当たり障りの無い内容になったものの、これなら文句ないはずだべ。
半分ほどに手を加えたのでもはや別物に。
3000字程変わったのかな?
待機状態のヒュペリオンを取り上げられているのか、据え置き型の小型時計を見つめている潤の、そのすぐ傍に座る。
トーナメント直後を思い出したが、あの時とは色々違っている。
壊れそうだったのはラウラだったが、今壊れかけているのは潤で、許されれば救われるラウラと違いどうしようもない。
隣に座って気付いたことがある――潤が小声で六十まで数えて一に戻るといった作業を、正確に一秒ごとに刻むことを繰り返している。
「……潤」
ともすれば消え入りそうな声を、内心励ますようにしてラウラが、兄という愛称ではなく名前で呼んだ。
時計だけを見ていた潤は、そこにいない何かを見つめる様に、無表情のままゆっくり自分に向けられる。
焦点のあってない視線と、無表情が組み合わさるとここまで不気味に思えるのか、ラウラの肩が震えた。
「怪我はもういいのか?」
殺すと言って銃口を向けてくる相手より、無表情でもわかる憎悪がこれ程怖いことを、ラウラは初めて知った。
しかし、後ずさりそうになる心に喝を入れて潤の傍に居座る。
もし精神病を患っている相手と話す機会が合ったら、その方面に関する話題は全面的に避けるべきである。
肯定も否定もせず、別の話題を持ちかけるなどするのが正解だと教わった。
潤は凍りついたように無表情のまま押し黙り、虚脱したように焦点を合わさないまま虚空を見つめ――再び視線を時計に戻した。
そして、また正確に秒数を刻むように小声で読み上げるが、今のやり取りで、見た通り重症だった事に戦慄する。
まさか受け答えできないほどとは……。
そのまま病室には、秒針を刻む音と、今の秒数を数える音が静かに流れていた。
「……潤」
意外な事に、最初に話しかけたのは一夏だった。
その表情は、どちらかというと、ラウラと同じく怖がっている風でいて、腰も引けているようにも感じた。
「お前言ったよな、誰かを頼れ、って。 言ってくれよ、俺はどうしたらいい? 俺はどうすれば、いいんだ?」
「…………」
無言――拒絶。
一夏が放った言葉に、何も反応せずに時計だけを見つめて秒数を数える、それ以外には何も無い。
否定と取った無言に、言えないかとだけ呟いてラウラの方へ視線を向けた。
「一夏、それ以上、言ってやるな。 今はそっとしておいてやれ」
「分かったよ、千冬姉……。 そうだ、ラウラ、潤に写真返してあげてくれないか」
「あ、ああ……。 いや、このタイミングで返していいものかどうか……」
ラウラがポケットから写真を取り出して考える。
その写真を見た潤が、血相を変えて飛びかかるようにして奪い取った。
そのまま床に倒れそうになる潤を、ラウラが受け止めた。
「それはなんだ?」
「間違いない……」
千冬が写真を見て訝しげに声をかけるが、説明は後にしようと決めた一夏は黙っていた。
そっと、大事そうに写真を抱えると、思い出を振り返るように瞳を閉じる。
潤はもう一度泣いた。
今度は静かな涙だった。
「潤、一人でしか出来ないことがあるって事は知っている。 だけど、死に逃げるのは間違っていると思うんだ。 もし、疲れたんなら手を貸してやるから、黙ってないで俺を頼ってくれ」
写真を眺めながら、潤はゆっくりベッドの中に戻った。
その手に、大事なものを抱えながら。
「じゃあな、潤」
視線を逸らすことなく、今度は写真だけをじっと見つめる潤。
何を考えているのか、何を思っているのか、無表情のまま涙を流して写真を見続けている。
悲しいと言うよりは虚無で、寂しいと言うよりは空白で、忘れたと言うより欠如。
無表情で泣く人間、もしテレビで出てくれば笑えるだろうが、この状況下でそんな事をされれば言葉も失う。
ラウラはあまりの居たたまれなさに一旦外に出て、自分の不甲斐なさに強く唇を噛んだ。
どれ程苦渋に塗れる訓練であっても、以前ゴミ同然の目で見られた時であっても、これほどの無力を感じたことは無い。
「居辛い、いや、情けないなんてもんじゃないな」
「初めて貴様と意見が一致するな。 私も同感だ」
治そうと患者に付き添う側が滅入ってしまっては、本末転倒に過ぎる。
一夏はベッドの上で、心が折れた友人の事を考える。
潤は間違っている。
好きな人が死ねば辛いだろうし、友達と未来永劫会えなくなるのは辛いだろう。
そして友人を守るために、もう二度と会えない大切な二人を殺したのは、それがどれ程壮絶な決断だったのかは承知している。
だけど、どんな理由であれ、その現実から逃げて自分を殺めることなどあってはならない。
しかし、どうすればそれを正せるのかが分からなかった。
正すだけではなく、道を示さねばならないと潤は言った。
ならば、死を直視するのでなく、友人として死別した恋人から目をそらさせるようにするのがいいのだろうか。
いや、今無暗にその話題に触れれば錯乱しかねない。
恥じ入ることはない、誰かを頼れと潤は言った。
潤は何も言わずに拒絶した。
考えれば当然だった。
今回潤が出撃した理由の大半は、自分勝手に再出撃して、愚かにもUTモードに移行した福音に飲み込まれた自分たちが原因なのだから。
自分たちの尻拭いをしてもらい、自殺企図まで追い込んで、その大本の原因側に頼れと言う。
改めて考えてみれば拒絶されて当然だった。
どうすればいいのか、思考が頭の中を巡る。
守りたいと思っても、どうやって守ったらいいのか分からない。
今は、その意志さえ何の役にも立たず、そんな物があった程度ではどうしようも無かった、こんな事になる前に制止できなかった。
結局、こんな事態になるまで、自分は何も出来なかったのだ。
だから、一夏は潤に何もできなかった。
――すまなかった
その一言を幾度となく言おうとして、今度はそれが引き金になりかねない事を思えば言う事が出来ずに黙り込む。
担任として、一人の大人として、無力な自分が憎たらしい、何もしてやれなかった自分が歯痒い。
何故か知らないが、潤は頼りがいがあると言おうか、頼ってしまっても大丈夫だと認識していた。
思えばUTの視認前後で様子が違うことなど丸分かりだったのに、知らずとはいえ特大の地雷に放り投げた事を恥じる。
自分は馬鹿だろう。
自分は間抜けだろう。
何も知らないまま、ただ頼りになると言うだけで潤に時間稼ぎを任せてしまった判断を呪うが、どうしたらいいのか分からない。
IS学園には馬鹿が多いと千冬は以前言ったが、入学してくる生徒たちは才女ばかりなので将来を見据えている者が多く、手間がかかる者が少なかった。
そして、今までそういう人間ばかり相手にしてきた教師たちは、最初男子を教えることに不安を抱くものが多かった。
対した事ではないが、女子と比べれば未熟な男子と接するのが不慣れだったからで、色々言われている中で入学した二人は、二人共素直なしっかり者で教師たちを安心させたものだ。
それがこうなった途端、どう声をかけたらいいのか分からなくなってしまった。
弟は反抗期を迎えることもなく、何かのショックで塞ぎ込んで手を煩わせる事もなく、半ば放任ともいえる教育方針をしていたので、なんと言えばいいのかわからない。
――自分は何をしているのだろう。
まずは知らねばならない。
潤が何故こうなったのかを、UTモードの束の関係性を、その全てを知った時には頭を下げよう。
だから、――今は傷心の潤の傍にいる事しかできない。
その事実に、千冬は恥じた。
外はもう夜となっており、月が明るく照らし、燦然と煌めく星がよく見える崖の上にて束博士は星を真剣に見つめていた。
空に煌めく星々を見ると、どうしてそれが欲しいと思ってしまう、もっと近くで見たいと思ってしまう。
もしも、自分の背後に地球を置いて、視界全てが星空だったらどれほど素敵だろうか。
ISが軍事利用や研究目的の為に使われ、空への旅路は一時的に途絶えているものの、何れ人は空への希求や憧れを持って、再び空に挑むだろう。
束博士は知っている。
それを実現した組織が存在し、実際に宇宙空間に生活する場を整えた人がいたことを。
尤も、地球に居られない理由が出来てしまったから宇宙に逃げざるを得なかった、そんな歴史を作った連中など、決してリスペクトに値する事はないが。
「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四十%ちょっと。 ……まぁ、こんな所かな?」
空中投影のディスプレイに浮かび上がる対福音戦で取れた紅椿のデータを眺めながら、束博士は無邪気に微笑む。
新しい玩具を買ってもらった子供の様に微笑みながら、今度は別のディスプレイを開く。
そこには白式のセカンド・シフト後の戦闘映像が映されていた。
「それにしても、白式には驚かされてばかりだなぁ……。 まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて。まるで――」
「『白騎士』のよう、だな。 初の実戦投入機、お前が心血を注いだ一番目の機体に」
崖から少し離れた場所に生息する木々、そこからタイミングを計ったかのように千冬が現れた。
流石に元白騎士にパイロットだった千冬は、白式のコアの秘密に気付いていたようだった。
「やあ、ちーちゃん」
「おう」
挨拶をしながらも、二人も顔を合わせない。
顔を合わせずとも互いの事は、その口調だけでなんとなく分かってしまえる、その位の信頼関係が二人の間にはあった。
「そんなちーちゃん問題です、白騎士はどこに行ったのでしょう?」
「白式を『しろしき』と読めば、それが答えなんだろ?」
「ぴんぽーん。 流石はちーちゃん。 白騎士を乗りこなしていただけはあるね」
嘗て、束と千冬は発表当初はさほど注目されていなかったISの素晴らしさを、世界に見せつけるために壮大なマッチポンプをしでかした。
世界中の軍事コンピュータにハッキングしてミサイルを千発単位で日本に降り注がせ、白騎士を装着した千冬が全て撃墜。
その後白騎士を捕縛しようとした戦闘機や空母を尽く死者を出さない形で撃墜するという究極のデモンストレーション、後に白騎士事件と呼ばれる事件はそういう経緯で行われた。
ISのオーバーテクノロジー技術は、その事件を境に価値を大きく向上させ、現在の女尊男卑の風潮を作るまでに至る。
その事件の中核を担ったIS『白騎士』はコアを除いて解体され、各国の第一世代IS開発に貢献した。
そして、そのコアはとある研究所襲撃を境に行方不明となり、紆余曲折を経て現在『白式』に組み込まれた。
「……そうだな、世間話ついでに、私から一つ例え話をしてやろう」
「へぇ、ちーちゃんからなんて珍しい」
「とある天才が、とある男子生徒の高校受験場所を意図的に間違わせ、そこで使用されるISを、その時のみ動かせるようにする。 そうすると、男が使える筈のないISがその男子だけ使える、と言うことになるな」
「でもそれじゃその時以外、動かせないよね」
「そうだな。 お前は同じ物にそこまでの長い時間手を加えたりはしないからな」
「飽きちゃうからね」
「……それで、どうなんだ? とある天才?」
「さあー、正直天才の束さんでも分からないんだよねー」
正直それは分からなくても問題ない。
事実として、そのとある男子生徒がISを動かしている事実が重要なのであって、理由はどうだっていいのである。
分からない物を、分からないまま実装しなければならない、そんな事を束はここ数ヶ月続けていたのだから。
「……まあいい。 次の例え話だ」
「ありゃ、まだあるの? 多いね」
「私と沢山話せて嬉しいだろう?」
「そりゃもちのロンだよ」
束はそう言って、向き合うこともせずに黙って千冬の声に耳を傾ける。
実際博士にはこの時点で何が言いたいのか分かっているのだから。
「とある天才が、大好きな妹を、白騎士の如く鮮烈にデビューさせたいと考える。 そこで用意するのはISの暴走事件、鎮圧に際に妹に新型の高性能機を与えて作戦に従事させる。 晴れて妹は専用機持ちとして知られるわけだ」
「それはまた、凄い天才がいたものだね」
「ああ、かつて世界中の軍事コンピュータにハッキングした程の天才だ。 その位どうってことは無かろう」
束博士の考えていた通り、やはり千冬は知っている。
それをどうしようもないと知りつつも、真面目に問い質しに来た事に、昔と変わらない千冬を思って笑みが出た。
その小さな笑い声をどう受け取ったのかは知らないが、千冬は改めて次の質問に移ろうとした。
その前に精神を高めていく。
「UTを嗾けたのはお前だな? いったい……、一体何が目的だ!?」
「質問の意図が良く分からないよ、ちーちゃん?」
鬼気迫る質問だった。
あのタイミングでUTモードを発動できるのは束くらいしかいない。
もしも、その考察が事実なら――今回ばかりは断罪せねばならない。
個室に入った時、虚ろな瞳で時計に噛り付き、秒数を延々数え続ける生徒を見て、今度は無表情のまま静かに涙する壊れかけの姿を見て、今回ばかりは自分も束も許せそうになかった。
「お前は奴が自殺しようとする所まで知っていて、今回の事を仕出かしたのか!? 答えろ!」
「しいて答えるのなら自殺をはかったのは予想外だと考えるよ、束さんも。 もう少しドライな人間だと思ってたのに」
飄々としているいつも通りの友人にイライラが積もる。
潤は今もまだ苦しんでいるというのに――、だが、これで一つはっきりしたことが出来た。
目の前の友人は、今回潤に対して何が起こったのかを知っているという事を、そして、束を誅するには千冬はあまりに無知すぎる事も。
「小栗の『真実』とやらはなんだ? お前は何を知っている」
それを聞いて、束は勢いよく笑い出した。
肩を震わせて、まるでそうしないと壊れてしまうかの様に力いっぱい両肩を抱いて笑う。
その友人の凶行に思わず眉をひそめる千冬。
「知りたいの? ちーちゃん」
「……ああ。 むしろ、今後似たような事をおこさないためにも、私は知らねばならないと思う」
「教えて差し上げましょう、他ならぬ束さんが、親友のちーちゃんに。 束さんでも全く解析できないオーバーテクノロジーと、科学に頼らない可能性と、人類がいずれ辿り着くであろう全てを」
何かに囚われているように、一心不乱に話し続ける束の言葉を、黙って千冬が受け止める。
親友と思っていた彼女、天才だとしてもある程度読めた彼女の思考。
それでも、今の彼女が何を考えているのかさっぱり分からず、振り向いた束の顔を見て、既に親友が少し遠いところに行ってしまったのを悟る。
その顔に、その雰囲気に、紛れもないUTモードが振りまく『恐怖』が透けて見えたのだから。
固まる千冬に、CDが投げつけられた。
「……これは?」
「ISに用いることの出来る新システム。 バーチャル・リアル・シミュレーション――じゅんじゅんの過去を知覚的に体験出来る束さんお手製のプログラムだよ。 しかも感情付き。 もっとも刺激が強すぎるからセーフティが掛けてあるけどね」
「――――」
「私はね、じゅんじゅんにこの世界に居て欲しいだけなんだ。 だから、過去にけじめを付ける手助けをしただけだよ。 迎えが来たら引き留める間もなくさよならじゃあ、せっかく彼に専用機を与えた意味がなくなるじゃない。 けじめを付けるだけで自殺しようとした理由は、その中に入っている」
束の言葉にうすら寒い物を感じながら、千冬はCDを拾い上げた。
発言どおりなら、潤にけじめを付けさせるためだけに、あれ程のことをしでかしたのだ。
親友は、狂ってしまったのだろうか。
潤の可能性に飲まれて。
そして、その全ては――親友の言葉を信じるのならば、人の記憶を体験できるといったそこらの科学者に見せれば腰を抜かして仰天する代物に――秘められている。
けじめを付けさせる、束は潤の記憶を読み取ってそういう行動に出たのだろう。
生徒をあそこまで追い込んだことは許せないが、知らないとはいえそういう舞台を整えてしまった自分も千冬は許せない。
今後、そういう事を防ぐための手札は、千冬の手に渡った。
「じゃあね、ちーちゃん。 久しぶりに二人だけで話せてよかったよ」
「待て、束!」
CDを拾い上げたタイミングで、別れの言葉を紡ぐ束。
呼びとめようとするも、千冬がその姿を確かめようと顔を上げる前に、束はその場から忽然と姿を消していた。
問題のCDだけをその場に残して。
感想を書いてくださった方々に質問ですけどどうすっかね。
超爆弾回が普通の話に変わったと作者的には考えますが。