疲れも知らず   作:おゆ

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第六十九話 487年12月  要塞攻略戦~前代未聞~

 

 

 ここでヤンは流体金属層内の魚雷を迎撃する方法を思いつく。

 

 トゥールハンマー砲台の周りに、急ぎ浮遊砲台による輪形陣を作らせた。

 その浮遊砲台を無人にし、金属層に沈降させた後、自爆させる。

 いわゆる爆雷攻撃だ。

 この際コストは度外視する。とにかく砲台だけを死守すればいい。これを考えついたヤンもまた天才である。

 

 

 この防衛法も帝国艦隊の方では観測している。

 拡大スクリーンを見て、ラインハルトが高揚しながらそれを論じる。

 

「ほほう、面白い手を使う。さすが魔術師ヤン・ウェンリー、要塞を守備するのも魔術を使う。ただし、それで防ぎきれるかな」

 

 確かに、これだけでは魚雷を防ぎきれないのは自明だ。浮遊砲台の方が絶対的に少ない。

 ここでトゥールハンマー砲台が破壊されたりすれば、要塞はその牙をもがれ、回廊に君臨する王者の立場から敵に怯える草食動物の立場へと変わってしまう。

 

 

 

「ええい、数がこんなに!」

 

 イゼルローン要塞の指令室で奮闘しているのはフレデリカである。

 

 ヤンの作戦通り、浮遊砲台の自爆によってトゥールハンマーの砲台を守る。

 多くの魚雷を迎撃するためには、爆雷代わりに使う浮遊砲台を最大限効率よく使わねばならない。浮遊砲台の方が圧倒的に数が足りないことは分かっている。魚雷を多数道連れにしなくては割りに合わない。

 魚雷は都合が悪いことに時間差をつけて順次やってくる。流体金属に着弾した場所から潜航し、砲台に来るので、偶然近ければ早くなるのは当たり前だ。離れた場所に着弾したものは後から押し寄せてくる。

 

 浮遊砲台の自爆はタイミングよく、しかも深さも重要である。金属層内の圧力を最も高める場所でなければ魚雷を斃せない。それらの最適解を出すには綿密な計算が必要なことで、ヤンの仕事ではない。

 それは人一倍計算力と記憶力に優れたフレデリカ・グリーンヒル、呼吸するCPUの役割だ。指令室に詰めている優秀なオペレーターたちと組んでその仕事をしている。

 

 

 

「また来たわ! 何で砲台に寄ってくるのよ! あっち行ってよ、このクソ!」

 

 フレデリカもイゼルローン要塞が窮地にあることを理解している。

 いや、それどころか正に絶対絶命の危機にある。

 

 焦りからそんなことを言ってしまった。

 第十三艦隊の自由な空気により、皆は気ままに悪態をつくことが多く、普段からそれが赦されている。だがそんな中でもフレデリカだけは滅多にそんなことは言わない。さすがにグリーンヒル大将に育てられた一人娘、育ちの良さが現れている。

 しかし今の危機にフレデリカでさえ思わず口が悪くなったのだ。

 

 その言葉はヤンの耳にも届いた。

 

「ん? 今何を言ったんだい、グリーンヒル中尉」

「え、あの、このクソ、でしょうか。済みませんヤン提督」

 

 一瞬きょとんとしたフレデリカであったが、俯いて小声で言うしかない。

 尊敬する上官ヤンに非難され、しかも理由がとんでもなく恥ずかしい悪態なのだから後悔するしかない。

 

 どう思われてしまったのだろう。

 泣きたい気分だ。口の悪い女。今まで作ってきた自分のイメージが台無しになったのではないか。

 

「あ、ごめん、そうじゃなくて。その前に言ったのは」

 

 消え入りそうなフレデリカに、むしろそんな態度をとらせてしまったヤンの方が若干後悔する。

 

「それでしたら、どうして砲台に寄ってくるのかと……」

「そう、それだ!」

 

 

 

 ヤンの頭にはいろいろな可能性が生まれては整理されていく。

 

「魚雷が正確に砲台目がけてやってくるのは何かの仕掛けがあるせいだ。まだその方法は分からないが、これが鍵になるかもしれない。よし、実験してみよう」

 

 ヤンはトゥールハンマー砲台をあえて動かしたり、静止させたり、あるいはエネルギーを入れたりする。

 同時に魚雷の集まり具合を見極める。どうやって魚雷が操作されているのか、高速で推論しては捨て、正しい可能性を残していく。急速にその可能性の数が絞られていく。

 周りの人間には何が何やら分からない。

 

 

「よし、分かったぞアッテンボロー、直ちにシェーンコップを呼んできてくれ」

「先輩、早く教えて下さいよ。魚雷はどういう仕掛けなんです? そして魚雷をなんとかしたいのに、何でローゼンリッターを?」

 

 先ずは伝令を伝え、ローゼンリッターに緊急出動を指示した後、アッテンボローは聞きたくて仕方がなかったことを聞く。

 もちろんフレデリカ以下指令室の誰もがそれを聞きたい。

 

「まさか先輩、魚雷相手にローゼンリッターが白兵戦ですか?」

「え、なんだいそりゃ? 白兵戦?」

 

 ヤンは不思議そうな顔をしてアッテンボローの顔を見返す。一瞬でもそれを思い浮かべたのだろうか。

 

「先輩、流体金属に潜ってトマホークをぶん回して。うん、よく考えたらかの御仁ならできるかもしれない。何しろ人間から一光秒ばかり離れてますから」

「冗談でもそんなわけはないよ、アッテンボロー」

 

 ヤンも思わず笑いがこぼれた。金属層の中でトマホークなんて。

 

「いや、そうじゃない。あの魚雷の誘導方法が分かったからだ。最初は砲台からなにか漏れ出る廃棄物でも探知しているのかと思っていた。しかし、砲台を完全に浮上させるまで魚雷が寄ってくることはなかった」

 

 一言も聞き漏らすまいとアッテンボローもフレデリカも真剣に聞いている。

 

「だからその可能性は無いと分かる。次に砲台の音ということも考えたが、流体金属は水と違って重く、やはりそれを何kmも先から探知するのも考え難い。それと、砲台から対極にいた魚雷までもが正確に向かってきている。つまり魚雷から見えないは関係ない。最後に一つ。魚雷自体に流体金属表面に出るアンテナのような物はついていない。こう考えると方法は一つしかないんだ。魚雷は個別に動いているのではなく、誘導するための装置が別に存在するはずだ。砲台の位置情報を受け取り、魚雷にそれを受け渡している司令塔のようなものが」

 

 皆は感嘆した。

 さすがにヤン・ウェンリーである。

 このピンチに見事な洞察力を発揮した。期待通りの魔術師だ。

 

「そしてその装置は、魚雷に信号を送るため流体金属に接していなければならない。だが埋もれていることはなく、逆に宇宙空間に一部が出ていないとおかしい。砲台位置の情報を受け取るために。つまり、形のイメージとしてはブイのようなものだと推測できる。それが流体金属の表面に浮いているはずなんだ」

「凄いですね先輩! それをぶっ壊せば誘導できないから魚雷は砲台に来れなくなるってわけですか」

 

 魚雷の詳細が分かってくる。だが、その対処法が分からない。

 

「しかし先輩、その破壊方法とローゼンリッターとは、またどうしてつながるんです?」

「理由があるのさ。その誘導装置の形も大きさも分からないからだ。少なくとも今まで変わった物は見えていなかったんだから決して魚雷より大きいものであるはずがない。そんな目立たないものを見つけて破壊するには人の手による他はないと思ったんだ」

 

 

 

 その時ちょうどシェーンコップが装甲服に着替えて指令室に入ってきた。

 

 シェーンコップが着ると装甲服さえダンディーに着こなしているように見える。

 銀色のトマホークを軽々と持ち歩き、さしずめ少し大きなアクセサリーといったところだ。その姿は女性兵の目を自然と固定して離さない。

 

 そんな機能美に無頓着というか気が付かないのはヤンとアッテンボローの二人だけだ。

 今、そのシェーンコップは素早く作戦の説明を聞く。

 

「魚雷の誘導装置を探して潰す。ヤン提督、それは大役ですな」

 

 言葉はいつもの飄々とした感じだが、しっかり具体的な絵図面を思い描いているのだろう。十秒ほど考え込んでから意見を言う。

 

「ですが、困難なことがあるのも確かでしょう」

「何だい、シェーンコップ准将」

 

 ヤンは答えを半ば予期しながら聞く。そう、このやり方にはかなりの無理があるのだ。

 

「それはイゼルローン要塞の大きさです。直径六十kmもの要塞の表面、しかも探し物となれば何回往復しなければならないか。ローゼンリッターといえど、いつもの複座移動機ではとても時間がかかりすぎ、現実的な話ではなくなりますな」

「もっと速く移動できるものを用意すれば、なんとかなるだろうか。いや、そうしなけばならない。かといって駆逐艦などを宇宙港から出せば、それこそ狙い撃ちにされるだろう」

 

 

 そこで皆は場違いなまでに陽気な声を聞く。

 要塞防衛戦が勝つか負けるか、この作戦の一点にかかっているという時に。

 

「出撃命令もなく、ただ一方的に殴られるのが嫌でやってくれば、みんな集まってパーティーをしてるなんて。ああ嫌だ嫌だ。人気者過ぎて指令室にやっかまれ、呼ばれもしない」

 

 その声はもちろん第一空戦隊隊長オリビエ・ポプランだった。

 オレンジの空戦隊服を着崩している。戦闘時以外は真面目に着る必要はないと思っているのだ。その姿もまたシェーンコップと拮抗する独特の魅力がある。

 

 しかし、要塞中枢部に対しそんな軽口を言うのも尋常ではない。ヤンはもちろん、アッテンボローさえそうは見えないが一応は将帥なのだから。

 確かに言う通り指令室に呼ばれていないが、そこは考えてもいないようだ。

 ポプランはヤン艦隊の自由を最も体現する一人である。他の空戦隊のエース、イワン・コーネフなどは勝手に要塞指令室に入ってくることはない。呆れてポプランを止めることもしないが。

 

 だがポプランの実力は折り紙付きで、単座戦闘機スパルタニアンを駆って宇宙を疾駆する動きは芸術品だ。帝国軍の戦闘機など寄せ付けず、撃墜数はエースの中のエースと呼ぶべき数に上り、これまでも第十三艦隊を幾度も助けている。

 

 

「で、横から聞いてりゃ、探し物のために人間を要塞表面で素早く移動? そういうことなら、撃墜数に入らない仕事でもたまにはやってみようかなんて、これが正にエースの余裕ってやつさ」

「なるほどなあ。その手があった!でもできるのかい?」

「そこの中年が見かけ倒しでなけりゃ、ね」

 

 ポプランが考えていることをヤンも理解した。

 空戦隊のスパルタニアンでローゼンリッターを運ぼうというのだ。本当にできるのか、やってみなければ分からない。しかし慎重に考える時間はない。やるしかないのだ。

 

 

 こうして、空戦隊と白兵戦連隊という同じ戦場に立つことは絶対にあり得ないはずの二つの部隊は史上初めて連動する。

 

 誰もが驚く空前絶後の作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第七十話 要塞攻略戦~意気を見よ~

男たちの熾烈な戦い!


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