高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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爆弾回、蛇足のようなそうでないような。
潤の過去はこれでほぼ出揃った感じ。
この過去話からいくつか話が膨らんでいくのでこの話で最低限必要だったのでお許しくだされ。
次の更新早くしますんで。


5-2 力の意味

瞳を開けると、未だテスト用アリーナに居る事実に驚く。

潤が墜落してから、彼の感覚で何十分もたっているような気がしていたが、実際のところ数分も経っていなかった。

 

「小栗くん、……大丈夫?」

「――ああ、見た目ほど酷くない」

 

ダウンロードの酷使したような力が脳を突き抜けたが、不思議なことに既に倦怠感は無い。

コア側からの強烈な接触と、頭の中を隅々まで見られたかのような違和感。

初めてISに触れた時、打鉄・カスタムを初めて受け取った時、その場面で感じた接触する感覚を何倍も強くしたかのような、まるで浸食されているような感じだった。

 

「おい、管制塔。 どうなっているんだこれ」

『やっぱり駄目だったようですね。 素直に歩行練習から始めましょう』

「そこからか」

 

ISの設定画面を開くと、脳波コントロールシステム起動時はPICが半マニュアル、半脳波コントロールの完全自己操作になっていた。

確かにこれでは操作が覚束ないのも納得である。

 

「このPICの設定はなんで?」

『可変装甲展開時にその設定でないと、病院送り確定とも言える程の高負荷がかかってしまうんですよ』

「まだフィッティングがまだだし、これじゃあ、トーナメントには間に合わないか……」

 

まるで生まれたての子鹿の様に覚束ない様子で立ち上がる。

打鉄を装備していた簪の手を借りて、ようやくまともに体勢を整えることが出来た。

歩き出そうとすると、脳波とマニュアル半々の設定が災いして、歩き出して直ぐに足が動きすぎて横に倒れる。

 

『小栗さん、ちょっとEEGの設定を変更するので立ち止まって下さい。 CPGが甘いのか、いやそれ以前の問題か。 ……ZMP………動摩擦係数、静摩擦係数……これならどうでしょう?』

「――おっ?」

 

少しだけまともに歩けるようになった。

だが、この小股でよちよち歩くのが限界で、ペンギンが氷の上を歩いているような光景である。

設定に二ヶ月かかると試算したパトリア・グループの開発チームは、実に現実的な日数を算出したらしい。

 

「……どんなヒーロー物も、機体が変わるときは特訓する。 ……それが、王道」

「――そういうの、好きなのか?」

「……小栗くんは、そ、そういうの……嫌い?」

「いや、記憶にある中では、『仮面ラ○ダー』とか結構好きだったよ。 十一年ぶりに新シリーズが再開されて、当時の俺は毎週日曜日の朝は、必ずテレビの前で見ていたなぁ……」

 

記憶の片隅から、そんな懐かしい内容を思い出す。

共通の趣味を持つ人が見つかったのが余程嬉しかったのか、満開になった花の様に満面の笑みを浮かべる簪。

なんか今までで一番いい感情を向けられている気がしてならない。

確かにそういう同好の士を見つけるのは難しいだろうけど、特に女の子同士では尚更。

マニュピレータ同士で、手を繋ぐようにしながら歩行練習の補助をお願いし、それが終わるまで延々簪のヒーロー物のアニメ布教トークは続いた。

嫌いじゃないからいいけど。

 

 

特別アリーナからの帰り道、再び簪と並んで帰っていると、妙な胸騒ぎが潤を突き抜けた。

良くわからないが、この症状は身に覚えがある。

鈴が、いやリリムが居た? いや違う。 誰かと戦っている……これも違う。 これは――誰かに負けたのか

 

「悪い、簪。 ちょっと用事が――」

「……なんで急に名前で呼ぶの?」

 

睨んでも無駄だと分かったのか、声に出して話しかける。

 

「なら、なんて言えばいい? 俺はこう呼んで欲しいと言われればそう呼ぶぞ」

「名字――はイヤ。 名前は……やっぱり名前でいい」

「そうか、じゃあ簪、またな」

「あっ、うん、また」

 

簪と別れて校舎に向かう。

鈴が何処にいるかわからないが、自分の魂魄としての能力的感覚を信じれば必ず鈴の居場所にたどり着けるはず。

感覚だけを信じて足を進めると、その先に見えてきたのはドアの無い保健室だった。

何故ドアが無いんだ?

摩訶不思議な現状に目を囚われていると、リボンの色を見るに一年生の集団がぞろぞろ保健室から出てくる。

 

「どこに入っていたんだ……、あの量」

「あっ、小栗君みっけ!」

 

その内の一人が潤を指差して声を上げると、数十人の視線が一斉に集中した。

そのまま雪崩か津波を連想させる勢いで潤を囲むと、計ったかのように一斉に差し出す。

魂魄の能力で死霊を現界させたかのような光景だった。

 

「何か用か?」

「「「これ!」」」

 

密着されるかのように囲まれるという、血の気が引くような状況で女生徒たちが差し出してきたのは、ここ二日で馴染みの紙だった。

 

「私と組もう、小栗君!」

「四組のクラス代表に頼んだ。 手遅れだ、諦めてくれ」

 

瞬間、水を打ったかのように静まり返る一同。

そういえばシャルルはどうしたのだろうか。

この一週間でペアとなって練習するとなれば、デュノア社としてはともかくシャルルとしては困るはずだが。

 

「いいなぁ、いいなぁ……、更識さん、いいなぁ」

「クラス代表ってずるい……」

「代表候補生ってずるい……」

 

女子たちは何かの波に取り残され残念そうな顔をして去っていく。

それからは改めてパートナー探しを始めたようでバタバタとした喧騒が曲がり角から聞こえてきた。

集団を見送ることもなく、問題の保健室に入る。

そこには案の定、包帯で左腕を覆い隠すように巻きつけた鈴と、同じく包帯を巻かれてしおらしくなっているセシリアが居た。

 

「おっ、潤も来たのか」

「ああ、風のうわさでな。 ……鈴!」

「潤! 私と組んでさくっと優勝目指さない! あんたと私が組めば楽勝ってもんよ」

「ちょ、潤さん、駄目ですわ! もし鈴さんとあなたが組んだら……。 絶対許しません!」

 

優勝すれば一夏と交際できる。

朝に新たに加わった情報によれば、優勝者は三人の男子から好きな男を選べる。

潤と鈴の仲の良さ、コンビネーションの上手さはセシリアとてよく理解している。

二人の動き、セシリアが誰と組んでも同じことはできないだろう。

それゆえ、あの2人が組んだら、……優勝者が誰になるかは想像に難しくない。

 

「すまんが、相手はもう決めたから、諦めてくれ。 それと――」

 

鈴の頭に、潤の手が置かれる。

出てこいリリム、居なくていい時しか居ないなどと都合よく行かせるものか。

 

「お前、負けたんだな。 あんな、力の意味も知らないガキに」

「しょうがないじゃない。 相性最悪、こっちはもう限界カツカツだったんだから」

「俺にクドクド説教ばかりする割に、情けない言い分だな」

 

手を振りほどかれ、手持ち無沙汰となった潤は鈴が寝ているベッド脇に背を向ける形で腰を掛ける。

何も言わずに鈴は潤の背中に寄り掛かった。

元から保健室にいたセシリアや一夏は、鈴の態度の変わりように驚いて声も出せないでいる。

まるで、鈴が別人になったかのような……。

そんな中で鈴との面識が少ないシャルルだけが、気にせず二人に割って入って声を掛けられた。

 

「でも鈴さんは、一年で最強クラスのラウラに対してかなり善戦していたよ。 最初からAICの事を理解できてれば勝機もあったんじゃないかな」

 

半ば自殺行為でもあったセシリアの、接近戦でのミサイル攻撃。

信管は発動しなくとも、直接当ててしまえば問題なく爆発する。

そうして、床に叩きつけられ、尚も悠然と佇むラウラに蹴り飛ばされた後、リリムは覚醒した。

セシリアからBT兵器をアンロックさせると、瞬く間に操作方法を把握するとラウラの背後から攻撃。

龍咆が効かないと分かるや否や、BTで攻撃しつつ双天牙月を投擲、龍咆で軌道をずらしてラウラの専用機、シュヴァルツェア・レーゲンに有効打を得た。

その強襲から、『停止させる物体に、集中力を多大に使う』というAICの欠点を見出した。

だが、勇戦もそこまで。

シールドエネルギーがほぼ底を尽きて瞬時加速も出来ずに距離を詰められ、機体の相性差からじりじり押し込まれて敗戦した。

 

「そうか。 AIC、そういうのもあるのか。 貴重な情報感謝する」

 

トーナメントで一回戦から目的の人物と当たる可能性なんて相当低い。

遅かれ早かれ分かることだが、今から対策を取れるのは確かに有用だ。

 

「潤」

「なんだ」

 

肩越しに真剣な表情が見て取れる。

リリムが真面目に相対している時は、本当に珍しい。

何時も誰彼かまわず相手を小馬鹿にした様に相手をおちょくり、隙さえあれば性的に干渉しようとする。

そんな頭痛の消えない生態に辟易しつつも、それこそが潤が背中を預けてきたパートナーの姿。

 

「私ね。 わかるんだ、アンタが考えていることが」

「そうか」

「負けんじゃないわよ」

「繰り返したりしないさ、あんなことは。 絶対に勝つ」

 

完膚無きままに、ラウラが信仰する『力』でもって圧倒的な差を見せつけて勝利する。

目的を持って力を行使するものと、力の為に力を行使するもの。

その違いをこれでもかと見せつける。

文句など、欠片も出せないように勝つ。

 

「ところで、もしラウラがアンタと戦う前に負けたらどうするの?」

「その時は、ラウラを倒した奴を瞬殺して物語は幕を閉じる。 その後に盛大に罵ってやる事にしよう」

 

負けんじゃないわよ。

負けるものかよ。

 

保健室を出る。

最初はあんな糞ガキに負けたリリムに一喝してやろうと思っていた潤だったが、得るものはあった。

 

 

 

『初恋の相手からは裏切られて、次の恋人には死別されて女運最悪だったくせに』

 

 

以前、鈴が何気なく口走った言葉が、今になっても後悔の念を背負わせる一言だった。

後に、潤にとって終生の祖国となるエルファウスト王国に、訳あって遺体で搬送させられたあの日。

魂を司る魂魄の開眼には、多くの生贄がいる。

その生贄は、死者の亡骸も必要であり、その亡骸の中に潤が居たことが、ありえない奇跡を生んだ。

一万近い生贄の全ての魂を使った魂魄の覚醒、死者による死者蘇生。

潤は、多くの命を踏み台にして地獄の底から蘇った。

一度は死んだことも合わさり、腐った肉を取り戻すため、肉体を強化するため研究所に運ばれる。

そこからは、訓練とはまた違った地獄の始まり。

人の闇は本当に深かった。

人として狂っている魂魄の能力者、リリムやその他の仲間たちとの出会い

自分の家族の魂すら使ってキマイラを作る科学者、誰よりも人を愛し誰よりも賢く人を殺める老夫婦、あらゆる生物の能力を集めた『完全無欠の生物』を開発していた施設。

そんな狂える世界の中、潤は偶然見つけた一人の孤児の少女、これも同じく魂魄の能力者、を拾った。

未来予知という奇跡に近い特化型の能力者。

当時世界最強の剣士と名高い騎士を打ち破るため、その孤児の少女と性的なパスを作成。

疑似的な共感現象を発生させた後に、後方の部隊と緻密な作戦を遂行し勝利。

道具として利用するために抱いた、ではリリムとなんら変わらないと思い、操を立てて正式な恋人になった。

その後も、色々辛いことも多かったが、少女の後継人になってから、事態は安定し始め――

 

リリムが戦死した。

 

恋人でなかったものの、最高の相棒だった。

共感現象の発現が、その事実を魂レベルで立証している。

そして、共感現象が起こるほどの人間と死別すると、その死に共感して必ず発狂する。

潤も例外に漏れず、麻薬に手を染め、今まで好んでしていなかった裏仕事も精力的に励むなど支離滅裂な行動を繰り返した。

暴力に塗れ、弱者を虐げ、血の海におぼれ、少しは気まぐれになればと、同じ魂魄の能力者が好む異常行動も嗜んだ。

たりない、たりない、たりない。

何でもいい、この心の空白を埋めてくれ、そうでないと狂ってしまう。

暴力、酒、薬に溺れ、殺しを楽しみ、節制の無いダウンロードを繰り返した結果、迎えた当然の結末――自我の喪失。

孤児の少女は、そんな潤を見捨ててくれなかった。

少女の魂魄適性は、潤を軽く上回る。

失った自我を、自分を礎にして復活させるなど、彼女なら不可能でなかったのだろう。

 

――止めてくれ、そんな、そんなことはしなくていい。

 

体中に生贄の為に、童話の『耳成芳一』の様に全身に生贄用の呪術痕跡を残した彼女が近寄ってくる。

 

――誰が望んだんだ、そんなこと。 止めてくれ、頼む、お前が死んでまで生きたくない。

 

自我が復活し、目が覚めて気付いた時には、潤に覆いかぶさるようにして彼女は冷たくなっていた。

生贄の為、両目を抉り取っているにも関わらず、彼女は笑って息絶えていた。

 

リリムが死んで、理性無く戦い続け、力に溺れた罰がこれだというのか。

 

何故死んだのか、何故死なねばならなかったのか

わからない。

誰にも祝福されず孤児として生き、ある日変な男に拾われ能力を利用され、戦争の為に性的関係を強制され、それでもそんな血まみれの罪人の男を愛せる彼女に、なんの罪があったのか。

力に溺れた愚行が、その報われない最後を彼女に行わせたのなら、未来永劫自分は力に溺れたりはしない。

もし、手の届く範囲、目に映る範囲で力に溺れる奴が居れば、その愚行を正すために全力で戦い、無意味な力の積み重ねが如何に無駄か教えてやる。

 

「力に溺れた奴に負けることだけは出来ない。それが、その先に後悔しか残らないって俺が一番知っているから」

 

もし負けたら、あの世界で、苦しみに塗れた過去が全て無駄になる。

何より、あんな馬鹿みたいな後悔を、誰かにさせるのは気が引ける。

あの馬鹿女には誰かがきつい拳骨をくれてやらねばならない。

それが、同じ道を一度歩んだ馬鹿男の務めだ。

あのまま生き続けるなど、あまりに不憫すぎる。




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