疲れも知らず   作:おゆ

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第六十七話 487年12月  秘策

 

 

 キルヒアイスとラインハルトの仲は修復された。今度こそお互いに失ってはならない半身と悟った。

 

 ラインハルトはそれと同時にもう一つ考えていることがある。

 叛徒の艦隊をできるだけ叩いておかねばならないのは、別に軍人としての責務などではない。

 無理をする必要はまるでないのだ。

 ただ近い将来必ず起こるべき帝国の内乱、その時に邪魔されないようにするという意味でしかない。ラインハルトは必ず内乱を勝ち抜いて帝国を倒すつもりでいたが、それでも背後から襲来されてはたまらない。

 しかし、それを阻止するのは別の方法でも良いのではないか?

 要は叛徒がイゼルローンからこちら側へ出て来れないようにすればいいだけだ。

 それができれば、オーベルシュタインの案を却下し焦土作戦の続行を拒否したことも問題なくなり、二つの命題を同時に達成できる。

 

 

 

 そして事態は最初から身構える必要もないことだったと判明する。

 結局、イゼルローン要塞から大規模応援が繰り出されることはなかったのだ。

 

 ヤンの第十三艦隊はイゼルローン回廊出口から非常にゆっくり航行し、アムリッツァに近寄ることはない。もちろん意図的なものだ。そしてアムリッツァからバラバラに逃げてくる同盟艦隊の撤退支援に徹している。

 それら同盟艦隊は死に物狂いでイゼルローン回廊を目指し逃げる。

 どの艦も物資は底を尽き、破損個所のない艦はない。

 艦内で決死の修理を続けながら航行だけは可能にしているのだ。どの部署の人間も艦の機関室に全面的な応援をしている。士官服を脱ぎ、汚れも気にせず作業をする。なんと機関部の下級兵に士官が従って動いている非常事態だ。とにかく艦を動かし続けるために。

 シールドや砲撃はこの際どうでもいい。壊れたまま放置している。もはや同盟領内のドックに入っても復帰不可能と思われる艦も少なくない。

 人間も数日食っていない、という艦さえ当たり前にある。

 

「人間の方が艦より丈夫だとは初めて知った。人間は食わなくてもすぐには死なないが、艦は食わせなきゃ死んだも同然だからなあ」

 

 疲労と空腹でやっと動いているばかりの兵たちもそんな冗談を言う。

 艦内の動力が切れかけて冷気に震えていたり、放射能漏れに怯えたりしているのだが、どうやら口を動かすエネルギーだけはあるようだ。

 もちろん、アムリッツァの薄い赤色に照らされながら宇宙を漂い、永遠に口を動かす必要のない兵よりはマシだ。

 第十三艦隊はそんな損傷艦を見つけるとすぐに手を打つ。応急修理、病院搬送、とにかく一つでも多くの艦、一人でも多くの人命を救いにかかる。

 物資が本当に無くなり、救難信号を出すしかできない艦も丹念に探し出し、可能な限り救う。

 

 当然ながら追撃してくる帝国艦隊に逆撃を食らわせるのも仕事の内だ。

 第十三艦隊の戦意はこれ以上ないくらいに高い。

 追撃してきた帝国の前衛艦隊を叩きのめし、引きちぎった。

 突出して追ってきた帝国軍カルナップの分艦隊などは、ヤン・ウェンリーによって正に瞬殺されることになる。

 

 こうして同盟艦隊の残存はやっとのことでイゼルローンに逃げ込んだ。

 それを見届け、第十三艦隊も撤退にかかる。

 

 

 一方の帝国艦隊はアムリッツァの戦闘が終局に向かう中、キルヒアイスを筆頭にして帝国辺境星系へ物資を届けることを最優先に行った。

 被害を最小限に抑えるためだ。

 

 といってもその惨状は目を覆いたくなるものだった。

 

 暴徒に破壊された商店などには商品は残されていない。残っているのは買い占めを噂された店主の死体だけだ。その買い占めが本当だったのかを知る者はいない。

 

 路上には、餓死させてしまった赤ん坊を離さず抱いたまま気の狂った女が徘徊している。狂ってしまうまでどれほど苦悩したか、どれほど恨んだか、周囲の人間には想像するしかない。本当のところは本人しか分かりようがないのだから。

 

 領民に救援物資を配る時でも感謝などされなかった。

 罵倒、侮蔑ならまだいい。

 死んだような目を向けられただけだ。そこに何も映っていない。

 もはや擦り切れてしまっている。領民は希望や落胆といった激しい感情を吐き出し過ぎて、心のエネルギーまでが空になってしまい、人形のようになっている。

 

 それに領民は帝国軍の救いを単純に感謝するほどお人好しではない。

 この戦いで見捨てられ、物資を奪われ、地獄を見たのはその帝国軍が原因だと知っている。

 自分たちは戦いを有利にするための生け贄にされた。心を持つ人間なのに、使い捨ての道具にされたのだ。

 ここに生まれ育ったというだけでなぜこんな理不尽な目に遭わされるのか。

 

 救援に来た帝国艦隊の将兵の心は焦土作戦の結果に深く傷つけられた。

 ナイトハルト・ミュラーもその一人である。

 自分は喜んで元帥府の招きに応じた。それが素晴らしいことだと思っていた。

 しかしそれでよかったのか。本当にこのままでいいのか。考えこまざるを得ない。

 

 

 

 ラインハルトは焦土作戦の復旧に一応の目途が立ったのを確認すると、麾下の艦隊をもう一度集結させた。

 

 その覇気はアムリッツァで収まることはなかったのだ。

 各艦隊司令官は何事かと思いながら、ラインハルト・フォン・ローエングラムが意味もなくそんなことを命じるはずがないとも知っている。

 しかし、通達された言葉は予想をはるか上回り、驚愕をもって迎えるしかない。

 

「我が元帥府に所属する艦隊の将兵よ。先の戦いでは見事な戦いを示してくれた。その結果我らは敵をさんざん打ち破り、叩きのめした。勝利の女神はこちらに笑みを向け、敵を足で蹴ったのだ。これもみな全将兵の奮戦のゆえであると感謝する。ただし、これで終わりではない。終わらせてはならない」

 

 何を言うのだろう。

 敵は向こうに逃げ帰り、戦いはもう終わったのだ。

 

「根本的原因が未だ残されている。現状では向こうが望むたびに悲劇は繰り返される。すなわちイゼルローン要塞が敵の手にある限り、帝国への侵攻などという夢を見続け、戦いを仕掛けることを企むであろう。そんな甘い夢を見させる原因を断たねばならない。よって我が艦隊はこれよりイゼルローンへ赴く。要塞を再び帝国の手に取り戻すのだ!」

 

 帝国軍将兵の熱狂がそれに応えた。

 

「帝国、万歳! 再び勝利を! 忌まわしき叛徒に鉄槌を!」

 

 焦土作戦の始末で萎えた闘志が再びよみがえる。

 その後始末は辛かった。だが、今から行うイゼルローン奪回作戦はそんなことを繰り返さないためのものなのだ。

 金髪の美神の指揮の下、再び戦う。

 

 

 ラインハルトと麾下の艦隊は回廊に突入した。

 率いる艦艇は四万隻余りの艦隊だ。全艦隊を動員したのではない。やはり焦土作戦の復旧があるので、ミッターマイヤーやロイエンタールなどを伴うことはできなかった。

 しかしラインハルトはこの数でも充分過ぎると思っている。

 艦隊の兵たちは先の要塞奪還作戦でミュッケンベルガーが六万隻を用いてさえ失敗したことを知っているが、不安に思う者はいない。

 今度は常勝のラインハルト・フォン・ローエングラム元帥がいるのだ。

 士気は溢れんばかりに高い。

 

 これこそが来たるべき内乱に介入されることを阻止するためのラインハルトの一手である。イゼルローン要塞さえ取れば、そこで栓をして封じ込めておける。

 

 イゼルローン要塞を白熱させる、第二次奪還作戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 そんなラインハルトの行動を遠くから注視している者がいる。

 オーディンでそれを考え、分析する。

 

「やはり敵と戦い続ける、そちらを選びましたわね。思った通りでしたわ。ローエングラム元帥」

 

 ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフだった。

 

 実は先の皇帝病状の報はヒルダが策を講じて流した情報だ。ラインハルトに仕掛けた罠である。

 皇帝の病状は一日の中でも波がある。それはもちろん当たり前のことなのだ

 しかしそこを敢えて強調し、いかにも急激に悪化したように誇張して作り上げたものだった。決して完全な嘘ではないという巧妙なものである。

 

「軍事に才能があり、極端に強いがゆえに、どうしても発想が偏ってしまう。その結果宮廷闘争というものを軽んじる。それはローエングラム元帥が悪いのではなく、人間の性質というものでしょう。どれにも万能の天才なんていないのですから」

 

 

 紅茶を飲みながら、淡々と独り言を言う。

 別にヒルダにはラインハルトに対し悪意を持つ理由はない。

 むしろ好意的なのだが、それと策謀には関係ない。

 

 ここでラインハルトの帝国内での立場を一気に失わせてしまう。追い込めるだけ追い込んでから料理する。

 それが大戦略家ヒルダの恐るべき策であった。

 

 ラインハルトは気付かぬうちにヒルダの罠にかけられたのだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十八話 要塞攻略戦~ラインハルトの天才~

ついに始まる要塞攻略戦!
天才ラインハルトがとる驚くべき戦術とは!!

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