高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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遅くなって申し訳ない。
私もここまで遅くなるとは思ってもみなかった。
実家に帰るので色々対応が遅くなりますがご理解お願いします。

それと、なんかここ二週間毎日お気に入りが増えていっているんですが、何かあったんでしょうか?
特に連絡事項も入れてなかったと思うんですが?


1-4

ブルー・ティアーズに大切に保管してあった動画を再生する。

クラス代表選出戦、初めて潤と戦ったときの映像。

見事な回避運動を行う潤を相手に、セシリアがこれまた見事な銃撃を行い、僅かながらも確かなダメージを潤に与えている。

そこでセシリアは一旦動画を止める。

少し時間が合わなかったのか何度かその動作を繰り返し、――とうとう問題の場面を目にしてしまった。

何度かその場面を繰り返す。

 

 

これは、自分から中りに行っている?

 

 

戦闘中繰り返すこと幾度。

一度や二度なら慣れてない操縦者の癖とも言えるが、こうも続けば偶然とはいえない。

あの当時から、自分と潤の力量差はこんなに開いていたのかと愕然となる。

こんなこと自分には出来ない……そう考えて雑念を振り払った。

自信を持って『……そうか、卒業までにかなうといいな』と言ったあれは、なんだったのか。

引き分けにもつれ込まれたのは?

ラウラが来校するまでの間は全て演技?

当時の一夏や潤の話題性や状況を考えれば、ただの素人が代表候補生に勝ってしまうのは悪手……、事情が事情だけに怒りきれない。

なら、あの件で一番問題があるのは――

そこまで考えたセシリアは徐にモニターに目をやった。

武装を限定して、なおも勝ちきると断言した潤に視線が集中している。

映っているのは白と黒、僅かに湧き出る赤が幻想的なIS。

ヒュペリオン、小栗潤、空を悠然と飛ぶ機体を睨みつけた。

このままではただの負け犬になってしまう、誇りに掛けて、例え勝てなくとも――過去にケリを付ける。

 

 

 

 

 

セシリアがそうこうしている内に、サラと潤の戦闘が始まった。

事情を何も知らないサラは、以前までと全く違い、スタンダートな戦闘スタイルに戸惑っている。

しかし、本質的には何も変わっていない。

前線に居座り続け、好敵手に恵まれた故に掴み取った洞察力と、彼らに勝つための戦闘論理。

あらゆる相手に順応し、自身の状況と敵の能力を冷静に把握して活路を導き出す。

逆転の可能性がある限り、その可能性を手にするために何度でも挑戦する。

これが何を意味するのかというと、未熟な部分が一つでもあると徹底的にそこをつかれて生半可な奴では負けることと、千冬が教えることは殆ど無いということだ。

 

「完成形を弄くるのは中々難しいからな……」

 

なる程、そういうやり方もあるのか。 今日になって何度目かの発見をする。

潤の戦闘論理は千冬をもってしても目新しいものが多い。

生徒たちには尚更だろう。

ISそのものは現在黎明期。

旧科学時代のパワードスーツのような、完成された技術体系から得た操縦技術を目の当たりにすれば当然かもしれない。

その代わり、時々信じられないほどアクロバットな操縦をし、無茶を押し通して道理をぶち壊していく。

もしかしたら、潤という人間と、パトリア・グループのようなトンでも企業がめぐり合ったのは運命だったのかもしれない。

曲がりなりにも潤が満足する機動を得られているのだから。

 

「なんか、潤にしては、スタンダートな戦いだね」

「一夏に組み立て方を見せるとか言ってたし、素直に戦うとああなるって見せたいんじゃない?」

「しかし、小栗は、あんなに強かったんだな」

「当然だ。 私が上と認める相手だぞ。 あのくらいやってもらわねばな」

「なんで……ボーデヴィッヒさんが……、そんなに、胸を、張ってるの?」

「ん? ラウラでいいぞ。 日本人には発音しにくかろう」

「……そう」 

 

和気藹々と潤の戦力表をする面々。

鈴は何故か知った風に潤の実力を評価している。

シャルロットは玩具を前にしたかのようで、ラウラと簪はほんの少し嬉しそうで、箒はいつもどおり、一夏は真剣そのもの。

その裏で、楯無だけが、厳しい目をしていた。

 

「嘘でしょ……」

 

その小さな呟きは誰にも聞かれなかった。

この中で誰よりも楯無が真剣にモニターを見つめている。

サラの実力は知っている。

一年生の中では潤を除けば、ラウラ以外に負けることはないだろう。

その彼女が、"善戦している"程度の状態まで押し込まれている。

今までのようにヒュペリオンと、フィン・ファンネルの長所を生かした勝ち方ではなく、サラの理路整然とした戦いに、それと同じものをかぶせて勝とうとしている。

それは、如何なる緻密さと豪胆さがあれば可能なのだろうか。

どう考えても時間と技量が釣り合っていない、楯無の持つ常識からすればありえないそれは、ある仮説を彼女に与えることになる。

もう一つ、割と周囲にはどうでもいいことだが、あれ程の実力を持っているにも関わらず、何故自分に挑んでこないのだろうか。

気がかりなこともあるが、それを周囲に与えないほど潤は楽しそうにISに乗る。

ISが競技用に用いられている以上、何も可笑しくない。

それでも、意志を持って力を行使したクラス代表戦の無人機乱入などの非常事態と比べれば、まるで別人のような感じ方の違いだ。

画面越しに感じる、楽しもうとする戦い方に感化されそうだ。

自分が未熟だった頃、限界いっぱいまで空を飛んでいたかったあの瞬間に似たような高揚感だ。

 

「なんで私に挑んでこないのかしら」

 

潤の動きは基本に忠実ながら、時々教師が驚くほどの技量を見せている。

純粋な戦闘能力の評価も、国家代表の楯無と同等といっていい。

楯無は潤に対して不審に思うところはあるものの、一度でいいから全力で戦ってみたいと、偽りない本心でそう思った。

 

「小栗は責任のあり方の難しさを知っている。 そうそう安易に背負い込む気が無いのだろう」

「ならば、目の前の光景はどのように解釈するおつもりですか? 織斑先生?」

「ふむ……。 『大いなる力には、大いなる責任が生まれる』か?」

「そうです。 此処に至って、誰も疑うことは無いというほど見せ付けていますよ」

 

一年最強を自称した生徒を徹底的に叩き、今度は二年生を打ちのめす。

それは背負い込む気がなかった潤の思惑とは、かけ離れた状況へ追いやるだろう。

 

「力の責任を知るが、必要なときには行使する事を戸惑わない。 そういうことだろ?」

「……あ!?」

「どうしたの本音?」

「水だ……。 かんちゃん、水だよ、水」

「あ、あ~……。 潤のあれって、そんなに酷いの?」

「なる程、盲点だったな」

 

本音が自分の推察を口にすると、事情をしる三人だけが何度も頷いた。

何も知らない面々は怪訝な顔をしている。

 

「おや、綺麗に間合いに入るもんだな」

 

どう説明したものか困った千冬が、露骨に話題を切り替えにかかる。

奇しくも潤が完全に間合いを詰めて戦いを〆ようとしているタイミングで、その誘導は上手くいった。

ビームライフルの威力を最低限に絞り込んで雨あられと連射し、相手の行動を支配して最大威力の射撃を最後に置く。

正直なところ、千冬ですら練習がいる動きを一夏が見て、なんの役に立つんだ、と言ってしまえばそこまでだが、二年後三年後を見据えれば何かしらの役には立つだろう。

どうやら潤は、即席で何とかなるといった付け焼刃的手法で一夏を強くする気は無いらしい。

 

「どうやって連射しているんだ? あれの元はライフル系統だろ?」

「通常一発分のエネルギーを、ある程度区分けして射撃すると可能――らしいですわよ。 スターライトmk-Ⅲでも理論上出来るらしいですが。 戦闘中にやるのは彼くらいでしょうね」

「……なんでセシリアがあんなに怒っているんだ?」

「さ、さあ? セシリアのあの日って何時だったっけ?」

「わ、私に聞くか? シャルロットの方が同じ欧州組みだし、仲がいいだろう?」

「あんたら結構馬鹿だったりしない?」

 

セシリアが、黒い笑みを浮かべて一夏の隣に並んだ。

妙な威圧感を感じて箒とシャルロットが一歩あとずさる。

鈴はあまり潤の戦闘に興味がないのか、ただ此処に居ただけなので一連の流れからセシリアの怒る理由を察しているようだった。

一夏は周囲の喧騒など関係ないとばかりに観戦を続ける人たちの傍に移動した。

画面では打鉄にも用いられている近接ブレードで打ち合う二機がある。

ラウラどころか、一夏が見ても数合で優劣がはっきりしてしまっているが。

 

「早い……。 三回目で、相手の手首を……自分の方に返させてる」

「このまま後は崩れるだけ、か……。 射撃で牽制しつつ相手を波に載せないよう牽制し、隙を作って立て直させないように追い込んで接近、言葉に代えると単純ね」

「千冬姉、俺、あそこまで強くなれるかな?」

「お前は何時になったら私を先生と呼ぶんだ、馬鹿者。 ……奴並みに強くなることは出来る。 一分野に限れば十年で充分だろう」

「そんなものですか」

「あれはそんなものだ、生徒会長。 ボーデヴィッヒ、小栗の技術を見てどのように思う?」

「素晴らしいものだと思います。 私もあのような強さを手に入れたいとも」

「では、訓練時の私の技術を見てどのように感じた?」

「私には、あんな力を身に着けることが出来るのかと憧れました」

「その差だな」

「わかんねぇや。 説明を頼みます!」

 

手に入れたい、と憧れ、の差。

手が届くか、手が届かないか、の差と大して違いは無い。

ラウラは本能的に、小栗潤が持つ物ならば並ぶことは出来るかもしれないが、織斑千冬が持つ物には届かないと分かっている。

 

「勿論、小栗が弱いと言っている訳では無い。 ただ、私から見れば、小栗の剣は汚いんだ」

「汚い?」

 

凄いのは確かだが、剣の才能の欠片も感じない。

潤の剣には才能も、統一性も何もなく、複数の流派の剣術が混在しており、型だけは辛うじて存在している程度だ。

その型さえも、誰でも習得可能な範囲の組み合わせといった、寂しいもので成り立っている。

しかし、攻撃タイミング、防御方法、移動場所の選択、その他全てが最善最良という言葉に括られる。

愚直ではあるし、無骨でもある。

束の様に頭脳明晰な者や、剣術でのし上がった千冬から見れば、木に竹を接ぐような愚行の上に成り立っているのが手に取るように分かる。

分からない人間には凄いとしか表現できず、分かる人には汚く見えるその剣は、その汚さが消えてしまうほど美しい。

 

「それでは、何故あそこまで?」

「……積み上げ続けた」

「そうだな。 磨き続けた、それが奴の強さの一つでもある」

 

学園中の人間がそれを目指して努力して、何人がたどり着けるか。

国中のエリートを集めたとして、精々五、六人程度だろう。

ダウンロードしたといっても、人とは千差万別の生き物。

体格から始まり、筋肉、柔軟性、瞬発力や持久力が少し違うだけでも、役に立たない技術は多い。

実戦で使えるものとまで限定すれば、片手の数まで減ってしまう。

それを用いることが出来るまで、どれ程大変だったのか、千冬は良く知っている。

今は強化が弱くなっているので相対的に剣術のレベルも下がっており、ラウラに押し負けてしまう事もあるが、そのズレも何れ修正するだろう。

無骨な剣ではあるが、しかし、努力に努力を重ねた剣は、尊い美しさがあった。

 

「そういった意味で、織斑も馬鹿みたいに努力し続ければ、――それこそ病院送りになって『知らない天井だ』を数十回繰り返せば五年でたどり着くぞ」

「そ、それは勘弁してほしい、かな?」

「当たり前だ。 いくら教師と教え子の関係であったとしても、弟に拷問まがいの訓練をさせられて黙っている気はいない」

「おぐりんは、なんでそんな?」

「――少しでも早く、一人前になりたかったから、か。 酒が入った老人の戯言だろうに。 それが遺言になってしまったばかりにあの始末だ。 見ていて痛々しい」

 

千冬の返答を聞いて、ほんの少し本音が体を硬直させた。

どうやら、潤は相当本音を信頼しているようだ。

どちら側から踏み込んだのか知らないが、恐らく本音の方からだろう。

入れ込みすぎればいずれ、とも思ったがそう悪い事態ではない。

そんなことを考えているうちに決着が付く。

接近された上で、一方的に体勢が崩されているのだから、このハイスピードな決着も当然だろう。

 

「……おつかれ」

「ありがとう。 まあ、こんな物だろう」

 

再び完勝してピットに舞い戻った潤を、簪を筆頭に見守っていた人の殆どが出迎えた。

二年生をしても認めるしかない。

小栗潤の実力は、自分たちより純粋に高いのだと。

千冬の話を小耳に挟む限り、学園でも屈指の実力を持っているとしか思えない。

 

「なあ、俺もあんな風に戦えるようになるのか?」

「基本的な戦法は基礎の範囲を出てないし、進級前には何とかなるんじゃないか?」

「進級前かよ。 なんか、もっとこう気軽に強くなれないのか?」

「おい、織斑。 お前は今まで何を見ていたんだ?」

 

ヒュペリオンを待機状態に戻した後、再戦に備えてオートメンテナンスを起動する。

本格的なメンテナンスをするには装備を脱ぎ捨てて、専用の工具を持って行うしかないが、機体のダメージが軽度の場合はこれで事足りる。

暇な時間を用いて、一夏に対ウォルキン戦の戦闘データを送信する。

ヒュペリオンで模範的な戦闘をするのは骨が折れた。

操縦がピーキー過ぎるヒュペリオンは、どうしても常識の枠を遥か彼方に置き去りにするような操縦テクニックを要求する。

潤としても今回の戦いは、そういった枠内に収める枷を嵌めるテストとして役に立ったと言える。

 

「なあ、ここ。 ここだ! ここはどう考えてもヒュペリオンのスペックなら懐に入れただろ? なんでそうしなかったんだ?」

「ん~、ここか。 これは彼女の持っている武器が広範囲攻撃だったから、射撃戦に専念したんだ。 仮に―――」

 

潤が投射ディスプレイに簡素な図面を表示させて、青と赤のマーカーを表示させる。

そうして潤が思い描いていた通りの光景を、図面に現してみた。

 

「こういう風に自分もろとも彼女が包み込むように攻撃していれば……」

「うげっ、えげつないな。 自分もダメージを受けるけど、結局潤にもダメージが入って、主導権まで取られるのか」

「彼女は冷静だった。 ヒュペリオンが防御力に難がある事を知っていたんだろう。 こうなっていれば、その後もどうなったか分からん。 白式もエネルギーを攻撃力に変える仕様なんだから、そういうエネルギーを減らす目的だけの戦法も対策を練らないとな」

 

サラ・ウェルキンの戦い方は決して悪いわけではなかった。

頭を使って戦略を練っていたし、充分基礎固めが済んでいる堅実性を見せていた。

手に持った武器、量子待機状態の武装の読み合いに負けた時点でサラの負けは決まっていた。

潤の情報戦に対する優位性は誰にも真似できない。

コレは教えるだけ無駄であり、千冬は全く言わなかった。

他にもシャルロットやら、ラウラやらの質問に対応していく潤に、セシリアがあるものを手にゆっくり近づいていった。

それを潤の顔に投げつけようとして、見事にキャッチされたが。

 

「はて、田舎者ゆえ、貴族の流儀に対して心得が乏しいのだが、『顔を白手袋ではたく』といった行為がどのような意図を持っているのか知っているつもりだ」

「ならば、掴み取るのでなく拾い上げていただけませんこと?」

「勝者を称える行為でないことは分かった、が……何のつもりだ」

 

一転不穏な空気に包まれるピット。

千冬はどうしていいのか迷っていた。

潤は明らかに怒っている。

そもそも潤は『貴族』そのものに対して複雑な感情を抱いているし、ここで止めに入るとどうなるものか想像できない。

 

「一学期、四月のクラス代表選抜戦で、わたくしに手心を加えましたわね?」

 

無言で潤が千冬を睨みつける。

本当だったら、こういったいざこざが起こらないように、折を見て千冬が話す手はずになっていた。

どうやらフォローしていなかったようで、これは単純に千冬の失策だ。

申し訳なさそうに目礼する千冬を見て、改めてセシリアを見る。

 

「仕方が無い処置だった。 一夏にすら危うくなるような奴なら、当時の俺でも簡単に勝ちうる。 学園側も、俺も、あれ以上ややこしくなる事は遠慮したかった」

「それで! 仰りたいことはそれだけですの?」

「それだけだとも」

「それだけ? 確かにあの当時、ISでは素人であった潤さんがわたくしに勝つのはあまりに現実離れし過ぎています。 オルコット家の当主として政治的に難しいのは分かります。 ですが、わたくしには誇りがありますの。 野良のあなたと違って祖国のそれを背負っています」

「誇り? はっ、そんな物、無くたって戦える。 少なくとも俺は戦いに誇りを持ち出さない――」

 

セシリアは貴族として、多くの人と触れ合っている。

どんな人間だって誇りという物を多少持っている。

それを皮肉気で、自嘲すら含めた響きで『くだらない』と言い切る潤に眉を顰める。

何故、普段から心象穏やかなこの人物が、ここまで歪んだ思想を持つに至ったのか不思議でならない。

 

「そんな下らない物に拘るから、お前は何時までたっても二流なんだ」

 

そのあからさまな挑発は、決定的な対立であり、その後の戦いを決定付けた。

何か叫びそうなセシリアを、潤は片手で制して手袋を付き返した。

 

「コレは俺に叩きつけられたものとして受け取ろう。 しかし、女性の手袋なんぞ必要でない。 返す」

「明日の日曜日、朝一の第三アリーナで――決闘ですわ!」

 

それは、奇しくも一学期と全く同じ流れだった。

 


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