ラウラのキャラを喰ってますがそれゆえラウラが扱いにくい。
専用気持ちだから戦闘中に絡められるので、そこまで出しにくいわけじゃないんですがね。
精神病院から出た潤は、自分からの希望で、暫くは鬱蒼と生い茂る竹林の奥にある庵で生活をしていた。
質素な茅葺きの庵からは、長い、長い、天に昇るような長い石段が望めた。
蝉が騒がしい演奏を聴きながら、巨大な塊になって空に浮かぶ雲を目指して歩みを進めれば、それまた質素な寺に辿り着く。
その寺でただひたすら瞑想した。
二人の死に錯乱こそすれど、そういえば二人の死を正面から受け止めた上で、その死を弔った事が無かったのを思い出したのだ。
腕には待機状態となったヒュペリオン、これがあれば最低限の時間管理は出来る。
精神病院から出たばかりの人間に、人間なんて簡単に殺傷できる兵器を返却するなど一体何を考えているのか。
妙に余所余所しく、それでいて真剣な面持ちで何かを話そうとしている千冬を思い出す。
何と言えば正しいのか、まるで積年の怨敵が、遣る瀬無い境遇から敵対行動を取っていたのだという事実を知ってしまったとか、そう言った類の同情をされているような気がするのだが。
だからと言って兵器を渡す神経を疑う、のだが、渡されたとしてもどうこうする気が無いという事を、あの老人の医者に見抜かれていた上での行動かもしれない。
七月中旬になって、訪いの声が庵に響いた。
「お邪魔します」
庵の門を開けたのは、意外な事に千冬でなく真耶だった。
入学当初と変わらない頼りなさげな表情で問いかけられる。
夜遅くにご苦労な事である。
さぞ護衛もし辛いだろうし、もう暫くすればIS学園に連れ戻されると踏んでいたが、その時が来たのかもしれない。
縁側で二人腰を掛けて月を眺めていた。
この庵は、昔寺の住職が住んでいた所なので、茶を用意する程度の御持て成しは出来る。
「小栗くん、えーと、明日からIS学園に戻っていただきます」
長い沈黙の後、真耶はそう切り出した。
何を言っても、裏では戻される事が確定しているだろうと予測できるので何も言わずに沈黙を返す。
自殺企図に敢えて触れない気遣いには、この時気付かなかった。
「随分遅かったですね」
「遅かった?」
「学生としての責務を果たす程度なら、合宿後数日で可能でした」
「それは健全に、かつ周囲を困惑させないレベルでですか?」
「授業中かつ表面上だけなら」
「それは可能とはいいません。 ……話を戻しますね。 明日からIS学園も夏休みですので、本当ならここにいても良いのですが……」
「それならば、何故?」
「世間の目があると言いますか、学園で寝泊まりしていないと困る人がいるんです」
主に福音関連の事件を大きな声で言いたくないアメリカとか、IS学園の責任者か。
今度は言外の意図に気付いた。
長い物に巻き込まれるのは世の理だが、こちらの都合も考えて頂きたいものだ。
――確かに、『感情制御』は正常に機能しているし、普通の生活をする分には何も問題ない。
「不服なのは私も良く承知していますが、何かあれば私だって力になります。 それに、皆待っていますよ」
「皆?」
同室の本音や、隣室のナギや癒子、簪やら一夏の顔が思い浮かぶ。
鈴の顔は、意識して思い出さないようにした。
「皆です。 布仏さんも、鏡さんも、谷本さんも、織斑くんも」
「……あいつらは元気ですか?」
「はい。 皆、元気ですよ」
一人で塞ぎ込んでいたとしても進展は見られない。
久しぶりに会いたいと思った。
潤を予め呼んでいたタクシーに乗せる。
その姿を見る真耶の顔は浮かばれない。
「……なんで」
「――?」
「なんでひと言も助けて下さいとか、……相談してくれないんですか?」
彼女は、終ぞ潤が泣き言を言う事も、助けを求める事もしなかったのがどうにも気になって仕方がないようだ。
ここ数日で、千冬から聞かされた事実を思い返すたびに胸が苦しくなる。
重力負荷耐久訓練での設定ミスで失敗したとしても、苦笑いを浮かべながら許してくれた、あの優しげな顔を思い出す。
そんな顔の裏で、いや、むしろそんな非人道的な目にあったからこそ、気を許せる相手に優しく出来るのかもしれない。
「最後の言葉は堪えましたけど、それを責める気は――」
「違います」
喉に詰まった物を吐き出すかの様な口調で紡ぐ言葉を、ピシャッと真耶が遮る。
遮った勢いのまま語り出した。
「なんで頼ってくれないんです! 私が頼りないからですか!? 辛いのに、一言も相談してくれなくて、傷ついてボロボロになる人を見て、私が気分を良くする人だと思いますか!?」
膝の上で小さい手をぎゅっと握り締めている手が、僅かに震えているのを見て、ようやく潤も真耶が思いのほか傷ついているのを知った。
補充は居るのだから死ねばいいじゃんとか、苦しんでいる様子を喜劇の様に嗜む人ばかり周囲に居たので、ここまで感受性の高い人間が居る事に気付かなかった。
自分の事に精一杯だった、己の浅慮に愕然となる。
緊急事態においては、千冬の様に落ち着いて対処出来る人物と認識していただが、真耶は真耶なりの葛藤と苦しみがあるという当然のことを忘れていた。
「辛いのには慣れていますから」
「それは、平気な顔でいる事が、我慢が出来る事がですか?」
「……」
何故そこまで踏み込んで話せるのか困惑しながら考える。
黙り込んだ二人を乗せたタクシーは、そのままIS学園直通のモノレールにまでやってきた。
最終便に乗ってIS学園に到着する。
この世界にやって来てから僅か数日の内に周囲で起きた出来事、監禁⇒移動⇒監禁⇒移動を繰り返し、ようやく直接的な監視を抜けたのは此処に来てからだった。
そういえば到着後出迎えに現れたのは、真耶だった事を思い出す。
「……先生」
「はい」
「今度、何かあったらお願いします」
「はい!」
あの時とはまた違った決意と意識の喚起を。
もう、帰れる場所はIS学園しかないのだから。
満面の笑みで潤の前を歩く真耶の後ろを歩きながら、既に懐かしさすら感じるIS学園の敷地に入った。
気分上々の真耶を見送り、生徒寮に向かって『1030号室』前にたどり着いたのだが……たどり着いたのだが、どんな顔で入ったらいいのか分からない。
妙に観察眼のある本音の目の前で、今のまま生活したら何を言われるか分かったものではない。
どうとでも言い包めるのが可能で、お人好しな馬鹿……。
「一夏だな……」
顔見知りの中から、順次顔を右から左へ流していって最終的に一夏が残った。
どんな扱いをしても壊れないという点で、あれほど良い意味で適当に扱っても大丈夫な奴はいない。
廊下で何人かの女子とすれ違ったが、一組の連中とはかち合わず目的の部屋前まで来ると闇雲に扉を叩いた。
遠慮がちな音ではなく、まるでドアを叩き壊そうとするかのように強烈な打突音を響かせる。
「はい、はい! 誰だよ、まったく、鍵は開いているから入ってきていいぞ」
「そうか、なら邪魔させてもらおう」
「うおっ! 潤だったのか。 もう帰ってきたのかよ」
ラフな格好に着替えた一夏が出迎えた。
手慣れた机の前まで招かれ椅子に座らされると、いそいそと麦茶を入れる準備をする。
無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きで、粛々ともてなす準備を進めていく。
きっとひっきりなしに専用機持ちたちが訪れるので、こういった動作が洗礼されていったのだろう。
「えーと……それでなんか用か?」
「ちょいと色々な」
「まあ、何でも言ってくれよ。 友達だろ」
冷たい麦茶をぐいっと煽る。
「色々あったせいで誰かを気遣いながら生活するのが億劫で、部屋に帰りたくないんだ」
「確かにそういう時ってあるよな。 自分の事で精一杯って時が」
箒やシャルロットと同室になった時の事を思い浮かべて喋っているのか、しみじみとした表情で麦茶を啜る。
いくら士官学校で見知った数々の光景、個を殺して徹底した集団意識を持たせ、男女間の羞恥を克服させるための、男女での相部屋と言っても年頃の男女が同じ部屋で暮らすことへの問題は多い。
そもそもIS学園が元々女子高当然だった風潮があり、寮の風紀やら私服やら目のやり場に困る。
ナギなんか凄い。
ブラジャーを付けないでサイズの大きいタンクトップを着ているせいで際どい場所まで見える。
どちらも異性と認識していないであろう癒子なんてもっと凄い。
薄手のパーカーの下は下着のみで、デニムのショートパンツは股間部分のチャックとボタンを外しているので下着丸出しとかになっている。
露出の殆どない本音は何ともないと思うだろうが、ボディタッチを頻繁にしてくるので今の状態でされても迷惑としか思わないだろう。
総じてあの三人といれば、男女の垣根とか、視線の方向とか、そういった気遣いが必須なのでちょっと帰りたくない。
「箒と一緒だった時なんて『見るな!』と、『なんで見てないんだ!』って主義主張がバラバラになる時もあるもんな。 どうしろってんだよ」
「ありそうだな……」
その度木刀で殴りつけられる一夏の光景が過る。
きっと、服装や髪型とかを逐一少しずつ変えて、一夏がどんな反応を示すのか楽しみにしていたのだろう。
こと恋愛ごとに関しては、突然難聴になったり朴念仁になったりする一夏に、それを察しろというのも酷な話だが。
しかし、そういった場面を、何も話さないまま男が察するべきという風潮があり、今の潤にはそこらへんに対して気を使わなければならないのが辛い。
「そういえばシャルも、風呂に着替えを忘れたり、着替え中に転んだりで色々あったな」
「……そんな事があったのか」
一夏もラッキースケベというか、女心を解さないというか、色々あって話が進んでいく。
一番気になっているであろう自殺企図と、その後の精神面での話題を一切切り込んでこない程度には気遣い出来るのに、何故女が相手だとああなるのか。
本当は、女に興味がないのではないだろうか。
IS学園の環境が特殊すぎて、仕方がないのかもしれないし、魂魄の能力なしでは潤も似たり寄ったりなので気にしない。
異性の事となると不思議なくらい鈍感で、時折り信じられないくらい馬鹿な事を言ったりして、普段は温和だがいざという場面があれば率先して行動できる。
――ん? 何か引っかかるな……
「色々あるけど、せっかくIS学園で二人だけの男子なんだ。 何でも言ってくれよ」
「ああ、そうだな」
一夏の人物評を考えていると、小骨が喉に引っかかった違和感が走ったが、今はそんな些細なことなど考える気力もなかったので思考の端に追いやる。
暫く話していたが、手持無沙汰になった後に一夏がゲーム機を引っ張り出してきた。
インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ(IS/VS)というゲームらしい。
スーパーの名を頭に付けたファミリーコンピューターと、その後継機であるN64で知識が止まっていた潤には全てが新鮮だった。
発売月だけで百万本セールスを記録したIS/VSは、第二回IS世界大会「モンド・グロッソ」のデータが使用されている傑作だとか。
ソフトを開発したのは日本のゲーム会社だが、各国から自国の代表が弱すぎると苦情が相次ぎ、困ったソフト会社がそれぞれの国のISが最高性能化されたお国別バージョンを発売し、バカ売れした。
世界大会ではどのバージョンを使うかで揉めて中止になったという逸話がある。
「グラフィック凄いな」
「これは日本のISが最高性能化されたバージョンだから、打鉄がお勧めだな」
「……カレワラかヒュペリオンは無いのか」
「あるわけないだろ」
「それもそうか」
一夏がベッドに座り込み、潤が床に座布団を置いてそのベッドに寄り掛かってプレイしていく。
最近出たばかりのカレワラや、各国の第三世代IS、勿論第四世代と判明したヒュペリオンと白式は収録されていなかった。
まさにぬるぬる動くと評するグラフィックと、本物と見紛うばかりのサウンドに次第にのめり込んでいく。
「で、何時までこうしているつもりなんだ?」
「……今日一杯かな」
連続十回目の敗北を重ねた時に、ぽつりと一夏が問いかけた。
流石に今日初めて手にしたコントローラーでは分が悪い。
何度か追い詰めこそしたものの、結局それだけで勝つ事が出来ない。
「泊まっていってもいいんだぞ?」
「いや、なんというか……。 よくよく考えてみたら本音とは早く顔合わせしたくなってだな」
「のほほんさんって、世話やいたり、いろいろ考えてあげないといけないパターンの代表格だと思うんだが?」
「まあ、苦労はしそうなんだがな……」
本音の一緒に暮らしてきた三ヶ月ほどを振り返る。
一夏もそうだが、本音も男女の垣根なしに友人とも言える間柄なのかもしれない。
本格的に仲良くなったのは四月の終わりにリリムの夢を見た頃、その後も色々あった。
きっと向こうは此方を男として認識していない。
ゴールデンウィーク中に熱を出して寝込んだ本音。
おかゆを食べさせられたり、女子トイレまで運搬させられたり、その途中で吐瀉物を首からかけられたり。
ここまではまだいいが、お湯を絞ったタオルで体を拭いて綺麗にしてほしいと、男の潤の目の前でパジャマを脱ぎだして上半身裸になるのはおかしい。
夜中にトイレに行きたくなったら困るだろうから添い寝をするのは、まあ仕方がないのだろうが。
学年別タッグトーナメントの最中に、夏の始まりとしてホラー特集を見た夜に、一人で寝るのが怖いからと添い寝を頼み込むのもおかしい。
拒否しても隣に枕を置いて寝始めるし、夜中に起こされたと思ったら第一声が、『おぐりん、おしっこ行きたい。 廊下怖いからトイレまで付いてきて』ときたものだ。
……女の子なんだから、もう少しオブラートに包む事は出来ないのだろうか。
「……なんか、のほほんさん、本当にのほほんさんだな」
「正直ラウラよりよっぽど妹としてキャラが成り立っている」
「恋愛対象とかと違うのか?」
「きっと本音は『わ~い、お兄ちゃんみたいのが出来たぁー』としか思ってないぞ」
目の前の画面では、都合十二回目となる潤の操作する打鉄の敗北が告げられた。
「それで、そんなに気遣いが必要なところに戻るのか?」
「……なんと言い表せばいいのか。 不思議に聞こえるかもしれないが、世話を焼いているのは俺かもしれないが、救われているのは俺の方なんだよ。 きっと」
「そうか、それは仕方がない」
「そうだ、仕方がない」
画面を切り替えて今度はパズル系のゲームをセットする一夏。
ベッドの上から降りて、潤の隣に座りこんだ。
今度は色とりどりのぷにぷにした丸い物体を四つ以上くっ付けると消えるゲームをセッティングする。
「潤……、何も聞かないけど、これだけは約束してくれ。 今度何か辛い事があったら俺に相談してくれ。 俺じゃあ頼りないかもしれないけどな」
「なら、俺の方から頼りたくなるくらい強くなって見せろ」
「そうか。 ――待ってろよ、直ぐに追いついてやるから」
そう、肩をぶつけ、力強く宣言した。
IS学園は今日から夏休みである。
一夏の思い出という、日常祭り編ですが、トップバッターにナギを立たせたら一万字近くなってしまった。
どういうことなのこれ?
次回は、金曜日19:00に更新予定です。
もちろん日曜日は毎週更新予定でいきます。