1-1 夏の思い出・精神病院にて
千冬に付き添われ宿泊施設から出る。
自殺企図により医療機関へ搬送された患者は、その後も自殺の危険性が高いため、再度の自殺企図を防ぐことが重要である。
そのことから、暫くの間は入院してカウンセリング措置が取られる、と写真から目を離さない潤に千冬は説明した。
入院と言っても、その原因は国際的に考えて機密情報であり、そして潤の身柄もまた国際的に重要であることから、一般患者の様に普通の治療の為に通院していますと見繕うしかない。
それでも一週間は病院に缶詰になるのだろうが。
医者は千冬の推薦で、最も信頼の厚い六十過ぎの老人が相手になることになったらしい。
そんな事を千冬は、何時もの数倍優しげな声色で説明したが、助手席に腰を掛けて写真を見つめる潤には馬耳東風もかくやと聞き流した。
何故この世界にこれがあるのか、ティアが死んだ後に焼き捨てたが、これは一体誰の物なのか。
ラウラは潤が捨てたと言っていたが、これは潤の物ではない。
いや、誰のだって今の潤には関係なく、ただ大事なのは写真のメンバーを一人ずつ見ながら、その思い出に浸る事だけだった。
「先生、くれぐれも……」
「分かっていますよ。 私も医者の端くれです。 患者の情報はどんな事があろうと漏らしません」
馬鹿馬鹿しい。
感情を、それよりも遙か根本に値する『魂』を意図的に操作できる、魂魄の能力者をカウンセリングで治せるものか。
何年この現場にいるか知らないが、魂まで知識を掘り下げた人間相手では不足というものだろうに。
医師に誘導され、背後と正面、合わせて五人に囲まれて隔離病室に案内された。
グレーの壁、天井に小さな照明のある部屋、明らかに一般的な患者が泊まる部屋ではなく、精神病患者を隔離する場所である。
この境遇が、あまりに懐かしく、皮肉にも自分に対して笑ってしまった。
朝になった。
二人を殺したのは自分の意志なのだから、立ち上がらなくては、今日からでも遅くない。
感情操作して、何事もなかったと表情を取り繕って、今日から立ち直ろう。
自分が原因で事が起こり、自分の決意で剣を取って、自分の意志でケリを付けた、……それなのに、他の誰かの手を煩わせるのはおかしい。
何とかしなければと思うものの、どうしても気力なんて起こらない。
――やっぱり今日も休もう。 少し疲れているんだ。
再び写真に目を落として、両隣からうめき声や、悲鳴や、怒声が聞こえてくる個室に籠る。
出してくれ、水をくれ、男女の声が絶え間なく聞こえ、とぎれとぎれに看護師らしき人間の声も聞こえてきた。
「そんなに騒いでいたら、ここから出られないよ~」
「飲み物? ないよ」
居心地が良すぎて写真を見つめる視線が全くぶれない。
こんな場所を懐かしいやら居心地がいいやら感じるのは狂っているのかとも思ったが、狂っているのは間違いないので居座ることにした。
今は、一人静かにしている方が余程嬉しい。
もうこの部屋に籠って、二度目の朝を感じる。
時間の感覚がなく、どれくらい経過したのかはっきりしないが、再び五人に周囲を固められ、車椅子に乗せられたまま少し離れた別の病棟に搬送された。
一日中静かに過ごしていた状況から危険度を下げられたらしく、今度は悲鳴や呻き声のBGMが聞こえない。
静かすぎて不安になるが、写真のティアを見れば何処だって落ち着く。
昼になって例の医者からいくつか話をした。
どうやらアメリカ・イスラエル側との擦り寄りが出来ているのか、この老人には福音戦の事が詳細に話されているらしく具体的なカウンセリングが始まった。
自殺未遂患者の多くは精神医学的な問題を抱えており、自殺企図の予防を含めた心のケアを実施する必要がある。
医療機関では自殺企図者に対して、身体的・精神科的な治療を並行して行い、また精神科医など専門医とも連携をとる体制作りが求められる。
つまりこの老人は双方の知識のある人らしく色々話をした。
ストレス、動機、喪失体験、自殺念慮などを話すが、存在しない記憶をボロが出ないように脚色して話すだけなので何の役にも立たない。
恋人とUT関係の部分も話したが、このジジイは経験深いのか眉一つ動かさない。
初めて相手がその道のプロだと思い知った。
夜になって再び主治医らしき老人と話をした。
「もう死にたいと思っていませんか?」
「無い。 危険因子の直視は出来ているし、防御因子の考えもはっきりしている。 自殺は感情の爆発から来ているもので時間がたてば問題は解決する。 ただ、今は少し疲れているんだ。 ――だから、もう少しだけ、休息を」
自殺には、その動機となる様々な危険因子が存在する。
救急医療の従事者は自殺未遂患者のそれぞれの危険因子や、それを精神的に防ぐ防御因子を把握し、危険因子を減らし、防御因子を高めることで、自殺企図の再発危険性を減らそうとする。
その後、取りとめのない世間話をしてカウンセリングが終了した。
朝になると手元にあった写真がなくなっていた。
何でも依存している可能性があるとかなんとかで、一度離してみましょう、との事らしい。
昨夜のカウンセリングで、取り上げても大丈夫と判断したのだろう。
代わりに時計を下さいと頼み込み、再び六十数える作業を行う。
半日もしないで写真が戻ってきた。
潤の手元から写真を一時的に取り上げられた日、担任の千冬は主治医の老人から呼び出された。
隔離室には手元に戻された写真を見て、一切動かない潤が監視カメラに映されている。
主治医の老人は頭を抱えて説明する。
曰く――手遅れ。
どうしてここまで放っておいたのか理解できないと、自分が作った調書に唾まで飛ばして叫んだ。
誰が見ても変な今の状態、『同じ写真を一日中見続ける』、『秒数だけ数えて半日過ごす』、これらを全く変だと思っていない。
殆ど話をせず、表情は消え、病的な行いを正常な活動として、自然体として受け止めている。
日常的な受け答えは出来、それこそ言葉の意味はわかるけれど、感情や、心といった人間らしさが消滅してしまっている
例えば、昨今のニュースの話題をふったが、その中で数万人死ぬ事件の話をしたが、情というものが無いために、養豚所の豚が死んだ程度しか感じていない。
まるで高性能なコンピューターを相手にしているようで、それでいて人間社会に溶け込めるように調整されている。
こんな壊れた患者初めて対応したと医師は告げた。
何を思って過去の道を歩んできたかは知らないが、元々情緒豊かで、感受性が鋭く、だからこそその後に歩んだ道が、まるで呪いの様になって喜怒哀楽の心を殺してしまったのだろう。
許容できる限界の感情の津波、恐らくは『恐怖』、『悲哀』、『絶望』の津波に襲われ、心を押し殺すことによって自分を守ろうとした。
感情を殺せば、何も感じなくてすむからという自己保存本能として解離。
人の心の温かさを失う代わりに、落ち込むということもない。
時間の感覚もない。
気分転換というものを欲することも、気分がないから転換しようがない。
心の動きがない。
「こんな状態では人は生きていけない」
と自らの考えを老人は吐露した。
「……状況は分かりました。 それで小栗の今後は」
「治しようがありません。 よって、表面上元に戻るのを待って、綱渡り生活をするのを見守るしかないでしょう……」
「綱渡り――。 ……しかし、小栗の生活を鑑みるに、十五歳にしては感情に乏しさはありましたが、至って普通だったと思いますが」
「ええ、そういう風に、貴女でも騙せるほど巧妙な仮面を作っていますから」
「仮面?」
「本心を心理的障壁で押し隠した上で、生活に不自由ない用に調節された性格を作成した性格、それを便宜上仮面と呼称しました」
喜怒哀楽を自由に移し替えることのできる人形、その奇跡と思わざるをえない手腕に老人は戦慄する。
老人の推察は流石と言わざるを得ない。
あらゆる感情を操作して、目標を達成するマシーンとなっていた潤。
それを見てリリムが『感情を表に出せなくなった人形』と評したのだが、平和な平成世界で育った潤には、殺伐とした裏社会で過ごすにはこの方が楽だと思わせるに充分だった。
そのせいで、私生活では滅多に笑わず、戦闘中に必要な怒りが残っていたために、常に怖いとの印象を振りまいているのだが。
「いえ、それは妙です。 小栗が感情的になる時が、少なからずありました」
「…………確かに、仮面の下が見え隠れするのは認められます。 しかし、それが自殺の最大の原因なのですよ」
「と、いいますと?」
「小栗君は、自分が守りたいと思った対象に強烈な反応を示します。 軽度ならば、凰鈴音さんか貴女の弟さん、やや重たくなるとラウラ・ボーデヴィッヒさんや更識簪さんの時の様に」
「……依存?」
「そうですね。 依存と言っていいかもしれません。 どうやら小栗君自身自覚がないようですが、その依存対象に接触すると感情が現れるようです」
嘗ての恋人が死別した際に、その墓に対して、今日は特別寒いからと言って毛布を掛けたりしている。
その異常行動を、まるで今日は何時になく暑いな、程度の世間話同然の表情で話せる。
親友が夢に出てきて、それに抵抗した程度で嘔吐して泣き出す。
その二人を、ただの幻覚だったと、そう自覚して殺めたのに、本当に二人を殺めたのが自分だった様に思い込んで自分を殺めてしまえる。
他にも一夏に手助けするために保身の手札を捨てたり、パートナーとなった簪と、UTに取り込まれたラウラを助ける為に重体のまま戦ったり、それら行動は類似性がある。
「依存対象があれば崩壊は食い止められますが、今回の様にその対象に何かあれば、自分を殺めてしまいます」
「――――……打つ手なし、ですか」
「確かに性急に出来るのは何もありません。 結局最初の堂々巡りで、表面上元に戻るのを待って、綱渡り生活をするのを見守るしかないのです」
既に手遅れとなった患者を治すことは出来ない。
医学には医学の限界があるという事、それを今回思い知っただけに過ぎない。
二人しかいない個室に、溜息のハーモニーだけが音となった。
「それで、小栗の回復の為には、どうすれば」
「一人でいても回復は見込めません。 彼は静かに休んでいればと言っていますが、それは表面上治ったように周囲に見せかける仮面をかぶる時間が必要というだけです。 彼の私生活の話を分析するに、布仏本音さん達など、普通の日常をそのまま過ごさせればいいかと」
「それでは、何時再び自傷行為に走るか……」
「私は最初に言ったはずですよ、『手遅れ』とね。 十年単位で先進的な治療が出来ないのであらば、一月だろうが明日だろうが大差はありません」
「……わかりました。 せめて、夏休みまでは、此処にお願いします」
「あっ、そうだ」
席を立った千冬を老人が呼び止める。
部屋を出る寸前で、千冬は立ち止まった。
「リリムさんと性格の似通った更識楯無さん、容姿が瓜二つの凰鈴音さん、この二人への接触は、彼自身が接触するまでの間は何としてでも避けて下さい」
「分かりました」
お大事にと言って送り出したり、もしくは患者に親しい誰かに説明を終えたりしてしまえば、基本的に医者と患者は、全く関係ない間柄になる。
過度な繋がりは、医者の目を曇らせ、時には失わなくていい命を失わせてしまう。
だから、何時だって患者は患者の範囲を出ることはないが、それでも、ああいう手遅れの患者に、匙を投げる事を説明するのは何時だって心が詰まる。
すっかり夜になった駐車場、その一角で千冬がため息をつく。
老人に見送られ、車内のダッシュボックスから例のCDを取り出すと、それを眺めて一考する。
喋りたくない過去を勝手に模索するのはどうかと悩んでいたが、医者の話を聞いて、残る手段がこれしか残されていないことに気付いた。
尤も知ったからと言って何が出来るのかというと、何も出来ない可能性の方が高い。
しかし、もう二度とこんな事があってはならない。
帰ったら全てを知ろう、手遅れが更に酷くなる前に。
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途中耐え切れず、システムを中断。
夕食をあらかた吐き戻し、酒に逃げた。
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コンビニで揃えた酒の肴になりそうなものを口いっぱいになるまで詰め込み、ビールで一気に胃袋に押し流す。
行儀が悪いからと言って、誰でも毛嫌いしそうなくちゃくちゃ音すらお構いなしに淡々と食い、淡々と飲む。
嘗ての伝手から頂いたドイツ産の黒ビールをジョッキに注ぐ。
美味い筈なのだが、美味しいとは思えない。
黒ビールの立ち上る気泡を見て、あの光景を思い出してしまった。
今度は一気にビールだけを胃に収める。
「織斑先生、明日の事なんですが――、うわぁ、随分飲んでいますね」
「あぁん!?」
「ひいっ――!?」
そろそろ一学期が終了するとあって事務的な仕事が多くなってきたので、摺合せの為に寮長室にお邪魔した真耶だったが、その仕事の行く先はいきなり暗礁に乗り上げた。
何故かISスーツで胡坐をかいてジョッキを片手に、珍しくコンビニの惣菜を貪っている姿からは普段の凛とした何時もの面影はない。
そして、それよりも肌で実感できるのは部屋の雰囲気と千冬の機嫌だった。
一言で言えば、重すぎる。
確かに、千冬はUTシステム関連でアメリカ側との会談を行い、精神病院の紹介と入院の手続きを行うなど問題を山ほど抱えている。
しかし、UTの件はアメリカ・イスラエル側からの箝口令が出た程度で済んでいるので、今後潤をどう扱うか、という一点以外に問題は無く――最大の問題はそれなのだが――有事の際に指揮権を与えられている冷静沈着な千冬がここまで荒れる理由がない。
「なんかやつれていませんか?」
少しだけ真耶を睨むと更にビール瓶を開けて、空のジョッキを満たしていく。
何時もなら酒の入っている席では、少々付き合いやすくなるのに全くその気がない。
それでも何かを話そうと、真耶に視線を合わせては外してという動作を繰り返している。
目に何時もの覇気がなく、何時にもまして暗く、疲弊の跡が見て取れる。
それは本当に千冬らしくなく、真耶にも衝撃であったし、何より良くない事がありましたと言っているに等しい姿だった。
「今日はどうしたんですか? 何やら、込み入っているようですが……」
「山田くん……分かっているだろう。 小栗の件だ」
おおよそ理解できていたが、この状態の千冬を見れば改めて最悪の状況を思い浮かべずにはいられない。
千冬の姿に若干引き気味だった真耶の表情が、その一言で引き締まる。
「容態は?」
「とりあえず安定はしている。 無気力状態ではあるが、今のまま学園に戻しても騒動を起こさないだろう」
「そうですか。 パニック状態からは脱却したんですね」
「ああ」
「尤も、周囲の生徒達が騒ぐでしょうから、少なくとも授業に参加できるのは新学期からでしょうね……」
「ああ」
「……あの」
「なにか?」
「いい加減、教えてくれませんか。 精神科医のお医者さんから色々お聞きしたと思うんですが、一体何があってこうなっているんです?」
酒の類をそれこそ水のように痛飲している千冬に問いかける。
その現実から逃げ出そうとしている様子に、流石の温厚な真耶も業を煮やした。
千冬は何かから目を逸らすかのように、真耶からも目を逸らして口火を切る。
その姿は、礼節にも厳しい千冬からはありえない光景で、それほどまでに言いにくい何かがあるのかと襟を正した。
「今回の件に対して、対策を練るためにだな……、小栗の、その、過去を洗ってみた」
「委員会主導で調査しても不明のままだったのでは?」
「それが、束からのリークでな……。 小栗がISを扱える理由も―――その、なんだ……。 たぶん、予想だが、仮説は立てられる。 それを踏まえて――私は今回の件は、小栗自身とその周囲の生徒に解決を委ねようと思う」
「それは……――」
「言っておくが、私は絶対に公表しないし、誰にも喋らないぞ! 絶対にだ!」
「い、いい、言いません、違った。 聞きません! 聞きませんって! それより、委ねるってどうしてですか。 私が聞きたいのはそっちです」
真耶の理由を尋ねる言葉を聞いて、再び千冬が溜め息を出す。
せっかくのビールだが苦味だけが後味悪く残って全く美味くない。
尚も言い淀み、酒に逃げ場所を求めて現実逃避を起こす。
「小栗くんの過去を蒸し返す気はありませんが、そんなになんですか?」
出来れば、ただのマッドサイエンティストが出てくるスプラッタ映画のワンシーンと思い込みたい光景を思い出す。
今日に限って黒ビールなどを飲んでいる理由は、透明感ある普通のビールをグラスに注ぐと、あの液体を飲んでいる錯覚に陥ってしまいそうだったからだ
「……オフレコで頼む」
「誓って」
「……あいつの感情はな――、与えられたもので、元来の人格から来たものでは無いんだ」
「――は?」
「説明が足りなかったか……。 あの、小栗の人格は……その、無くなった状態からダウンロードされたものだ」
感情が無い状態でダウンロードして、感情をインストールした。
本来機械に対して使われている単語が、さも当然の様に人に対して使われている。
「ええっと、小栗くんの話ですよね。 小栗くんはロボットか何かとでも言いたいんですか?」
「まさしくそうだよ、山田くん。 小栗はIS学園に保護されるまでそういう風に扱われていた」
言葉の意味をかみ砕いて理解しようとする真耶だったが、理解がちっとも追いつかない。
その僅かばかりの理解度の進捗も、溜まった物を吐き出そうとする千冬の言葉で簡単に消し去ってしまった。
「小栗の身体は、生来の……母親から与えられたものでは――いや、一部そうなのか? ……そんなものはどちらでもいいか」
「……あの、どういう意味でしょうか?」
「一度剥奪されて、手術や薬物、もしくは新しい物を継ぎ足されたりした、強化された代物で、新たに組み立てられたようだ」
「――……待ってください。 ちょっと待ってください。 剥奪? 手術? 強化? 何を言っているんです」
「言葉通り受け止めるんだ」
受け止めがたい単語の羅列に一旦千冬の言葉を止める。
その千冬も先程から言葉と言葉を区切って言い淀んでいるというか、戸惑っている様だった。
「私は見てしまったよ、小栗の目線で。 自分の脳みそが浮いているのを……、ガラス越しに笑う白衣の男たちを」
「の、脳みそ? ――意識を保ったまま、身体を、バラバラに?」
「視覚と思考を保ったまま、脳みそと神経、骨、筋肉、皮膚を全て引き離され、それを認識した瞬間、小栗は一度壊れているんだ」
静かな寮長室で、時計の秒針が進む音が響く。
それを齎した言葉の意味、それは想像するのもおぞましい。
「下を見て三年、上を見れば十年近い間、脳髄と神経だけで生かされていた。 小栗は組み立てられた後、過去の自分自身をダウンロードして、ようやく正気に戻ったんだ。 それまでの期間、あいつは狂っていた。 そんなあいつにどうやって声を掛ければいいんだ? どうすれば……どうすれば……」
そう言って、千冬はグラスに残ったビールを飲み干した。
真耶から見ればヤケ酒の様、それはいや確かにヤケ酒だった。
余りの事態に言葉が出ない真耶だったが、若さからか何かを言わねばと思い、思いついた事を口に出していった。
「それでも、小栗くんは人間です」
「当たり前だ。 私は、真実が何であれ小栗を機械の様に扱う気はない」
「ならば、信じましょう。 いくら見かけは作りものだとしても、瘡蓋の下には新しい皮膚が出来る様に、小栗くんが自分の心を見つけてくれるのを」
「――言っている事は分かるが、言い分が支離滅裂だ」
「す、すみません」
仮面の下に新しい、本当の潤がいる可能性を信じる。
どんな状況でも生徒を信じることが教師の役目、と真耶は言う。
それ自体はいいが、真実を知っている教師二人が仮面を取るように誘導しても、恐らく簡単にばれてしまう。
「しかし、私も山田くんと同意見だ。 だから、『小栗自身とその周囲の生徒に解決を委ねようと思う』という案に帰結する」
「……なるほど、そういう事でしたか。 やってられませんね、私にも一杯ください」
寮長室には、暫く二人の女教師の声が響き、それは早朝帯まで絶えることはなかった。
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ではまた来週。