疲れも知らず   作:おゆ

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第七十六話 488年 3月  最後の忠臣

 

 

 その密約から一ヶ月の後、皇帝フリードリッヒ四世は今度こそ回復せずに亡くなった。

 

 若すぎるということはないが、それでも急なことではある。

 もしも回復すれば密約など最初から意味がなくなったろう。帝国の後継者もしっかり定められ、正式に文書として公示されただろうから。さすがにそれに対して逆らえばどんな大貴族もただの逆賊になる。

 

 ただし現実的には正式な後継者は立てられていない。

 正確に言えば、直系である皇孫エルウィンが最も優先順位の高い継承権を持つ。しかし、あまりにエルウィンが幼いところからエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクかクリスティーネ・フォン・リッテンハイムが継承しても何らおかしくない。

 

 荘厳な葬儀が行われた後、すぐに不穏な空気が漂い始める。

 

 今、最も力のあるものが継承者の地位を奪い取れる。

 運命の気まぐれで皇帝になり、自分が望んでもいなかったその椅子で一生を過ごさねばならなかったフリードリッヒ四世が、まさにそれゆえ運命に仕返しをしたのではないかと噂された。

 

 事実はそれと少し違う。

 

 フリードリッヒ四世は兄たちの熾烈な皇位争いと、それに伴う悲劇をつぶさに見ている。結果兄たちも、妻も、その子らまでも粛清され、フリードリッヒ四世以外に生き残った者はいないのだ。後継者争いの醜さと悲劇を知らないはずはない。

 若い時は放蕩な生活をしていた皇帝であり、多少世に拗ねたところがある。あまり皇帝らしくない皇帝だった。

 だが、いくら政治に関わらない皇帝であっても銀河帝国二百五十億の臣民の運命がかかっていることくらい理解している。

 明言しないつもりではなく、あまりに考え過ぎて決めかねていたところ予想外に早く発作が起きてしまい、不予になってしまったのだ。ついでながら側妃アンネローゼの扱いについてさえ言い残していない。

 

 

 

 そんな空気の中、ブラウンシュバイク側が先手を打った。

 というよりブラウンシュバイク派閥の一部貴族が先走ったのだ。もうアマーリエ・フォン・ブラウンシュバイクが皇帝になると決まったと宣伝し、戴冠式の日まで噂がしてしまっている。

 もちろんでたらめな噂に過ぎないものだが、いつの間にやら独り立ちして既成事実のようになり、広く信じられつつある。

 当のブラウンシュバイク家はそれを打ち消すこともせず放置の構えだ。

 

「気が早い奴がいるものだ。まあ、多少先走っているだけで、いずれはそうなることだが」

 

 しかし、こんな風潮へ過敏に反応せざるをえない人物がいる。

 国務尚書リヒテンラーデ侯はそんな雰囲気に全力で逆らう。

 

「そのような噂、決して看過していいものではないわ。帝国は正しい順序で立てられた皇帝が支配するものじゃ」

 

 通常は皇帝崩御から遅くとも一ヶ月以内に後継者が決まり、戴冠式を行う。

 今回は異例の事態だ。

 力のある二大派閥は牽制し合い、文官をまとめる国務尚書にも迷いがあり、今だ決まらない。

 

 しかし、そういうリヒテンラーデ侯に対し逆にブラウンシュバイク派閥の側もまた反発する。

 

 根底には先の皇帝フリードリッヒ四世の治下、巨大な権勢を握っていたリヒテンラーデ侯に対する根深い反感がある。

 領地、財産、もちろん兵力という面でもはるかにブラウンシュバイク家に劣るのに、今までは皇帝の信を得て地位と権力を保持してきた。そして実際リヒテンラーデは術策を使い何人もの貴族を葬ってきたのだ。

 

 それは当然ブラウンシュバイク派閥だった者も含まれる。もちろん皇帝から信任されているだけあって全ては帝国の安定のためであり、リヒテンラーデに何も私心はない。ただしそれは受け取る側に気持ちによることであり、理解されるとは限らない。

 

「リヒテンラーデも直ちに引退すれば静かな余生が送れるだろうに。我らの邪魔をするのであれば実力をもって排除するのみ。皇帝という後ろ盾のない今、これまでのように権力を振るえるとでも思っているのか。ただの一老人が滑稽なことだ」

 

 そう言って嘲笑う者たちがいる。

 そんなことくらい当のリヒテンラーデに分かっていないわけがない。事実、ブラウンシュバイク家に権勢を渡してもやむなしと考えていたのだ。

 

 ただし、他の後継者に仇なすのを座視できなかった。

 クリスティーネ・フォン・リッテンハイムを救うのは……今さらだ。無理かもしれない。できれば帝室の血を多く残したいのだが…… だがリッテンハイム家はブラウンシュバイク家とあまりにも確執を続けてきた。

 

 しかし少なくとも幼児エルウィン・ヨーゼフは守らねばならない。

 

 ブラウンシュバイク家と自分が地道に交渉し、抹殺を阻止できればいい。ブラウンシュバイク側が難を示したとしても、相手は幼児であり、直ぐに何かできるわけでもないことを理由にして。そうしておけば将来につながる。

 その将来とは、婚姻だ。

 エルウィンの代、あるいは次の代にでも婚姻によって平和的に家系組み直せばよいのだ。リヒテンラーデとしてはその約束を取り付けられでもしたら万々歳である。

 

 

 

 だが情勢はそれを待っていてはくれなかった。

 ついに暴発する時がきてしまう!

 

 始まりはやはりブラウンシュバイク派閥にある下級貴族たちの妄動であった。

 それら下級貴族たちは、このままいけばあまり恩恵にあずかれないと知っている。ブラウンシュバイクの派閥は大きいがゆえに、末端はうまみが少ない。

 

 何か、ブラウンシュバイク公の役に立ち、目にとまる大功を立てなければ。

 その焦りから公然と武装を始めてしまう。しかし誰も取り締まる者はいない。官警すらブラウンシュバイクの権勢を恐れて機能していない状況では。

 短慮から驚きの大事件が起きた!

 何と邪魔な派閥の筆頭リッテンハイム侯の暗殺を企んだのだ。確かに成功すればこの上ない勲功となり、形ばかりいったん罰せられても、いずれブラウンシュバイク公から望むままの褒美をもらえるだろう。

 

 しかしそれはあっさりと失敗する。最初から無謀だったとしか言いようがない。

 さすがにリッテンハイム側でも同様に武装し完全な警備を敷いていたからだ。

 ブラウンシュバイク側にはわずか劣るとはいえ、派閥の頂点、財力も人員もいる。更に言えばヒルダをオーディンに送ってきた私領艦隊の一部が宇宙港にとどまっていたため、その意味でも警備の人数など充分だった。

 

 失敗し、リッテンハイム側に返り討ちにされた下級貴族たちは数を半分に減らしながらもこのままでは引き下がれない。

 

「まずい…… 何も手柄がないでは、ブラウンシュバイク公に切り捨てられ、先に我らが粛清されかねない。こうなれば何でも手柄になることをやる他ない」

 

 

 

 そんな末端貴族たちは覚悟を決める。

 なけなしの財産をはたき、ならず者たちを雇い、それなりの武器を闇で購入する。

 

 そして向かった先は……

 何と後継者候補の一人、エルウィン・ヨーゼフのところだ!

 それを捕らえるか殺すかすれば、皇位継承者候補を一人減らせる。これもまた成功すればブラウンシュバイク公に対し大いなる手柄になる。皇族殺しだろうと、どうせブラウンシュバイク家が権力を握ったら罪に問われることはないだろう。

 

 こうして凶器の暴徒がエルウィン・ヨーゼフのいる無憂宮に迫る。

 本当ならば皇帝の私邸ともいうべき無憂宮は何重にも防御されている。銀河帝国の最重要の部分なので当然だ。しかし今は皇帝が崩御したばかりであり、若干の弛緩があった。

 おまけに暴徒貴族の中には、れっきとした士官学校卒で帝国軍に属していた者も少なくなかった。それらはむろん軍事訓練も受けている。

 本気で襲撃し、それが防御を突破してしまう。

 

 

 その時、無憂宮には幼児エルウィン・ヨーゼフと侍女という名の子守りたち、文官、近衛兵が詰めていた。その中にリヒテンラーデとエルフリーデもいた。日夜そこで帝国の動揺を治めるための協議をしていたのだ。

 

 鋭い爆発音が響き、この無憂宮で変事が起こったことを悟った。

 このあり得るべからざる事態、しかし狼狽しているヒマはない! そして最大優先でなすべきことは決まっているではないか。それは詮索でも迎撃でもない。

 

 エルウィン・ヨーゼフを逃がすことに尽きる。

 それこそ臣下として何としてもやらねばならないことだ。ここにいる全員の命に代えても。

 

 そして無憂宮には亡くなった皇帝と、皇帝に最も信頼されたリヒテンラーデの他に誰も知らない逃げ道がある。万が一のために用意されたものだ。そこまでたどり着ければ一安心である。

 リヒテンラーデはエルウィン・ヨーゼフを連れてそこへ急ぐ。

 

 

 

「大叔父様、先に行って下さい。ここは食い止めます」

 

 そう言ってエルフリーデが近衛兵と共に残る。リヒテンラーデと一瞬目が合った。それで充分、お互いになすべきことを確認するには。

 もちろんエルフリーデはリヒテンラーデにとって最高に出来の良い弟子であり、帝国に必要な才能であり、何よりも可愛い姪なのだ。ここで危険な目に合わせることなどさせたくないに決まっている。ただしそれでも幼児エルウィンを守るためであれば仕方がない。それには代えがないのだ。

 それにリヒテンラーデは理解している。エルフリーデの謀略の才は、こうした軍事的な実力の場面でも一定の効果を挙げられるということを。

 

 リヒテンラーデたちが立ち去った後、その場所で近衛兵と暴徒たちは戦闘を繰り広げる。それは短くも激しく、近衛は次々に打ち倒されてしまう。暴徒たちは数に勝り、そして次第に凶暴さが増している。この無憂宮のきらびやかな間は平民はもとより、下級貴族からすれば目にしたこともない場所である。そこに足を踏み入れ、非日常にさらされ、平常心を失っている。

 

 そんな暴徒の側から見たら残りは少人数、しかも女さえ含まれているではないか。邪魔者はさっさと全滅させ、皇帝候補エルウィンを抹殺すべく行かなくてはならない。

 近衛兵たちは職務を全うすべく立ち向かい、結局全滅してしまったが、一つの意味はあった。

 エルフリーデが策を練る時間を与えたのだ。

 

 わざと目に留まるように走り去り、時折「エルウィン様」と叫ぶ。これでいかにも宮廷付きの女官が後を追っているように見えるだろう。

 目的は巧みに暴徒を誘導することだ。射撃も何もできず戦闘力の無いエルフリーデは自分にできることを知っている。無憂宮の防備と仕掛けの数々をリヒテンラーデから聞いているからには、それを使う。

 慌てて逃げ込む演技をして、暴徒たちの一団をそんな仕掛け部屋に誘い入れ、自分は壁の抜け穴から素早く脱出する。暴徒が追って入ってもそこには誰もいない。窓があるが、それは投射して映された欺瞞のものであり、実際は全て壁に囲まれている部屋だ。

 

 そしてエルフリーデは素早く仕掛けを作動させる。それは部屋を一瞬で無酸素に変えるものだった。暴徒たちはそこで自らの所業にふさわしい報いを受ける。

 

 成功を確認してからようやくエルフリーデはリヒテンラーデたちの後を追って走り出す。

 

 

 

 一方、先に行ったリヒテンラーデの方は順調というわけには行かず、不運が見舞った。

 暴徒の別な一隊が探索していたのだ。

 おまけに彼らは壁をぶち抜けるほど威力のある重火器を所持していた。複雑に入り組み、見通しの悪い無憂宮に業を煮やし、でたらめに何発も放っていく。

 あちこちの壁を撃ち抜いて爆発したが、その中の一発がたまたまリヒテンラーデたちが走っていたところに当たってしまった!

 

 エルウィン・ヨーゼフと侍女たちに怪我はない。ところがパニックになった彼らはリヒテンラーデの言うことも聞かずに走り出してしまう。

 正しく向かうべき場所へ先導するはずのリヒテンラーデはそれらを追えない。爆発に巻き込まれ、床に叩きつけられた時に足を折られた。しかも壁の破片が胸にめり込んで、内部で激しい出血を起こしている。

 

「そちらではありませぬ。すぐ右に曲がったところに隠し扉が」

 

 もう大きな声が出せない。

 そうしているうちに、暴徒たちの方がエルウィンと侍女たちを見つけ、後を追っていく。

 リヒテンラーデからもはや見えないところまで行ってしまったが、遠くからいくつも爆発音が聞こえてきた。エルウィン・ヨーゼフはもう生きていることはあるまい。守ることはかなわなかった。

 ここに帝国にとって最重要の皇帝候補者が斃されてしまったのだ。

 

 

 その時、エルフリーデがやっとここまで辿りつき、リヒテンラーデが倒れているのを見つける。

 

「あっ、大叔父様!」

 

 近くまで駈け寄れば、リヒテンラーデが大怪我をしているのが分かり、愕然とする。明らかに助からない傷だ。

 

「しっかりして下さい。直ちに医師を呼んで参ります! 必ず、必ず助けます」

「いや、もう無理じゃ。エルフリーデ、むしろここにいては危ない、早う逃げよ」

「いいえエルフリーデは一緒にいます。大叔父様を一人にしては行けません」

 

 ここでリヒテンラーデはエルフリーデをしっかりと見据えた。目の光は依然鋭い。

 

「よいかエルフリーデ、お前は最後まで決して死んではならん。儂の言いたいことは分かるであろう。早う行け」

 

 リヒテンラーデという偉大な忠臣の考えはエルフリーデにも染みついている。今何を考えているか、改めて言葉にされるまでもない。

 帝国のため、為すべきことを為せといいたいのだろう。

 

 それでもなお、エルフリーデは共にいたかった。

 忠誠だけのことではない。理念に共鳴していただけではない。

 

 この頑固で優しかった大叔父様を大好きだったのだ。

 

 それはとても深く、エルフリーデの心の奥底にまで根を張っている。

 

 

 

 幼い時よりエルフリーデは自他共に認める変わり者だった。そのため周囲に理解されず、孤立し、煙たがられることが多かった。

 そんなエルフリーデを分かってくれたのはリヒテンラーデただ一人だ。ほんの十歳ばかりの時に、偏屈になりそうだったエルフリーデを認め、その才能のきらめきを信じた。

 

 エルフリーデにとっては誰よりも深く理解してくれる者がいる。もう孤独ではない。

 

 リヒテンラーデはエルフリーデの変なカーテシーを許し、社交界のダンスに出ないのも黙認する。ただし論理のつながらない言い方や考えを見逃さず、必ず正してきたものだ。

 そしてエルフリーデは成長し、見事に期待に応えてきた。リヒテンラーデの薫陶の下、才能を開花させ、本当に銀河の中枢として数々の謀略に関わってきたのだ。

 

 エルフリーデがリヒテンラーデと同じように帝室への忠誠心を持っているのは、リヒテンラーデそのものへの忠誠と同義だからである。

 リヒテンラーデこそエルフリーデにとって常に導いてくれる太陽だった。

 

「大叔父様、最後までご一緒いたしたく思っています。でも分かりました。遺志は私が継ぎます。安心して下さい」

 

 この危急の時、無駄な時間を取っているべきではない。

 別れを惜しんだり慟哭することではない。

 今為すべきことは、その崇高な遺志を継ぐ、それだけだ。

 

 

 最後にエルフリーデが見るリヒテンラーデの表情には、淡い優しさがあるように感じた。

 

「すまんの、エルフリーデ。それしか言えん」

「帝国は私が必ずや守ります。大叔父様、見守っていて下さいませ」

 

 涙はいったん止める。止めなければならない。

 エルフリーデはリヒテンラーデを置いて去る。なんとか脱出路を開き、無憂宮から逃走に成功する。

 

 行き先をどうするか。

 貴族などいつ裏切るか分からず、誰も当てにできない。ブラウンシュバイク公の息がかかっている者は論外としても、この情勢では中立派でさえ信頼できない。こんな暴力で国務尚書さえ害されるのなら政府内とて安心ではない。

 一兵も持たないエルフリーデにはフェザーンも遠すぎる。

 結論としていえば当座はオーディンに潜伏する以外にない。エルフリーデにとって潜伏だけならいともたやすいことだ。

 

 

 

 

 もう誰もいなくなった廊下で静かにリヒテンラーデは目を閉じる。

 

 銀河帝国の国務尚書たる者がひっそりと、誰にも看取られずに息を引き取ろうとしている。

 暴徒はリヒテンラーデを討ち取ることが目的ではなく、歯牙にもかけなかったらしい。

 

「心残りがないといえば嘘じゃ。帝国の行く末を思うなら無念でならぬ。しかし、これもまた受け入れるべき現実というものじゃな」

 

 リヒテンラーデの胸は帝国の未来図のことでいっぱいだ。しかし、ふとエルフリーデのことも思う。

 あの聡明な姪にあまりにも大きな荷を負わせてしまった。

 銀河帝国を支えるという重荷を。

 可哀想に…… 普通の人生を送らせればよかったのだろうか。わずか後悔に似たものがある。

 

 幸せになれ、エルフリーデ。

 帝国の今後もだが、儂はエルフリーデの幸せこそ望んでいたのだ。

 いや、向こうから拒否してくるかもしれない。埒もないことを考えた。

 

 

 

 失血が続き、やがてリヒテンラーデの意識が混濁してきた。

 

 脳裏にはなぜか若い日の皇帝フリードリッヒ四世が浮かんでくる。

 自分で望みもしなかった玉座が転がり込んでしまい、慌てている皇帝。戴冠式を始めとしていろいろな行事で失態を犯し、陰で笑われる。ましてや行政のことは何も分からず決定一つままならない。善良なだけで皇帝たるべき能力はなかった。その先代まで知っているリヒテンラーデは余計にそう思う。

 

 ただし、フリードリッヒ四世はその善性によって素晴らしい仕事を成した。

 高等参事官だったクラウス・フォン・リヒテンラーデの純粋さを見出し、行政を一手に任せるという。

 それは間違いなく正しい選択だった。

 まだまだ少壮であったリヒテンラーデは感激し、忠誠を捧げ、以来数十年にも渡って帝国の重責を担うことになる。

 

 リヒテンラーデにとってその旅路は苦しいこともあったが、少なくとも充実した人生だった。

 貴族の無用な動きを阻止するための権謀術策は全て皇帝と帝国のために行ったことだ。皇帝は一度としてリヒテンラーデのやることに疑義を差し挟んでくることはなかった。

 あえて失政を言うなら、リヒテンラーデが有能過ぎて、ただでさえ政治に興味の薄い皇帝が全く関心を無くしたことかもしれない。

 そうだとしてもこの治世の間帝国は安定を続けた。リヒテンラーデによって帝国は回り続け、臣民は安んじて暮らせてきたのだ。

 

 

「フリードリッヒ四世陛下、クラウスも御許に参ります」

 

 最後は微笑みで終わろう。

 

 帝国と皇帝のために歩んできた人生、その最後の時は。

 今はせめて、ヴァルハラに行っても陛下の忠臣として仕え続ける、そんな楽しい夢を見よう。

 それきりリヒテンラーデの意識は途切れた。

 

 こうして、最後の忠臣クラウス・フォン・リヒテンラーデは歴史の舞台から姿を消す。

 

 その美しい忠誠心と多大な功績は後世において正しく評価されている。

 どんな民主主義者もリヒテンラーデを悪者と扱うことはできない。

 リヒテンラーデは忠義という一点を貫き、自分にも他にも正しくあらんとしたのだ。

 

 

 

 




 
 
 これで第六章「氷の刃」終わります いかがでしたでしょうか

 いよいよ帝国の内乱、そして悲劇が幕を上げ……
 次回より新章「エカテリーナの両翼」突入!

 予告 第七十七話 責務



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