疲れも知らず   作:おゆ

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第五十五話 487年 9月  帝国領侵攻

 

 

 同盟軍の帝国領出兵計画はほぼ原案のまま通った。

 粛々と出撃準備にかかる。シトレ元帥を総司令とし、グリーンヒル大将が総参謀長に就いた。

 

 今回動員される機動艦隊は、

  ルフェーブル第三艦隊

  ビュコック第五艦隊

  ホーウッド第七艦隊

  アップルトン第八艦隊

  ウランフ第十艦隊

 という五個艦隊、艦艇総数六万七千隻に及ぶもので、一度に動員する数としては空前の規模になる。

 

 各艦隊の準備状況や配備位置などを考慮して決められたが、軍内の主戦派を軸にした上でロボス派の諸将も加えている。後々のことを考えると一応ロボス元帥に配慮した形としておいた方がいいからだ。

 

 しかし、ここに実績のない艦隊はない。しかも攻勢と守勢、バランスのいい構成になっている。

 

 

 ドーソン大将とアレックス・キャゼルヌ少将という有能なコンビにより、後方物資の集積が予定量に達した。疲弊した同盟の生産力、予算の少なさを乗り越え、作戦を決行できる分だけは用意できたのだ。

 

 艦隊の編成、新兵の訓練も終了した。

 

 五個艦隊は管轄している各同盟管区から出発、そして次々とイゼルローン回廊に入る。

 イゼルローン要塞周辺で集合し、勇壮な姿を見せた後、いよいよ回廊の帝国側出口に向かって進軍する。

 そこから先は同盟軍にとって未知の帝国領だ。

 

 

 

 イゼルローン要塞では、そんな同盟艦隊の出兵をヤン達が見送る。

 

「先輩、どうです。同盟が勝ちますかね」

「校長と教頭がいるんだ。なんとかなるさ。アッテンボローが心配することもないだろう」

 

 要塞守備の続行を命じられ、ヤンとアッテンボローの同盟第十三艦隊が出動することはなかった。

 だからこそ見守るしかできない。

 

「なんとかなるって、先輩もアバウトな。まあ、深刻ぶられるよりマシですけどね。それなら聞かなきゃよかったって思うだけですから」

 

 アッテンボローが壁にもたれながら手を広げて感想を言う。それは全く確かなことだ。

 

「アッテンボロー、果報は寝て待てというだろう。昼寝でもして待つさ。でも案外と早く帰ってくる可能性が高い。校長は危ないことをしないだろうから。戦いになるとも限らないしね」

「そのまま寝てて下さい。でもキャゼルヌ先輩には見つからない方がいいですよ。なにせ後方補給部はてんてこ舞いですから、精神衛生上先輩の昼寝は見せない方がいいでしょう」

 

 二人の士官学校の先輩であるキャゼルヌもまたイゼルローン要塞に来る予定だ。ここが帝国領侵攻作戦のための輸送物資貯蔵庫になるからである。

 

 

 

 この同盟軍の動きは直ちに帝国側も察知する。

 

 もちろん迎撃のために帝国軍が編成される。叛徒の軍が帝国領に出てくるなど未曽有の事態だ。それがオーディンを突こうというものでないことくらいは分かるが、だからといって静観するなどということは有り得ない。

 確実に撃滅し、帝国の威信を保つ。

 迎撃作戦の総指揮をとるのはラインハルト・フォン・ローエングラム元帥となる。

 

「行くか、キルヒアイス。家にハエが入ってきたようだ。目障りだから退治しよう」

 

 いつもの通り表現の幅が広い、というか例えが妙なのがラインハルトである。本人は気に入ってそう話しているのだが。

 

「ラインハルト様。情報によると向こうは五個艦隊ほどの大規模で侵攻してくるようです。ハエではなく、家に野良犬が入ってきたくらいなのでは?」

「そうだな。しかし、できれば全軍で来ればよいものを。全軍余さず平らげれば、こっちにも好都合というものだ」

 

 この大言壮語は自信の表れだ。

 

 しかし別の意味もある。

 何の都合か、二人には口に出さずとも分かっている。

 

 二人はアンネローゼを奪った帝国を赦さない!

 最終的にゴールデンバウム王朝を打倒し、この五百年続いた銀河の秩序を根こそぎ引っくり返してやるのだ。

 そのためには熾烈な内乱を戦い抜かなくてはならない。

 内乱途中で叛徒が要らぬちょっかいをかけてきたら、不測の撹乱要因になる。それができないよう今徹底的に叩いておくことができれば越したことはない。いい機会が向こうから訪れたのだ。

 

 

「出撃は今すぐなさいますか」

 

 当然キルヒアイスはラインハルトがすぐに艦隊を率いて出陣し、元帥府麾下の有能な提督たちを使い、華麗な用兵を駆使するものだと思っていた。よく知るラインハルトの性格上、そう考えるのが妥当である。

 

「いや、今回はそうではない。実はもう決めてある。最初にやるのは相手の補給を消耗させる焦土作戦だ」

「それは、意外なことです。ラインハルト様」

 

 キルヒアイスは正直に驚きを表わした。

 そして素早く考え、一つのことを指摘しなければいけないと思い至る。

 

「焦土作戦であれば、帝国の辺境星域にある領民に苦しみを与えるのでは。その苦しみが作戦の一部である以上」

「そうだ、キルヒアイス。しかし焦土作戦が最も確実に叩ける。帝国領深くに引きずり込み、物資の窮乏した中で戦わざるを得ないようにするのだ」

「それは、その通りですが、ラインハルト様」

「味方の損害が少なくて済む。俺たちは次のために無駄な損害は出せない」

「艦隊の損失に限って言えば、のことです。ラインハルト様。辺境領民の被害は避けられません」

 

 これはおかしい。

 益々ラインハルトの性格とかけ離れたことを言う。普段なら、目の前の敵に全力で当たるのがラインハルトだ。

 もちろん、キルヒアイスはラインハルトの戦略眼を疑ったことはない。最善手が持久戦ならばそれを採ってもおかしいことは何もない。

 しかし今回は持久戦にせざるを得ない戦力比ではなく、動員できる機動兵力ならば確実に帝国軍の方が上回る。無理せずとも七個艦隊は優に用意できるだろう。帝国領民に塗炭の苦しみを与える作戦など採る必要はないのだ。

 

「合理的に考えてそういう作戦になったのだ。キルヒアイス、心配するな。餓死者が出るほどの焦土作戦にはしない。叛徒の艦隊が物資徴収に困る程度のことだ」

「それを聞いて安心しました。ラインハルト様」

 

 餓死者が出るほどにならなければ、勝利した後で充分な補償をすれば、取り返しがつく範囲だ。とりあえずキルヒアイスは安堵した。

 

 

 しかしもう一つ懸念がある。そんな作戦をラインハルトが一人で考えたのだろうか……

 いやそんなことはない。

 作戦はいつもキルヒアイスと話をしながら決めていたではないか。急にラインハルトが独断的になるとは思えない。

 

 今回、ラインハルトに焦土作戦案を提示した人間がいるのだろう。

 それならキルヒアイスには思い当たる節がある。先のイゼルローン要塞失陥の際、辛くも脱出したオーベルシュタイン大佐という人物が准将としてラインハルトの元帥府に加えられている。

 その者は何やらラインハルトに意見をしたがっていたようだ。

 キルヒアイスの印象では、極度な合理主義者である。焦土作戦という冷酷で、合理的な作戦をいかにも考えそうな人物である。

 

「ラインハルト様、その焦土作戦というのはもしやオーベルシュタイン准将の発案では?」

 

 キルヒアイスは率直に聞いた。

 いつまでも心に引っ掛かるよりは、今すぐに聞いてしまった方がいい。

 

「まあ、かの者の意見具申の結果、俺がそれを採用した」

 

 若干の歯切れの悪さがラインハルトらしくない。

 焦土作戦がオーベルシュタイン准将の発案であることは確かなのだが、それをあまり公表しないよう決めているのだろうか。

 それも合理的といえばそうだ。准将の意見に元帥が従ったというのは、どちらにとってもあまり良い評判にならないだろう。

 

 焦土作戦も確かに合理的、侵攻してきた大軍を撤退に追い込むには常道ともいえる。古来からそれは確実な撃退法として存在する。それはキルヒアイスも認めることだ。本来のラインハルトらしくはないがその提案が害になっているわけでない以上、反対すべき理由もない。

 

「どのみちキルヒアイス、最後はこっちから行くぞ。焦土作戦だけで撤退に追い込むのでは確かに辺境領民は苦しむ。そうではなく、物資を失い、慌てている叛徒を艦隊戦で叩ききってやる。家まで帰らせてやるものか」

 

 それはラインハルトがキルヒアイスにわずか気を遣い、いつもの覇気を敢えて見せたのだった。

 

 

 

 シトレ元帥と同盟五個艦隊は当初の予定通り、イゼルローン回廊を出て帝国領を慎重に航行する。

 先ずはアムリッツァ星系を目指した。その星系自体に占領する価値はない。アムリッツァまでは正確な航路情報が入手できているからだ。

 

 その先が問題だ。

 一応、もっと深くまでの航路を諜報活動によって手に入れている。また、これまでの幾多の戦いで鹵獲した帝国艦から航路図を取り出し、それと合致していることを確認もしている。

 しかしながら、それすら帝国側の巧妙な策謀であり、欺瞞情報を掴まされているという可能性も無くはない。慎重に進む必要がある。

 

 

 同盟艦隊がアムリッツァの次に到達したのはドヴェルグ星系である。そこは帝国にとって辺境も辺境、人口も三十万人に達さない程度のものだ。

 しかし有人惑星であることには違いない。

 すると、同盟軍が占拠した初の帝国領有人惑星という快挙になる!

 

 ところが、領民を観察した同盟将兵は驚いた。

 

「何と、古い時代を見ているようだ。帝国の開拓惑星というのはこういうものなのか」

 

 話に聞いていたのと寸分たがわぬ様相にシトレ元帥も驚きを隠せない。

 そこで見たのは同盟の辺境星系より遥かに古い生活様式を保ち、貧窮している民衆だった。

 この星系の支配者層である貴族代理や警備兵はとっくに逃げている。領民に何も告げることなく逃げたらしく、同盟艦隊が進駐しても民衆は呆然として立ちすくむばかりだ。

 調査すると生活様式ばかりでなく、その知識や教育の面でもひどく立ち遅れていた。

 いや、遅れているのではなく、支配者層は敢えて民衆に教育を施すことを妨げ、余計な知識を入れない悪意すら感じられる。

 

「これが帝国の支配のやりかたか! 民衆も一人一人人間なのに、敢えて何も教えず、何も考えさせず、低い生活レベルで一生の間労働させ、搾取していく。なるほど高価な機械を買って生産性を上げるよりも単純に労働者を増やした方がコスト的には安く済むのだろう。人間は機械と違って勝手に増えるものだから」

 

 同盟将兵は帝国と帝国貴族のやり方に憤りを感じざるを得ない。同盟であればいかに辺境でも科学技術や教育の面で劣っていることはないのに。

 

「教育を受けない民衆は現状に甘んじ、それがどんなにおかしなことか考えることもできない。一生の間民主主義の存在など知る機会もないのだろう。まさに農奴、機械の部品以下の扱いではないか」

 

 これらの人々を何としても民主制の下に連れ出すのだ。

 改めて帝国打倒の信念を堅くした。

 

 

 

 しかしシトレ元帥と同盟艦隊は長居をしない。一ヶ所に留まることはそれだけリスクを増やす。次にビルロスト星系に向けて進路をとる。

 ここでシトレ元帥とグリーンヒル大将には帝国軍の作戦が読めた。

 

「おかしいとは思わないかね。グリーンヒル君。ここまで何も抵抗がないとは」

「元帥、もしこれが同盟なら有人惑星を守りもせず、脱出もさせないことは考えられません。帝国が民衆のことを軽視しているとしても異常なことです。おそらく、帝国軍の戦略的撤退と推察できます」

「そうだ。帝国軍は焦土作戦を取っている。ドヴェルグ星系でも民衆を置き去りにするばかりか生活物資さえ残り少なかった。というより敢えて持ち去られた形跡がある。我々が物資を接収どころか民衆に供出しなくてはならないくらいに」

「もし焦土作戦が本当なら、深入りは避けるべきでしょう」

「よし、次のビルロスト星系でも同じ状況なら焦土作戦であることは確定だ。頃合いをみて後退にかかる」

「分かりました。索敵を充分にすることと、艦隊が分散しないように改めて通達しましょう」

 

 その二人の考察は正しかった。ビルロスト星系でも状況は似たようなものだ。

 困窮した民衆と、空になった物資倉庫が見つかるばかりだ。

 それが分かると直ちにシトレ元帥は同盟艦隊に撤退を通知した。

 元々出兵の目的は領地拡大といった目に見える派手なものではなく、航路の確認、帝国領民の生活実態の観察、帝国軍の補給基地等のデータ収集である。ここで撤退しても充分に目的を達成する。

 

 しかし、シトレ元帥にも意外なことが起きた。

 撤退の通知は多くの司令官の疑義という形で返ってきた。普段ならばシトレ元帥に対し、司令官たちが疑問を呈することはなかったであろう。シトレ元帥は能力も実績も、十二分に信頼されている。しかもその人柄は敬愛の対象ですらあった。

 

 だが今回は帝国領出兵というこれまでなら考えられなかった状況なのだ。

 四人の艦隊司令官から一斉に意見具申の申し込みが殺到した。

 

 たった一人、第五艦隊司令官ビュコック大将だけは特に何も言わず撤退の準備にかかった。

 

「さて、長生きをしたおかげで帝国領という珍しいものを見れたわけだし、そろそろ遠足も終わりじゃろう。年寄りは見慣れないところに長居すると疲れるでな」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第五十六話 意見具申

同盟各将、それぞれの考えとは……

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