疲れも知らず   作:おゆ

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第四話 481年10月 ピクニック

 

 

 後日、この事件は少年たちの言う通り、なんとかなった。

 何か問題になることもなく事件そのものがきれいに消し去られた。

 

 驚くべきことである。

 これは通常ではない何かの理由があるはず、エカテリーナは探りを入れてみた。

 その方法としてオーディンにあるフェザーン弁務官事務所の力を使った。エカテリーナの顔を使えば造作もない。

 

 しかし意外な結果を知る。探ることさえ壁に突き当たり、できなかったというのだ。

 だがこれで逆に判明した。

 優秀なフェザーン弁務官事務所で探れないとは、よほど高位からの力が及んだに違いない。

 

 この頃にはエカテリーナはあの幼年学校生たちの情報をつかんでいる。

 その一人、ラインハルトは没落貴族の生まれであること。

 母親は亡く、父親は酒浸りなこと。姉アンネローゼ・フォン・ミューゼルが幼くして銀河帝国皇帝フリードリヒ四世の後宮に召されたこと。今では大層気に入られ一番の寵姫になっていること。

 ラインハルトはその後帝国軍幼年学校に入り、ひとかたならず暴力事件を起こしていること。

 そして、ラインハルトらの隣家に住んでいたジークフリード・キルヒアイスという少年もまた時を同じくして幼年学校に入り、いつも一緒にいること、である。

 

 であれば事件の後始末を誰がやったか容易に推測がつく。

 皇帝につながる筋から圧力がかかったのだ。これではどうにかなるのは当たり前だ。

 

 

 

 エカテリーナはそのことも直接ラインハルトに聞いてみた。

 

 あの事件以来、興味のままにしばしば幼年学校の休みを狙って呼び出していたのだ。ラインハルトの方では別に拒むわけでもなく率直に接してくれる。

 

「ラインハルト様、やっぱり姉の筋から事件を揉み消したんですのね」

「フロイライン、それは違う。俺が頼むわけじゃない。姉上が誰かに頼むわけでもない。どこかの誰かが勝手に揉み消す。いつもそうなる」

 

 エカテリーナはラインハルトに様を付けて呼んでいる。

 ミュラーは年上なのに呼び捨てで、こちらには年下なのに様を付けるのも妙なことなのだが、しかしそれがとても自然なことに思われた。

 それはともかく、やはりアンネローゼが皇帝の寵姫だから揉み消されたのだ。そしてラインハルトはそれを腹いせの一種として小気味いいものと思っている。

 

「皇帝の下っ端に少しばかり仕事を与えただけだ」

「ラインハルト様、アンネローゼ様が知れば心配するのは確かです」

 

 会話の中で赤毛の少年キルヒアイスが遮ってきた。

 エカテリーナに一層分かってきたのだが、こちらの少年はだいぶ穏やかな性格なのである。そしてラインハルトが何か言い過ぎたりしないように抑えに回っている。むろん帝国では不敬な言動など誰彼に聞かせていいものではなく、時と場合によれば姉の筋からもみ消すことができずに大ごとになる可能性もなくはない。

 

「そうだな、キルヒアイス。姉上に心配をかけるのだけは嫌だな」

「まあそんな話は終わりにして、今日は天気もいいし、湖の方に行ってみませんこと?」

「湖か…… いいかもしれないな」

 

 エカテリーナは幼年学校生にピクニックを提案する。

 ラインハルトに異存はなく、その提案に乗った。

 というのはラインハルトの方ではこの風変わりな子女は嫌いではない。嫌いな格式ばった言い方や迂遠な言い回しをしないからだ。

 

 

 

 三人でオーディン郊外の湖まで遊びに行く。

 この日はミュラーは試験が近いので呼び出していない。そうでなくともミュラーは最終学年であり、成績が非常に重要な時期なのだ。それの結果は卒業席次に関係し、その後の配属先にまで影響を及ぼす。だからしばしば呼び出すことはできない。

 

 湖のほとりで景色を楽しむ。天気のいい一日、水も緑もきれいだ。

 頃合いを見てエカテリーナは持ってきたバスケットを開ける。

 

「ランチにしましょう。フルーツサンドウィッチを作ってきましたわ」

 

 岸辺にある小奇麗なテーブルにバスケットを置き、マットを敷いた上にサンドウィッチを丁寧に並べる。

 少年二人がそれを食べ始めるのをエカテリーナは見ている。

 

「美味いな。フロイライン。これをまさか自分で作ったのか」

 

 そう、その反応を見たかったのだ。

 こういったものを作るのが得意だから、令嬢であるにも関わらず自分で作る。味も一級だと自負するものだ。

 

「そうですのよ。ちょっとした工夫をしてありますの。普通、ホットサンドは最後に外側を焼きますでしょ。これは軽く焼いてから、焼いた側を内側にして挟んでますのよ。逆に外側は最後まで焼かずに」

 

 これが私の自慢のサンドウィッチなのだ!

 なかなか普通には考えつかない工夫が施された自慢の一品である。

 この工夫により香ばしさがいっそうクリームの甘さを引き立たせ、上品なものに変えるのだ。しかもフルーツサンドウィッチにはない歯応えが付き、それでいて表面は柔らかい。

 

「本当にフロイラインが作ったのか。確かに面白いな。姉上の作るものの半分くらいは美味い」

「え!?」

 

 それはないんじゃないの!

 

 実際正直な反応なのだろう。さんざん聞かされたのだが、ラインハルトの姉アンネローゼは何でも上手に作ったそうなのだから。

 

 だがしかしそう思われるのは癪だ。

 おまけに口に出すのもどうかしている。それが誉め言葉になるとでも思ったのか。ラインハルトが正直に邪心なく言ったというのが分かるだけに余計イライラする。

 ラインハルトが姉も姉の料理も大好きなのはとっくに分かっているが、それと比べられることはない。

 

「ラインハルト様、とても美味しいではありませんか。料理の工夫には幅が広いものですね」

 

 キルヒアイスがすかさず雰囲気を崩さないように気を遣う。

 困った雰囲気になりそうなのを察知し、とりなすのはいつものことだ。

 

 よし、ではこちらは年上の余裕の反撃を見せてやろう。

 

「ラインハルト様は褒め方の表現は向上の余地が。いえはっきり言えばまだまだでございますね。少なくとも女性相手には」

 

 ふうん、というような顔をされた。

 全然効いていない!!

 

 もう一言、モテないわよ、と言おうかと考えたが、やめた。

 よく考えたらラインハルトもキルヒアイスもあまりに綺麗過ぎる。

 他に何の難があろうとも、この先モテないとは考えられないのだ! 見かけだけで他は何でもいい、という女はいくらでもいる。

 

 

 

 それにこの二人の少年の性向はそんなことに関心はないだろう。それは分かり切っている。

 二人の話す話題は政治的な変動や惑星開発のニュースなんかが多い。

 

 普通には学校内部のことやたわいもないうわさ話を話す人間が多いのに。少年期の純粋さということを割り引いてみても話題の偏りは異常だ。

 何より二人の話題は軍事に関連したものが一番多い。

 それも海賊討伐の戦闘や叛徒相手の会戦など、実際あったことの戦術的観点からの話なのである。またそれを話している時が最も輝いて見えるのだ。

 それにエカテリーナは話を合わせる。

 エカテリーナにとってもそういう話は嫌いということはない。だがさすがに純粋な艦隊戦はコメントのしようもない。過去の会戦や戦術という基礎知識がなければ聞いてもイメージできないので断片的にしか分からない。

 

 ともあれエカテリーナはこうして度々二人の少年と会うことになった。

 

 秋のうちに同じ湖で釣りをすることもあった。

 ラインハルトが意外に釣りを苦手としていることが分かった。どうしても待つだけでいるのが嫌ならしい。エサや竿を動かし過ぎるのだ。

 

「魚は人間ではない。動きの予想などできなくて当然だ! 魚相手の戦術など俺には無用のことだ」

 

 などと悔し紛れを言っている。本当は悔しいくせに。

 おまけに釣りに限らず多くの場面でラインハルトよりもキルヒアイスの方が器用で上手い。そのこともラインハルトは悔しいらしく、隠そうともしない。

 キルヒアイスはそんなラインハルトの性質をよく知り、いつも穏やかに接し、二人の仲は悪くなることがない。

 

 冬には室内でゲームをした。

 春に変わると郊外の野原まで早咲きのスイセンやスノードロップを摘みに出かけた。その時はエカテリーナが採り過ぎないよう二人に向かって注意をしなければならない。

 

「採り過ぎると来年咲かなくなりますよ。ほどほどで止めておくのが大事なんです。何でもほどほどの方がいいんですのよ」

「ほどほどというのが分からん。けれどフロイラインの言う理屈は分かる」

 

 まあどのみち何の作業をしていても、結局会話の内容はいつも同じようなものだ。

 何の会戦について語るかだけの違いである。

 

「半分も分かりませんわ。まさか女学校でもそんなことを教えてると思っているんですの?」

 

 ただしエカテリーナも多少は興味が持てるようになった。

 次第にラインハルトの語る銀河の情勢や軍事のバランスというものに面白みを感じるようになってきたのだ。感化されたといってもいい。

 

 

 

 女学校で交わされるうわさ話などは虚像に過ぎない。

 だがそういったことは実際の人間が動く実像、事実であるからには面白さがないはずがない。

 エカテリーナは大きな人類社会のうねりにわくわくする。

 

 だが相変わらず艦隊戦の戦術のことだけはよく分からない!

 

 戦いにおいてどうして駆逐艦が護衛につくのか、戦艦だけでいけないのか、分からない。

 最初からどうして全戦力をぶつけないのかも分からない。

 それは料理を作る上で、同じ材料でも入れる順番でまるで違う味になってしまうことと同じだろうか。

 同じ種類のスパイスでも、シードは最初から低温で炒める。

 温度によって出てくる香りが違うのだ。

 どういう香りにしたいのか、その狙いを持って微妙な火加減を調節し温度を上げていく。最後にフレッシュスパイスを入れて、飛んでしまった香りを改めて加え、きっちり角を立たせる。順番を間違えたら目も当てられない。

 

 自分にそういう軍事の才能はないのだろう。

 

 しかし、少なくともラインハルトにその才能が充分あることは分かるのだ。

 いや、天才だ。

 ラインハルトが戦いのことを説明するのも、コメントを付けるのも、エカテリーナには実に的確で理にかなったものに思える。

 

 

 ただしいつも「俺なら違う戦術をとった」といって語り出すのを「はいはい、それでラインハルト様が絶対勝つんですのね」といっていなすのがお約束になっている。

 

 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第五話 卒業

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