帝国軍は一気呵成に反撃する。
それを受け、各星系において個別に戦いが始まっていく。
その全てで同盟艦隊は敗退した。
同盟艦隊でも戦巧者の提督は幾人もいるが、それでも勝利できた艦隊はない。
たいがい一個艦隊同士の戦いになったが、艦数において帝国艦隊の方が充実している。しかも地の利は帝国艦隊にある。同盟艦隊にとっては敵地の奥深く、しかも物資の不足した状態で戦わなければならないのだ。その残量を気にしながら戦うというのは相当の戦術的不利がある。
しかも味方の状況も不明である。攻勢に出てもよいのか、完全に守勢に回るべきか、分からない。時間稼ぎをしたところで友軍が駆けつけてくれるかどうか知りようもない。せいぜい分かるのは、おそらく友軍も帝国軍と交戦して同じく苦戦しているだろうというほぼ確実な予測だけだ。
これでは勝てるはずがない。戦巧者の提督であっても損害をなるべく抑えるのがせいぜいで、しかもそれは相手の力量が予想範囲に収まった場合に限られる。
同盟第三艦隊はレージング星系で敗退、ルフェーブル中将はあっさり戦死した。
その瞬間何を思い、何を言い残したかは記録に残されていない。戦いが始まって直ぐに旗艦は爆散し、兵員も脱出できなかったからである。
「ここは危ない! ぐずぐずするな、直ちに反転せんか! 早く逃げるぞ!」というのが最後の言葉とまことしやかに伝えられている。
それは想像に過ぎず、真実は誰も知らない。
同盟第六艦隊はリューゲン星系で壊滅した。
指揮官ムーア中将は怯むことなく、果敢に迎撃戦を戦う。さすがに勇猛で鳴る将だった。だが元々数が少ない。その上不運なことに相手取った帝国軍は勇猛で鳴らしている黒色槍騎兵だったのだ。
損失が多くなっても諦めず戦ったことで余計に悲劇的結末になる。むろんムーア中将は戦死している。
同盟第七艦隊はドヴェルグ星系で粘り強く戦ったがやはり破れた。
うまく防御し、欺瞞の策をいくつも仕掛け、逆襲を伺っていたつもりだ。
しかし驚くべきことにそういう罠は一つたりとも通用せず、動けば動くほど損害ばかりが増えていく。
戦いの中、早い段階でホーウッド中将は降伏勧告を受け取った。
その降伏勧告は同盟艦隊の奮戦を称える言葉から始まる、丁重かつ礼節あるものだ。真摯な人柄が短い文章からでも分かる。
ホーウッド中将は同盟将兵の損害を考えてやむなく受諾し、帝国艦隊の寛容な赤毛の将の前に停止した。
同盟第八艦隊は善戦といえた。ヴァンステイド星系で交戦したが秩序を保ったまま撤退できた。
アップルトン中将は帝国艦隊があまり無理をしないことに付け込むことができたのだ。分艦隊の一つを指揮していたグエン少将は戦死してしまったが、それでも全体の八割以上は脱出に成功していた。
それと反対に同盟第九艦隊はアルヴィース星系でなすすべなく蹴散らされた。
味方の損害の艦数を表示するカウンターの数字が上がるのが速過ぎて誰も目で追うことができなかった。それほどの一瞬のうちである。
アル・サレム中将はわずかな艦と共に脱出できたものの、旗艦パラミデュースは運悪く大破、艦橋に直撃を受けた際断裂したワイヤーが宙を舞い、それに叩かれ重傷を負う。
同盟第十一艦隊はヤヴァンハール星系で交戦に入った。
帝国艦隊は何と艦載機を中心とした近接戦闘で挑んできた。もちろんこれによって少なくない同盟艦が斃されてしまったが、第十一艦隊は速やかに密集し、短距離砲を多数持つ防空巡航艦を並べた。
その態勢で物資を使い切らんばかりの連続砲撃で対処する。弾幕は熾烈を極め、帝国軍艦載機の多数が失われる結果となった。そのため帝国艦隊は一旦仕切り直しと再編を余儀なくされる。
その瞬間を見逃さず、ルグランジュ中将は猛進を仕掛け戦場から撤退した。
同盟第十二艦隊はボルソルン星系で敗退した。
第十二艦隊は元々アスターテ会戦で消耗し、補充も少なかったため艦数が少ない。
しかも不運なことにボルソルン星系は同盟艦隊が侵攻した中で最も帝国領深くにある。
同盟の破綻寸前の補給線では支え切れていない。そのため実は既に転進を願い出ていたのだが、総司令部に実情を理解されず、許可されていなかった。
そんなところで帝国軍に急襲されたのだ。まともに戦えるはずがない。
特に推進剤が残り少なかったのが致命的になる。
司令官ボロディン提督はやむなく推進剤を少数の艦にまとめ、他の艦はそれらを逃がすことに全力を挙げた。
つまり三千隻に推進剤を積んで撤退の用意をさせ、残り六千隻は覚悟を決めた死兵となって戦う。
「ここにでっかい墓標が要るさ。第十二艦隊の墓標にするんだ。名前をいくつ書けばいい?」
「そりゃ面倒だな。お前さんのはイニシャルで充分だろ」
「おいおい、考えてみろよ。何万人もいるんだ。それじゃ同じイニシャルの奴がいっぱいだぞ。誰だか分からなくなる」
「だからいいんじゃないか。同じイニシャルなら共同にすれば数が減る。書く奴の手間を考えろ。それが嫌なら番号にでもするんだな」
「俺は死んでまで番号なのかよ」
生きて還らぬと定まった兵たちはそんな軽口を言いながら奮戦する。
尊敬するボロディン提督の下、最後の仕事をするのだ。
それこそ今までにないくらい見事な仕事をしなければ、生きてきた証が立てられない。
逆に生き延びさせると決めた艦には、艦隊の女性兵を集め、詰め込んでいる。
先のアスターテ会戦でも似たようなことがあったので、この第十二艦隊には女性兵の割合が高くなっている。
だが女性兵といえども誇り高き同盟軍兵士だ。
持ち場を離れての急な移乗には抵抗する。
「私共も同盟軍の一員です。この艦に女性兵がいなくなれば戦闘行動にも支障が出るでしょう。女だからといって理不尽です。そんな移乗命令には従えません」
そういう女性兵は少なくない数に及んだ。
戦況が絶望的であり、戦死の未来しかないのは承知の上である。それでも同盟軍の責任感は消えていない。
そこを半ば強引に移乗させた。
頑強に抵抗する女性兵はその恋人と抱きしめあうように取り計らった。いや、そういう女性兵にはたいてい同じ艦に恋人がいるものだ。
「ナタリー、君はこの艦にいてはいけない」「ローザ、早く艦を降りて行くんだ」そこここに同じ会話がなされる。
女性兵がその説得で移乗するはずはない。恋人を置いていけはしない。
しかしそれも計算の内だ。
抱きしめあったところで、男は同僚に合図する。
女性兵を後ろからショック銃によって気絶させ、そうしたところを移乗させる。
恋人と共に戦死をと考えている女性兵は覚悟の表情の中にも涙がある。目覚めた時にはもっと悲嘆の涙に暮れるのだろう。中にはアスターテと今回で二度も恋人と死に別れる者すらいるのだ。今度こそ共に死を、と願っていても。
その心は悲しみに壊れてしまわないだろうか。
しかし、男の方に涙はない。
気を失って艦から降ろされる女性兵の手に形見を忍ばせ、その顔を目に焼き付ける。
「君といた日々は幸せだった」それで充分だ。
最後にしてやれることは、盾となって守り抜き、命と想いを継がせることしかない。
これから向かう戦いに闘志を立ち昇らせる。これ以上意味のある戦いがあろうか。
そこに挑むのは喜びだ。
死兵たちは職務を全うできた。
ボロディン中将の冴え渡る指揮の下、激闘を繰り広げた結果だ。
どの艦も退かず、もし記録に残るのであれば新記録に違いない連射を続け、人間も艦も限界を超えていく。
反応炉のケージがとっくにレッドゾーンを振り切り、そのため継ぎ目から放射能が漏れても気にする者はない。
死兵がいったい何を恐れよう!
被弾して片手を失っても、内臓が見えるほどの傷を負っても、コンソールから離れる者はない。
絶命の瞬間まで職務を続けるのだ。
そして死んでしまえば無造作に取り除けられ、次の要員が血まみれの椅子にそのまま座り直す。
指にも背にも血が付くが、それは汚れなんかではない!
そこを死守し、燃え尽きるまで戦った男の魂の残滓だ。
誰がそれを拭き取れるというのか。
やがて生き延びるべき艦が無事戦場を離脱していくのが見える。最後の一艦までを見送った。
ようやく安堵できた。
もはや残っている艦は少ない。しかも中破大破、傷のない艦はない。
それらは一つにまとまって帝国艦隊に向かい、最後の突撃を敢行した。残りいくばくもない推進剤を一気に振り絞り、命を武器にしての突撃だ。
もはや方向転換をする推進剤さえ持たない同盟艦は攻撃を続け、そして攻撃を受け、最後に爆散する運命を辿っていく。
男たちの命は華麗に散り、求めた願いとかりそめの夢を虚空に叩きつける。
実現できたはずの幸せな夢、しかし実現できなかった夢を。
絶対の支配者たる宇宙の闇といえど、今だけは男たちの意気にたじろがざるを得ない。鮮やかな極彩色が一瞬でも闇に打ち勝つ。
ただの爆散の光ではない。余ったエネルギーの発散、そんなものではない。
それは人の愛に彩られた幻だ。
全ての想いが込められた美しい華だ。
「もうなすべきことは終わった」
ボロディン中将は自殺している。同盟軍はあまりに貴重な勇将をここに失った。全滅寸前、コナリー少将が後を引き継いで降伏する。
帝国軍コルネリアス・ルッツ中将は同盟艦隊のあまりに潔い戦いぶりに感銘を受け、自身の出した降伏勧告があまりに遅きに逸したことを心から悔いた。
「これぞ戦う者の鏡だ。敵ながら称賛に足り。」
後年、このボルソルン星域の近くを通過する際にルッツは必ず直立と敬礼を欠かさない。それは最後まで変わらなかった。
ここで同盟将兵の軽口に出てきた墓標というのは意味を成したのだ。
いみじくも、敵将ルッツによって。
次回予告 第六十六話 友と手を
ラインハルトの選択とは……