高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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この話が元に、後々あんなことになろうとは、この時は誰も予測してなかった。


5-6 決勝戦

一夏とシャルルの戦いは終わった。

試合終了後、第一アリーナ男子更衣室で一夏はベンチに座っていた。

シャルルは、先に帰ってくれと頼みこんでこの場に居ない。

負けたことを気に病んでいるのかと心配されたが、本当に心配なのはシャルルの今後の方だった。

先伸ばしは成功したが、期限が明日になるかもしれないのは結構なプレッシャーになる。

シャルルの、あの綺麗な笑顔を消してしまうかもしれない。

誰かを守りたいと思った。

無責任だっただろうか、でも大切な友達を守りたいという心は間違いないはず。

誰よりも近くで、強い姉に憧れていたから、何時か自分もそうなりたかった。

ただの憧れ、だけど千冬と一夏には大きな違いがある。

千冬は世界最強で、一夏は力もなく貧弱で、それなのに同じ様な行動をしてしまえば危険が伴うのは、……言われれば簡単に思い当たる。

ラウラもそうなのだろうか。

一夏と同じく心の弱さがあって、それを直視できなかったから話し合う場を設けられなかったのか。

 

時間は幾らでもあったのに……。

 

シャルルに時間がないかもしれない、あるかもしれないが、潤の仮説――『親族に不幸があったらから帰国しろ』なんて文面を送られてくれば、組織としてシャルルをフランスに返すしかない。

IS学園生徒だった時と違い、フランスに帰れば自分の手は絶対届かない。

デュノア社として、少し経ってから退学届けを出せば、もう――。

 

 

うつむいて悩んでいると、何時の間にか誰かが目の前にたっていた。

 

 

潤が更衣室、一夏のすぐ近くで、腕を組んでロッカーに寄りかかっていた。

じっとこちらを見ている瞳は、ラウラと同じくらい冷たいものを感じた。

 

「待っていると思っていた」

「俺が、ここでか?」

「『正すだけではなく、道を示さねばならない』他ならない俺自身の言葉だ。 言いだしっぺがやらなくてはな。 説得力がなくなる」

 

戦いの最中は、何時も高揚して喋りすぎるな。 俺もまだまだ未熟だ。

そう言って潤は一夏の隣に腰をかけた。

潤は、ポツポツ話しだした。

内容はかつて予測したデュノア社の考え方を1から辿るものだった。

プロを雇わなかった事を不審に思って、そこから考えついたデュノア社の陰謀。

シャルルが一夏に話した内容などついでに得られればいい、程度のものだった。

とでも思っているのだろう。

そして、秘密を握っている男が、年頃の女の子と同棲していれば、肌を重ねる事もありえなくない。

 

「ちょっ、お、俺はシャルルの弱みに漬け込んで無理矢理なんて絶対しないぞ!?」

「そんなお前の紳士的な性分を読み切れない事がデュノア社側の失敗だったな」

 

シャルルが女と周囲に知れるのが遅ければ遅いほど、一夏との同棲は続く。

その時間の長さは、そのままその他の女子が近寄る事を牽制する力となる。

 

「牽制って……」

「恋人がいるのに、表立って彼氏を口説く女は少ない。 そうだろ?」

 

恋人として紹介してくれるのが最高の形で、シャルルが子供を身ごもってくれれば計画は完了する。

会社の後継者として専門的教育をするとでも言い繕って子供を確保、人目から遠ざけてモルモットにすることも出来るだろう。

よって、もしも一夏を恋人にすることが不可能と判断されたとき、シャルルは排除される。

 

 

潤は徹頭徹尾冷酷な表情のまま、明らかな狂気すら感じる瞳で喋っていた。

それでも一夏は、真剣にその話を聞き続けた。

ただの単語すら聞き逃したくなかった。

知らなかったほうが良かったかもしれないが、知って良かったとも思う。

シャルルを守るということは、そんな、嫌な大人の世界に身を晒さなければならない。

何もかも忘れて叫びたくなった。

シャルルは、――自分が思っているよりよっぽど酷い状態に陥ってた。

そして、女だとばれても一緒に暮らし、同棲していた事実を作っている。

その後、シャルルが女だと知られた時に、他の女の子たちは一度は同棲までしたことのあるシャルルのことが頭によぎって、アプローチする人は減るだろう。

それらは全て潤の予想通りで、もしかしたら全てデュノア社の思い通りなのかもしれない。

確かに、一夏は大きな闇に翻弄されて、良いように踊らされていた。

 

「それでも……」

 

枯れた音が、僅かに声として喉を通ってくれた。

 

「それでも、俺は誰かを力いっぱい守れる俺でいたい……」

「そうか」

 

一夏の弱々しい決意の言葉を聞いて、ようやく潤は微笑んだ。

ああ、そうだったのか。

潤があんな目を出来るのは、こんな事を予測出来るのは、きっとそんな闇の道を歩んだからだ。

そして、今未熟だった自分を見て微笑んでくれるのは、潤も昔そうだったからなんだ。

そう思うと、何時もどおりの潤がとても頼りになるように思えて仕方がない。

だけど――、これから、あんな冷徹な目を浮かべてしまえるような修羅の道を、歩むかと思うと、一夏は身の毛がよだつ思いだった。

世界はもっと綺麗だと思っていた――思っていたかった。

 

「どうしたらいい……。 俺はどうしたらいい!」

「……」

「お前は知ってるんだろ! そこまで1人で考え付いたんだ。 考えつくと同時にどうやって、その状態から身を守ればいいのか、シャルルを助ける方法も想定できたはずだろ!」

 

潤は、ゆっくり立ち上がった。

千冬の様に誰かを守りたい、から、自分の手で誰かを守りたい、と変化した心境は一夏にしか分からないだろうが大切なものだ。

 

「一夏、俺達みたいな凡人が人一人完璧に守るのは不可能だ」

「じゃあ!」

「黙って聞け。 恥じ入ることはない、誰かを頼れ。 想像してみろ、どんなに女子が軽くたって体重四十kgはある。 背負いながら戦うなんて出来ない。 その不可能こそが命の重さだ。 だが、二人なら五十%、十人なら十%だ。 俺達二人でも不足なら、もっと大勢の人を巻き込め」

「千冬姉……だな」

「そうだ、それでいい。 彼女なら、ドイツにも、アメリカにも、当然日本にもコネクションがある。 裏向きのことも知っているだろう」

 

一夏は誰かを頼れという潤を、決して情けないとは思わなかった。

そんな、単純な真実を知るまで、潤は泥にまみれたんだろう。

自分の代わりに地獄を見た、そんな馬鹿な友人をどうやって笑えばいいのか。

自分は無力かもしれない。

こんなに強くなりたいと思ったのは随分と久しかった。

どれだけ悪意溢れる道が待っていようと、目指す先が分かっているなら1歩づつ進んでいくしかない。

足取りは重く、心は軽く、行き先は遥遠い理想の姉の元へ。

 

 

 

不安定な足取りではあったが、幾分晴れやかな表情をしていた一夏とは別に、それを見送っていた潤の表情は澱んでいった。

やってしまった。

卒業までとっておきたかった保険の1つを、さっさと切ってしまった。

一夏に言ったとおり、その保険も何時の間にか消滅している可能性もあったので、主導権が取れているうちに何とかするのも間違いではない。

間違いではないが……、もうちょっとタイミングというものがあるだろうに。

結局、なまっちょろい人間側なんだと改めて自覚する。

まあ、一夏はシャルルに深く踏み込んでいるので、最低限の目標を達しているとも言える。

だけどなぁ。

 

手持ち無沙汰になったので、戦いの空気に切り替えるためにも格納庫に向かう。

カレワラのメンテナンスも行わなければならない。

決勝でのキーは柄だけを取り出せば、マニピュレータに隠されて見えなくなるビームサーベル。

格納庫では、一夏と話しているあいだにラウラペアと、クラス代表ペアの試合が終盤に差し掛かっていた。

AICで動きを止め、相手を嬲っているとしか見えない。

篠ノ之は、それを黙認しているのか、連携を諦めているのか、ラウラに構うことなくもう片方を抑えている。

クラス代表ペアは両者ほぼ同時にシールドエネルギーが尽きて敗戦した。

負けて流れる涙には様々な理由はあるだろうが、ラウラに負けた彼女が流す涙はきっとただの悔し涙ではないだろう。

拍手は、殆どならなかった。

 

「あっ、小栗さん」

「立平さん? なんでヒュペリオンがここにあるんですか?」

 

格納庫が少し騒がしくなったと思ったら、潤の専用機、ヒュペリオンが運ばれてきた。

パトリア・グループの作業員が慌ただしくカレワラとヒュペリオンの周りを動き回っている。

 

「カレワラで得られたデータを反映してるんです。 これなら七月の合宿には完成できそうです」

「七月で完成か……。 あの制御モジュールは完成を二ヶ月も短縮させる代物だったのか」

 

手頃な軍手を借りて工具箱からスパナを取り出す。

ヒュペリオンの整備は後々潤も行っていかなければならない。

 

「私もヒュペリオンの整備を手伝っていいですか? 何分手持ち無沙汰で」

「なら……、むしろ機体ではなくてシステム面を頼めますか? パイロットの癖もありますし繊細な設定は我々では難しいので。 参照データは用意しておきますから」

「わかりました」

「それで、やっぱり使って頂くわけには……」

「お断りします」

 

今は無闇に新しい機体を投入するわけには行かない。

というより、緊急事態でもないのに、テストもしてない新技術を使うのは死亡フラグのような気がする。

しかし、本当にこの脳波制御モジュールは恐ろしい程精度が高い。

これは異常なことだ。

時間も、精度も、何もかも異常としか思えず、別の言い方をすれば、これだけが異質だと言ってもいい。

 

「――誰が作ったんだ、これは……」

 

ヒュペリオンが脳に絡みつくような感覚が、尚更潤に危機感を持たせた。

暫くして二年と三年の準決勝も順次終了し、ため息と若干の泣き声、遥かに大きい喜び合う歓声が満ちている。

何故か二年の先輩に私を慰めて、と頼まれたが、初対面の人間を慰めるなんて難易度高いです。

魂魄の能力で先輩の言ってほしいことはなんとなく理解できるので、当たり障りのないことを話した。

 

「…………………………」

「何か用か」

 

ヒュペリオンのプログラムを弄っていると、真剣に画面を見つめる簪が現れた。

自分でプログラムを組んでいる事もあって、完成品を弄っている現場を見るのは彼女にとって大きなプラスになるのだろう。

カレワラを整備していた整備員たちも、潤のタッグパートナーである簪を追い払うことができず、こちらを困った顔で見ている。

……申し訳ないが、せっかくの機会なので完成品を見せてやるのも一興か。

プログラムを少しづつ弄りながら会話をしよう。

 

「簪、次の決勝なんだが、頼みたいことがあるんだ」

「知ってる。 …………篠ノ之さんを……相打ちの形で倒して欲しいんでしょ?」

 

プログラムを打ち込んでいた指が止まる。

お互い視線はプログラム画面、じっとしたまま動かない。

 

「――なんで?」

「勘」

 

ラウラと篠ノ之が連携しないのであれば、ラウラに損害なく箒を退場させる方法はある。

篠ノ之箒は銃撃戦を好まず接近戦を多用する、むしろ今まで焔備すら使ったことがなく、簪は銃撃戦向き。

簪を退場させるために、箒は開始直後に接近してくるだろうからそれを逆手に取る。

接近直後にアリーナ地面に向かって拡散式ミサイル弾を尽きるまで連射すれば、6発もしないでシールドエネルギーは空のなるだろう。

作戦を話すあいだ、簪は一言も喋らなかった。

ただ、最後に普段通りの口調で『わかった』とだけ返した。

 

「まったく、いいパートナーだよ、お前は」

「そんなんじゃない」

 

謙遜と引っ込み思案が邪魔をしているが、たぶん簪は相当優秀なんだろう。

着々と、『その時』は迫りつつあった。

 

 

 

 

 

モンド・グロッソ参加者のような熟練した機動で、見に来たVIPを魅了した3年準決勝が終わった。

一旦昼休みを挟んだものの、熱は収まることなく、アリーナを包み込んだままだった。

一年最強との前評判通り、今まで総ての相手を蹂躙し続けたラウラ・ボーデヴィッヒ。

影に霞んでいるものの高い接近戦能力を持つ篠ノ之箒。

総合戦闘能力と見事な戦略眼、双方をもって数多の生徒を片付けてきた更識簪。

ただの一度もシールドエネルギーを5割切らせることなく勝ち進んだ小栗潤。

 

『只今より、IS学園、一年生の部、決勝戦を始めます』

 

一回戦から何も変わらないアナウンス。

何も変わらないカウントダウン。

周囲の視線だけが、まるで違う熱を持っていた。

三六〇度センサーから周囲を見渡せば、癒子やナギ、本音は勿論、一夏達もやって来ている。

流石に何人も固まって席を取れなかったのか、何時もの三人と一夏達は別々の場所にいるが。

そういえば、一組から三人決勝に出ているなんて変な話だ。

一夏が何かを叫んでいる。

『ま・け・た・ら・ぶ・ん・な・ぐ・る・ぞ』か、対象は潤でいいだろう。

 

『負けた時の言い訳は考えたか?』

「お前が負けるんだから考える必要はない」

『でかい口を叩いて負けたらさぞ惨めだろうな。 このシュヴァルツェア・レーゲンの前ではお前も等しく有象無象だと証明してやる』

「なら、俺は意思を持たない力が、どの位危ういか教えてやる。 そして知れ。 意志の力というものを」

 

三――、二――、一――

 

「俺が示す」

『叩きのめす』

 

戦闘開始と共に、箒と簪が瞬時加速で突っ込んだ。

今まで潤が前衛で戦うことはあれど、簪が前衛となることはなかった。

この意外な作戦に、一瞬アリーナはざわめき、――次の瞬間静まり返った。

後に、戦いの背景と、潤の作戦を聞いた織斑千冬はこう語った。

 

『決勝でやる戦い方じゃない、馬鹿者』と。

 

箒と簪が、連射されるミサイルの爆風に巻き込まれている。

内蔵されていた拡散弾が、お互の打鉄を完膚なきままに破壊していく。

四発もしないでシールドエネルギーは空になり、広いアリーナで戦闘可能な機体は二つだけとなった。

最初の一発目だったらワーヤーブレードで救助可能だったが、そのワーヤーブレードは後方に下がっていった潤に狙いを定めていた。

シールドエネルギー残量ゼロの箒と簪がアリーナの端に移動していく。

 

「くっ、お前、これはなんのつもりだ」

「……元々、こういう作戦だった……から……」

「作戦? な、なんだと、こんな滅茶苦茶な行動は作戦とは言わないっ!」

 

IS各部損傷甚大の打鉄を休ませながら、箒は憤った。

対して目の前の潤のペア、簪は暖簾に腕押しとばかりに開き直っている。

 

――最初から、あのラウラに対して一人で戦うつもりだったのか?

 

箒は姉がISを開発したという関係から、政府の重要人物保護のために各地を転々とした。

そんな中で、かつて一夏と共に励んでいた剣道だけは続けていた。

特別な理由があった訳ではないが、それが一夏との大事な繋がりだと思えたからだ。

そして、全国大会で優勝する栄誉も得たが、箒自身はそれを決して誇らしく思えなかった。

理由は単純明快、ただの憂さ晴らしのために参加した結果だからである。

そのひどく醜い様を何より己自身に突きつけられ、決勝での相手が泣き崩れるのを見て、表彰式では逃げ出したい気持ちだった。

だからだろうか。

力が全てだと思い、それゆえ暴力に身を委ねて醜悪な姿を晒すラウラを見て近親憎悪を抱かずにはいられなかった。

 

「ラウラに勝つつもりか……」

 

近親憎悪を抱くほど近しいからわかる。

あれはもう言ってなんとかなる領域ではない。

誰かが『その力は正しくない』と制してやらねばならない――それを潤はやろうというのか。

それならば、確かに一騎打ちの形こそ望むだろう。

潤には勝ってほしいが、潤が負ければ一夏と付き合える……しかし、ラウラの過ちは正して欲しい、しかし一夏と特別な関係にはなりたい。

箒はそのうち考えるのを止めた。

 

 

 

後方に下がっていた潤は、予定通りの内容に満足して足を地面につけた。

ラウラは簪のミサイルを警戒していたのか、AICは未だに使っていなかった。

シュヴァルツェア・レーゲンとカレワラ、フィールドには黒を基調とした2機が向かい合っていた。

 

呆気なくシールドエネルギーがゼロになった二機をつまらなそうな表情で見送るラウラ。

シュヴァルツェア・レーゲンを用いた戦闘は対多数を想定しており、自分側が複数の状態での戦闘を想定していない。

むしろ、まともに合同訓練をしていない相方は邪魔。

となれば、簪が抜けたのならば、完全な優位に立ったと思っても仕方がないだろう。

それは眼前に浮かぶ潤とて分かっていただろう、しかしそれを知ってやった。

これは――挑戦だ。

 

『ふん、このシュヴァルツェア・レーゲンを前に一騎打ちを挑むとは。 無謀だな』

 

ラウラが嘲笑い、潤も釣られて唇を釣り上げる。

なにせラウラ、もとより、この世界では誰も知らないのだ。

魂魄の能力者が異世界で何と呼ばれていたのかを。

出会ったら死を覚悟しろ、その能力者は人類の天敵である、とそこまで恐怖され、畏怖された力がどれほど異常か。




明日の12:00に更新します。
2013/10/05 現在

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