疲れも知らず   作:おゆ

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第四十八話 487年 7月  動乱~思いを託して~

 

 

 エリザベートが宇宙艇の扉のロックにパスワードを打ち込み、開いたところへヒルダとフランツ伯の二人を乗り込ませた。自分は素早く宇宙艇が正常に稼働するのを確認する。

 

「これでお二人は脱出して下さい。宇宙に出たなら、帝国軍の艦艇を目指して進み、呼びかければ保護してくれると思います」

「え!? どういうことでしょう、エリザベート様。私たち二人と一緒ではないのですか」

「私は…… 一緒には行けません。帝国軍はカストロプ家の一員として私を捕らえるでしょう。いえ、それが嫌というわけではなくて、まだここでするべきことが残っています。私の一番の義務です。兄と決着をつけなくてはなりません」

「そんな!」

 

 ヒルダはエリザべートの覚悟を知った。

 自分の運命に目をそらさず、向かおうとしている。

 マクシミリアンの妹として生まれたことも運命だ。ならばそれに決着をつけるためエリザベートは兄マクシミリアンと刺し違える覚悟で挑む。

 

「哀しいことですが、私のカストロプ家は世の中に害にしかなりませんでした。それに終止符を打つのがせめてもの償いです。これはカストロプ家の者がやらねばなりません」

 

 もはやヒルダに言える言葉はない。

 覚悟を決めた人間に、それを変えさせる権利などない。その美しい姿に誰が反対できるだろう。

 一度微笑んだエリザベートが宇宙船から外に出て、来た道に走り去る。

 

 その後ろ姿を見ながら、ヒルダの頬に涙が伝った。

 

 

 

 エリザベートは館の中心部へと引き返す。その途中にも声を響かせ叫んでいる。

 

「カストロプ家は破滅、私にも兄マクシミリアンにも処罰が待っているだけです! ここにいる皆も帝国軍に捕まるでしょう!」

 

 更に混乱が広がっていく。本来の持ち場にとどまっている人間はいない。

 

 そんな中、エリザベートは次の目標に走る。

 それは防衛衛星システムにアクセス可能な端末だ。

 もちろんそういった重要端末はそこらにあるわけがない。ただし全くないわけではなく、故障や破損時の予備としていくつか準備されている。実は前々からエリザベートはその片手で数えられるほどしかない端末を執拗に探し続け、ようやく見つけていたのだ。既に防空衛星システムに働きかけられることを確認している。

 

 その端末から防衛衛星システムに素早く入力した。もちろん停止コードである。その上で入力アクセスにブロックをかけていたのだ。

 最後の仕上げは帝国艦隊への通信である。これは遠隔操作で通信機を作動、予め入れてある音声を流させた。これが帝国艦隊側に聞こえていた通信だったのである。

 

「これでいい…… もうこれ以上カストロプ家が迷惑をかけなくて済む。さあ、最後にお兄様と話さなくては」

 

 

 エリザベートは大きく息を吐いた。

 

 これまでの長い年月と、幾多の出来事を思い返した。

 兄マクシミリアンに対して染みついた恐怖が自然と心を縛っていく。

 トラウマとなった記憶たちが心を凍らせていく。

 

 しかし今、それを振り払らねばならない!

 

 前へ足を踏み出し、決着をつけに行くのだ。

 マクシミリアンのいるだろう大広間に歩みを進めた。

 

 

 

 

 その広間ではむろんマクシミリアンが叫び続けている。

 

「エリザベートが俺を裏切ったのか! 生意気な妹だ。ただではおかんぞ!」

 

 だが、マクシミリアンは広間から動けない。一分でも早く防空衛星のコントロールを取り戻さなければ帝国艦隊に降下され、敗北が決定してしまうからだ。

 

「エリザベートのことは後にして、今は衛星を動かさねばどうにもならん。くそっ、何とかならんのか!」

 

 あれこれ指示を飛ばしながら、マクシミリアンが焦りの色を深める。

 しかしその復旧作業は思ったより時間がかかる。いったんロックをかけられた衛星のシステムは再起動コードを容易には受け付けない。

 そしてマクシミリアンは悪魔のようなことを思いついた。

 

「おのれ、こうなれば手動操作で再起動するしかない! 衛星の外壁にその制御盤がある。お前ら、隠してある高速艇で衛星に行け! 行ってスイッチを押すだけだ。お前らでもできる!」

 

 広間には制御オペレーターばかりではなく、下女が七、八人も残っていた。

 その内の二人だけを残し、他の下女をその操作のために向かわせたのだ。下女たちはいずれも表情のない能面の顔のまま従った。

 

 

 

 だが、帝国軍艦艇の進軍は速い。

 マクシミリアンの予想以上の速さだった。

 そして頼みの綱の防衛衛星の様子をじりじりとして待つが、一向に再起動してくれる気配はない。たったの一つも。

 

「くそっ、あの下女どもは何をしている! もしや行かなかったのか?」

 

 その懸念に辿り着いた。

 マクシミリアンは衛星が再起動したら間髪おかずに最大火力で攻撃を始めさせるつもりだった。

 しかしそれは、衛星外壁にまだ取り付いているだろう下女がエネルギー波の余波で無惨にも焼かれて死ぬことを意味する。

 当然のごとくマクシミリアンはたかが下女数人の命より、攻撃を一秒でも早くする方を選ぶ。下女が生きたまま焼かれ、あまりの苦しみに狂い死んでいこうがそんなことはどうだっていい。

 そこを見抜かれていたのか。

 

 

 時が過ぎ、帝国軍がついに衛星軌道に到達、そして抜けてしまう。

 もう限界だ。

 今から防衛衛星が再起動しても帝国艦隊を撃滅することはかなわない。

 マクシミリアンの敗北と破滅が確定した。

 

「なんと、裏切りからこんなことに……」

 

 気落ちしたのは一瞬のことで、むしろマクシミリアンは怒りに目もくらむばかりだ。

 復讐の指示を出す。

 先ずは宇宙港から逃げ出そうとする人間が多いのは分かっている。それらに対してだ。

 

「この惑星を逃げ出す奴らを一人残らず撃ち落とせ! 防空ミサイルも少しくらいあるだろう。帝国軍に撃ってもどうせ無駄だ。ならばそいつらの方に照準を向けろ!」

 

 それだけに飽き足りるわけがない。

 

「ミサイル操作のために一人だけ残り、他のオペレーターは全員ついてこい! 俺を裏切った者を全て探して始末してくれる! 絶対に逃すものか!」

 

 操作オペレーター達のうち一人を除いた全員、それらと下女二人を併せて従えながら憤怒の表情でマクシミリアンが歩き出す。

 

 

 

 

「探す必要はありません」

 

 ふいに広間に声が響いた。

 マクシミリアンが目をやると、入り口にエリザベートが立っている。

 

「私を見つけに行こうというのでしょう。ここです、お兄様」

「何だ、そこにいたのかエリザベート! なぜ俺を裏切った!」

 

 マクシミリアンがエリザベートを鋭く問いただす。もはや正気の目線ではない。

 

「帝国軍に俺を売ったんだな。それで自分だけ助かると思ったか、そうなんだろう!」

「いいえ、自分のためにやったのではありません」

「無駄だ。取り引きをしたところで帝国がそんな約束を守るものか。浅はかなことを考える妹め」

「誓って言いますがそんな汚いことはしません。信じてもらえないでしょうがそんな憶測は違います。私が助かろうとか、どうでもいいことです」

「では何だ!」

 

 もうカストロプ家は破滅を免れない。

 エリザベートはせめてそれを見苦しくないものにしたかった。

 

「止めるためです。もう終わりにしましょう、お兄様。これ以上無駄なことはせず、おとなしく帝国軍の処罰を待つのです」

「ふざけるな! こうなったら俺はフェザーンにでも逃げて再起してやる。ここさえ凌げればいいのだ。超高速シャトルが残してある。帝国の軍用艦でも追い付けるものか。星系の小惑星に隠してある高速船まで行き、それに乗り換えればフェザーンへ逃げられる。ふん、俺はヘルクスハイマー伯のようなヘマはしない」

「…… 銀河帝国の名門貴族カストロプ家、せめてその名にふさわしく綺麗に終わりを飾りましょう。これ以上、あがくのは誰のためにもなりません」

「ふん、無理だと思っているのか。残念だったなエリザベート、お前の考え通りにはならんぞ。実は財産を叛徒の領内に隠してあるのだ。奥の手に使おうと思ってな」

「ではなおさら今止めなくてはなりません。お兄様がそんなおつもりなら。私がカストロプ家を終わりにします」

 

 

 やはりそうだった。マクシミリアンは性格が破綻しているが馬鹿ではない。

 最後の最後に一筋の手段を残していたのだ。

 

「エリザベート! さっきからカストロプ家カストロプ家とうるさい! それが何だ!」 

 

 ついにマクシミリアンが激発する時がきた。

 

「カストロプ家の誰が俺のことを分かってくれた! 誰が俺に優しくしてくれた! 俺はお前と違う!」

 

 二人のやり取りを傍観していたオペレーター達はこの様子に震え上がり、エリザベートの背にある出入り口から走り去る。

 下女たちの方は動かない。

 

「しかも今回、そもそも俺が悪いんじゃないぞ、エリザベート、分かっているのか。親の財務尚書時代の罪が発端だ。あいつらは俺が築き上げた物を死んでからまで壊そうというのか! どこまでふざけたマネを!」

 

 今、マクシミリアンは妹エリザベートを通し、両親のへの積もり積もった恨みを語っている。

 そこまで言って、酸素不足でマクシミリアンがあえいだ。

 巨体を揺らし大きく息をしている。

 

 しかしその発言はエリザベートにとって意外なものではなかった。

 兄が歪んでいるのは幼少期から愛されてなかったことも一因である。親に対する怨念が重なり、心を黒く染め上げている。それは分かっている。可哀想と言えなくもない。

 

 ただし、そこからどれほど他人を深く傷つけてきたことか。

 それとこれとは別だ。自分が傷ついたからといって、決して他の人間を傷つけていい理由にならない。

 他人を痛める権利などなく、それは本人の罪である。

 エリザベートには、今さら兄マクシミリアンへ同情する気持ちは起きない。

 

 

 

 このままではいけない。

 話し合いは無意味に終わり、ついに実力行使をしなければならないのか。

 エリザベートは隠し持っていた果物ナイフを出した。両手に一本ずつ握りしめている。

 

 ヒルダにブラスターを渡しながらもエリザベート自身に射撃の経験はなく、武器としてナイフを選んだのだ。

 マクシミリアンの手の届くところに電磁ムチがあるが、それに怯まずに戦うならばナイフの方が有効だろう。

 今は心を強く保ち、ムチの痛みも過去の恐怖も忘れるのだ。

 

「お願いです。おとなしくして下さい。帝国軍が来るまでここに一緒にいましょう、お兄様」

 

 

 そう言うやいなや、マクシミリアンではなくエリザベートの方が大きく目を見開いた!

 がっくり膝をつく。

 

 何が起こったのか。

 既にどちらのナイフも取り落とした。エリザベートは激痛の来る左肩に手をやる。そこから血が流れ、指にまとわりつくのが感じられる。

 

 エネルギー線に左肩を撃ち抜かれたのだ!

 

 その原因はすぐに分かった。マクシミリアンの姿勢で。

 腕をまっすぐ伸ばし、それで撃ってきたのだ。つまり兄マクシミリアンも指輪型ブラスターを使った。

 

 うかつだった。

 兄の武器が電磁ムチだけだと思っていた。

 

 マクシミリアンは普段から指にいくつも指輪をはめている。しかしそれは装飾用のもののはずで、この時もいつもと同じものをしているのを見た。

 実は兄は常日頃から指輪型ブラスターをつけていたのだ!

 どんな時でも、誰といる時でも。ブラスターを肌身離さずに。

 病的に人を信じられないのか。兄がそこまで用心していたとは。

 

「説教はそれだけか? エリザベート。妹だから俺がためらうとでも思ったのか。手加減するとでも?」

 

 言葉の冷たさに沿うように、もう一度エネルギー線が伸びた。

 今度はエリザベートの右肩に当たる。

 エリザベートは床に転がり浅い息をした。

 赤い血の華がドレスを染める。散った血が、顔をせめて最後の化粧のように彩っていく。

 

「いや、妹だからこそ最後はこうなるのに決まっていたのだ。それが今になった」

 

 冷酷な言葉通り、マクシミリアンの表情にも行動にも何のためらいも感じられない。

 

「これで終わりだ。どうした、何か言ってみろエリザベート。親が俺に残したのは何だ、金か、地位か、どれだ」

 

 自分で語るごとにマクシミリアンの心から際限なく怒りが湧いて出るようだ。

 

「それとも恨みか、愛か。どうだエリザベート、言えないだろう。親が残したものはな、敢えて言えば虚無だ。俺にはな!」

 

 

 

 

 私はここで終わる。

 

 兄は本気だ。

 兄妹であることはマクシミリアンにとって何ほどの意味もなかった。

 笑うしかない。

 兄妹だからこそこちらはずっと悩んできたのだ。しかし向こうはそんなことを考えもしていなかったとは。

 

 最後の最後、兄を止めることはかなわなかった。

 これが結末なのか。世の中とはなんと厳しく、私は無力だった。

 いったい私は何のためにいたのだろう。カストロプ家に生まれ、今の今まで。

 

 エカテリーナ、エカテリーナ、あなたに会えたことは本当に幸せだった。

 

 私を初めて分かってくれた友よ、それで私の心は救われた。

 運命に流されるままでなく、勇気を持ち、最後の最後に自分の意思で立ち向かえた。

 

 

 そして、私にはなんとなく分かることがある。

 光の中を歩んできたあなたなら、こんな理不尽な世を変えられる。

 この世を軽々とひっくり返し、誰も見なかった未来を指し示す。あなたが。

 

 見てみたかった。

 もうそれがかなわない今、私はあなたに託したい。

 この思いを届けたい。

 

 私には何もできなかった。しかし、あなたにはきっとできる。

 

 

 視界の片隅に光が映る。それは白く、鮮やかに。

 無情にも三度目のエネルギー線がエリザベートを貫いた。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第四十九話 動乱~終結~

新たなる予兆

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