艦隊戦の決着がつく少し前のことだ。エリザベート・フォン・カストロプがひた走る。
目当てはヒルダだ。
ヒルダは囚われの身とはいえ、一部屋に監禁されていることはなく、いくつかの行動の自由は与えられていた。
図書室や温室などの部屋には好きに出入りができる。
マクシミリアンはヒルダに対し、快適性もなければ良いアイデアも出ないだろうと考える度量を持っていたからだ。
ただし、当然ながら宇宙港や通信室につながる所には出られるわけはなく、また監視カメラによって見張られている。
エリザベートがヒルダに接触を図ること自体はそう難しくない。
しかし、それを今すぐ兄マクシミリアンに知られるのはまずいことだ。明晰な兄は自分のしようとする意図を見抜くかもしれない。
まずは監視員を買収しにかかるが、それは意外なほど簡単にできた。かえって拍子抜けするぐらいだ。なぜなら誰もマクシミリアンに忠誠心などあるわけがなく、金さえあればいつでも出て行きたいと思っている人間ばかりだったからだ。
「カストロプ家は砂上の楼閣なのだわ。滅びる運命なのよ」
改めてそう思う。
銀河帝国の名門中の名門、五百年続くカストロプ家といってもこの程度だ。
努力せず、過去の栄光により寄り頼んでいては崩れ去るものでしかない。
そしてヒルダに会ったエリザベートは先ず詫びにかかる。
「マリーンドルフ家のヒルデガルド様、この度は本当に兄マクシミリアンのためにとんでもない災難を被り、心からお詫び申し上げます。帝国への反乱などという大それたことに巻き込んでしまいました。私もカストロプ家の一員として、責任を重々感じております」
「これはエリザベート様、いいえあなたが悪いのではありません。私には分かっております」
実はこれまで二人に面識はない。
エリザベートとヒルダの年齢では女学校で重なる年度がなかったからだ。しかし、共通の知り合いとしてエカテリーナがいることは既に知っており、その意味で親しみを持った。
「エリザベート様、本当にお気遣いなく。お詫びなど、そんな心配なさらないで下さい」
エリザベートとしては、ヒルダがカストロプ家に恨みを持つことを恐れていた。
いや、それはごく当然のことだろう。親切心からカストロプ家を訪ねてきたのに、いきなり捕らえられて人質にされてしまったのだ。
だが予想は良い方に外れる。
ヒルダは理性的であり、きちんと首謀者マクシミリアンとエリザベートを区別して見せた。
むしろエリザベートがそんなことを心配しているだろうと、気持ちを先回りして安心させてやろうとまで思っている。ついでに言えば、エリザベートこそマクシミリアンの一番の被害者なのではないかとヒルダの頭脳は薄々感づいてもいたのだ。
「ありがとうございます。ヒルデガルド様。そこまで言っていただいて、安心しました。では手短に用件を言います。今、カストロプ領にまた帝国軍討伐艦隊が来ていますが、今度はなかなか厄介なようでアーサー・リンチ提督も苦戦しています。ですがこれこそチャンスです。兄がそっちに気を取られれば隙ができるでしょう。そこでなんとかフランツ伯とあなたを解放し、ここから脱出できるよう努力いたします」
「ありがとうございます! エリザベート様。父上の解放を本当にお願いします。私などより優先して下さい」
「いいえ、必ずお二人ともそろって脱出させます」
ここでエリザベートは最後の言葉を飲み込んだ。命に代えましても、という言葉だ。
やり遂げて見せる。決意は固い。
「頃合いを見てまた参ります、ヒルデガルド様。それと、今これをお渡ししておきましょう」
エリザベートの手の平には一つの指輪があった。
豪華といえばそうだが貴族が持つ物としては一般的なデザインで、よくあるタイプだ。白金細工の上にきれいにカッティングされた大きめのトパーズが一つ乗っていて、その周囲に細かい紫水晶を品よく散らせてある。
「これは……指輪でしょうか。いったいどういう?」
「敢えて普通の指輪のように作ってありますが、中身は違います。精密な装置です。通信機の機能があるのでこれで連絡できますが、それだけではありません。超小型のブラスターが仕込まれているのです。護身用の武器として、役に立つことがあるかもしれません」
ヒルダも実際見たことはなかったが、その存在は知っていた。
こんなに小さいのに通信とブラスターの機能があるとはどれほどの技術なのだろう。
そのヘルクスハイマー製の特別な指輪は、そこらの貴族が持てるようなものではない。
よほど裕福な大貴族だけが買えるとんでもなく高価な代物なのだ。
そこからエリザベートは次の目標に向かった。
やるべきことは分かっている。
その頃、マクシミリアンは急ごしらえの司令室にいる。
館の一番広い大広間にスクリーンやコンソール、通信装置を運び込んで作ったものだ。
その広間には奇妙な古代趣味の装飾や、無駄な柱、意味のない噴水がごちゃごちゃ詰め込まれている。これを良しとする者の美的センスが疑われる。むろん、マクシミリアンの勝手な趣味なのだ。
それらの中に加わった近代的な機材がおかしな対比を見せている。
今、この惑星近傍で戦われている艦隊戦、その様子が丸ごとスクリーンに映されている。
それでマクシミリアンは頼みの艦隊の敗北を知った。
「くそっ、役立たずめ。また負けおって! 死んで当然だ」
アーサー・リンチの最期も知った。
だがマクシミリアンに何の感傷も湧くはずがない。使い終わった道具の一つでしかないからだ。
「艦隊戦などもういい! かくなる上は討伐艦隊を防衛衛星によって宇宙の藻屑にしてくれる。どのみち帝国軍の討伐艦隊が三千隻しかいないのは変わりないではないか。下手な小細工はせず機械に任せればいいだけだ」
マクシミリアンの言うことも理にかなっている。
今回の帝国艦隊は三千隻であり、防衛衛星で対処できない規模ではない。想定最大防衛容量は一万隻もあり、そこまでの艦隊なら食い止められる設計なのだ。
しかしそれは平行追撃されている私領艦隊を見捨てるということでもある。
マクシミリアンには何のためらいもなかった。艦隊の兵士の命などどうでもいい。自分が痛むわけではない。自分を守るために、帝国艦隊ごと全てまとめて薙ぎ払ってしまうのだ。
「直ぐに防衛衛星を稼働させろ。もちろん敵味方識別の解除をしておけ。今軌道上にある艦を全て攻撃し、沈めてしまえ!」
何という自分勝手な命令だろうか! 非人間的過ぎる。
その広間にいた操作オペレーター役の下僕たちも一瞬動きが止まる。
しかし、マクシミリアンが睨みつけると命令通りにしようとする。電磁ムチの懲罰が怖いのだ。
しかし、そのわずかな時間が大きな違いになった!
「防衛衛星システムに異常! 応答ありません! インプットを受け入れません!」
「何だと、どういうことだ! 何でもいいから早く動かせ!」
「分かりません、調査中です。それと、現在こちらの通信設備が稼働しているようです」
「何、通信が? こちらから通信とは? それはいったい何だ。ここにも出してみろ」
すると広間にその通信音声が響いた。内容はあまりに驚くべきものだ。
「繰り返し、接近中の帝国艦隊に申し上げます。私はエリザべート・フォン・カストロプ。反乱についての処罰は後でお受けしますが、防衛衛星を解除しました。今ならば降下可能です」
思わぬことに驚いたのは帝国艦隊側も同様だ。
「閣下、どういうことでしょうか。あの恐るべき防衛衛星が解除されているとは。罠でしょうか。これはうかつに近づけません」
「ベルゲングリューン准将、いえ、私には今の通信が本当のように感じました。向こうも一枚岩ではない、ということでしょうね」
「し、しかし一片の通信に過ぎず、信じるのは余りに危険です!」
「今が好機だと考えます。速やかに惑星へ降下しましょう。予定は変更です」
艦隊旗艦内ではそんな会話があった。
キルヒアイスは上手に平行追撃をかけて防空衛星を無力化したつもりだが、それでも敵味方もろとも攻撃してくる可能性を考えていた。
キルヒアイスならば味方まで撃つようなことをするはずもないが、自分を基準にして戦術を組み立てることはない。最悪の想定も必要である。
反乱を起こした側は、正に最後の砦を失い、後が無い状態である。なりふり構わぬ手段を取るかもしれず、仮にそんなことをされたら被害甚大だ。ましてやキルヒアイスはマクシミリアンの為人を事前に調べ、その酷薄な人格を知っていたのだ。
そのため、とっておきの用意があった。
指向性ゼッフル粒子である。この新兵器で防衛衛星を丸ごと焼き払うのだ。動かない衛星にはうってつけとも言える。
ただし、実戦で一度も使われたことのない新兵器なので未知の部分が多い。
先にオーディンで技術部からこれの詳細な説明を受けたキルヒアイスは疑問を持っていた。共に聞いていたラインハルトも同様だった。
説明をした太った帝国軍技術部の開発担当者は自信満々で効果を説明していたのだが、それが大いに不快であったことも影響している。シャフトというその開発者は技術的難題を自分の才能で解決したと誇り、技術者としての能力を誇示する態度に終始していた。これが不快だ。
それだけならまだしも、一番嫌なことは兵器の安全性を軽視し、扱う兵たちのことを頭の片隅にも入れていないことだ。
仮に思わぬ事故があった場合、自分の身に何もなければそれでいい、という他人事の態度である。自分が痛むのでないことには驚くほど関心がない。
ああ、事故で何人死んだ、それは残念、そんな細かいことはともかく技術的に失敗したことだけは残念、きっとそう言うだろう。
それともう一つ、実際に使用した場合、どのくらいの範囲に影響するのか確定していない。
ただ威力があるというだけでも兵器としては使えるのかもしれないが、それでは片手落ちではないか。
特に今回は惑星軌道上の防衛衛星に対して使うのだ。惑星のすぐ近くにこれまでになく大量のゼッフル粒子を撒いた場合、惑星住民に思わぬ被害はないのだろうか。カストロプ領惑星は人口が多く、もしそうなれば恐ろしい被害になる。
もちろん、指向性ゼッフル粒子は宇宙空間で幾度もテストされている。しかし、今回のように大規模な防衛衛星を巻き込んみ、誘爆を起こさせる実験など試してはいないだろう。何しろ指向性ゼッフル粒子だけではなく、防衛衛星自体が新しいものなのだから。
キルヒアイスはそれを考え、できれば今回の作戦で指向性ゼッフル粒子は使いたくないと思っていた。
エリザベート・フォン・カストロプが防衛衛星を無力化したというのが本当なら渡りに船だ。
エリザベートは隠しコンソールから防衛衛星システムを停止させ、帝国艦隊へ先ほどの通信を送っただけではない。
館中を巡っては叫んでいた。
「もう終わりです! 間もなく帝国軍が来るでしょう。逃げなければ巻き添えで死ぬだけです!」
これは効果てきめんだった!
誰しもがマクシミリアンへの恐怖で従っていただけで、忠誠心などない。そのマクシミリアンが破滅するのなら誰が職務を遂行するだろう。
ましてや帝国に対する反乱に加担していたと見られ、自分まで罰せられるのは心外だ。
混乱と崩壊が加速度的に広まっていた。
そんな中、エリザベートは先ずフランツ・フォン・マリーンドルフ伯の救出を優先した。ここでも惜しみなく宝石類を買収に使い、浮足立っていた監視員を去らせている。
「マリーンドルフ伯、本当に申し訳ありませんでした。カストロプ家の一員として、この度の迷惑に対し、お詫びの言葉もありません」
「あなたが悪いのではないでしょう。エリザベート嬢。それよりも助けて頂けるようでこちらこそ感謝せねば。ともあれ私の娘と合流したいので案内してもらえますかな」
「もちろん。お二方そろって脱出させます」
マリーンドルフ伯の言うことはヒルダと大変似ている。その見識ある言葉に安心し、エリザベートは伯をヒルダの元に案内する。
次に、感動の再会を果たした父娘を脱出させなければならない。
宇宙港に連れて行こうとしたが、これはそう簡単ではなさそうだった。
混乱が進む中、当然ながら宇宙に逃れようとする人間は多い。ここにいればマクシミリアンのとばっちりで処罰されてしまうかもしれず、それよりは宇宙船を盗んで命からがら脱出する、そう考えた人間が多いからだ。
エリザベートはその混乱を見た。
そこでカストロプ家の者だけが知っている秘密通路などを伝って進む。そういった通路が領民反乱などの万が一の時の脱出用に作られている。
宇宙港の一角、特別格納庫まで辿り着いた。
もう一歩だ。
カストロプ家の宇宙艇はまだそこにあった。
しかし悪いことがある。
一人の狂暴そうな男が宇宙艇のハッチ付近にいたのだ!
服装からすれば館の給仕といったところだろうか。やっきになって艇のロックを解除しようとしているが、うまくいっていない。
「くそっ、開かないのか。ぶち壊すぞ!」
その男の存在に走ってきたエリザベート、ヒルダ、フランツ伯が気付く。
だが遅かった。
驚いて対処を考える間に男の方もまた三人に気付いてしまった。
男は訝しむ表情から、幸運を甘受する表情へと変える。
「ん? おい、おまえら。おまえらもこの宇宙艇が目当てで来たんだな? ならば開け方を知ってるだろう。さっさと開けてもらおうか」
こんな奴を同乗させるわけにいかない!
この男は目が血走っていて、半分正気を失っているようだ。そのポケットにはブレスレットやネックレスが乱暴に突っ込まれているのが見えている。たぶん行きがけの駄賃に奪ってきたのだろう。単なる脱出ではなく、窃盗をしての逃亡だ。服もあちこち破れていて、明らかに争った形跡がある。
こんな男が帝国軍に保護を求めるはずがなく、それどころか何をしでかすか分からない。
十五メートルばかりの距離を置き、無言で睨み合う。
「ふん、何だ。協力しないつもりか。では実力行使で協力させてやるぞ!」
男は女二人と痩せた貴族一人、何ができると侮っている。もう見た目からして荒事などとは絶対に無縁の生活をしてきたような三人だ。しかも武器は何も持っていない。
男はそれを見て、余裕の表情で近付こうとした。意図は明白だ。見せしめに少しばかり痛めつけ、艇の扉を開けさせ、そして奴隷として艇を操縦させようとでも考えているのだろう。
「おまえら、最初から素直に協力すればいいものを。後悔するのは俺のせいじゃないぜ」
その時ヒルダが腕を上げた。
そして男に向かい、まっすぐに伸ばす。
「いいえあなたこそ素直にどいた方が身のためよ。痛い目を見る前に」
その手先から細いエネルギー線が伸びた!
細い白銀の線が、男から斜め上のかなり外れたところに逸れていった。
思わぬことに男は一瞬止まり、驚いたようだったが、それで怯む様子はない。武器が無いと思っていたのは間違いで、ブラスターがあったようだ。しかしそれはあまり威力がないタイプである。
まして今それを撃ったのは、三人のうちでもっともか弱く見える娘だった。
「何、威勢がいいと思ったら隠し銃か。だがお嬢ちゃん、使い方を教わってはいないようだな」
どうせ当てられやしない。
銃を撃つなどどうせ初めてのこと、ましてや人に向かって撃てるものか。
今もやむにやまれず撃ってしまっただけだろう。
男は表情をいっそう凶悪なものに変える。
一応は考えたのだろう、身を低くかがめ、左右にステップを踏み始める。素早くジグザグに走りながら近寄るのだ。
これで万が一にも当てられるようなことはない。素人の、しかも明らかに十代の娘には。
「そんな危ないおもちゃを持つとは、お前からお仕置きしてやる! 逆らえないように指の一本も折ってやるぞ! 今は俺がご主人だ!」
男が逃げるどころか向かって来ようとしているのを見て取り、ヒルダはもう一度手を伸ばす。
またしてもエネルギー線が伸びる!
だが今度は外れることなく命中した! それも男のど真ん中だ。
たまらず男はうめき声を上げて崩折れる。そこから苦悶の声を絞り上げ、床をのたうち回っている。
確かにこの超小型ブラスターの細いエネルギー線では、一度当たったくらいでは心臓や動脈などに命中しないかぎり致命傷にならない。ヒルダはそれと知って撃っている。
「これはお見事です! ヒルデガルド様。驚きました!」
エリザベートとフランツ伯が目を見張った。
特にエリザベートには予想外だ。ヒルダは指輪型ブラスターを見事に使いこなした。こんな危急の時によく当てることができたものだ。
「一度外しただけで完全に修正してしまわれた。射撃にも才能がおありですわ!」
これにヒルダがわずか微笑み、驚くべき返事を返してくる。
「ありがとうございます、エリザベート様。ですが、一度目は警告のつもりでしたのに、少々外し過ぎてしまいましたわ」
次回予告 第四十八話 動乱~思いを託して~
エリザベートの覚悟…… その決着は……