疲れも知らず   作:おゆ

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第六章 氷の刃
第六十三話 487年11月  日は陰りて


 

 

 ヨブ・トリューニヒトは努力を続けた。再び始まる帝国領侵攻の損害を最小限にするために。

 

 それには軍部との意思統一が不可欠である。

 

 ところが今度は前回と打って変わって困難だった。その相手がロボス元帥だったからである。

 今度の帝国領再侵攻作戦はシトレ元帥に代わりロボス元帥が主導する。これは前回からの交代でもあり、同盟市民の感情的にもシトレ元帥では無理だ。

 

 ロボス元帥が主導して作り出した軍事作戦案は先ずその規模が目を引く。

 何と同盟軍八個艦隊を動員するというのだ!

 これは実に同盟全機動戦力の七割にも及ぶ。一度の作戦に六割もチップを賭けるのはどう見ても異常だ。ただの賭け事であったとしてもそんな異常なことをすれば破産必須ではないか。

 

 しかもそれほど大規模なのに肝心の作戦目的が抽象的であやふやなものときている。ヨブ・トリューニヒトから見ても実現不可能に思えた。

 

 場合によっては帝国を一気に滅ぼす。でなければ帝国軍と戦い打撃を加える。

 

 そんな無茶苦茶なことができるわけがない。

 軍事的にも、社会的にもそうだ。そういう文言を平気で入れるとは正気の沙汰ではない。

 

 

 

 トリューニヒトは呆れながら、主に動員規模について最大限の抵抗をした。それが傷を小さくする早道だ。

 前回の侵攻と同程度の五個艦隊規模へ減らし、作戦行動範囲も縮小するよう申し渡す。

 予想外にもロボス元帥はそれに従わず、どこを修正したのか分からないくらいの案を平気で再提出してきた。

 

 ならば直接詰問する。国防委員長である自分の権限ではっきりと修正させる。

 

「ロボス元帥、修正案を見ましたが、再考願えますか。こちらの意見をしっかりと取り入れ、形として頂きたいのですが」

「あらゆる検討をした結果ですよ国防委員長。もしこれにもご不満ということであれば、最高評議委員会議長に直接裁可頂く」

「直接、議長に?」

 

 何とロボス元帥は暗に最高評議委員会議長サンフォードとの連携を仄めかしてきた。ロボス元帥は軍人らしからぬ策謀好きであり、しっかりとパイプを築いていたらしい。

 そして作戦決定の場を最高評議会に求めれば、自分の意見が通ると自信を持っているようだ。

 それは悔しいが本当にそうなる。

 再侵攻に反対した三人以外の委員は、史上空前、帝国撃破といった威勢のいい言葉に酔いしれるに違いない。そして自分の名誉と選挙の得票のことに結び付ける。

 

 そこでヨブ・トリューニヒトは方向を変え、名を捨てて実を取る方向に出た。

 作戦を概ね肯定するものの、実質的な規模削減を図った。八個艦隊というのは変えない。ロボス元帥の面子を保つため八個艦隊を動員するというのにケチはつけない。

 しかし、内容を調整し動員艦数を減らすのだ。

 この折衝はかなりのところまで成功した。たまたまロボス元帥のロボス派艦隊司令官偏重とも合致していた結果だからだ。

 

 ルフェーブル第三艦隊

 パストーレ第四艦隊

 ムーア第六艦隊

 ホーウッド第七艦隊

 アップルトン第八艦隊

 アル・サレム第九艦隊

 ルグランジュ第十一艦隊

 ボロディン第十二艦隊

 

 アップルトンとボロディンの両主戦派を除けば見事なまでにロボス派の面々である。

 ウランフ、ビュコックなどは外された。むろん連続で出兵参加させないというのが建前だが、ロボス派ではないという理由なのは誰でも知っている。

 

 

 動員艦隊数は八個艦隊の割には少ない七万九千隻になる。

 それには理由があった。

 例えば第十一艦隊は先の第三次ティアマト会戦で一度壊滅している。戦死したホーランド中将に代わり新しくルグランジュ中将が司令官に立てられ、再建の途上にあったが未だ半個艦隊にも満たない。

 第六艦隊もアスターテ会戦で大半が失われ、同じく半個艦隊未満という現状だ。

 

 

 

 再び大艦隊がイゼルローン回廊に集められ、イゼルローン要塞で物資を積み込み、帝国領へ向け進発する。

 

 結果的にこの出兵は惨敗に終わり、多くの意味で悲劇にしかならなかった。

 自由惑星同盟はもはや癒されない傷を負う。

 

 当初、帝国領に入ったロボス元帥と同盟艦隊は快調に進撃を続けた。

 帝国軍の妨害がないこともあるが、何よりシトレ元帥によって綿密な航路図が作製されていたからだ。皮肉なことにそのおかげでかえって補給線が延びてしまう。

 その後同盟艦隊はどうしたことか艦隊ごとに分散し、ひたすら多くの星系を占領にかかった。軍事上考えられない悪手である。

 ロボス元帥は帝国軍を弱腰と見てすっかり侮っていたのだ。

 同盟政府からの要望もある。民主主義万歳、と歓呼する帝国領民の姿を放映したいというつまらない理由が元である。

 

 

 またしても帝国はこの侵攻に対し、焦土作戦をとった。

 

 帝国軍の諸将は表立って反抗はしなくとも、反発を覚える者は多かった。

 焦土作戦という消極作戦に不満がある。

 

 更に言えば、末端の将兵ほど憤っている。

 帝国軍内でここの辺境星域を出身地とする将兵の割合が高い。イゼルローン回廊に近い方面の辺境の方が領民に危機感があることも理由である。そういった将兵は自分の故郷が物資不足で飢え苦しむことに平気なわけがない!

 前回、叛徒の侵攻艦隊は思いがけないほど早く撤退していった。そのため餓死で死者累々という事態になっていない。しかし、今回も同様だという保証はないのだ。

 

 諸将の中でもキルヒアイスは特に焦土作戦には反対だ。

 だが、ラインハルトのすることに直接意見はしなかった。ただし、帝国軍の各艦隊に過剰なまでに食糧品を分配するのを忘れてはいない。それはいざ領民に向けて食糧を放出する際、できるだけ早く与えられるためという優しい配慮だった。

 

 

 

 その時が来た。

 同盟の各艦隊はとても連携がとれないほど分散した。おまけに物資を失い、立ち往生寸前に追い込まれた。

 ここで帝国軍は総反撃を開始したのだ。

 

 その始まりはビルロスト星系だ。

 結果として同盟第四艦隊はそこで無様に敗退、しかしパストーレ中将の司令部は辛くも撤退に成功している。

 それができた理由はパストーレ中将の側ではなく意外なところにあった。

 

 この同盟第四艦隊が戦った相手の帝国軍はロイエンタール中将の指揮する艦隊だった。

 艦隊戦自体は小気味いいほどあっさり勝負がついてしまう。

 ロイエンタールの指揮はあまりに完全であり、最初から第四艦隊を圧倒し、つけ入る隙など微塵も与えない。パストーレ中将は確かに歴戦であり、多くの経験を持ち、普通の戦いならば状況に応じて様々な戦術を編み出すことができる力量がある。

 だがこの場合は力量の差が絶望的に大きかった。

 ただし第四艦隊は同盟軍の中で比較的数の多い艦隊だった。ここしばらく第一線に出たことがなく、その分消耗することがなかったため本来の一個艦隊の形を保っていたのだ。ロイエンタールの帝国艦隊と遜色ない程の艦数である。戦いであっという間に負けたとしてもまだ壊滅ではない。

 

 そしてロイエンタールの麾下にいくつかの分艦隊があったのだが、その一つにクナップシュタイン少将指揮のものがある。

 おおまかに艦隊戦の態勢が判明したところでそのクナップシュタイン分艦隊が離脱し、ビルロスト星系惑星に向かおうとしたのだ。

 もちろんその前に指揮官ロイエンタールに伺いを立てる。

 

「ロイエンタール提督、クナップシュタイン少将であります。艦隊戦はもはや終局、そこでわが分艦隊だけでもビルロスト星系に向かいたいのですが。一刻も早く手持ちの食糧を送り届けるために。」

「食糧? なるほど卿は確かこのあたりの辺境星系の出身だったな。領民たちのことを心配する気持ちは分からなくもない。焦土作戦が始まってから既にこの日数が経つ。惑星領民がどうなっているか、想像の翼を使うまでもないことだ」

「そうです。だからこそ早く救援をしなくては」

「…… 卿には気の毒だがまだ許可はできない。今回の戦いは勝敗だけでは意味がなく、掃討戦まで行い、敵の戦力を戻らせないことに意義がある。卿の分艦隊二千隻は貴重なものだ。ならば一刻も早くそれが終わるよう努力を期待する」

 

 ロイエンタールは叱責の声は出さなかった。「目の前にまだ敵がいるのに何が領民だ!」などと喚く旧いタイプの指揮官の悪癖とは無縁である。

 クナップシュタインの気持ちも理解できるし、その優しさは貴重なものだ。そして食糧を早く送りたいのはロイエンタールも同じなのである。そもそも焦土作戦には思うところがあり過ぎる。

 しかし、合理的理由で許可自体は出していない。

 

 クナップシュタインは一応納得した。しかし惑星領民に物資を届けることばかりを考えていたため、意図しなくとも全艦隊の中で進行がワンテンポ遅れ、後方に下がる恰好になってしまった。

 

 それが同盟艦隊から見れば艦列の隙、と見えてしまったのだ。

 脱出の血路を開くべくそこにめがけて突進する。

 クナップシュタインの分艦隊は同盟艦隊を一手に引き受ける形になり、支えることができず破られてしまった。

 

 

「我が艦隊が破られるとは不名誉だな。まあいい。どうにでもなる程度だ」

 

 ロイエンタールは眉を二ミリほど上げただけで、慌てるそぶりは一切無い。

 

「バルトハウザー、今から言う宙域に急行せよ。意味は言うまでもない。卿の快速に期待する」

 

 同盟艦隊の進路をきれいに予測し、他の分艦隊を先回りさせて頭を抑えにかかる。その後ロイエンタールの本隊はタイミングよく最終攻勢を加え、一気に瓦解に持ち込む。

 あまりにロイエンタールの能力は隔絶していた。ただし偶然にもパストーレ中将の旗艦レオニダス他司令部は逃走に成功したのである。

 

 一方のクナップシュタインも戦死はしていない。

 思わぬ激闘の最中、盾となった艦隊がいたのだ。

 クナップシュタインの下にいるナイトハルト・ミュラー准将の艦隊、わずか四百隻である。

 同盟艦隊の濁流の中で慌てることなく防御を展開し、みごとクナップシュタインを守り切っている。

 

 

 一連の会戦終了後、ロイエンタールは特にクナップシュタインを責めてはいない。

 

「卿の行動は艦隊の足並みを乱し、作戦に支障をきたした。責任を厳しく問われることになろう。しかし今すぐではない。領民に食糧を与える時間くらいはある」

 

 指揮官らしい言い方ではあるが、領民を救えと言っているのだ。

 これがロイエンタールの度量というものである。

 

 

 




 
 
次回予告 第六十四話 仕掛け

火花を散らすヒルダとエルフリーデ

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