上がらないけど、いったん書き始めれば三日で形になる。
それとインフルに掛かってました。
一人暮らしでインフルに掛かると死を覚悟するレベルになりますね。
う~ん、辛かった。
ベッドの上で考える。
何がセシリアのコアとなっているのかを。
ラウラ戦を見たのならば、セシリアと潤の間にある実力の隔たりが、マリアナ海溝並にあることは分かるだろう。
機動、射撃、熟練、戦略、近接、機体、あらゆる面でセシリアは劣っている。
ならば、貴族としての誇りか。
馬鹿馬鹿しい。
そんな、何時消えるのかも定かでない空想に、どれだけの若者たちが命を捨てていったのか。
命を軽く扱って、自分について来てくれた戦友の命も軽くして、そう考えている潤自身も、また……。
結局の話、復讐心からくる嫌感情だけか――、どうにも偏見で決めてかかる自分は俗物であるらしい。
潤は人間らしさを好み、人でなくなろうとする奴を嫌悪する。
それは、自分が気付いたときには踏み外していたから?
全く持って馬鹿馬鹿しい。
今回の決闘も同じくらい馬鹿馬鹿しい。
「馬鹿なんじゃなかろうか」
「そんなにセシリアとの決闘が嫌なら、しなけりゃいいじゃん?」
「いや、そういう訳には……えぇい、人の腹部に乗りながらお菓子を食べるんじゃない!」
「きゃあ! こぼれる、こぼちゃう!」
紅茶をさっと淹れた後、何を思ったのか黙って考え事に集中し始めた潤。
何を言っても反応しなくなったため、癒子がふざけて腹部に座り込んでみたがそれでも反応はなかった。
考え事をし始めると、多少の些事はどうでもよいと考える悪癖だった。
潤は癒子をでっかい猫かなんかと認識している。 行動態度的に考えて。
作業していると邪魔をしにくる、あの不可思議な行動、結構な人が分かってくれるのではないだろうか。
「セシリアと戦うのってそんなに大変?」
「いや、まったく。 どちらかというと勝つのも簡単」
「どのくらい?」
「9.9:0.1、もしくは10:0くらいで勝てる」
「楽勝じゃん」
「まあ、新兵器で、俺が何も知らない『何か』があったとして簡単には変わらないし、変わらせるつもりもない」
戦闘に勝つには、その相手の深層心理を読んでいかなければならない。
単純に押せば勝てるような雑魚などどうでもいいし、潤と違って自分の才能を見せ付ければ勝てるような連中には縁のない話。
本能的にやっていることかもしれないが。
深層心理から得た相手の本質を見極め、戦略を立てればある程度の実力差は覆せる。
そして、『どんな手段を用いるか』その可能性を読み切るのが、か弱い潤の戦い。
「セシリアには拭い難い一つの癖がある」
「癖?」
「対一夏、俺のクラス代表決定戦、対ラウラ戦、それと定期的に行われる、専用機持ち同士の模擬戦、あいつは速戦を仕掛けない。 速戦を仕掛ける際には戦う前に見て取れる変化がある。 つまり『相手の様子を見て、次を決める』、これは結構な悪癖だ」
「それって……、普通じゃない?」
「そうだ、普通なんだ。 逆を言えば奴は埒外の行動はしない。 ただ、負けが決まると暴発する癖も持っているから、追い詰め方にはある程度考えが要るな」
素人なら、素人同士なら、それでいい。
所詮人間業で戦うしかない潤の技術の路線、その遥か後ろにいる技術を使うしかない。
そこまで見えるからこそ、セシリアの思考をどうとでも操作できる。
相手の行動を見て戦法を変えるやり方など、相手の心理そのものを操作しようと考える人間にはカモにしか見て取れない。
そう、操作しようとする。
ここで相手の思考を操作しようとし、実際誘導出来るのが魂魄の能力者の思考回路。
この世界で唯一潤が持つ絶対のアドバンテージ。
実はこのアドバンテージも、元のこの能力者に限って言えば二流止まりなのが、非常に潤らしい。
「確実に勝てるのなら、何がそんなに嫌なの?」
「…………」
ナギに問われ、両腕を組んで考え込む潤。
俗物的思想、いや、なんか――。
「……はは~ん、なる程~」
「――なんだよ、本音」
「なんか、せっしーに対して、『こうすべき』、『こうあってほしい』なんて、妙な幻想を持っていたり、憧れに近いものを持っていたりしない? それで、『そう』らしくないせっしーに勝手に怒ってない?」
「…………」
それを聞いた潤。
何を思ったのかに立ち上がり――
「人の心を見透かした挙句、わざと暈かすんじゃな~い!」
「うわ~、髪の毛がぐちゃぐちゃになる~」
座っていた本音の頭を抱えると、とりあえずわしゃわしゃかき乱す。
まあ、相手のことが底から分かる様になると、こんな風に簡単に人をからかう事も出来る。
本音は潤の貴族に対する妙な憧れなんて知らないだろうから言葉の全てが本心。
潤の方は照れ隠しの口上と、かなり情けないことになっている。
相手の心理を知るのは、かくも大事なことである。
「我ながら何時までも引きずる男だ、情けない」
――そなたの服を見るに、ただの村民でないことは分かる――
ナイロンなんて普通は知らないだろうさ。
目が覚めたらいきなり雪の銀世界、凍死寸前で拾われ、次の目覚めは如何にもな屋敷。
そして、美少女のお嬢様か。
御伽噺じゃないか。
ちょっと本気で惚れちゃって、彼女のために剣を取ろう、なんて思ったってしょうがないじゃありませんか。
若かったなぁ。
「うん、ごめん、ちょっとやりすぎたけど、反省しない。 俺は遅めの飯でも――」
「晩御飯の時間終わったよ」
「なんですと?」
「私も、ナギも声掛けたけど、生返事ばかりだからほっといたの」
確かに食事時間をオーバーしている。
そして、程よく空腹状態になっている。
お菓子を見ると、お開き状態まで減っている。
溜め込んでいる筈の本音は頬を膨らませて髪を直している。
「やっちまったな」
本音は分けてくれそうもないし、ここは我慢して寝るしかないか、と思っていると部屋のドアが徐に開いた。
「あ、あの、潤? 起きてる、よね?」
「ああ、……焼き菓子?」
「うん、あの、明日の応援みたいな、抹茶のカップケーキなんだけど、食べる?」
「ウェルカム、簪」
満面の笑みと同時に出た歓迎の声に、簪も同じくらいの笑みを浮かべた。
明朝予定のセシリア戦のことなんかを話しながら、夜は更けていく。
---
アリーナの整備室でセシリアは一人、ブルー・ティアーズの装甲に額を押し付けて考え込み、自然とため息を付いた。
何度考えても勝ちパターンが創造できない。
十通りの戦法を考え、十通りの方法で倒される光景が目に浮かんだ。
「勝つための戦いではないとはいえ、何か嫌な想像ですわね」
結局、今回の戦いは勝つための戦いではない。
そもそも政治の世界では騙された方が悪い。
あれは彼が男であることに全ての問題があり、そんな彼と代表候補生が戦うことになんの問題もない方がありえないし、そう考えれば何かあって然るべきだった。
今度はブルー・ティアーズにもたれ掛かって星空を見る。
――ブルー・ティアーズは、試作機だけあって最新の第二世代にも性能が劣る機体……。 それでも――
「セシリア、まだ此処に居るの?」
「……サラ先輩? ――ええ、明日の準備がありますし」
「正直に言って、百パーセント負けるわよ?」
サラは思い出す。
短くも、穏やかに見えても、主導権を強引に奪い取ろうと貪欲に戦う男の姿を。
正直な話、国家代表と手合わせしたときの力量差と全く同じものを感じた。
修行・鍛錬によって培った洞察力、何度受けても攻撃が見切れない程高められた武芸の手練。
自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で活路を導き出して逆転の可能性を手繰り寄せるセンス。
「知ってます」
「あら、結構、さっぱりしてんじゃん。 『負けたくない!』とか言うかと思ってアドバイス考えてたのに」
「……勝ち筋がありますの?」
「思いつく限り一つだけ」
驚愕の顔でサラの顔を見つめるセシリア。
あれだけ押し込まれている状況で、この先輩は勝ちの目を掴み取ったのだ。
驚かないはずがない。
「まあ、セシリアの機体じゃあ不可能に近いから無意味なんだけどね。 いや、高機動型に変換すればワンチャンだけど」
「そうですの……。 まあ、それなら、明日の決闘には尚更必要のないことですわ」
「ああ、やっぱり。 あんた、勝つ気ないんでしょ?」
そこで初めてセシリアは挙げていた顔を下ろし、サラの方に向き直った。
「ちょっと挑発されると直ぐに頭に血が上ってしまうなんて、恥ずかしいことでしけれど」
「変わんないね、そこは初めにあった頃から」
「勝てればそれはそれでいいのですけれど、勝敗など所詮は勝負の常。 始めれば必ず生じる勝敗程度に拘るのは貴族の名折れ。 ベストを尽くして自分の限界にどれだけ挑めたか、その上で同じ様に限界を出した相手に勝ってこそ、本当の誉れが生まれるのです」
「……貴族様も大変だね」
サラのそれは若干の呆れすら含まれたそれだった。
それだけセシリアの言った事を実践するのは難しい。
ただ、清清しいまでに、気高い者が抱く誇りに圧倒もされている。
「……今回はそもそも相手が正しい。 だけどわたくしはそれでは置いてけぼりだけになる」
「そっかい、それじゃ、お前さんは――」
「ええ、私は私と、――彼の誇りのために戦いましょう。 例え、彼が誇りになんの感慨がなかろうともかまいません。 相手に手心を加えさせるなど、オルコット家の誇りが許しませんから」
---
日曜日の朝。
本来使用開始直前のアリーナは人まばらで静まり返っているものだが、既に席が半分ほど埋まっている。
席の大半を埋めるのは二年生。
自分たちのクラス代表や、自学年の代表候補生がいとも容易く屠られたと聞きき、勝手に話が広まり、後日イギリス代表候補生と再戦があると聞いて、昨日より野次馬が増えていた。
「うーん、二年生、三年生が殆どか。 ……陸上部今日部活なかったっけ? 何で皆来ているんだ?」
「潤のヒュペリオン、まだ見たことがない人もいるくらいだから」
「ああ、そっか。 基本的に一年以外は昨日が初見になるのか」
ピットにいるのは潤と簪の二人だけ。
他のメンバーは座席の一番いいところを占有している。
本音が気でも利かせたのかも知れない。
「それで――勝てそう?」
「やたら心配するなぁ。 心配?」
「いや、……そこまでじゃないけど、……潤が負けるところなんて見たくない、……から、かな」
やたら心配性な簪の頭を、何度かぽんぽんと叩く。
「……なに?」
「心配するな。 負けの目はない。 例え可変装甲が使いこなせなくても、なんの影響もないさ」
昨日の夜、可変装甲が一切開かず、また、夏色々あったことが原因で性能が二割ほど低下していると話したのが悪かったようだ。
ヒュペリオンの性能低下は目を覆いたくなるものがある。
照準がずれるわ、低速時は打鉄並みの性能まで落ちるわ、防御力は第一世代以下だわ、ラウラ戦とは別種の機体とも感じ取れる。
身体が負傷した際には、負傷した際の戦闘方法があり、実践したことがなければ難しかったかもしれない。
「先日も二年生のクラス代表にも勝ってたし、大丈夫だよ」
「……うん」
可変装甲は謎に包まれている。
ヒュペリオン自体に束博士の手が加わっていることが確定しており、特にヒュペリオン全体を整除しているモジュールは博士のお手製だ。
一体何を企んでいるのだろうか。
企んでいるといえば、彼女は何故、潤の魂を計測するなんて面倒なことまでして、リリムの魂をぶっこ抜いたのだろうか。
そういえば、一番重要なそこを考えたことがなかった。
あの事件で博士が潤から得た利など、何もありはしない。
しかし、そこには博士なりに大事な目的があったはずなのだ。
そうでなければ、セシリアにあれだけ剣呑な態度を取った束博士が、潤と直接話すだけの機会を、あれだけ楽しそうにしていたはずがない。
演技をする理由もない。
――今のところじゅんじゅんには知る必要のないことだよ
――君は私が望むがままにヒュペリオンを使い続けるだけでいい
「……まあいいさ。 貴様の望み通りなのが癪だが、使わない選択肢がありえない以上は仕方がない」
「なに?」
「いや、なんでもない――、俺はそろそろ出るよ。 見送りありがとな」
「あ、うん。 ……潤!」
「――?」
「勝ってね!」
「任せろ」
軽く言って、ピットから勢いよくアリーナに射出されていく。
第三アリーナには、突き抜けるように青い空と、同じように青々としたISが待っていた。
しばしの間、二人の間に流れる沈黙。
「……潤さん、一つ、お話ししたいことがあります。 お聞きになっていただけますか?」
「いいだろう。 許す」
本来ありえない、挑戦者からの問いかけ。
セシリアとしては話を聞いてくれないことも考えていたので、あっさり会話を許可した事に驚く。
この程度でどうこう言うほど器が小さいとは思ってなかったが、予想通り過ぎてびっくりしてしまった。
「ならもう一つだけ許可をくださいまし。 二人の話を、出来ればアリーナ全体の人たちに聞いていただきたいのです」
「異論はない」
セシリアが深呼吸するだけの音がアリーナ全体に響き渡る。
観客たちはすぐさま戦いは始まらないことに少しだけ戸惑っていたが、意外な展開に話し声が各所で響いていた。
そのざわめきは、次の言葉でもっと大きくなった。
「この決闘、大変不義理なものです。 まずお詫びいたしますわ」
「な、何を馬鹿な……、しょ、正気か?」
イギリスの決闘は案外近年まで行われており、記録としては十九世紀までは存在し正式な裁判方法の一つでもあった。
恐らくそんな決闘が身近にある彼女の文化圏でも、決闘前に両者が話し合い、侮辱された側が謝罪するなど前代未聞だろう。
決闘を申し込んだことがある潤も、この展開が余りに意外すぎて困惑している。
「そも、貴方がわたくしに手心を加えたのは教師の命令。 それを貴方の責にするのは、話が飛躍しすぎています」
「……如何にも正論だ。 では如何とする?」
「これはわたくしの名誉のための決闘でありますので、私は負けてもかまいません」
「では、これから起きる必然の戦いはなんのための決闘だ? 今更俺は引かないぞ?」
その言葉を待っていましたといわんばかりにセシリアが人差し指を潤に向ける。
「お互いの誇りの為」
「誇り――? 俺の剣に誇りなんてものはない、前も――」
「いえ、貴方は誇りある人です。 貴方が何を知り、何に絶望したかは知りませんが、貴方の一挙手一投足を見ても何にも誇りがなく生きてきた下種な人間とはとても思えません」
「……ご大層な言い分だ」
「私は本当に神聖な戦いとは、二つの限界に挑むものと思っております。 自分の限界に挑む内面の戦い、その上で同じ様に限界を出している外面の戦い。 その二つをそろえてこそ、本当の誇りある決闘となるです。 勿論、そんなことが出来る相手は限られていますが、わたくしは貴方とならその戦いが出来ると思い、貴方を好敵手だと思いました」
「――つまり、俺に誇りを持って、最大限の力を出せ、そういいたいのか、お前は」
「仰るとおりです」
潤は暫く考え込んでいた。
目の前の馬鹿は、こともあろうに決闘の本懐から外れ、勝ち負けではなく誇りを掛けた戦いを申し込んできている。
色々と直前になって要求を増やしてくるとはなんたることだ。
真っ直ぐセシリアの瞳を捕らえる。
若干の体の振るえ、そして、誇りある、真っ直ぐな色をした瞳。
誇り――誇りか……。
ふと、セシリアが震えている理由が頭の中によぎった。
彼女は正義と誇りを前面に押し出し、決闘を申し込んだ側が事もあろうか謝罪して、相手に誇りを求めるという前代未聞の馬鹿げた行為に羞恥している。
此処までくると引くに引けないか。
女に衆人の面前で恥をかかせているのに、全て無にしてしまうのはどうかと思うし、もしセシリアの提案を蹴って勝っても、大恥覚悟でアリーナ全体に話を広めた一人の戦士の覚悟を無為にしたという悪評が残る。
受けた方がよほどマシだ。
「――はぁ、回りくどく、面倒で、自己中心的な奴だ。 こうなると断れなくなることも考えのうちか?」
「それが分かるという時点で、貴方は誇りの何たるかを理解している方ではありませんか」
「自分が思う誇り高き戦いとは、相手も完璧であって初めて成り立つものだ。 以前、自分の完璧を出した素晴らしき戦いが、不意に汚されたからお前は昨日怒った。 そして、その不完全に自分の未熟が関わっていたから、八つ当たり気味の決闘をした」
「そのとおりです」
「ならば、その汚点をそそぐ為には、今回の決闘では俺も完璧で無ければならない。 そうでなければ決闘する意味がないのだから、決闘の場で頭を下げてでも俺にそうなってもらわねば、か。 馬鹿か、貴様。 いったいどれほどの人間がここまで理解できると思っている」
「問題ありません。 貴方は誇りの分かる方です」
「この……! まったくもって不愉快だ。 ――が、セシリア・オルコット、それとは別に、お前の誇りある戦いへの思いは素晴らしいと思う」
「それでは?」
「名乗るほどでもないが、誇りを持って、全力でお相手しよう」
「ありがとうございます。 恥を忍んで懇願した甲斐がありましたわ」
元々は騎士を目指して、貴族の屋敷で鍛錬していた身。
正直な話、セシリアが求める以上の身の振る舞い程度は出来る。
その潤が、セシリアが見ている目の前で騎士の作法にのっとり、見事な礼をとった。
決闘の儀、その動きは少々ぎこちなさがあったものの洗練されており、落ち度も殆どなく、また一部の隙もない。
どれだけ気高い人間だったのか、またそういった教養をどれ程しっかり受けてきたのかがうかがい知れる。
驚いたのはセシリアだ。
これほど洗練された決闘の動作を行える人間など、貴族社会のイギリスでも片手の数ほどもいない。
覚束ない動作で、今度はセシリアが決闘の儀を行う。
潤とは違って、少々ぎこちない。
「いざ、尋常に」
「ええ、――尋常に」
「「勝負!」」
誇りを持たせるための話は終わった。
潤は誇りを持って全力を出す事を誓い、セシリアはそれに挑む構図になっている。
二人の掛け声と共に、戦いが始まった。