疲れも知らず   作:おゆ

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第五十三話 487年 9月  奪還作戦

 

 

 艦隊が大要塞に挑もうとしている。

 

 それだけなら特に奇異なものではない。

 過去を見れば、自由惑星同盟軍は実に六度に渡ってそれを繰り返し、帝国軍イゼルローン要塞の前に敗退を余儀なくされている。そのうち四度は要塞主砲トゥールハンマーを使われ、大打撃を被っているというおまけつきだ。

 

 だが今から始まる戦いは立場が真逆だ。

 

 その主を代え、自由惑星同盟のものになったイゼルローン要塞に銀河帝国の艦隊が挑む構図となっている。

 帝国元帥ミュッケンベルガーの指揮下、要塞前面に堂々の布陣を組む。ミュッケンベルガーは大艦隊の統率に経験豊富であり、最も得意としている。

 

「前衛戦艦群、主砲の同期はいいな。揃えねば意味がない」

「元帥閣下、戦艦主砲、同期終わりました」

「よし、では距離を正確に報告しろ。トゥールハンマーの射程ぎりぎりにもっていけ」

 

 このショーは前例がない。今だ誰も見たことのない、とてつもない規模の戦艦主砲同時攻撃になる。

 

「距離、予定点到達!」

「全艦、撃て!」

 

 光条が宙域を眩しく染め上げた。

 帝国艦隊総数六万隻、その前衛の戦艦全てから軌跡が伸びる。

 軽く十万条を超える光の棒が束になり、要塞に襲いかかる。並の物体であったなら瞬時も保たず、消し飛ばされたであろう。

 

 しかし白熱の光条は難なく弾かれてしまった。

 要塞の液体金属装甲をわずか蒸発させ、波を立てる程度にしかならない。まさに小揺るぎもしないという状態だ。しかも波もいずれは収まり、何事もなかったかのようになるだろう。

 必殺のレーザーやビームといえども鏡面に反射してどこかへ散り、ウラン弾などの実体高速弾は液体に受け止められエネルギーを失う。

 いずれの攻撃も貫通にはほど遠い。

 

 さすがに難攻不落のイゼルローン要塞である。

 

 

「やはりこうなる、か。意外ではないがな」

 

 特に驚きもせず呟きを漏らす。

 艦砲など通じないのは、イゼルローンを知り尽くすミュッケンベルガー元帥には当たり前のことである。これまでは守備側でその堅牢な守りを実感していたのだから。

 

 それでも攻撃をかけたのは要塞液体金属装甲に多数存在する浮遊砲台を牽制するためだ。流体金属層に波が立ってるうちであれば、主砲トゥールハンマーならまだしも浮遊砲台を運用するのは困難になる。

 いくら重力場を調整しても狙点は定まらなくなるのだ。高速コンピューターを使って照準をつけるのだが、それは攻撃する側の艦も同じである。撃ち落とすべき相手もまたそれを回避しようと刻々動くのだから。

 

「イゼルローン要塞がこちらの物であるときにもそう思っていたが、対峙する側になっていっそう恐ろしさが分かるものだな。これでトゥールハンマーを撃たれでもすれば、これ以上なく分かるのだろうが……」

 

 全くの予想通りであっても、これほどの集中砲火を受けて傷一つ付かないイゼルローン要塞の防御力にはため息が漏れる。

 

 

 

「次の作戦に移る。ミサイル艦隊、三方から進撃、予定点から順次放て!」

 

 ミュッケンベルガーが今回要塞攻略のため立てた作戦は、浮遊砲台に牽制をかけた上で三方からミサイル攻撃を仕掛け、外壁を破ろうというものだ。

 外壁を破れれば、陸戦隊を送り込み白兵戦で要塞を占拠できる。要塞主砲トゥールハンマーは威力は絶大でも小回りは利かず、多数の強襲揚陸艇の接近を阻止できはしない。

 これはかつて叛徒が用いたことのある陽動作戦と似ている。トリッキーなことをして成功に近づいたが、最後までうまくいくことはなかった。

 今回、同じような作戦をより大規模にして帝国側が使うのだ。

 

 これは艦隊機動兵力で上回る帝国軍でしかできない作戦といえる。なぜなら強襲揚陸艇は防御側に艦隊戦力が残っていれば駆逐されてしまう。

 しかし今、要塞内に駐留している叛徒の艦隊は少なく、あえて出撃してくる可能性はあまりない。いずれは応援に駆けつけてくる艦隊があるかもしれないが、それはまだ先のことだ。

 

 つまり今現在、艦隊決戦は明らかに不可能である。防衛は要塞そのものの防御力に頼るしかない。

 こうなるとミュッケンベルガーの作戦も充分な勝算がある。ただし、下手なことをしてトゥールハンマーにより本隊かあるいはミサイル攻撃艦隊が大損害を受けてしまったら話にならない。

 だが逆に言えば叛徒が要塞を充分に使いこなせず、トゥールハンマーの運用に遅れが出れば作戦は確実に成功する。

 

 

 

「トゥールハンマー全放射器浮上、姿勢安定。反応炉と接続、充填開始。狙点固定よし。発射準備シークエンス完了!」

「撃て!」

 

 イゼルローン要塞内部の主管制室でヤン・ウェンリーが指示を下している。

 

 帝国軍のミサイル攻撃艦隊が要塞へ忍び寄っていたが、その最も重要な部分を狙い撃った。

 膨大なエネルギーを含む白い帯が伸びていくのが見える。

 

 このトゥールハンマーの威力により、一気に千隻もの艦が消し飛ばされた!

 

 艦も人も痕跡すら残さず虚空に変えられたのだ。最初からそこに何も存在しなかったかのように。

 多大な建造費をかけた戦闘艦ももはや存在しない。

 数十年の間歩んできた一人一人の人生さえ無に帰す。正にゆりかごから幾多の季節を生きてきて、色々な人と出会い、泣きも笑いもした人生が宇宙のこんな場所でいきなり最期を迎える。

 帰りを待つ人がいる方が幸せなのか、いない方が幸せなのか、深刻な命題だろう。

 一つ言えるのは例えようもなく残酷だということだ。

 

「続けて近い方の帝国攻撃艦隊に向けトゥールハンマー砲台移動、反応炉のエネルギー産生量を最大のまま保ち、充填再開のこと。」

 その指示に沿って同盟軍のオペレーター達がきびきび動いている。

 

「どうやら間に合いそうですね。先輩。三方から同時に仕掛けられた時にはヒヤヒヤしましたよ」

「うん、そうだなアッテンボロー。これは教頭のおかげだな」

「そうですね。もちろん、帝国軍の作戦を読んで、コースも想定していた先輩も凄いですよ」

 

 

 

 二人の会話に出てくる教頭というのは現実の教頭のことではない。

 グリーンヒル大将のことを指して言っている。

 

 シトレ元帥がかつて士官学校の校長であったから、二人はシトレ元帥を今でも校長と呼んでいる。グリーンヒル大将はそのシトレ元帥の側にあり参謀長として補佐することが多く、それをもじって教頭と呼んでいるのだ。

 

「確かに見事なもんでしたね、こっちのオペレーターやメカニックたちは。システムも規格も違う。それなのに全然戸惑うことがない。先輩の指示にドンピシャ応えたとは」

「やれやれアッテンボロー、こいつは一杯食わされた。校長も教頭もイゼルローン攻略をあんなに深刻ぶって命じておいて、実は攻略できる前提で準備していたんだ。出来レースだったんだよ」

「でも悔しがることじゃないでしょう。それで今助かったんですから」

「それはそうだ。アッテンボローの言う通りなんだろう。しかし、悔しいのと感謝とは両立するんだなあ」

 

 もちろん本気でヤンが怒るわけもないし、むしろ今は感謝してもしきれない。

 イゼルローン要塞に赴任してきた同盟軍の技術者たちは、見事にこの帝国製の要塞を使いこなしたのだ。それでヤンの指示にしっかり応じられた。

 

 長年かけて同盟軍情報部はイゼルローン要塞の情報を集めている。

 そのハードウェア的なスペック、またソフトウェア的な運用などどんな情報でも貪欲に欲した。もちろん攻略に不可欠だからである。

 設計図の奪取、設計者の買収、勤務していた帝国技術者の脅迫、あらゆることを試みている。そういった同盟軍情報部のたゆまぬ努力の結果、イゼルローン要塞の設計と運用をほぼ掌握することができていた。

 

 そこから更にグリーンヒル大将は要塞を奪取できた場合のことを考え、間髪おかずに運用が可能になるよう準備をしていた!

 

 何もかも違うシステムをいきなり扱うのは無理である。帝国と同盟では規格の違うものが余りに多い。設計思想そのものに違いがある。

 実際の運用はスイッチの置き場所一つつまずいただけで時間を取られ、全体が上手くいかないのは分かっている。そうならないためにはけっこうな訓練を必要とするのは当たり前だ。マニュアルを用意するだけではとうてい足らない。

 グリーンヒル大将は同盟軍の最高練度のオペレーター達の中から更に精鋭を選び出していた。その上で事前に入念な訓練を施している。

 そのおかげなのだ。

 

 ヤンがあらましを言うだけで、オペレーター達はトゥールハンマーもスムースに運用する。

 この戦いの後、ヤン・ウェンリーは更に名を上げるが、今度の魔術はヤンよりもグリーンヒル大将が立役者だろう。それをよく知るヤン自身がそう言い回ったものである。

 

 

 

 ミュッケンベルガーの努力は報われることがなかった。

 

 せっかく三方から同時に仕掛けたミサイル艦隊は、見事にコースを読まれた。

 その上でいずれもトゥールハンマーに狙い撃たれ、大半が何もできずに散った。見事なまでに効率的にトールハンマーの使ってのけられたのだ。そこに隙などなかった。

 

「叛徒がこれほどうまくイゼルローン要塞を運用するとは、計算違いだった。冗談ではなく帝国軍より上手いくらいではないか。ミサイル艦隊の残存は撤退だ。本隊はその援護をしろ。仕切り直しだ」

 

 作戦中止と決めればまごまごできない。統制を失って混乱しているミサイル艦隊を今度は浮遊砲台がつけ狙うだろう。

 その後もミュッケンベルガーはあれこれ工夫して仕掛けようとするが、やはり要塞の防御に阻まれ、攻略には程遠い。

 やがて自由惑星同盟側から進発してきた応援艦隊の接近を探知するとそれさえ断念する。

 もちろん帝国艦隊の規模は大きく、艦隊戦に転じてそれら相手に憂さ晴らしすることも可能かもしれない。

 

 しかしミュッケンベルガーは正しく兵法を理解していた。戦略的目標と戦術を混同するほど無能ではなかったのだ。

 今回の目標はあくまで要塞の奪還である。艦隊戦を演じるのは作戦には含まれず、目標を達成できないのであれば他のことは意味がない。

 

「残念だが撤収する。このまま続けても要塞奪還の可能性がないのは歴然だ」

 

 

 

 攻守ところを代えてから、第一回目のイゼルローン要塞攻防戦は同盟が無事乗り切った。

 

 要塞中に歓声が上がり、シャンパンが開けられる。

 ヤンはベレー帽を投げることこそしないが、少しの間だけ持ち上げ、将兵の歓呼に応えた。

 

「要塞守備なんて慣れないことをするのは疲れるなあ。だからブランデーが必要なんだ。グリーンヒル中尉、紅茶にブランデーをいつもの倍入れてくれないか?」

 

 きれいな短髪のブロンドを持つ秘書官フレデリカ・グリーンヒル中尉は一瞬だけ目を丸くする。

 

「ヤン提督、論理に何か飛躍があるようですわ。でも分かりました。いつもの1.5倍を入れて差し上げます」

「え? グリーンヒル中尉、いつもブランデー1滴だけじゃないか。その1.5倍って、どうやって入れるんだい」

 

 ヤンは論理的に考え、不思議な顔をする他ない。

 

「こうやります」

 

 フレデリカは紅茶を一杯持ってくると、ブランデーを2滴加えた。

 そこから中身のいくらかを別の紙コップに移し、その後でヤンに渡した。

 

 ヤンが呆れて見ているとフレデリカは移した方の紅茶を自分で一息に飲んだ。

 多忙な業務が続き、フレデリカも疲れていたのだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第五十四話 会議室の戦い

ヨブ・トリューニヒトの戦いが……


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