高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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この幕間は、Disc「一夏の思い出」倣って潤の回復とキャラ別短編となります。
それと、ちょっとしたお知らせがあります。
そのお知らせにあるとある理由で、書き溜めにあったモノを放出して更新いたしました。
詳細は私の活動報告参照


1-3 夏の思い出・女学院にて

今やIS学園は夏休み。

合宿で専用機持ち達、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、直前に束博士に専用機をプレゼントされた箒を含めに何かあったらしい。

色々推測がなされたが、本人たちも口を噤んでいるので何もわかっていない。

今さらこの話題が盛り返してきたのは、夏休み初日に1030号室に潤が帰ってきたからだ。

それもタッグトーナメントで負傷した、まるでミイラ男の様に包帯を全身に巻く必要のある重症患者の潤が完治して。

その専用機持ち達の何かが原因で完治したとの考察が有力で、そう考えれば最終的に潤にも出番があったのでは無いかと思うのは当然だろう。

そして、その何かは不穏当なものであるのは確実で、潤がヘリで運ばれ、付き添いで千冬が合宿所から姿を消したことがその証拠である。

しかし、問題はそこではない。

合宿時から夏休みまでの時間で怪我が完治していたのも確かに問題だ。

だが……、もっと、もっと、1030号室に居座る顔なじみのメンバーに直接的な影響を与えているのは……

 

「…………」

 

潤が、たそがれている。

感傷に浸っているなんてレベルじゃなくて、一学期の潤を知っている人からすれば別人である。

事情を知ってそうな専用機持ちにこぞって訊けば、雰囲気でもって『言いたくないです!』という状態になってはぐらかされる。

そこはかとなく聞きやすい一夏は、あいつは疲れているんだから、少しほっといてやれよ。 ちょっと経てば元に戻るさ、と明るく笑った。

しかし、実際問題これはきつい。

少なくとも潤という人間は、自分とよく接する人との関係を大事にするし、同世代の中では抜群に気が利く性格だった。

1030号室で何時もの三人が喋っていても、何も反応せず黙ってただ座っているだけだったり、話しかけても一切の受け答えをしないで無反応を貫いたり、消灯時間になれば仲良く話をしている間に一人で寝始めたり、その後に喧しく絡めば拒絶するような人間ではなかったはずなのだ。

あまりにマイナス感情が駄々漏れの雰囲気がいたたまれず、1029号室に本音がお邪魔している有様である。

 

「小栗くん、どうしたんだろうね」

「怪我が治っているのもそうなんだけど、あれはちょっとねー」

「会長から何か聞いてないの?」

「かいちょーは何か知っているらしいけど、話してくれないと思うよー。 それにかいちょーなんて接触自体禁じられているらしいし」

「ふーん」

「だけど、本当に気にかかるのはどうしてああなっているのか、だよねー」

「おぐりん、どうにか元気にしてあげたいなー」

 

何とかしてくれそうなメンバーを思い浮かべる。

織斑先生、特大の地雷の上に立たせてしまったと、謎にしょげていた。

一夏、箒、ラウラ、本人がどうにかするしかないというスタンス。

セシリア、シャルロットは、わたくしたちには良くわからない問題で、と閉口中。

最も潤と仲の良い鈴は、今回に限って専用機持ち達全員から絡むのを止められているらしい。

鈴本人のコメントでは―――。

『馬鹿馬鹿しいことに答えは出ているのに目を逸らしているだけなのよ。 何を迷っているのか知らないけど、自分が自分でない状態でいくら悩んでもしょうがないのに、重症よねー』

とラーメンすすりながら言っていた。

 

「迷っている? 自分が自分でない?」

「確かに、おぐりんそのものらしさって少ないよ。 だって四ヶ月近く一緒に暮らしているけど、おぐりんのことそんなによく知らないもん」

 

本音の言葉に、ちょっとよく考えてみる。

好物……何回かお弁当を作ってあげたが、好き嫌いはしなかった。

趣味、紅茶? 飲むときは兎も角、準備中はイライラしているように見えるが。

読書とジョギング? どちらも訓練や勉強の為にやっている感じがする。

 

「私たちって、結局おぐりんのことは、なーんも知らないんだね」

「……みたいね」

 

二人そろって溜息。

 

「自分らしさ出してしまえばいいのに、か……」

「本音?」

「言い方はあれだけど、虐待されて育ったペットみたいに、自分を抑制する癖があるのは確かだけどねー」

「そ、そうなの?」

「おぐりん、子供のころに結構色々あったみたいだよ」

 

本音の頭には、夜に魘され、洗面所で嘔吐していた潤の姿がよみがえる。

ベッドで縮こまって泣き出す姿は、まるで小学生、子供みたいだった。

 

「……なんか、考えれば考えるほど不憫だよね。 小栗くん」

 

自分の過去を知っている人は誰もいないばかりか、世界中に記憶を否定されて、学校では二十四時間監視をされる。

卒業後は研究所で一生を過ごすかもしれないのに、平然と生活をするどころか周囲に配慮が出来る。

改めて考えれば、何時こうなっても変じゃなかった。

 

「で、ナギは何やっているのよ」

 

一人PCの前で固まっているナギに目が留まる。

固まっていて、少しばかり冷や汗をかいている彼女は、画面を見てどうしたもんか悩んでいる様子だった。

タイプしようとしている指先が震えている。

一体何を見てしまったのか、好奇心につられて画面を覗き込んだ癒子と本音を誰が責められようか。

画面にはメッセンジャーが開いており、その会話は――

 

 

<kanakana> : お姉ちゃん、サンタ・マリア女学院IS試乗会の一日目が終わったよ~

 

<kanakana> : 今年も二機、なんとか例年と同数まで持っていけて、私もそれなりに乗っちゃった

 

<ジョインジョイントキィ> : 本当は一機だったんだけど、他の企業が直前になって名乗り出たらしくて増えたんだっけ。 おつかれちゃん

 

<kanakana> : 宣伝の場に利用されているだけだけど、生徒からしたら関係ないからね、ラッキーってだけ

 

<ジョインジョイントキィ> : 生徒会長として恥ずかしい行動だけはしないでね

 

<kanakana> : そんな事はどうでもいいよ! 約束覚えてるよね

 

<ジョインジョイントキィ> : 難の事

 

<kanakana> : ふふふ、動揺がタイプに現れているよ

 

<kanakana> : 彼氏が居るから、連れてきてくれるって約束。 もしかしていないのかな~? 嘘なのかな~?

 

<ジョインジョイントキィ> : 嘘じゃないよ! ちょっと気難しくて、ちょっと怖そうだけど、とっても優しい人だよ!

 

<ジョインジョイントキィ> : でも最近色々あったらしくて連れて行けるかどうか分からない

 

<kanakana> : 一月も前からのことだからドタキャンとか許さないから~

 

<kanakana> さんが退室されました

 

 

「あ、あんたね、何見栄はっちゃっているのよ」

「――! だ、だって、カナが二年生の時に彼氏が出来たって自慢してきたんだよ!? お、お姉ちゃんとして直ぐに彼氏作ってみせるって言ってもしょうがないじゃん!」

「それでなんでIS試乗会に連れて行くって話になっているの?」

「うっ――そ、それは」

 

ナギが中学時代在籍していたサンタ・マリア女学院は、国内屈指のIS関係者排出学院である。

サンタ・マリア女学院はISが競技に用いられる事になった後、積極的に人材を囲い込んで生徒にISについての勉学を育むカリキュラムを用意した。

現在潤が在籍しているIS学園の全校生徒、その日本出身者の三割がこの学院の卒業生であることからサンタ・マリア女学院がいかに優秀か分かる。

そのサンタ・マリア女学院は、知識をより深くするために年に二回、ISに試乗できる会を設けていた。

普段整備や基礎知識を学ぶしかないIS専用コースの生徒からすれば、直接機体に触れ合う事の出来る晴れ舞台でもあり、企業からすれば自社がISを保有している優良な企業であると宣伝する場となる貴重な会でもあった。

 

「サンタ・マリア女学院にはちょっとした決まりがあって……」

「決まり?」

「か、彼氏が出来た人は、文化祭にその人を招待して、皆に披露しなければならない決まりが」

 

その試乗会だが、一般生徒からすればただの文化祭と同一であり、当日は外部からの人が集まる。

サンタ・マリア女学院の生徒は、女子高である関係から恋愛ごとは神聖化されていて、この文化祭で彼氏をお披露目するのはちょっとしたステータスなのだ。

彼氏のいる生徒はほぼ強制的に連れてくるのが決定されており、印象が悪いとダメ出しのオンパレードになる。

なんと、その文化祭で、事もあろうか恋愛なんてしたことのないナギの、その妹のカナが卒業直前の冬の文化祭で彼氏を連れてきた。

半年ほどで別れたらしいが、未だ恋愛をした事のない姉のナギに向かって自慢げにかつ満足げに胸をはった妹に対し、ナギはショックでついついこう言ってしまったのだ。

『お姉ちゃんだって、作ろうと思えば何時でも作れるんだから! 夏には披露して上げるよ!』と。

そして、潤と親しくなったのをいいことに、さぞ彼氏が居るかのように振る舞ったらあら大変。

誘導尋問されて潤を彼氏の様に歪曲し、トントン拍子に今度の試乗会、つまりは文化祭に連れて行くことが決まってしまった。

 

「あああああ……。 どうしよう……、今さらウソでしたなんて言えない」

「で、何時なの、この試乗会? いや、文化祭だっけ?」

「一般開放は日曜日」

 

カレンダーを見る。

明日だった。

 

「もう駄目じゃん」

「この仮想彼氏って、おぐりんだよね?」

「そうだけど……」

「頼んでみたら?」

「えっ?」

「だから、一般開放の日曜日の文化祭で、彼氏の真似事をして一緒に来て下さいって頼んでみたら? それにおぐりん専用機持ちだからね」

 

色々潤が心配だが、あのままでいても簡単には解決しない事は明白である。

虐待にあったり、親が死んだり、そんな事情の上で身寄りのない子供が暮らしている施設が日本には至る所にある。

そこには犬猫も沢山いて、動物に接しているうちに心に傷を負った人も笑顔を見せるようになるそうだ。

アニマルセラピー、そこからヒントを得て思いついた。

 

「名案かも……」

「本音、あんたって最高だわ」

 

その後、1030号室に移動した三人は、何とか意気消沈気味の潤に事態を説明し、日曜日にサンタ・マリア女学院正門前十時に待ち合わせする約束を取り付けた。

代わりに今度癒子が潤と遊びに行くことの手伝いをさせられる事となったがナギだが、たった一度しかない十五歳の夏を、特別な思い出に昇華できるかもしれない欲求には勝てなかった。

 

 

 

---

 

 

 

九時四十分。

サンタ・マリア女学院、文化祭の総合受付のある正門は人でごった返していた。

企業関係者、ISを見に来た他学校の友人、ほぼ全員が女性で構成されている中、端っこで塀にもたれ掛る黒一転。

待ち合わせ時間二十分も前だが、遅刻するよりは待っていた方がいいと言うのが潤の信条であり、暇を持て余しついでに三十分から始まった受付の騒動を傍観していた。

時折り盗撮目的や、面白半分で来た男もいるものの、受付付近にいる教師たちに阻まれていた。

 

「そこのあなた、ちょっと私の代わりに受付に並びなさい」

「Mach dich nicht lustig」

「え?」

「Mach dich nicht lustig」

「ソ、ソーリー、ソーリー」

 

女性優遇を食い物にする勘違い女に何度か話しかけられるが、ドイツ語で話すと何処かに逃げていく。

からかうんじゃないと小馬鹿にしているのになんと心の広い連中だろうか。

日本人が外国の言語に対して弱いと言うのは本当らしい。

ドイツ語に英語で返すとは呆れてものも言えないし、もう少し発音を何とかしろ。

今度は小柄な、恐らくは女学院の生徒らしき女性に話しかけられた。

 

「そこのあなた」

「――なにか用で?」

「誰かの招待で来たのかしら? チケットの確認をさせて貰いたいのだけど」

 

ドイツ語で話しかけたらドイツ語で返ってきた。

先ほどから何度も行っていた手段が通じない相手に面倒になりながら顔を上げる。

黒髪の編み込みポニーテール、青色よりの黒い瞳、待ち合わせ中のナギに髪型以外そっくりで、ミニナギと命名するに相応しい姿だった。

 

「連れが二枚持ってくる予定なんだ。 十時に待ち合わせだからその時に伺おうと思っている」

「でしたら身分証を掲示して下さい」

「……持ってない――いや、どこも発行してくれないから持ちようがないな」

 

というより国が発行してくれないと言うか、身分の置き場に干渉できないと言うか、それは問題にしかならない。

しかし、そんな理由などつゆ知らず、身分証を持っていない事を知ったミニナギは鬼の首を取ったような表情で息巻いた。

受付付近にいたジャージ姿の、恐らくは体育教師を招くと尋問を開始しようとする。

しかし、接近してきた教師は、潤の顔を見ると勢いをそがれ、怪訝な顔つきで考え出す。

 

「先生?」

「はて、何処かで見たことがあるような……」

「でしょうね」

 

四月には盛んに報道された身である。

七月半ばになれば記憶も大分薄れるとはいえ、世界で二人目の男性IS適合者なんてインパクトのある報道は中々消えない。

 

「しっかりして下さい、先生! 身分証が無いなら誰の招待かくらい言ってもらいますよ」

「鏡カナ」

「わ、私ですか!?」

「色々あって寮に居たかったんだがな、『お姉ちゃんとして妹の頼み事は断れないから』だそうだ」

「あ、あ――あああぁぁぁ、お、お姉ちゃんの――か、か、彼……」

「小栗くん、ごめん、待った? ――カナ? 何しているの?」

「いや、ほんの二、三分前に来たばっかりだ。 さほど待ってない」

 

ミニナギがわなわな震えながら、私服姿の潤とナギを交互に見る。

やや痩せ形なスタイル、筋肉質な両腕、がっしりした肩、少し哀愁を漂わせているが充分美形だと判断できる顔つき。

そして、全世界中でたった二人だけの、男性においては最高に希少価値の高いステータスを持つ特別。

 

「ど、どんだけえぇぇぇ!?」

 

その声を聴いてナギが潤の隣で胸を張った。

隣ではこんな所で何をやっているんだ俺は、と自分に呆れている潤が居るとも知らずに。

 

 

 

「信じられナ~イ……」

 

生徒会室に備え付けられた椅子に座って、机に突っ伏した。

一体どんな男を連れてくるのかと思って正門で待ち構えていたら、姉がとんでもない相手を連れてきた。

受付を済ませると、洗練され、自然な動作で姉の手を取ると学院の中に入っていった。

潤と千冬以外知る由もないが、貴族の屋敷で本格的なエスコートの知識や、貴族への接待の仕方、騎士道精神を叩き込まれているのでちょっと手慣れているのだ。

普通の男性と比べれば歴然の差である。

 

「会長、どうしたんですか?」

 

二年生の副会長が紅茶を差し出してきた。

突っ伏したまま右を向いて視線を合わせる。

 

「お姉ちゃんが男連れてきたー」

「えっ! お姉さんって、IS学園に入学した、あの?」

 

いくらサンタ・マリア女学院がIS学園へ多数卒業生を送り込んでいたとしても実際に入学できる生徒は稀である。

もしも合格しようものならば学院全体に名が知れ渡ってもなんら不思議はない。

副会長も目の前の会長の姉が、その尋常でない狭き門を潜った事は知っている。

 

「男って、やっぱり彼氏ですか?」

「……いや、仲が良いだけの替え玉かもしれないから、彼氏(仮)かな」

 

最初『小栗くん』と呼んでいた姉に対して、男が耳元で何かを言って、その後から『潤』と呼び方が変わった。

その時の姉の照れ方といったら、顔を赤くして、視線は落ち着かず、黙り込んだ後に潤、潤と事あるごとに連呼している。

つまり――今まで姉は名前で相手を読んだことが無かったのだと推測できる。

そこを考えれば仲が良いだけの相手を、彼氏代わりの替え玉と推測することも出来るが……。

気合の入った姉の服装を褒めた件、考えが正しければ彼氏の替え玉なのだから名前で呼ぶように言った件、手を取って歩いても問題ないくらいの関係である件。

どうみてもただの友人ではありません。 本当にありがとうございます。

 

「やっぱり信じられナ~イ……」

「もしかしてお姉さんのお相手は顔見知りですか?」

「たぶん、この学院のISコース所属なら一度は名前を聞いたことがあると思うよ? だって、あの小栗潤だよ、小栗潤」

「は? ……居るんですか? この学院に、小栗さんが」

「うん。 たぶん今頃は姉と手を繋いで各クラスを周っていると思うよ?」

 

このIS試乗会は、一般コースの学生からすれば文化祭と同じである。

普通科のクラスでは出し物を用意している。

今頃『はい、あ~ん』とかやっているのだろうか、リア充死ねばいいのに、とカナの中で姉に対する怨嗟が巻き上がる。

 

「会長、私、興味があります」

「……気持ちは分かるけど、サンタ・マリア女学院の『決まり』があるじゃない」

 

サンタ・マリア女学院の決まり事、それは『彼氏が居るものは文化祭に連れてくる』の他にも幾つかある。

ここでいう決まりとは、『連れてきた彼氏には極力話しかけてはいけない』というものだ。

 

「勿論知っています。 ようは話しかけなければいいんです」

「というと?」

「追っかけて観察するだけです! 同じ出し物をする場所に入れば話しかけてもらえるかもしれませんし」

「……うん、中々いい考えじゃない。 では行くとしましょう」

 

かくして、生徒会主導によるナギへのストーキング行為が幕を上げた。

 

 

 

ナギは混乱していた。

軽いパニックと好意に振り回されて、頭が全然働かない。

朝からずっとこの調子である。

 

『ところで、その『小栗くん』って呼ぶのは不味いんじゃないか』

『な、何のこと?』

『彼氏の代替えなんだろ? 名前で呼ばないから妹が怪しんでいるぞ』

 

確かに恋人に対して名字に君付けはちょっと微妙と間違われるかもしれない。

しかし、今さら名前呼び捨ては、恥ずかしい。

潤と呼びかけるとむずむずする。

なんか、恋人の代替えなのに、本当に恋人になったかのようで、頬が赤くなってしまい気恥ずかしくなった。

そして受付が済んだら何気ない動作で手を取られ、しっかりと握られている手に意識が取られて頭が働かなくなってきた。

なんか在校生が後ろからストーキングしてくるし、更に顔色が赤くなっているのには気付かれるし、――手を放そうか、と言う問いかけに全力で断って少し笑われたのも恥ずかしい。

そして今――

 

「はい、あ~ん」

 

時間帯が昼過ぎになったので、喫茶店を開いていたクラスに入って休憩中である。

餌を待つ小鳥の様に口を開くが、集まる視線と、乙女の気恥ずかしさと躊躇いから小さい開口だった。

口に運ばれてきたフローズンヨーグルトを口の中で転がすが、味の細部なんてどうでもいい。

量産された五個三百円のアイスだろうが一口千円以上の価値に匹敵する。

 

「ね、ねぇ、なんか手慣れている感じがするんだけど……」

「――ん? あ~、昔、セシリアとは違うけど、貴族のお屋敷で執事の真似事をしていた時がな。 紳士の振る舞い方とかは、その時に自然と身に付いたんだ」

「ふ、ふ~ん」

 

――私死ぬの? 幸せすぎて泣きそう。

 

ハンカチで口を拭う。

にやけきった口を隠すためだが、きっとそれも見抜かれているかもしれないと思うと、顔が赤くなってしまって元も子もない。

しかし、そんな沸騰寸前の頭でも、少しだけ気にかかることもある。

時々潤が、凄く悲しそうな顔で、此処でない何処かを見ているような気がする。

それが意味することは分からないが、その表情は部屋で感傷に浸っている様子と同じなのだ。

何故か知らないがそれが無性に悲しい。

 

「潤、もしかして、まだ体の調子が悪いの?」

「……まさかナギに感付かれるとは…………。 ままならないものだ」

「臨海学校で何かあったんだよね? 専用機持ちが全員参加したってことは、もしかして、潤も?」

「確かに色々あったが、守秘義務が発生するような案件だ。 簡単には話せないさ。 それに気がめいる理由は他にもあってだな――」

 

ちらりと廊下に目をやると、IS学園で過ごした初日の如く珍しい物見たさにやってきた女子たち、――その数廊下を埋め尽くさんとする程――が集まっていた。

潤が視線を向けた事を察した数人がすぐさま目をそらしたが、雰囲気だけは『早く話しかけて!』と継続して訴えかけている。

 

「カナ……、なんで、先頭に……」

「初日のナギも似たり寄ったりだったじゃないか。 行動も反応もそっくりとは、やっぱり姉妹なんだな」

「それには私も異議を申し立てます」

「はて、間違いは言っていないつもりだったのだが。 さて、そろそろこのクラスの生徒に迷惑だから移動しよう。 次は何処に行く?」

「えーと、校庭でISコースの為の試乗会でも見に行く? 例年通りならちょっとした競技種目が用意されて、一定以上のスコアを超えると景品が出るよ」

「ならそこにしよう。 クラスに入るたびに廊下がこれじゃあな。 広い校庭なら、こうもならないだろう」

 

財布からナギの分も含めて支払いを済ませる。

こういう手合いの場合男が支払うという考えもあるが、月単位で支払われる生活補助金が貯まっていたので放出中である。

今回のサンタ・マリア女学院に入る時もそうだったが、潤には身分を立証するものが無く安易に学園外に出ることが出来ない。

消費する機会が少なく、入ってくる額は常に一定なので貯まっていく一方なのだ。

支払いを済ませて廊下に出ると、モーゼが海を割った伝説の如く人混みが裂けていく。

料理部や茶道部などが出店している中庭を抜けると、IS学園のアリーナに施されている遮断シールドの移動用簡易型が目に入った。

まさか、こんなに本格的にやっていようとはと、恐らくは学生が操っているだろう機体と待機中の打鉄を見る。

簡易型遮断シールドでは戦闘用の衝撃には耐えられない様なので、人間っぽい形をした標的が次々と飛び出してきたのを模擬弾で撃つ演習を行っているようだ。

軍隊の訓練とどう違うのだろうか、と疑問になるが敢えて言うまい。

 

「あ、可愛い~♪」

 

目を輝かせるナギの視線の先には、景品となっているおよそ百五十はありそうなテディベアが鎮座していた。

どうやら今回の景品は、標的を最後まで打ち落としていって、ゴールにまでかかった時間を競うものらしい。

そのタイムが一定以上だった人には景品が送られ、その基準タイムは……、これは酷い。

PICが五割以上オート設定なのか素人同然のタイムになっている。

 

「欲しいのか?」

「――いいの?」

「問題は一般参加できるのかどうかなんだが、専用機持ちだし頼めばなんとか――

 

 

結論、申請したら簡単にOKが出た。

 

 

企業側が男性パイロットを観察したいというのと、生徒側が専用機を見たいのと、IS学園のトーナメントで優勝した生徒の機動を見せたい教師側、そして競技に参加したい潤、関係者全ての思惑が一致した状態である。

勿論書類に記入を求められたり、事前に安全の確認の為に短い注意事項の講習を受けさせられたりした。

全部で三十分ほどかかったが、その時間で専用機持ちが試乗会に飛び入り参加しますと人伝いに噂が広まったのか、人が校庭に集まってきた。

 

「なんか、凄いことになっちゃってごめんね」

「あの時の決勝に比べればどうってことは無いさ、――じゃ、行ってくる」

 

歓声に迎えられて競技用、もしくは訓練用と呼ばれる会場に出る。

今回の競技は一定以上の高度に出る事が禁じられている。

よってホバリング移動でもクリアできるように整えられた通路、その大地を蹴ると同時にヒュペリオンの脚部パーツから赤色のナノマシンを僅かに噴出させ路上を疾走した。

直線移動出来ないように障害物が設置されているが、そもそもヒュペリオンは直線移動以上に小回りが利く機体である。

速度を保ったまま切り返しを繰り返し、次々現れる標的に狙いを定めた。

現れた標的、その額付近に向けられた銃口だったが、競技用の模擬弾は寸分たがわず狙ったはずの額付近から外れて首付近に着弾する。

 

――照準がズレた?

 

若干怪訝な顔をするも、ヒュペリオンを横にスライドさせつつ更に四発放ち、今度も額付近とは違った場所に少しずつ離れた場所に着弾した。

だが、時間は進み続けているので動きを止める訳にもいかないので、フリースタイルスキーかアルペンスキーを行う要領で移動し続ける。

 

「機動も重い。 イメージインターフェイスの影響か……?」

 

白と黒、僅かに迸る赤が、まるで波に乗っているかの様に高速で横滑りして行く。

しかし、そこにUT相手に現行世代最速の空中戦を行った名残が無い。

束博士に対する敵対心、その博士が作り出した制御モジュールと、機体そのものへの不信。

それらが相まって、可変装甲に対応するために、機動にイメージインターフェイスを割いているヒュペリオンが妙な機動を描いているのである。

 

――しかし、この程度の誤差!

 

仮にもIS学園で専用機持ちを打ち破って優勝者に名を連ねた潤からすれば、単調な移動しかしない的などこの速度で充分。

全ての標的に模擬弾を命中させて、ゴールラインに到達。

最終的なクリアタイムは十八.八二、これは目標タイム四十五.三〇秒を大きく上回っており、企業側が選出したパイロットの十四.四四こそ下回ったが見事景品ゲットという結果になった。

 

「ほら――景品のテディベア」

「わぁ、おっきい~、ふかふか~。 ありがとう。 本当にありがとう」

「そんなに気に入ったか、ソレ」

「うん、当然だよ。 私の為に取ってくれたプレゼントだからね。 えへへ」

 

この糞暑い中、ご機嫌になったナギが人形に抱きつく。

 

「ハーイ! 景品ゲット記念に写真を取るよ!」

 

教職員を示す腕章を付けた人に呼び止められた。

軽くナギと相談し、お言葉に甘えて記念に一枚もらっていくことにした。

二度シャッターを切られると、カメラからは二枚の写真が出てきて、一枚ずつ受け取る。

ヒュペリオンを装着して気難しげな顔をした男と、気恥ずかしげにややうつむき気なナギ。

その写真を受け取ると、ナギはカバンから女性物の手帳を取り出すと、大事そうに挟み込んで保管した。

そんな折、ヒュペリオンを待機状態にした潤の所に人が集まってきた。

企業サイドの方々からヒュペリオンの追加武装云々の勧誘に巻き込まれ、生徒サイドからは技量を伸ばす方法を尋ねられ、何人かには答えたものの付き合いきれなくなってきたので学院を後にした。

巨大な人形を抱えるナギの歩みは遅く、IS学園行きのモノレールターミナルに辿り着くころにはほんのり青かった空が黄昏かかっていた。

郵送で送ればいいやら、持つのを変わろうかなどと潤が申し出るも暖簾に腕押しといった様相を呈している。

 

「――ごめんね」

「何のことだ」

「休んでいたいのに、無理やり連れだしちゃって」

「何度も言わんでいい。 それに――」

 

中途半端なところで言葉を区切る。

ナギが覗き込んできたので、あまり考えずに次の言葉に続けた。

 

「昔、色々あったけど、嫌な事ばかりあったわけじゃなかった。 そんな簡単な事を、今までずっと忘れていたんだって思い出した」

 

半端な覚悟で剣を取ってしまったことは誤りかもしれないが、それまで確かに自分は幸せだった。

紅茶の淹れ方、色々なマナー、接待の仕方など、その後色々ありすぎて全てが全て邪魔に思えてしまった。

しかし、積み木の土台を壊したり、無くしたりすることは出来ない。

思い出は思い出としてあり続ける。

嫌な事に飲まれてしまったが、それで良かった思い出を無くしてしまっていい理由にはならない。

ティアの事も、リリムの事も。

 

若干赤く染まったIS学園は、再び取りとめのない話をする二人を、暖かく迎え入れてくれるようだった。

 

 

後日、潤の机にたった一枚だけのツーショット写真が飾られているのを見つけられ、癒子と本音に茶化されるのは別の話である。


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