチは任せられる唯一の艦隊司令官なのだから、つまらぬことで諍いを起こすことはない。
だが、用済みになれば必ず粛清してやる!
忠誠心どころかこんな仏頂面しか見せない部下など必要ない。その時泣き顔に変わるのを見てやりたい。功績を言い立てても無視してやれ。
マリーンドルフ領の占領は少し遅れても必ず行う。愉しみが少し先に延びただけのことだ。
マクシミリアンが心中はどうであれ艦隊を集中させることに同意し、それをアーサー・リンチはさっそくエリザベートに伝える。
エリザベートも心底安心して礼を述べる。そこへ巧まずして一つの言葉を加えている。
それはアーサー・リンチにとってこの上もなく重い意味を持つ言葉だったのだ。
聞いた瞬間、アーサー・リンチの心に安らぎが戻った!
何年も何年も苦しんでいた痛みが取り払われた。
「ありがとうございます艦隊司令官。一つの惑星の住民たちが守られました」
「住民が、守られた……」
「そうです。すべてあなた様のおかげです」
アーサー・リンチは本当の意味で前を向く。
今こそ完全に集中できる。
来るべき戦いに向け、心置きなく闘志を燃やす。
帝国軍よ、早く来い。全身全霊をかけて戦いに臨んでやる。
戦いは間近い。
精査すると今度の討伐艦隊は真っすぐカストロプ本領惑星を目指して進んでいる。
その様子を見たアーサー・リンチは安心が半分、腑に落ちないことが半分だ。
「必ず奇策を講じてくると思っていた。別働隊を駆使して回り込ませるなどの策を使って。それなのにただ直進してくるとはどういうことか。よし、そうなら打つ手は一つだ」
アーサー・リンチは堂々の布陣を組み、待ち受ける。
今、戦力になりそうな艦のほとんどを宇宙に上げてまとめ上げた。相変わらず老朽艦が多くを占めるとはいえその総数一万三千隻にも及ぶ。
「これは一個艦隊以上だな。初めにこの数を案山子に使い、怯えさせるのだ。相手が慎重姿勢になったところで押し包む。防衛衛星システムとの間に挟めば半包囲でも充分になる。それで終わりだ」
ふいにアーサー・リンチは乾いた笑いを漏らす。
かすかに自嘲の入った笑いだ。
「一個艦隊の指揮、か。同盟軍なら中将のすることだ。俺も出世したものだ。帝国貴族の艦隊で中将の仕事とはな。こんな下らない運命なのか、俺は。グリーンヒル大将が知ったら何と言うだろう」
懐かしい同盟軍を思い出すが、同時に皮肉な運命を笑うしかない。自分の数少ない理解者であったグリーンヒル大将の顔を思い浮かべても今は何の意味もない。
「俺が指揮するのは帝国貴族の艦隊じゃない。自由惑星同盟の第十三艦隊だ。いや、ヤンがいるのが第十三艦隊だったか。ならばこれは第十四艦隊だな」
これこそ本望だ。
帝国艦隊と戦う。見かけはどうあれ、今は自分こそが同盟軍ではないか。
「行くか。帝国軍と戦うために行く。俺だけの同盟第十四艦隊だ!」
次回予告 第四十五話 動乱~物静かな提督~
キルヒアイスの戦い!