ポプランの言い方は、面白そうな仕事だからちょっとやってみる、という軽いものだ。
実際のところは要塞の危機をしっかり理解し、そのために自分にやれることで貢献したいと真剣に願っている。
スパルタニアンが要塞表面に出る。
いつもとは違い、何かそりのようなものを曳航しながら。
そこへローゼンリッターの隊員を乗せ、高速で運ぶという算段である。
言葉にすればそれだけなのだが、決して簡単なことではない!
流体金属と付かず離れず、完璧に一定の高度と速度を保つという極限の集中力が必要だ。なぜなら流体金属は完全な平滑ではない。ただでさえ要塞の振動を受けて多少の波が立っているものだし、まして浮遊砲台の近くともなればその波は大きい。浮遊砲台は砲撃の度ごとに反動で沈み込み、それが波になるのだ。
その上、そもそもイゼルローン要塞は球体であり、単に真っすぐ飛べばいいものではない。その球体のカーブに沿う技術がいる。
誤って近付き過ぎれば即座に突っ込んで墜落死してしまう。水ならまだしも、重くて粘性の高い流体金属に突っ込んだらスパルタニアンの機体はお終いだ。更に言えば宇宙の戦いよりももっと悪いことに、スパルタニアンから脱出する余裕もない。
逆に表面から離れ過ぎれば、そりを宙吊りにしてしまう。それでは乗っているローゼンリッターが振り落とされ、いくら装甲服を着ていても一瞬で死ぬだろう。
この作戦は技術と精神力と、何よりもお互いの信頼が重要だ。
そしてポプランもシェーンコップもその責務を果たした。
要塞表面をスパルタニアンがそりを引きながら三回も回ったころ、ついに発見したのだ!
帝国軍の魚雷を誘導しているとおぼしきブイが浮いているではないか。
そして一つを見つければ、その形の情報を共有し次が見つけやすくなる。続いてローゼンリッター副長カスパー・リンツなども同様に発見する。
そのブイは予想通り小さいもので流体金属の表面を注視しないと見えない。スパルタニアンのパイロットではなく、そりに乗ってるローゼンリッターでないと分からないくらいに。
発見後直ちにその位置へゼッフル粒子発生装置を落とし、そのまま移動する。そうしておけば他のスパルタニアンが適当に銃撃するだけでいい。たちまち発火し、その誘導装置を破壊できるという寸法だ。要塞表面を大がかりに焼き払えるゼッフル粒子発生装置が要塞にない以上、それがベターである。
幸先はいい。
ただしシェーンコップが指摘した通り、要塞表面をくまなく探すためには気の遠くなるほど往復せねばならず、まだまだ端緒についたばかりだ。
その誘導ブイがいくつあるのかは不明である。おそらく要塞全体を包むように相当数が浮いていると予測される。
おそらくブイ一個で魚雷をいくつか誘導しているのだろう。逆に言えば一個を破壊しても、それがカバーしている範囲の魚雷にしか有効ではない。
では逆に、ブイへトゥールハンマー砲台の位置情報を伝える敵艦というのが存在するはずであり、そっちを叩いた方が早いのか? いや、その敵艦を特定する方法が無く、現実的に無理である。
今はブイの破壊作業を地道に続けるしかない。
「砲台に接近する魚雷数、先ほどより減少しています!」
やっとフレデリカが明るい声を出した。
朗報だ。
その誘導ブイを破壊していくことは確かに意味があった。依然厳しい状態が続いていることに変わりはないのだが、光明が差している。
「作戦を続行。それと第二空戦隊以下、発進準備」
ヤンがベレー帽を被り直した。こうするのは作戦が佳境に入った時にする無意識の癖である。
今は大好きな紅茶を飲んでいない。
フレデリカが紅茶を淹れるどころではないからだ。しかし不思議なことにヤンは他の者に紅茶を淹れてきてくれるよう命ずることはない。
それを知り、フレデリカは歌い出したいくらい気分が良くなる。
この要塞側による誘導ブイの破壊は帝国軍の方でも察知していた。
オペレーターがラインハルトに告げてくる。
「先ほどよりロストする誘導装置が明らかに増加しています! これは人為的に破壊されつつある証拠です」
「何だと……小賢しい、とも言えないな。的確に弱点を突いてくるとは、ヤン・ウェンリーもさすがだ。キルヒアイス」
若干困ったことになったが、ラインハルトは敵の力量を認める器の大きさがある。
「ラインハルト様、やはり魔術師と呼ばれる者だけのことはあるようですね」
「だがそれで対処されるとは限らない。どんな手段を使おうと、誘導装置を短時間に破壊しきることは困難だからな。しかし、それに対してこちらは一発でも砲台に命中させれば事が済む。せいぜい無駄な掃除を頑張ってもらおう」
全くその通りだ。ラインハルトが慌てないのも充分な根拠がある。
しかも今は横にキルヒアイスがいる。
ラインハルトが気づかないことでも赤毛の友人がカバーしてくれるのだ。今もキルヒアイスの目が鋭くスクリーンを読み取り、推察し、正確に思考をまとめる。
「ラインハルト様、拡大映像で見る限り要塞側は艦載機を使って遂行しているようです。これはかなりユニークですが、効率のいい方法ですね。有利といえど油断せず、こちらも艦載機で叩いてみては」
「それはいい考えだが、艦載機戦では分が悪いこともあるだろう、キルヒアイス」
「確かに今までは、どちらかというと艦載機戦では帝国軍に不利なことも多くありました」
ラインハルトとキルヒアイスは同じ懸念を持った。
過去を振り返ると艦載機戦では帝国側が負けることが多かったのだ。
同盟軍艦載機スパルタニアンは単座ながら対艦攻撃を主目的として作られた艦載機である。
物量の少ない同盟の苦肉の策なのだ。少ない艦数で戦力を充実させるための方法である。
それが案外有効になったので、今度は被害を受ける側の帝国軍が対抗策を編み出す。そのスパルタニアンを駆逐するためにワルキューレという艦載機を開発した。
ワルキューレはスパルタニアンを墜とすためだけの機体である。帝国軍では対艦攻撃は戦闘艦が行うものであり、役割分担がはっきりしている。
その意味からすればワルキューレはスパルタニアンより絶対的に優位ななずだった。
しかし、できたワルキューレは格闘戦を重視し、小回りを利かせるためにノズルなどを可変式にしてある。結果として非常に操縦が難しく、しかも可変部の振動によって安定性に欠けるものになった。アイデアは悪くなかったのだが、帝国軍技術部はやや頭でっかちだったようであり。実用性はあまり良くなかったのだ。往々にして技術というのはそういうことがある。しかも一度出来上がれば直ぐに抜本的改善をしないのが帝国のあまり良くない面である。
同盟軍の方では、帝国軍のワルキューレを脅威に感じたが、こちらもまた対ワルキューレ専用の艦載機を開発できなかった。あまり多種の試作をするゆとりがなかったからである。
しかしその代わりに、スパルタニアンへ単純にエンジン出力増大と武装強化というシンプルな対策を施している。
結果的にはそれが正解だった。
実戦において、複雑な機構を持つワルキューレはかえって単純かつ重武装なスパルタニアンに押されてしまう場面が多い。
それが分かっていて、ラインハルトはわずか嘆息した。
「ここにあのメルカッツでも居れば艦載機を使ったろうに。頑固一徹にも困ったものだ」
メルカッツを元帥府に入れるのは叶わなかった。手を指し伸ばしても丁重に断られてしまっている。
ラインハルトは近接戦闘の達人メルカッツを是非とも招き入れたかったのだが。
そのメルカッツは艦載機を使わせたら帝国軍随一の名手と誉れ高い。通常ワルキューレの方が敵のスパルタニアンより損耗率が高いのだが、メルカッツが指揮をとれば、優れた戦術によりたやすく逆転する。しかもワルキューレをここぞという場面で集中させ、対艦攻撃にも使い、近接戦闘で無類の浸透力を誇る。過去幾度もそれは証明されているのだ。
「いえラインハルト様、それに代わり得る者が元帥府にいるではありませんか」
「そうか、ケンプのことか。なるほど、直ちにケンプに命じよう」
呼び出されたケンプにラインハルトが短く指令を出す。
「ケンプよ。先の戦いではあまりいいところを見せられなかったようだな。艦載機戦にこだわり、それが崩れると相手に主導権を握られて回復できなかった」
それは帝国領内に侵攻してきた艦隊を各星系で各個撃破した時のことだ。確かにケンプは艦載機戦を挑み、その結果戦術の柔軟性を失い、殲滅の機会を失っている。
「面目次第もありません。閣下」
「しかしそれを今さら責めるために呼んだのではない。卿のこだわりがここでは重要なのだ。今こそ雪辱の機会を得たと思え。これより艦載機全隊を卿に与える。こちらの砲台破壊作戦を完璧にするため、敵の艦載機を要塞表面から駆逐せよ。できるか?」
「必ずやり遂げて見せます。艦載機の戦いにおいては個々人の技量と精神力が物をいいますが、ちょうど小官の愛弟子がおります。その者がご期待に沿えるでしょう」
「よし、直ちに行動に移れ」
ラインハルトはこう言って焚きつけ、ケンプに艦載機戦を任せた。
なぜケンプがそこにこだわるのか、それはケンプ自身が艦載機乗りから将官にまで昇った稀有な人物だからだ。先のアスターテ会戦でラインハルトに見出され、以来元帥府に加わり出世を続けてきた。
むろん自身も常にワルキューレ乗りの矜持を宿している。しかし今は艦隊指揮官であって、自分がワルキューレに乗れるわけではない。
代わりに操縦技術を伝え、弟子を育ててきたのだ。
今もっとも信頼できる弟子に戦いを託す。
「任せるぞシューラー。艦載機の戦いをここの全帝国艦隊に見せつけてやれ。我らこそが戦いの主役になりえるのだと」
「分かりました。微力を尽くします」
その者、ホルスト・シューラー大尉は淡々と答える。
元々あまり表情を変えない方の人間だ。
心の中では、ケンプがメルカッツに競争心を持っていることに気付いている。ケンプはメルカッツ以上という評価を欲しがっているらしい。
ただしそんなことは戦いの場には関係ない。戦いは男たちの気迫の勝負なのだ。
現時点で押しも押されもしない帝国軍のエース、撃墜数五十機を数えるホルスト・シューラーはワルキューレ隊員たちに激を飛ばす。
「いいか、俺たちが主役だ。舞台のど真ん中で無様な真似はするな。敵はどうせ『棺桶もどき』に乗っている。用意がいいじゃないか。遠慮はいらん。本物の棺桶に変えてやれ!」
「了解! 奴らをそのまま火葬にしてやります!」
ワルキューレの隊員たちはスパルタニアンのことを「棺桶もどき」と呼んでいる。スパルタニアンは銃座だけが可動式であり、本体はずんぐりとした箱型の形状をしているからだ。華奢な可変式ノズルが特徴であるワルキューレとまるで違う。
今、ワルキューレの大群がイゼルローン要塞に向けて発進する。
そして近付くにつれて視界に要塞がどんどん大きくなっていき、視界が大半それで塞がれてくる。圧倒的な威圧感だ。
しかし男たちは怯むことなく進む。
一方のヤンもワルキューレの来襲を既に予想していた。
こっちがスパルタニアンで作戦を開始している以上、帝国軍はきっとそうしてくるのに違いない。だからこそ要塞から手持ちの空戦隊を既に上げている。
こうして要塞攻防戦は次の段階に入る。
雲霞のごとき帝国軍艦載機ワルキューレを同盟軍艦載機スパルタニアンが迎え撃つ。
あっという間に敵味方入り乱れて戦う。獲物を見つけて一目散に向かえば、いつの間にか後背に付かれて銃撃を食らう。しかし、その相手もまた横あいから撃たれる。
一瞬の油断が撃墜につながるのだ。
空間は飛び回る艦載機に満たされた。これほど多数のドッグファイトが同時に展開されることは滅多にない。
要塞表面は弾ける火花で彩られた。一つ一つが命の華だ。
帝国も同盟も、男たちはその技量と精神力を叩きつける。
スロットルもレバーも銃撃スイッチも頼れる相棒、それどころか自分の体の一部である。たった一人で戦う艦載機戦ではそれらと自分の体だけが武器であり、命綱である。
いや、男たちばかりでなく、同盟スパルタニアンには女性パイロットも少なくない。
女たちも叫び声を上げる。負けじと自分に気合いを入れるために。
今まで生きてきた、その存在の重みを乗せて立ち向かう。
自分の信じるもののため、この瞬間、持てる全てを賭けないでどうする。
次回予告 第七十一話 要塞攻略戦~思わぬ結末~
そして事態は誰もが思いもしない方向に