疲れも知らず   作:おゆ

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第七話 482年10月 欺瞞の逃避行

 

 

 オーディンを出てから十五日経ち、あともう少しでフェザーン自治領宙域に入るところだった。

 

 この旅客艇が決められた清明宙域にワープアウトする。そこで規定されたワープのインターバルを置きながら、機器の点検を済ませるのだが、この時は通常航行に移っている。

 いきなりだった。

 

「あっ! 右舷後方に時空振予兆観測しました! 至近に何かがワープアウトしてくる模様!」

 

 旅客艇の観測オペレーターが驚いて叫ぶ。普通にはあってはならないことだからだ。

 探知装置の点滅と自動アラームが響き渡り、艦橋に急を告げ知らせる。

 

「何だと! 緊急加速! 進路はこのままでいい、全エネルギーを推進に回して離脱だ!」

 

 旅客艇とはいえ、これはルビンスキー家の座乗する艇なのだ。

 乗組員は選りすぐりの優秀な者たちだ。

 中でも艦橋にいるのは元帝国軍人だった者が多い。

 

 その反応の速さと艦長の好判断が大事に至らせずに済んだ。

 

「何なんだ、無茶しやがって! いきなり後続でワープアウトはルール違反だぞ。こちらを探知もしないなんて不注意にも程がある。こんなことで事故にでもなったらどう責任とるんだ」

 

 ワープアウトの時空震に巻き込まれず、何とか退避はできた。

 

 

 

 しかし、本当の驚きはここからが本番だった。

 

「それで、どんな艦が出てきたんだ」

「先ほどワープアウトしてきたのは…… 小さいですが、時空震から推定すると質量は大」

「荒くれの輸送艇か? 大きさに比べて質量が大きいとは、ハイドロメタルでも積んでるのか」

「いえ、これは、艦型からすると、そんなものではありません! そんなバカな!」

 

 観測オペレーターはかなり驚いている。あまりに意外だからだ。

 

「だから何だ」

「これは、帝国の駆逐艦です! 軍用艦がどうしてこんなところに」

「バカなことを言うな! ここは民間艇専用航路だぞ。旅客艇も通るんだ。駆逐艦などいるはずがない! それに軍用艦ならなおさらワープでニアミスなんてマネはしないはずだ」

 

 艦長がそう言うのも当然、あり得ない。

 これは例えていえば歩行者天国の大通りに戦車が走りこんだようなものだ。

 

 通信を担当する別のオペレーターが機器の操作を既に始めていたが、奇妙なことを言ってくる。

 

「演習などの連絡もありません。いえ、おかしなことに通信自体がつながりません」

「…… 抗議もできないな。周波数を変えて試してみろ」

 

 

 

 すると今度は観測オペレーターが緊急を伝えてくる!

 

「先ほどの艦ですが、ワープアウト後、こちらとの距離を縮めています! 急速接近中!」

「なに! 反応炉出力最大! 本当の限界一杯だ! 念のため後方に集中しシールドを展開! いったいこれは……」

 

 艦長は嫌な予感に冷や汗を流す。それでも最悪に備えて手を打つ。

 艇内のライトが明滅し、エンジンがこれまでにないほど大きな振動を立て始める。

 

 この尋常ではない事態をエカテリーナもルパートも察知し、ワープ用シートの頑丈なベルトを外して艦橋へ向かった。説明を求めるためだ。

 

 しかし二人が艦橋に入った時、まさに火事場の騒ぎだった。緊急事態に際して各人が最善を成そうと動き回っている。

 だが次の一瞬、静寂に包まれる。

 

「駆逐艦に高エネルギー反応あり! これは砲撃準備です!」

「回避プログラム発動! 衝撃に備えろ!」

「砲撃確認! レール弾急速接近!!」

 

「外れました! 右舷方向、至近です。警告などではありません」

 

 それでほっとする者はいない。

 あろうことか駆逐艦が攻撃してきたのだ。旅客艇を攻撃など無茶苦茶だ。しかしその事実は認めなくていけない。今は理由など考えても無益なことであるし、他に考えることがある。

 

 

 間違いでも脅かしでもなく、相手はこの艇を沈める気だ。その意志は判明した。

 

 

 

 だがそうなると絶体絶命である。

 

 いくら駆逐艦が軍用艦の中では小型で非力といえども、旅客艇なんかは蚊の一匹のようにひと捻りだろう。

 

 旅客艇にはもちろん武装もなく、外壁も薄い。

 特別製の旅客艇なので安全のため通常の艇よりも強力なシールドを持ってはいる。 

 しかしそれでも旅客艇としての範囲内であり、あくまで漂流物相手を想定したものだ。

 

 駆逐艦の砲撃を一度ならともかく二度、三度、凌げるはずがない。

 

 そして逃げようにもそうはいかない。旅客艇としては速度もかなり出せるが、やはり駆逐艦には及ばず、逃げられるほどではないのだ。緊急ワープしようにもインターバルが終わり、再度ワープが可能になるまであと四時間もある。

 逃げ切れない。これは詰みだ。

 

 救援を頼めるような艇は近辺にいなかった。

 いや、そのためにあの駆逐艦はここを襲撃場所に選んだのだろう。フェザーンに近付き、帝国としては辺境であるこの場所を。

 

 

 駆逐艦は余裕を持ち、さっきの砲撃は有効射程からはるか遠くから撃ってきたものだ。だから外れてしまっただけだ。もはや遊び半分のカモ撃ちくらいな気持ちなのだろうか。

 

 今立たされている状況の説明を聞いたエカテリーナもルパートもめまいがした。

 

 相手の目的については考えるまでもない。おそらくルビンスキー家の二人を一気に抹殺するつもりで仕掛けてきたのだろう。他には考えられない。こんな実力行使をするなど、リスクより見返りの方が大きいと計算しているに違いない。

 

 

 

 今、艦橋の者たちは何とか対策を捻り出そうと頑張る。このまま座してやられるのを甘受できない。

 

 策を考えては実現不可能を感じて却下、何度もそれを繰り返す。

 ついに万策尽きていることを改めて実感して無力感に襲われる。

 

 エカテリーナは死の恐怖はさておき、自分がまだ何もなしていないのにこの世から退場など無念極まる。

 いや、こんなところで襲撃によって消え果てる、そんなことは赦せない。

 

 なんとかならないのか!

 

 この場を少し逃げられればいいだけだ。相手は一隻、何とか騙せないものか。

 相手の身になって考えろ。

 そして、今まで蓄えた知識で何か役に立つ物はないのか。

 オーディンであれだけラインハルトやキルヒアイスの語る戦術論を聞いていたではないか! 彼らとの会話で何か得た物はないのか。

 ぐっと噛みしめた口に力が入る。

 

 

 

 一つの考えが結晶となった。

 

 エカテリーナは直ちに艇の皆に申し渡した。他に良い案がない以上、ルビンスキー家の人間である権限によって強引にでも事を行うのだ。

 ルパート兄さんもすぐに意図が分かって協力してくれた。

 

 その考えを形にするには作業が要る。

 それに取り掛かって間もなく、駆逐艦がまたしても撃ってきた。まだ有効射程には遠いのに。

 ほとんどは外れていくが、不運なことに一発が直撃した。まぐれ当たりだ。

 それをなんとかシールドが弾き、盛大な音響を残していくが実害は生じない。しかし過負荷によってシールド発生装置は半壊状態、もう一度攻撃を弾くのは無理になった。

 後がない。刻々と状況は不利になる。

 

 駆逐艦はいよいよ距離を詰めてくる。有効射程に入れば遊びは終わりだ。

 その時、駆逐艦は確実に旅客艇を仕留め、ついでに無力な脱出艇が出ていないか捜索して潰し、きっちり終わりになるはずだ。

 

 

 

 ところが駆逐艦は砲撃有効射程までほんのわずかというところで異変を察知した。

 駆逐艦側の艦橋で会話が交わされる。

 

「攻撃目標に異常! 探知では……二隻に別れました! 別方向に微速で離れて行きます」

「……何だそれは。二隻になったとは、大型の脱出艇でも出したのか?」

「いえ、それが探知では同じくらいの大きさかと」

 

 これはちょっと不可解だ。どう解釈すべきものだろう。

 

「艦型はどうなっている?」

「妨害が掛けられていて不鮮明ですが、大まかにはどちらも不定形のようです」

「何!? 艇を二つに切ったとでもいうのか」

 

 大きさが同じで形が不定形? どういうことか。風船のようなものか? あるいは金属蒸気に投影? いいや無理だ。軍用艦でもない旅客艇にそんな本格的な用意などありはしない。

 これはしばし考えざるを得ない。

 

「分かった! それはおそらく外壁材だ! 奴らは苦し紛れに外壁材を外して、別に組み立てたのだ。囮を作るために。分かってみればつまらん。小癪なことを」

 

 

 

 それは事実だった。

 

 エカテリーナは乗員を総動員して旅客艇の外壁材を外させた。

 

 軌道エレベータを持つフェザーンの艇は宇宙航行専用のものが大部分である。

 しかし、この旅客艇は珍しく大気圏降下も考慮されていたもので、その空力という力に対抗するため外壁はそこそこの厚みを持っていた。

 その厚い外壁を何枚も剥がし、それを使って艇と同じような形になるよう急ぎ組み立てた! 外壁は補修を考えられた作りで、ユニット化されているため剥がすのは容易だ。

 

 この外壁材だけのダミー、それを囮に使い駆逐艦が引っ掛かってくれれば逃げ切れる。

 それがエカテリーナの作戦だ。

 

 さあ、駆逐艦の側としては困ったことになった。その策を看破したのはいいのだが、だとしても二つの中でどちらを追えばいいのか判断に迷うからだ。二つとも撃破するのは時間的にかなり厳しい。

 

 

 果たして追うべきなのはどちらなのか。本当の旅客艇はどちらだ。欺瞞の外壁材を見分ける方法は。

 

 

 駆逐艦は迷いながらもできるだけ精査にかかり、見分ける手掛かりを得ようとする。

 するとこの二つは似ている形に仕上げられているが、比べると不定形の度合いに違いがあるのが分かった。探知妨害によりはっきりしないが、右舷側にいる方がよけいに不定形になっている。

 時間がなくてきれいに組み立てられなかったせいで、こちらが外壁材だろうか。

 いや、かえってそれが欺瞞の工作なのかもしれない。

 

 すると突然、右舷側にいたものの方が動いてきた。

 大きくカーブしながら加速をかけている。それに対し左舷のものは微速のまま直進だ。

 

「……よし、考え過ぎだった。右側の加速をかけている方が旅客艇だ。外壁材をわざと乱雑に外し、不定形にして欺瞞にかけようとしたのだ。だが、距離が近くなれば恐怖に耐え切れずエンジンを使ってしまったらしい。浅はかだな。では直ぐに追って撃破するぞ!」

 

 駆逐艦は右舷側を追い、全速でトレースしていく。

 たちまち射程距離内に捉えて砲撃する。今度は間違いなく全弾命中だ!

 

 しかし、爆散しない!

 

 続けて砲撃をかけても小爆発しか起こさない。

 その理由はもう一つしかない。

 

「しまった! 引っ掛けられた! こっちが外壁材でできたダミーだ。どうやってこんなに動いたのかは分からんが…… とにかく全速で左側のを追え!」

 

 

 ちょうどその時、駆逐艦の動きを見透かしたかのように左側のものが急加速をかけ始めた。

 

「くそ、逃がすものか。なんとか追い付いてやる」

 

 

 

 その時駆逐艦にとってまたもや思いがけないことが起こる。

 

「何かが、至近から接近してきます! ちょうど進路方向に当たり、避けられません!」

「何! 機雷のようなものか? そんなものがあるはずはないが、念のため動力を全てシールドに回し、最強度で展開!」

 

 不思議としか言いようがない。旅客艇には何の武装もなく、機雷も爆雷もあるはずがない。

 しかし現実に何かが駆逐艦に衝突してきた。

 シールドがそれを弾き、駆逐艦内に鈍い音が響く。

 

「いったい何だったんだ……」

「脱出艇のようです。あ、また接近してくるものがあります!」

 

 またしてもシールドが弾く

 駆逐艦に被害はないが、もはや追い付くのは不可能になった。シールドに全エネルギーを使ってしまえば、再び推進に切り換えてもすぐには加速せず、もう目的の旅客艇を捉えられない。

 

「してやられたか…… 作戦は中止だ。あの旅客艇には大物がいるぞ」

 

 

 

 

 その頃旅客艇では全員が胸を撫で下ろしていた。

 

 助かった!

 なんとか欺瞞を成功させることによって駆逐艦の攻撃から逃げ切り、もうじきワープインできる。

 あとは決まっている。

 予定コースを変えて、確実にフェザーン警備艦隊がいるところにワープアウトすればいい。

 それはあの駆逐艦も予想するだろうからもう追ってくることはない。

 

 策は見事にはまったのだ!

 エカテリーナの読みは寸分の狂いもない。

 

 ルパートも素直に賞賛する。

 初めに旅客艇の外壁を外させ、欺瞞工作のためもう一隻の形を急遽作らせた。おまけにわざと雑に作って不定形にしてある。相手を迷わすためだ。

 そして内部には脱出艇を一つ仕込んでいた。

 もちろん、途中で欺瞞の加速をかけるためである。使い捨てだ。

 落ち着いて考えたら脱出艇の小さなエンジンでかける加速などそんなに大きいものではない。

 

 しかし駆逐艦は見事に引っ掛かった。迷っているところにそれらしいヒントを与えられたのだ。加速したという事実だけにとらわれ、勝手なストーリーにあてはめてしまった。

 

 仕上げは欺瞞に引っ掛けられたのを悟った駆逐艦が慌てて追ってくるだろうコースに、無人の脱出艇が飛び込むようにセットしていた!

 旅客艇には武装がなく、相手にぶつけられるものといえばそれしかないのだ。

 

 もちろん駆逐艦の想定コースを読むのは簡単なはずがない。

 しかし、エカテリーナは相手の身になって読み切った。

 駆逐艦が外壁材の方と射程距離に入り、撃ち、欺瞞と悟り、次にこちらを追ってくる時間と位置を推定する。見事命中させるコースに突入させられた。

 

 

 ただしそれは物事の一面でしかない。

 エカテリーナの凄みは違うところにある。

 

 旅客艇は持てる脱出艇のほとんどを、これらの工作のために使い切った!

 これは宇宙においてはとてつもなく大胆なことで、実行にはすさまじい勇気が要る。

 たとえ駆逐艦に追われている絶望的状況であっても最後の頼みの綱に脱出艇を残しておくものだ。とりあえずは死ぬのをわずかでも先に延ばせるから。人間の心理とはそういうものである。

 この豪胆さ、戦術眼、エカテリーナはやはりラインハルトらから学習したと言うべきだろう。

 

 

 

 エカテリーナの方では勇気を使い切り、安心して気が抜けた次には強い感情が沸き起こる。

 

「見てらっしゃい。こんなことをして、ただで済ますもんですか。私を怒らせたツケは大きいのよ」

 

 首謀者を推理してあぶり出すのだ。

 こんな実力行使をしたツケを払わせてやる。

 

「宇宙の戦いなんてもうごめんだわ。そんなことは軍人がすればいい。でも、それ以外なら負けないから!」

 

 

 




 
 
次回予告 第八話 誰がピエロ
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