疲れも知らず   作:おゆ

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第七十九話 488年 4月  キフォイザーの戦い

 

 

 ついに大会戦が始まる。

 宇宙の覇権を賭けた戦い、歴史書に名が残る一戦だ。

 

 今までは貴族らしく宮廷闘争や派閥争いの範疇に過ぎなかった。しかし、今こそ軍事力という実力を行使して皇帝の座を奪う。それだけではなく互いの存亡がかかっている。

 帝国の後継者候補が二大陣営のそれぞれに属する以上、不可避なことだったのかもしれない。

 

 当初キフォイザーの戦いに参加したのはブラウンシュバイク艦隊が七万隻、リッテンハイム艦隊が四万九千隻である。

 先の領地騒動で義憤を感じてリッテンハイム側へ加わってきた艦が多少加わっていたが、それでも数において大差がある。その上、ブラウンシュバイクの側にはまだオーディン近傍に残した分のおよそ五万隻が別にあるのだ。

 

 だがリッテンハイム側にも勝算がないわけではない。

 私領艦隊は帝国軍に比べたら装備も艦隊編成も貧弱である。そして圧倒的に戦闘経験が少ない。海賊相手の警備程度であり、強力な敵手と戦ったことがないのだ。

 つまり、純粋な戦力の戦いにならない可能性がある。いくら数が多くとも、怯んで崩れてしまえば何にもならない。大艦隊であればこそいったん崩れれば混乱を立て直すのは容易ではなく、押し合いへし合いの烏合の衆になってしまう。

 精神力が勝負を決める重要な要因になる。

 その意味でいえば先の領地においてブラウンシュバイク側貴族艦艇を叩いたリッテンハイム側にも勢いがある。

 

 

 

 艦隊戦はオーソドックスな砲撃戦で始まった。

 

 双方ともに不手際が数多くある。うっかり斉射の前に撃ってしまったり、艦が重なって攻撃不能になったりした。艦同士が整列する前に衝突してしまうことすら数十に及んだ。私領艦隊ならではの無様な行動である。

 そういったミスはどちらにも同じ頻度で起こったので、時間が経つと数の多い方がやはり優位に立つ。

 ブラウンシュバイク側はアンスバッハの指揮の下、数を生かしてひた押しに押す。

 下手な艦隊運動は混乱を招き、かえって敗因になるかもしれない。数で勝るならそのまま圧し潰すのが最良なのだ。それに加え、ブラウンシュバイク側にもう一つ優位があった。それでも帝国軍の艦艇と将が配合されているのだ。

 シュターデン中将がうまくまとめ、教科書通りの戦術を打ち、うっかり崩れることがないようにしていた。

 

 シュターデン中将は地位こそ帝国軍中将だが、この艦隊ではアンスバッハやフレーゲルに遠慮して最高指揮官になろうとは言わなかった。悪いようにとれば大会戦の責任を取るのが精神的に過大なため放棄したとも言えるが、できる範囲の仕事である戦理の実践はきちんと行っている。

 

 一方のフレーゲルは自らが先頭に出て攻勢をかける機会を狙っていた。艦隊の中心にいて采配するなど性に合わない。目がけた目標に襲い掛かるだけだ。

 華々しく戦うことこそ帝国貴族、フレーゲルの独特の美意識のゆえである。少なくとも臆病ではない。

 リッテンハイム侯を斃す。それこそが戦いの目的であり、殊勲になる。

 自分がそれを成し遂げればブラウンシュバイク公はどんなに喜び、褒賞を与えるだろう。フレーゲルを自慢の甥と言うかもしれない。

 

 やがてリッテンハイム側に艦列の綻びを見つけ、勇んで突進にかかる。

 それをなしうるだけの力量はあった。フレーゲルは一応帝国軍で戦ってきたのも確かだ。単なる力勝負に見えるこの戦いでは、それなりの技術を見せつける。

 

「突撃だ! これからブラウンシュバイクの叔父上が帝国を手中にする。我らの時代はもはや目の前だ。その前祝い代わりに目障りなリッテンハイムなど宇宙から消してしまえ!」

 

 

 

 リッテンハイム侯の方ではついに撤退を考える。

 この戦いは勝てない。

 今や数でも勢いでも明らかな劣勢にある。しかもリッテンハイム艦隊の側方や後背に回り、退路を断つ動きさえ見られる。早くしなければ誰一人として逃れることもできない。

 

「こうなってしまったか。ヒルデガルド嬢の言った通りだ」

 

 リッテンハイム侯は後悔してもし切れない。

 もはやリッテンハイム艦隊には敗北の未来しかないのだ。

 

 戦いの帰趨は決定した。

 アンスバッハはここで降伏勧告を出している。

 本来、戦うことが目的なのではない。リッテンハイムの艦隊を消滅させることも必要ない。ただ一つ、リッテンハイム侯を捕らえればそれで派閥は消失、皇位継承争いの目的は達成なのである。

 リッテンハイム側では、もはや負けを悟り、降伏勧告に応じて停止した艦が続出した。

 

 だがここで驚くべき光景が展開される!

 何と、降伏に応じて停止信号を出した艦をフレーゲル麾下の艦が攻撃したのだ。

 これは有り得ない。リッテンハイム艦隊はパニックになった。その狂奔は敵も味方も引っ掻き回し大混乱に陥れる。

 一瞬声を失ったアンスバッハは、当然のごとく激怒した。

 

「何ということを! 降伏を受諾した艦を攻撃など、およそ武人である限り決してやってはならないことではありませんか!」

 

 そんな激しい抗議に対し、フレーゲルは涼しい顔で答えてきた。

 

「ふん、随分と言ってくれるアンスバッハ。相手を見よ。リッテンハイムなどブラウンシュバイク家に逆らったという時点で万死に値する罪だ。今さら降伏しても赦されるものか。どのようにしても構わぬことは自明だ。いちいち口を挟むな」

「これが口を出さずにいられましょうか。相手が誰であってもこちらは武人であるべきです。戦いには最低限の礼儀が必要でしょうに。こんなことでブラウンシュバイク家の名声が守れるとお思いか」

「しつこいぞ。まだ文句があるのかアンスバッハ。ではこちらも言うが降伏勧告を出すなど叔父上の許可も得ずにやっていいことではないわ。このフレーゲル、叔父上のお考えはよく分かっているつもりだ。奴らには全滅こそふさわしく、降伏を許すのは越権行為以外の何物でもない!」

 

 

 ここにはどうしても埋まらない溝がある。

 アンスバッハの方は悔しさをこらえ、引き下がる。実力でそれを阻止しようにもかえって混乱し大惨事になるだろうからだ。

 

 

 

 一方、リッテンハイムは願ってもない混乱の隙にやるべきことがある。

 

 もはや艦隊戦は終局だ。

 手遅れになる前にクリスティーネ夫人と娘サビーネをオストマルクから降ろそうとした。最高速の出る巡航艦に移乗させ、戦場からこの二人を脱出させなくてはならない。

 

 リッテンハイム家私領艦隊旗艦オストマルクの脱出艇発着場で最後の言葉を交わす。

 

「クリスティーネ、サビーネを頼む」

「あなた、サビーネのことは任せて下さい」

 

 短い挨拶で充分だ。夫婦は目で分かり合う。

 二人にとり、一番大事なのは娘サビーネなのだ。これを守るために成すべきことを成す。

 それでもわずかな言葉に感情を込める。

 

「言うまでもないことだが、言葉にしておきたい。お前と一緒に過ごせて幸せだった」

「少し違いますわ。幸せにしてもらえたのは私のほうです」

「いいや、その倍は幸せにしてもらった。感謝している」

 

 ここで二人はほのかに笑った。

 別れの時、万感の思いは胸につかえて、苦しい。相手に最大限の感謝を伝えたいのに。ああ、どんな言葉ももどかしい。

 

 

 

 サビーネは蒼白になって父と母を見ている。

 この悲劇が避けられぬ運命であることを理解できる年齢だ。泣き喚いたり、騒ぎ立てたりして困らせることはしない。

 ただし、目に涙を貯めるのまで抑えることができようか。

 

 その目で父をしっかり見た。

 父ウィルヘルムはそんなサビーネを向き、諭す声を出した。

 

「よいかサビーネ、今よりお前は自由だ。リッテンハイムという名に縛られることなく、お前が思う通りに生きろ」

 

 それは派閥の長として少なからず生き方を縛られてきたリッテンハイム侯なりのたむけの言葉だった。

 サビーネは自由に生き、そして自分の幸せを見つけてほしい。

 

「お父様、分かりました。その通りに生きていきます。ですが、お父様の背負ったリッテンハイムの名を忘れたりしません」

 

 それで充分だ。

 リッテンハイム侯はこれ以上ない笑みを見せる。

 やがて二人を残し、表情を引き締めオストマルクの艦橋に戻った。

 

 サビーネは後年に至るまでその時の笑顔を憶えている。

 そして、最後の最後に見た父の横顔も。

 それは幼い時分、父と一緒に馬で草原を駆けた時、ふと見た横顔に似ている、と思った。

 

 

 

 クリスティーネとサビーネは護衛の巡航艦隊と共に逃走した。といってもオーディンへ向かうことはできない。

 今さら領地に行くのも危険、とにかく早く戦場を離れるのだ。

 一方でリッテンハイム侯は追手を向かわせないために最後の攻勢に出た。相手を沈めなくてもいい。傷を負わせ、追いかけさせなければいい。ありったけのミサイルや弾薬を放ち、ブラウンシュバイクの大艦隊に立ち向かう。

 その闘志は一瞬相手をたじろがせる。

 いっときブラウンシュバイク艦隊を崩し、後退させたほどだ。

 

 しかし悲しいかな、リッテンハイム侯はやはり軍事的には素人だった。

 隙を見たフレーゲルが難なくかいくぐり、リッテンハイム艦隊を切り裂き、中央部に達した。

 そしてついに旗艦オストマルクを射程に捉える。

 リッテンハイム侯もブラウンシュバイクの甥フレーゲルが迫ってきたのに気付く。

 しかし今こそ妻と子のために、意気を見せるのだ。

 

「来い、ブラウンシュバイクの甥のフレーゲルとやら。一騎打ちだ」

 

 銀河帝国を二分してきた派閥の長だ。背を見せることはない。

 

 だが、さすがにフレーゲルも挑発に乗る寸前でこらえた。それは最初から不可能だ。戦艦オストマルクはコストを度外視して作られたリッテンハイム家の御座船であり、火力も防御力も並の艦ではない。一騎打ちをするなど考えられない。

 フレーゲルは三隊計十二隻の戦艦を連携させ、集中砲火を浴びせる。

 

 

 ついにオストマルクのシールドは破られ、多数が着弾した。一瞬後、まばゆい光を残し爆散する。

 権勢を誇った派閥の長、ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムはここに斃れる。

 

 最後に思ったのはやはり妻と娘だったのか。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第八十話 488年 5月  二人の愛を受けて

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