疲れも知らず   作:おゆ

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第四十六話 487年 7月  動乱~夢の中の歩み~

 

 

 補給を終えたカストロプ私領艦隊は再び宇宙に布陣している。

 

 率いるアーサー・リンチは前回とまるで布陣を変えた。

 あえて数で圧倒する策を捨てた。

 足並みを乱すかもしれない老朽艦を無理に駆り出すことはなく、きちんと選び抜いた艦だけを用いている。前回の半数以下である六千隻、しかしより筋肉質なのだ。同時にそれは指揮を執りやすい数でもある。

 

「同じ失敗をするものか。充分に統率できれば、突入攻撃などさせはしない」

 

 また、本領惑星を遠く離れることもせず、戦理にかなった防御陣を敷いて帝国艦隊を待ち構えている。

 

 

 

「これは、手ごわそうですな」

 

 帝国側討伐艦隊の旗艦ではベルゲングリューンがそう言った。横のビューローも同意の表情をしている。

 この艦隊も修繕などを済ませ、徐々に接近している。前回の戦いで受けた損害は軽微、約二千八百隻が布陣を組む。

 

「確かにそのようです。相手は今回六千隻、しかし前回よりよほど洗練されていますね。数を絞りながら、しかも優位性を失わない絶妙な数にしています。加えて布陣の方も防衛衛星システムを背にして理想的な形といえるでしょう。こちらは挟撃もできず、持久戦も分が悪く、戦術的に相当の不利があります」

「キルヒアイス司令、ではどうやって攻略を」

 

 今度はベルゲングリューンもビューローも撤退を進言したりしない。

 司令官キルヒアイスを信頼し、この悪い状況下でどう戦うのか楽しみなくらいだ。

 

「簡単なことです。お二方とも、今から示すポイントに一気に集中砲火ができるよう、入念に準備しておいて下さい」

 

 キルヒアイスは見る者を安心させる微笑みを絶やさず、指示を伝えた。

 たったそれだけのこと!

 二人は驚いたがキルヒアイスに考えがあるのだろうと納得した。

 

 

 

 艦隊戦が始まる。それはあまりにもオーソドックスな長距離砲戦から始まった。

 

 お互いイエローゾーンから踏み込むことはなく、距離を保つ。

 損害らしい損害もなくひたすら撃ちあった。しつこい我慢比べが続く。

 だが、次第にキルヒアイス側が有利に傾く。狙いが的確であり、艦列の統率もより優れているからだ。

 

「ここに大型艦を移動させて下さい。次に相手は必ず狙ってきます。その隙に他の艦はエネルギーを節約して備蓄して下さい」

 

 キルヒアイスは次々とそんな指示を出していく。常に先手を取って読み勝つのだ。合理的で決して無理がない。

 しかも指示をするときに大声を出したりことさら勇猛さを見せたりすることがない。

 キルヒアイスはそんな精神論からは無縁なのだ。しかし従う方は焦りが消え、ビューローやベルゲングリューン以下、将兵は自然に信頼を深めていく。気持ちが空回りすることがなくなる分だけ強さを発揮できる。

 これがキルヒアイスの艦隊なのだ。

 

 ただし、カストロプ側も簡単に負けることはない。

 なんといっても艦数が多いのは有利なのだ。それを上手に生かして戦列を立て直し、局地的に不利になってもきれいに対処している。

 しかしながら、全面攻勢に出ようとしてもうまく抑えられてしまう。

 かえって先に綻びを見せ始めた。

 最後は艦列の修復を諦めゆっくり退きにかかった。これは最初の戦いと同じ、勝負を切り上げた早めの撤退だ。そこには例え撃ち負けても致命傷を負わなければいいという計算があるのだろうか。確かに物資の面で言えば、帝国軍討伐艦隊の方が先に枯渇してしまうだろう。別に勝っているからといって推進剤も弾も使わないわけがない。

 

 

 だが今、カストロプ側の撤退行動を知って、キルヒアイス側は一気に追撃をかけた。

 

「司令、敵はまたもや無理をせず、退却するようです。今度はどうされますか」

「前進速度を上げて下さい」

 

 ビューローの問いかけにキルヒアイスが答える。

 一方、討伐艦隊が追ってくるのを見たカストロプ側は艦列を乱してきた。無秩序なまま撤退の速度を早めていく。

 

「今です。前進を止め、攻撃を開始して下さい!」

 

 キルヒアイスの満を持した合図にベルゲングリューンとビューローが素早く反応する。

 

「全艦、先に入力してあるポイントへ向け攻撃!」

「計算は終えているはずだ。同期して全火力を叩きつけろ!」

 

 たった一点に向けて全砲撃が集中した。

 そこはカストロプ側の艦隊が今まさに通過しようとする宙域だった! 先回りして数千数万の光条がそこに伸びる。

 

 完璧に準備されたピンポイント攻撃には大型艦すら耐えられない。ましてカストロプ私領艦隊は小型艦が多く、次々に火球に変えられる地獄となった。

 もはや致命傷となる。

 

 名刀が一閃したような瞬間、そこで勝負は決まった。

 

「なるほど、そうだったのか。負けたな」

 

 カストロプ側の旗艦でアーサー・リンチがつぶやく。

 

「うまくやったつもりが最初から読まれていたのか。帝国の将は大した人物だ。恐ろしいくらいに」

 

 悔しいのは当たり前だ。しかしそこに憎しみはなかった。優れた敵に対し、軍人として尊敬を持つのはおかしなことではない。

 

「いよいよ最後を飾ろうか。潮時だ」

 

 アーサー・リンチは自分の艦以外を分散、逃走させた。自分は足止めのために停止し、迫る帝国討伐艦隊を待ち構えた。

 

 

 

 一方、ベルゲングリューンもビューローも興奮を抑えきれない。

 あっけないほどの勝負の幕切れだからだ。

 司令官が戦いの始まる前から示したポイントに、見事に相手が来たとは、まるで魔法のような予言ではないか!

 最初から全艦での集中砲火をセットしていたため最大限の効果を発揮し、あっさり敵に致命傷を負わせた。

 

「どうして司令官には分かったのでしょう。不思議でなりません」

 

 頭を捻る二人にキルヒアイスが説明する。

 

「そんなに難しい理屈ではありません。向こうは前回の反省を生かし、数で押してくるだけの策は取りません。当たり前のことです。であれば、向こうの取る策はただ一つしか考えられないのです」

 

「キルヒアイス閣下、それはいったい……」

 

 二人はまるで教官に向かって質問をする学生のようだった。本人たちもそのつもりだったろう。

 

「防衛衛星の力を借りることです。最後は必ずそこへ誘導しようとするでしょう。堂々の艦隊戦は見かけだけです。案の定、早めの後退も、その後の綻びのように見せた行動さえもうまく見せた擬態なのです」

「誘いだったとは…… なるほど分かりました。しかし、それでもあのポイントに行くとは限らないと思えますが」

「そうですね。偶然などではありません。あのポイントである理由があります。防衛衛星は動けないので、戦場から見て惑星の陰になる分の衛星は、ミサイルはともかくビーム兵器は使えず無駄になります。半分近くの衛星はそうなってしまうでしょう」

「確かに。その通りでしょう」

 

 キルヒアイスは種明かしをしていく。それは常人よりもはるかに広い視点の産物だった。

 

「そこで、衛星の最大数を使って攻撃できる方向を考えました。こちらが追撃して行った場合、あのポイントで攻撃参加しうる衛星の数が最大になるはずでした。そんな場所なのです。相手の司令官が優秀なだけに、必ずそこへ誘導することを図って後退するものと予想しました」

 

 

 あまりに単純、しかし思いつかなかった理屈なのだ。

 

 ベルゲングリューンもビューローも唖然とするしかない。

 

 さも簡単に言うが、相手の力量を寸分の狂いもなく推し量れてこそできる戦術ではないか。

 カストロプ側艦隊は前回の戦闘で早めに退いたことさえ擬態の下地に利用した。いや、逆に最初からこれをするために前回は撤退したのかもしれない。

 

 だが、キルヒアイスはそんな巧緻を極めた戦術もあっさり見抜き、更に上を行った。

 二人はますます信頼を寄せる。人格だけではなく、能力も申し分ない司令官ではないか。

 

 

 

「話はさておいて、これから最大戦速で惑星に向かいます。今なら散らばった向こうの艦が邪魔になり防衛要塞は稼働できないでしょう」

 

 敵味方入り乱れる平行追撃で防衛衛星を無力化し侵攻する。

 キルヒアイスの作戦の第二段階が始まった。

 

 ところが、前進していくと目の前に小艦隊が停泊している。

 わずか十艦もいない。

 それだけでキルヒアイスはカストロプ側の司令官だと気付いた。戦いに負けても自分だけ命冥加に逃げることはせず、武人の態度を取り、最後の時を待っているのだ。

 キルヒアイスには想像がつく。おそらく立派な人物なのだろう。

 

「降伏勧告をいたします。通信をとって下さい」

 

 無駄だとは思ったが、それでも降伏勧告をしようとした。

 しかしながら救いたいと思ったのは本当である。

 それがキルヒアイスという者なのだ。

 

 しばし応答を待ち、通信スクリーンを見る。

 そして映し出されたのは意外なことにまだ若いといえる将だった。

 ただし驚きは別のところにある!

 何と、帝国軍ではない緑色の制服を着ている。これは叛徒の制服だ。なぜ、カストロプという帝国貴族の艦隊に叛徒がいるのか。

 

 キルヒアイスが問う前に言われた。

 

「これは驚きました。あなたが帝国艦隊の司令官ですか。お若い」

 

 どちらも若いのであるが、確かに比較すればキルヒアイスの方がずっと若い。

 そして丁寧な言葉を使ってきた。

 戦いで負けて怒り狂っているわけでもなく、落ち込んで呆然自失でもない。自然な表情だ。

 だが、そうであるからこそキルヒアイスは降伏の説得が無理だと悟った。

 

「帝国軍少将ジークフリード・キルヒアイスと申します。戦いは終わりました。これ以上は無益です。降伏をお勧めいたします」

「私は自由惑星同盟軍アーサー・リンチ少将です。訳あって帝国貴族の艦隊にいますが。降伏勧告をして頂けるとはありがたい。逃走中の艦隊を無用に撃沈しないと期待できますか。どうせ艦隊は惑星防衛に戻ってくることはないでしょう」

 

 ただし、最も重要なことを凛と言い放つ。

 

「しかしながら、私自身は降伏しません」

「アーサー・リンチ少将、とても残念に思います。それでは結果は一つになります。しかし、ここで死ぬのは誰にとっても良くないではありませんか。翻意なさるべきです」

「重ねての心遣い、感謝に堪えません。キルヒアイス少将」

 

 アーサー・リンチは穏やかな表情を崩さない。

 もう自分の成すべき生涯の仕事は終わった。

 

「最後にあなたと戦えてよかった。驚くほど強い、帝国軍のお若い将」

 

 人生というものは、後悔することが多いものだ。

 しかし、今は自分の人生に満足な気がした。他の人間がどう思ってもいい。自分は満足なのである。

 

「ではこれで。私が言うのもなんですが、ご武運を」

 

 アーサー・リンチは通信を切った。

 自分のことより、あの優し過ぎるほど優しい帝国軍の司令官のことを考えていた。

 

 そしてここにいるわずかな艦によって砲撃を始める。

 これは全て人員のいない自動射撃だ。アーサー・リンチは無駄に自分の道連れなど作るつもりはない。

 照準はまるででたらめ、単なる開始の合図のようなものだ。

 

 キルヒアイスはそれを認めるや、表情を曇らせる。その胸中は誰にも分からない。そして小さな声で命じる。

 

「やむを得ません。前進です。攻撃を再開して下さい」

 

 

 

 

 全てが夢の中のようだった。

 

 自分の人生の歩み、それが夢のように思える。

 これまでの人生、特に同盟軍人としてのいろいろなことも、今となっては。

 

 士官学校から始まり、とんとん拍子に栄達し、将帥になった。

 同盟軍次世代のホープとまで言われたこともある。

 それがエル・ファシルでのたった一度のつまづきにより、暗転する。酷い汚名を受ける身となった。

 その汚名を晴らせることはついにない。

 しかし、最後の最後に一つの惑星領民を救うことができたのが慰めだろうか。

 

 奇妙な運命に導かれ、故国から遠く離れた帝国領内で、何と貴族の私領艦隊なんかを率いることになった。そんなことは想像もしていなかったことだ。

 

 他人はこんな自分の人生など下らないと思うかもしれない。実際自分は誰にも顧みられることもなく、称賛されることもなく、終わりを迎える。今回の戦いもしょせん歴史の傍流に過ぎず、何かしらの価値もないのだろう。

 

 だが一つだけ誰にも否定できない確かなことがある。

 

 自分は自由惑星同盟のため、その灯を消さないため、帝国軍と戦うことに人生を捧げたのだ。それが望みであり生きる意味だった。

 

 

 今、爆散と共にアーサー・リンチは生涯を閉じる。

 

 帝国と全身全霊をかけて戦い、命を燃やした。

 艦隊戦の晴れ舞台で。

 心の底から自由惑星同盟軍の将として。

 

 その魂に曇りはない!

 だから最後まで叫ぶのだ。

 

 

 自由惑星同盟よ、いつか帝国の圧政を倒し、自由の旗を打ち立てよ。

 民主主義の光よ、全ての人の上に照り輝き、まっすぐに道を示せよ。

 

 そして遠く異郷にあってもなお瞼に浮かんでやまない。

 

 麗しきハイネセン、美しきふるさとハイネセンよ、永遠なれ。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第四十七話 動乱~脱出~

撃て! ヒルダ!!

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