疲れも知らず   作:おゆ

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第六十八話 487年12月  要塞攻略戦~ラインハルトの天才~

 

 

 ラインハルトと麾下の艦隊はそのまま抵抗を受けることもなく航行を続ける。

 帝国軍にとっては勝手知ったイゼルローンの航路だ。

 

 全く抵抗が無いのは、アムリッツァの戦いで敗北し撤退した敵艦隊は全て敵領土に戻っているからだ。それもまた予定通りといえる。被った打撃が大きく、イゼルローン回廊の守備も放棄しているのだろう。下手な妨害は意味がなく、全てイゼルローンに任せる、それも順当なことだ。

 

 

 ついにラインハルトはイゼルローン要塞に到達する。

 直ちに各艦隊が動き、トゥールハンマーの射程外に整然と布陣する。要塞駐留の同盟艦隊が迎撃に出てこないのをしっかり確認すると、やがて陣形を薄く横に伸ばし始めた。

 

 横陣という範疇をはるかに超え、要塞を薄くほぼ半包囲といえるまで包みこんだのだ。

 

「いよいよ始めるぞ、キルヒアイス。俺がこの要塞を陥としてみせる」

「外側からイゼルローン要塞を陥とす初めての例になりますね、ラインハルト様」

 

 二人は戦いに臨み、輝くばかりに高揚している。

 

「そうだ。別に独創性を競うわけではないが、気分は良いものだ」

 

 

 帝国艦隊は要塞を半包囲したまま細かな機雷状のものを放出する。

 

 何とゼッフル粒子発生装置だった!

 

 それらは要塞を囲むように分布し、ひたすらゼッフル粒子をまき散らす。しかしゼッフル粒子は普通なら宇宙にそのまま拡散して無害なものになるはずである。

 ただし今はそうではない。

 あくまで要塞から一定以上離れず、ゆっくり包み込んだようになっている。

 これは指向性を持たせているからこそなしうる芸当だ。つまり、ここで帝国軍の新兵器指向性ゼッフル粒子を使ってきた。

 

 むろんイゼルローン要塞司令室からもその光景が見える。

 

「ありゃあ何ですか、先輩。帝国軍はゼッフル粒子を使ってきたように見えますが」

「確かにそのようだ。しかし腑に落ちない。なぜそんなことをするのか」

「イゼルローン要塞にゼッフル粒子なんて、戦車にマッチみたいなもんでしょう。普通の要塞とか艦ならまだしも、このイゼルローンですよ? ここの装甲にそんなものが通用するわけがない」

「アッテンボローの言う通りなんだが、だからこそ敢えて使ってくる帝国軍の意図が読めない。やれやれ、これは厳しい戦いになるかもしれないぞ」

 

 

 

 ゼッフル粒子が充分な濃度で要塞を包み込んだ瞬間、一気に点火された!

 

 まばゆいほどの光と熱を放ち、見た目には派手である。美しいといっても過言ではない。スクリーンは白一色となる。

 ただし、要塞に何の実害もなかった。流体金属に存在する浮遊砲台さえ、いったん沈めておけば完全に守られる。

 

 ところが帝国軍の取った次の行動にヤンの目が険しくなった。

 その爆発の作る光の幕を通して艦隊が急進してきたのだ!

 

「なるほど先輩、ゼッフル粒子は目くらましですか。突撃を敢行するための」

「アッテンボロー、とりあえず迎撃する。グリーンヒル中尉、防御プログラムの発動を」

 

 セオリー通り、直ちに浮遊砲台を上げて濃密なビームとレーザーの弾幕を張る。

 

「ふう、帝国軍もいろんな仕掛けをしてくるもんだ。勤勉なことで。なかなか飽きさせてもくれない。奴らはエンターテイナーの素質もあるんですかね、先輩。でも防ぎきれないほどじゃないでしょう」

「これが劇場ならまだ前座かもしれない。アッテンボロー、山場が後に控えてる気がするんだ。何かがおかしい。やれやれ、意図が分からないというのが一番厄介だな」

 

 

 帝国軍の突撃はまさに命知らずの熾烈なものだった。しかし、数としてはたかだか三千隻程度であり、一気呵成に全軍が来たのではない。それほどの大博打ではなかったらしい。

 要塞側が応戦すると、急激に撃ち減らされていく。

 たぶん流体金属装甲まで辿り着けそうなのは百隻もないだろう。

 

 これでは要塞外壁を破ることはできない。

 

 浮遊砲台の弾幕をくぐり抜け、死角に取り付いたとしても無駄である。

 要塞から発射されるミサイルには途中で反転し、流体金属にいる艦まで破壊する機能があるのだ。それも流体金属装甲が絶対の強さを持つことで可能になっている。

 

 

 

 帝国軍の突撃は無駄に終わるかに思えた。

 しかしヤンは気付く。

 帝国艦が行う砲撃はばらばらなもので、斉射などとはとてもいえない。通常の突撃にはあり得ないことだ。現に浮遊砲台に何も損傷はない。

 間もなく落下物が損傷艦であることが判明した!

 

「しまった、これらはみな無人にした艦だ。だとすれば帝国の意図はいったい……」

 

 帝国軍は先のアムリッツァの戦いで損傷して使えない艦を廃棄せずまとめて持ってきていた。それを無人にした上でゼッフル粒子の爆雲を通し落下させてきただけだ。

 ゼッフル粒子は確かに目くらましだった。

 無人艦は要塞至近から勢いよく落下してくる。確かに無人艦から多少ゼッフル粒子にやられてどうでもいい。

 浮遊砲台がいくら稼働しても全ては撃滅できず、一旦は要塞表面に取りつかれたが、やがて片付けられる。

 

 

 

 しかし、そんな無人艦が問題ではない。どうせ無人艦をぶつけても装甲は敗れない。

 帝国軍の戦術は大胆にも無人艦ですらただの目くらまし使うだけだった。

 

 恐るべきことに、全て撃滅される直前、無人艦から多数放たれたものがある。

 要塞側がそれに気が付かないうちに、流体金属装甲に着弾した。ただしそこで爆発するわけではない。それなら要塞に傷一つ付けられなかったろう。

 爆発はしないが、しかし決して不発弾というわけではない。

 

 ある種の誘導弾というべきものだった。

 何と流体金属の中に潜り込み、その中で移動を始めたではないか!

 

 要塞側がやっとその存在に気付くと、もちろんこの不気味な誘導弾を直ちに破壊しようとする。

 だがそれがあまりに困難なことを知って愕然とする!

 探知が先ず困難なのだ。

 こんなことは予想外なので、流体金属内に用いる探知装置など用意されていない。そもそも原理的に難しいことこの上ないのだ。むろんレーダーは使えず、音響といっても先ほどの無人艦の衝突のため波立っていて意味がない。

 

 おぼろげながら進路が分かっても、対処がまた難しい。

 誘導弾は流体金属に守られている格好だ。

 イゼルローン要塞は艦隊を退けるのが基本戦術であり、流体金属の中で戦うなど想定外だ。

 そして重く、強い流体金属層の中で稼働できる艦は存在しない。宇宙で使う戦闘艦にとって流体金属層は基本通過するだけのものであり、長時間とどまることすら無理である。

 それにビームなどは流体金属を通れるわけがない。散弾や弾幕というのも論外である。

 

 要塞表面から広がる宇宙空間ならば全然どうでもいいレベルの誘導弾だったろうが、いったん潜られただけで打つ手が無いとは。

 

 

 

「キルヒアイス、どうやらうまくいった。ゼッフル粒子と無人艦は無事に仕事を終えたようだ」

「これであとはトゥールハンマーを無力化、でございますね。ラインハルト様」

「そうだ。要塞はもはや張り子の虎に成り下がった。攻めれば落ちる」

 

 帝国側ではラインハルトとキルヒアイスが談笑する。

 この恐るべき戦術、きれいに成功した。さて、ここからが仕上げだ。

 

 

 

「やられた、アッテンボロー。帝国軍は恐ろしい戦術を使ってきた。難攻不落のイゼルローン要塞、その装甲が流体金属であることを逆手に取られたんだ」

「そんな、だったら……」

 

 ヤンはこの潜航する誘導弾の目的を想像し、苦慮するしかない。

 おそらく特定の場所を攻撃するつもりなのだ。どうせ流体金属層の下にある硬い装甲は誘導弾程度で破れない。とすれはもう決まっている。

 

 その狙いの場所がある。そのために流体金属層の中を移動するのだ。

 それこそトゥールハンマー砲台に違いない。

 

 イゼルローン要塞の弱点は宇宙港とイゼルローン砲台だ。どちらかを叩き潰せば要塞の攻略は可能になる。これは自明だ。艦隊を封じ込めるか、トゥールハンマーを撃てなくすれば要塞の攻撃力は無くなり、あとは時間をかけて料理すればいい。

 宇宙港の方なら、たとえ塞がれても防御側としては無理やり新たな出口を作り上げることもできよう。そもそも最初から宇宙港は一つではない。

 

 しかし、トゥールハンマーの方は、それを放つ砲台はわずか一つしかないのだ。

 それに代えはない。

 巨大エネルギーを扱う砲台は空恐ろしいほどの量の希少元素を使って建造されている。いかに銀河帝国の莫大なリソースといえどもおいそれと予備を建造できるものではなかったのだ。

 そのたった一つを使用不能にすれば攻略戦は勝負あり、である。防御側は必ず負ける。

 

 アッテンボローも意味が分かった。声も出ない。

 

 イゼルローン要塞の強大な防御力の源泉はもちろん流体金属装甲である。帝国は膨大な量の資源を使い、直径六十kmもの大要塞の全面に隙間なく施している。過去幾度もその無敵の防御力は実証されてきた。

 おまけに格納も移動も容易な浮遊砲台という概念も生まれた。その延長線上にトゥールハンマーがある。普段は隠れているが、敵艦隊がやってくる正面に砲台だけ素早く持ってくる。

 そこで静止し、エネルギー回路と接続され、撃つ。

 これが固定砲台なら要塞ごと回転させないと不可能だ。このイゼルローンの大きさでそれをやろうと思えば時間がかかり過ぎ、照準も難しい。一気に多方向から来られたら対処できなくなってしまう。

 流体金属であればこそ全て解決できる。移動が早ければトゥールハンマー砲台が一つしかなくとも何ら不都合ない。素晴らしい発想の産物だった。

 

 しかし、今ここに流体金属ならではの弱点が存在したことが明らかになる。

 

 もちろんそれを使った戦術を考え出すことができたのは戦争の天才、ラインハルトただ一人だ。

 

 

 

 ヤンは続けて嘆息する。帝国側の発想には原典があることを知っている。

 

「昔、液体の中を移動する誘導弾、すなわちその名を魚雷というものが猛威を振るう時代があった。雷撃というものだが、帝国軍のなかにまさかそんな発想のできる者がいたとは」

 

 ヤンは昔の戦術や兵器に詳しい。

 人類がまだ地球という惑星にとどまっていた頃、海を制することが何よりも重要であった。そこに浮かんでいる艦を攻撃するには海の中を進行する魚雷が何よりも有効だった。海という液体の中では視認もできず、探知も回避も困難で、しかも威力が大きいからだ。

 

 

 次に予期した危惧が現実のものとなった。

 帝国艦隊は移動し、要塞側がトゥールハンマーを撃たざるを得ない状況を作り出す。

 有効射程内に帝国艦隊は分艦隊単位で侵入してきた。

 

 それに対し、否が応でも要塞側ではトゥールハンマーを使って対処せざるを得ない。なぜなら迫る帝国艦隊が無人艦なのかそうでないのか、肉薄されない限り要塞の側で知るすべは無いからだ。うっかり疑心暗鬼が過ぎて接近を許し、それが致命傷になったら取り返しがつかない。

 なるべくトゥールハンマーを使うのを先延ばしにしたいが、使わざるを得ないところまで追い込まれる

 

 そして一度でもトゥールハンマーを使ってしまえば、砲台の位置が明らかになってしまう。

 そうなると一斉に魚雷が砲台を目指し、進んでくる。

 

「アッテンボロー、先の言葉は撤回させてもらうよ。意図が分からないのが一番悪いと思ってたんだが、意図が分かってても最悪というのはあるんだなあ」

 

 さすがに呆れた声しか返ってこない。

 

「先輩、言い直しなんか期待してませんから後にして下さい。それよりこのピンチをどうするか、そっちを期待してますよ」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十九話 要塞攻略戦~前代未聞~

二人の天才の戦いは……


今回の要塞攻防戦は、いつも作品を暖かく応援し、アドバイス下さるBrahma様より原案を頂きました。
私の知らなかった兵器体系の詳細などありがとうございます。
また、晶彦様やケット様にもいつもいつも教えてもらっています。
正直、雷撃という言葉の意味を知ったのも今回です(爆)

ここに感謝を添えてお知らせいたします。
そして、いつもと少し違うテイストをお楽しみ下さい。


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