by どこぞの軍曹
謎の男性転校生、シャルル・デュノア。
成り行きを考えれば、三人目の男子のみ別のクラスという訳にはいかなかったのだろう。
入学式で窮屈な思いをした一夏は、三人目を歓迎した。
クラスメイトも、今までの男子二人とはタイプの違う三人目を大歓迎した。
「騒ぐな、静かにしろ。 今日からISを装備しての本格的な訓練を行う。 各自のスーツが届くまでは学校で用意したISスーツを着用するように。 もし忘れた場合は水着で、それすら忘れたら下着で受けてもらう。 いいな?」
相変わらず千冬の言動は、厳しさを増す一方である。
どんな軍隊でも、下着で訓練させる所などあるはずもないだろうに。
下着で訓練という言葉から『全裸で訓練する同僚』を連想した男が顔を顰めていたが、一夏の席からでは見えなかった。
そのままHRは終了。
千冬は、一夏と潤に『男同士なんだから面倒を見てやれ』と言い残して教室から出ていった。
「織斑君と小栗君だね? 初めまして。 僕は――」
「ああ、そういうのはいいからさっさと行こう。 女子が着替え始めるから」
「一夏、案内頼んだ」
潤は何故か転校生を睨み付けていたが、初対面の相手には距離を置く性格なので別段気にしない。
しかし、今日の潤は何時もよりそっけない対応だった。
同じ男子やクラスメイトと言うだけでも、多少態度が違うというのに。
そして、教室の窓から飛び降りる潤。
「俺は先に行っている」
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
大慌てで制止するシャルル。
まるでコンビニに行ってくるといった気軽さで、校舎の窓から身を乗り出した。
「……嘘だぁ」
潤は何事もなかったかのように着地していた。
シューズケースの中から靴を取り出し、履きかえると第二アリーナに向かって歩き出していく。
「そうだよな、普通そういう反応だよな」
「彼、いつも、ああなの?」
「外で何かあるときは大抵ああやって飛び降りているよ。 俺も最初ビビった。
なんか話を聞いた別のクラスの女子が『男子ってみんなああいうことが出来るんですか?』なんて聞いてきたけど、そうだよな。 普通出来ないし、そういう反応になるよな」
潤を見送って、シャルルの手を取って一夏が教室から出ていく。
基本的な施設は、ISが女子しか使えないという事が関係して半ば女子高であり、IS学園には男子更衣室がない。
よって、偶然使われない更衣室を事前に把握し、そこで着替えることになっている。
「男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。 今日は第二アリーナ更衣室。 これから実習の度にこの移動だから、早めに慣れてくれ」
「う、うん……」
「妙に落ち着かなそうだな? トイレか?」
「トイ……っ違うよ!」
「そうか。 それは何より」
とりあえず階段を下りて一階へ。
そろそろHRが終わる時間、早くしなければ――。
「ああ! 転校生発見!」
「しかも織斑君と一緒!」
悲しいことに時既に遅く、HRが終わって噂の転校生を見るべく出てきた生徒で廊下が溢れ出した。
「黒髪もいいけど、金髪もイイ!」
「しかも瞳はエメラルド!」
「きゃああっ! 見て見て! 手! 手繋いでる!」
「クール系の小栗君に迫る、ワイルド系織斑君。 しかし、そこに総受けのデュノア君が入って、クーデレの小栗君から素直なデュノア君に乗り換える織斑君」
「織斑君を奪われたと思って嫉妬した小栗君に汚されるデュノア君……。 グフフ、今年の薄い本は厚くなるわね!」
腐ってる、遅すぎたんだ。
今ここで足を止めたら質問攻めになって遅刻するのは間違いない。
おまけに次の授業は鬼教官が担当なので、遅刻したら潤すら疲労困憊になる特別追加教習が待っている。
一夏の顔から血の気が引いた。
「なんとか振り切ったみたいだな」
「ごめんね、いきなり迷惑かけちゃって」
「いいって、それより助かったよ。 今まで学園に俺と潤しかいなかったからな、男が増えるのは大歓迎だ」
ようやくたどり着いた第二アリーナ更衣室。
既に着替えを終えた潤が、更衣室で軽くストレッチ運動をしていた。
「なんか、潤のISスーツ随分ゴツくなったな。 肘とか膝とかサポーターまでついてるし」
「専用機が相当なじゃじゃ馬らしくてな。 関節保護用にスーツから変えなきゃいけないらしい」
「あ、そうだ。 自己紹介がまだだったね。 教室で言ったけど、僕はシャルル・デュノア、シャルルでいいよ」
「これから宜しくな、俺は織斑一夏。 一夏って呼んでくれ」
「うん。 よろしく一夏」
「小栗潤。 潤でいい」
右手を差し出した潤と、何気なしにシャルルが手を握る。
二人が握手するとき僅かな熱を感じたが、握手が終わる前に既に熱っぽさは消えたので気のせいにして頭の隅に追いやった。
「デュノア社、か……」
「デュノア社? シャルルの名字もデュノアだけど?」
「父がデュノア社の社長をしているんだ。 たぶんフランスで一番大きいIS関係の企業だと思う」
「何でもいいが、二人とも急げよ。 俺は先に行く」
「げ、ちょっと待ってくれよ!」
時計は八時四十三分。
シャルルは知らないかもしれないが、一組の担任は、それはもう時間にうるさい。
「シャルル、って、お前も着替えるの早いな!」
「まあ、着やすいように工夫されて作られた、フルオーダー品だからね。 ところで、妙に睨まれるんだけど、潤って」
「人見知りとは違うんだけど初対面の奴にはちょっと厳しい奴なんだ。 でも潤も根はいい奴なんだ」
「そうなんだ。 じゃ、一夏、お先に」
「お前もかよ! 薄情だぞ、お前ら!」
哀れ、更衣室には一夏だけが取り残された。
直ぐに着替え、シャルルと潤を追った。
今日の授業は、教員と代表候補性の模擬戦と、専用機を持つ生徒の講義だった。
教員側から対戦相手に選ばれた真耶は、登場こそあれだったもののIS学園の教員のレベルの高さを証明した。
訓練で生徒に九Gを体験させて気絶させたりした駄目先生ではなかった。
テンパって空中から落下し、一夏を巻き込んだとしても。
一夏の白式展開が間に合わなければ死人が出たとしてもだ。
「外してしまいましたわ」
「いいいちかあああああ」
不時着の際に一夏と痴情のもつれになって、鈴とセシリアが暴力をふるった際も力を見せつけた。
もし、白式を装備していなければ首か胴体が半分にされた攻撃もライフル二発で軌道をそらしている。
心なしか真耶の勇姿を見た千冬も、幾分誇らしそうだった。
「うう……。 まさかこのわたくしが……」
「あ、アンタねえ、何面白いように回避先読まれてんのよ?」
「り、鈴さんこそ! 無駄に衝撃砲を使って……、それに先日の潤さんとのコンビネーションを今も発揮できればよかったのですわ!」
「あ、あれは……! あれは潤の相手に合わせる能力が高かっただけ! アンタこそ、相手を気遣う援護射撃をしなさいよ!」
なんというコンビネーションの悪さ。
一と一を足して二になるという答えは簡単だが、こと人間の動作の連携には通用しない。
先日の事件でも明らかであるが、二以上になることもあれば、最悪一人の方がマシになるケースもある。
「これでIS学園教員の実力も理解できただろう。 では、グループ実習を開始する。 専用機持ちの織斑、オルコット、デュノア、鳳、小栗がリーダーだ。 では分かれろ」
千冬の言葉に従って生徒達がグループ別に分かれていく。
しかし、ほぼ全ての生徒が、一夏とシャルルの所と、二人に比べれば若干少ないが潤の場所に集まる。
セシリアと鈴には、全く人が寄り付かない。
「お前ら馬鹿か。 き・ん・と・う、に分かれろ! 授業を中断してロードレースに変更するぞ!」
自分の浅慮に気付いたのか、面倒臭そうに千冬が怒鳴る。
一喝、という言葉が似合うほどの迫力で指示され、無秩序に動いていた生徒は指示後は別人の様な行動力でグループリーダー別に分かれた。
「やった。 織斑君と同じ班だっ」
「セシリアか……。 さっきボロ負けしてたし。 はぁ」
「凰さん、よろしくね。 後で織斑君と小栗君のどっちか紹介してよ」
「デュノア君! わからないことがあったら何でも聞いてね! ちなみに私はフリーだよっ」
「……なんか、随分見覚えのある面子だな」
潤のグループには、本音、ナギ、癒子といった何時もの面々が集まっていた。
それと、二組から二人。
そして、一組の普段は喋らない二人。
「時たまジョギング中にすれ違うよね! 私は相川清香! ハンドボール部! 趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!」
「よろしく」
「本音と仲いいよね? よろしくお願いしますっ!」
右手を出されたので握手する。
それを見て二組の二人も、自己紹介して握手を求めた。
「で、君は?」
「お、小栗くん!? わ、私はいいんです! 気にしないで、気にしないでください」
「かなりんは、かなりんだよー。 恥ずかしがりやさん~」
背の低い本音の後ろに隠れて、顔を見せない生徒。
胸の付近を両手でかくして、顔を赤くしている。
「かなりん? すまんが本名は?」
「か、かなりんでイイです! 私はかなりんでイイです!」
「……そうか」
何故ここまでシャイなのに、面識のない男子に教わろうとしたのかは彼女もわからない事だった。
各班は『打鉄』三機、『リヴァイヴ』二機の中から選んで実習に使うらしい。
一夏と潤、セシリアの班は打鉄、シャルルと鈴の班はリヴァイヴを選んだ。
班長が打鉄モドキを使っているので隣に並ぶと見栄えがいいから、という理由で潤の班は打鉄を選択した。
『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。 午前中で動かすところまでやってください』
「よし、順番に機動して歩行練習だ。 mkⅡでサポートするから安心して起動してくれ」
女子同士で話し合って、出席番号順に練習を始めることが決まった。
今は三人目のナギ。
既に相川とかなりんは訓練を終えて、他の女子に色々聞かれては感想を話している。
リーダーといっても何もすることがないので、mkⅡを起動してホバリングしながら横で動く。
「そう、そんな感じ。 基本的にISは人間の反応に少し遅れて動き出し、動作そのものは鋭敏に動くけど、ゆっくり動けば慣れていくと思う」
「この、走るように足を振り上げると転びそうになるのは?」
「反応が遅く動作が機敏の法則もあるし、僅かな動きでもセンサーが拾ってしまうから、足の先は少しの動作で思いのほか動くんだ。 簡単に言うと、『スッ』と動かすと割と『ズバッ』と動く感じかな」
「その言い方わかりやすいかも」
「よし。 終わったらしゃがんで解除してくれ。 次の人が乗れなくなるから」
言い終わって装着解除する前に一夏のグループから、変な声が聞こえたので見たら、篠ノ之がお姫様抱っこされていた。
どうやら、訓練機を立ったまま装着解除したらしい。
あのままじゃ、次の人は踏み台が無いと装着しづらいので持ち運んだのだろう。
「……しゃがめよ?」
「お断りします!」
ナギは潤の問いに笑顔で否定すると、立ったまま装着解除した。
強烈な視線、『私もアレされたい!』という圧力に根負けしたのは明白。
次の搭乗者の癒子が、ほんのり頬を染めて「お願いしまーす」と言って身を預けてきた。
「では、午前の実習はここまで! 午後は今日使った訓練機の整備の授業を行うので、各班ごとに格納庫に集合。 では解散!」
本当に時間ぎりぎりで機動訓練が終了し、各班は格納庫にISを移してグランドで解散した。
「よし、更衣室に着替えに行こうぜ二人共」
「あ、僕は機体の微整備してから行くよ。 待ってなくてもいいから」
「俺はデュノア社とパトリア・グループの取引のことで、シャルルに聞きたいことがある。 長くなりそうだから待ってなくていいぞ」
妙な気迫に押されてか、一夏は更衣室に戻っていく。
残された二人は、既に誰もいなくなった格納庫に足を運んだ。
「聞きたいことって何? 僕は父の経営方針なんて知らないけど」
「――……、ここなら誰も来ないか。 少々声が響くのが心配だが」
何を聞くでもなく、潤はシャルルの近くによって、ほんの数瞬。
柔らかい物に鈍器がぶつかった様な音が格納庫に響き、シャルルの膝が床に就く。
腹部を殴られて呼吸が出来なくなった、そう気付くのにシャルルの頭では随分時間が必要だった。
「かはっ……げほっ」
膝をついてむせ返るシャルルの目に写った潤は、一言で表せば『冷』だった。
冷酷で、冷静で、冷淡。
それはまるで、悪魔のようで、明るい格納庫が今だけは暗く、冷たく感じるほどに。
「な、何を――!」
抗議の声も空しく、ついていた膝を払われて床に転がる。
シャルルも訓練をつんでいるが、それでも赤子の手を捻るように簡単に床に倒れる。
「こちらはお前の両手両足を自由にしてるだけでも充分譲歩している。 目的はなんだ? 俺か一夏の暗殺か?」
「し、知らない。 僕は、知らない!」
「今、全てを話せば今後も暖かい寝床で寝られるし、食事も与える。 それは俺が保証してやる」
地べたを這いつくばって弁解するシャルルは次の言葉を聞いて凍りついた。
「悪いが、素人は黙せるかもしれないが、俺には性別や年齢の詐称は効かん。 黙ってキリキリ吐け、女」