高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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サブタイを復活させようか迷っている。
どう思います?


2-7

何時だったのか、どれ程前だったのか正確に思い出せない。

最後にあの人に会ったのが何時だろうか。

少しずつ記憶を遡ってみたものの、しっかり記憶に残っていて、かつ面と向かって話をしたのはティアが死んだ後だろうか。

もしくはもっと前だろうか。

最後の最後に思い知った、潤を苦しめたあらゆる苦難を意図的に作り上げた全ての元凶、エルファウスト王国の国王の姿だった。

 

「な、なぜ、貴方がここに?」

「何故? 我が前に立ち、この面貌を仰ぎ見て、まさか最初に漏らす言葉がそれか。 そら、三百十五にセットしろ」

 

考えている間、傍から見た潤はどんな表情をしていただろうか。

警戒と戸惑い、明らかな敵意と、それら全てを混ぜ合わせてもはっきり分かる困惑、そんな生暖かい瞳で王を見ていた。

時間をセットする指もどこか覚束ない。

僅か数回のタイピングを何度も失敗し、どうにか開いた口から搾り出すように出た質問、それが目の前の王に一蹴される。

 

「えっと、潤の知り合い?」

「確かにこの方とは面識があるが……」

 

ナギに尋ねられて何とかボーっとした意識が回復した。

一組の面々はこの男を知っている。

たった一度であろうとも、彼の姿を見れば、あの遥か高みに居るような『高貴なもの』の雰囲気は記憶から払拭されるものではない。

しかし、見た瞬間に分かる、その高貴な人との関係は簡単に話せない。

何もしがらみが無いというならば、有名人と知り合いであることは、ある種のステータスと考えて話したくなる人が多いだろう。

しかし、異世界の王であり、潤をこの世界に送り込んだ張本人であり、潤の身の回りで起こった悲劇の裏に居た人物、主であり、魂魄の能力者にとっての父である。

そんな説明が出来るのは千冬か、あるいは本音ぐらいしか居ない。

 

「敬語を用いるな。 ここは我が地でない」

 

一夏に言ったように、この傲岸不遜の王にとってこの世界は醜悪に過ぎる。

せっかく他の世界に来たのだから無聊慰めるために足を伸ばしたが、その第一印象が覆ることは無かった。

彼が寵愛するのは彼が築いた彼の国のみ。

しかし、物珍しさのみで寵愛には値しない地ではあるが、郷に入っては郷に従う、その程度は考えてやって良い。

周囲全ての無礼に手を下すのは、考えたくないほど煩瑣な手間である。

 

「……何を、しに来たんです? あなたが、あの日――」

 

来たんですか? 相変わらず混乱している潤にはそんな言葉も出てこない。

 

「相変わらずさもしい頭だ。 人とは何かをなそうとする意思を持ち、その志を貫くため弱者を踏みにじる醜い種族だ。 俺もまた、俺のなしたい事をなすがためにここに居る。 そら、ISを見せろ、俺が手ずから見てやる」

 

自己満足と欲を満たしたいからここに来た、その不遜な答えにようやく目の前の男が記憶の中の王と一致した。

その男が女生徒を掻き分け、潤の方に歩み寄る。

彼の目の前に立っていた生徒は、何かの手によって導かれるように道を空けた。

潤もどうしていいのかわからず、取りあえず了承の意を表すために少しだけ頷く。

男はヒュペリオンに触れると、潤が反応できない速度で脳波コントロールシステムをハッキングし、ISの内部、コアにまでその手を伸ばしていった。

外部からISのシステムをハッキングするといった、この世界全ての技術者に喧嘩を売っているような光景が目の前に広がっている。

雰囲気に飲まれている――むしろ、UTモードが出す恐怖と同種の精神支配に侵されている彼女たちは黙ってみていることしか出来ない。

そのまま数秒でヒュペリオンの開発ツールを多数展開して、手を広げていった男は、あるところで露骨に顔をゆがめた。

 

「……ふん、あの女め。 進化とは定められた道の上を行くものではない。 定められた進化など、改造と同義であるというのが分からんのか」

「…………進化。 博士もそう言っていましたが、何が、どう、進化するんです? それに俺が関係している理由は?」

「じきに分かる」

 

自分から擦り寄って来たくせに、あっさり突き放す。

実にこの男らしいが、ここ数ヶ月の間色々起こりすぎたせいで生まれていた、やり場の無い怒りが沸々と表に出てきた。

 

「いったいなんなんだよ、あんたは!?」

 

ようやくまともな声量で出た声は、思いのほか大きく、自分でも何でこんな怒気が迸っているのか分からない。

かつて吐き出しきれなかった感情が身体全体からあふれ出し、身体を振るわせる。

そんな潤を、男は少しだけ嬉しく思ったが、無表情で糊塗して作業を続けた。

 

「何時も意味ありげな事を言って人を惑わせて、自分に良いように捻じ曲げ利用する! そんなあんたの戯れのせいで俺の友はみんな死んだ! それが必要だったのは知っている! そのうえ、こんなのとこまでやって来て、迷惑なんだよ!」

「――俺は俺のしたい事をする、それは変わらん」

 

戯れのせいで友がみんな死んだ、その言葉を聞いて俄かに周囲が騒然としだした。

この二人の関係がいまいち理解できない。

潤は敬語で話しをし、男はその敬語を使わなくて良いと言ったことから上下関係があることが分かる。

そして、潤の過去を知っているような事も言っている。

 

「……貴様は何を望む?」

「俺は……! ――俺は、平和な今が続けば、それでいいと……」

 

潤の怒気に対し、眉ひとつ動かさず、平然と応じた。

あまりにもあっさり切り捨てられ怒りを通り越して鼻白む。

 

「平穏を守るため、作るためには強い力がいる。 貪欲に知識を得て、心身を鍛えなければ、その平穏は砂上の楼閣にすぎん」

「だから……、なんだというんです?」

「よし、これでこのISは、あの女の手から離れ、定められた道以外も選べるようになった」

「それは……?」

「どうやっても事態が改善できない場面に巡り合ったときは、ISに魂を重ねろ。 ISとお前の望みが重なった時、このISはお前に願いを叶える力を与えるだろう」

 

そう言って男はヒュペリオンの主導権を潤に返した。

計器モニターが開き、ヒュペリオンのスペックや状態が表示される。

そのデータを見てあらゆる全てが喉に詰まった。

アンバランスだったヒュペリオンが完成されている。

ものの四分で、制御モジュールだけを当てはめて、何とかバランスを整えていた機体が本当の意味でバランスが取れていた。

 

「あの、小栗くん。 そろそろ爆発の時間が――」

 

魂魄の能力者と普段から接していた癒子が、命の危険が差し迫ったことで精神汚染を跳ね除けた。

男が来たことですっかり忘れていたが、男が来ことで問題が増えたのを皆忘れていた。

アルミューレ・リュミエールの防御範囲は安全圏ぴったりで、三角錐いっぱいに生徒が入りきっていた。

つまり、一人増えたら、一人出なければならない。

少しの静寂の後、誰かが入ってきた男が出て行けばいいと言い出し、次第に周囲の生徒まで賛同し始めた。

 

「なんだ、それ?」

「……生徒でもないし、それに、その、男の人だし…………」

「女尊男卑は命に貴賎を作るほど酷いのか!? あんたらは何を言っているのか分かってるのか!?」

 

憚ることなく声を荒げる潤に、何人かははっとした表情を見せるが、結構な数の表情は変わらない。

同じ男だからといって何をむきになっているのか、表情にはそんな感情さえ読み取れる。

IS学園に入ることの出来る生徒は本当のエリートだ。

新たに現れた男は、当然だが男で、IS学園の生徒ではない。

そして、この世界は女尊男卑が浸透している。

だからいって――。

 

「かまわん、俺が外に出る」

 

何を言っているんだこの王様は、そう思って女生徒の輪から離れていく男に声をかけようとした直後、今までにない衝撃が走る。

別の部屋で似たような爆弾が爆発し、施設を揺らし、一部の天井が崩れたのだろう。

轟音が響いた方を眺めながら、男はゆったりとした動作でこの部屋に入ってきた通路へ足を向ける。

 

「さらばだ、潤。 南には爆弾は無いので壁を壊せば避難できる。 また会おう」

「小栗くん、時間が!?」

 

密着している周囲の輪を崩し、そのまま彼を追いかけかねない勢いの潤を癒子が嗜める。

手を伸ばそうとした矢先、爆発五秒前に発動セットしたファンネルが、オートでアルミューレ・リュミエールを起動させた。

光り輝く膜が全ての生徒を包み、その姿まで霞んで見えなくなってしまう。

 

「父さんっ!」

 

その言葉に見送られ、男は部屋全てを包み込む業火に見舞われ、炎の中へ消えていった。

光の防御膜に包まれている生徒は、こめかみを抑えて苦しみに耐える潤を唖然として見ている。

ヒュペリオンのスキンバリア越しに見るこの男子は、今いったい何と言って金髪の男を呼び止めたか。

そして、その父に向けて集団で、『代わりに死んで』と頼んでしまった自分たちに、思わず立ちすくんでしまう。

 

「おぐりん、今、お父さんって……」

「今、俺は父さんと言ったのか!? 父さん……父さんだって!? あの男が!? 俺の――!?」

「おぐりん、落ち着いて!」

「落ち着いているさ!」

「落ち着いてないよ!」

 

こみあげてくる感情を制御するすべを知らない。

本音が何とか落ち着かせようと声をかけるが、畳み掛けるように困惑を押しかぶせてくる。

それでも、意思を曲げずに否定の言葉を重ねると、案外簡単に潤は折れた。

それもそのはず。

あの男がこの程度で死ぬわけが無い。

それに、混乱していて気が回らなかったが、今の状況は異様にも程がある。

最初に密室化されたこの部屋にふらっと現れ、その不自然な有様を誰も怪しんでいない――、まず間違いなく、魂魄の能力で洗脳している。

高次元な爆弾も、彼が仕掛けたものならば手も足も出ないのも頷ける。

 

「……本音、南の壁を空ける。 避難を主導してくれ、生徒会メンバーとしての仕事だ」

「おぐりんは?」

「アリーナ中央にいって、この騒動を起こした連中を懲らしめる」

 

ビームライフルを量子展開させると、男の言葉を信じて南口の方向へ銃口を向ける。

迸るビーム光が壁の一部をグズグズに溶かし、自重に耐え切れなくなった壁はあっさり大穴を明けた。

 

「本音、行ってくる」

「うん、気をつけてね」

 

なおも心配そうな本音は、潤を気にしながらも開いた穴から、周囲の生徒と一緒になって逃げ出した。

ここからアリーナに出るまでに、敵性のISが一機いる。

道理もなにも無い、これはただの八つ当たりだ。

 

爆弾を仕掛けたのは誰?

 

こんな状況を作り出したのは誰?

 

自分が怒っているのか誰に対して?

 

リリム? 王? それとも全員?

 

あるいは全部かも知れない。

唯一ついえるのは、これは自分のための戦いだというだけだ。

 

 

 

----

 

 

 

現在亡国機業は明らかな戦力過多である。

何せ正面戦力に用いることの出来るISコアが八個もあるのだ。

五つのコアを手見上げに持ってきた男は、今では亡国機業の幹部の一人となり、メンバーからは『L(エル)』と呼ばれ影響力を保持している。

自分の成したい事を成すため組織を利用させろ、といった妙な動機こそ気になるものの、コア五つの価値はその不審を覆して余りある。

それに、素性こそ隠しているものの腕だけは信用できるパイロット一人、そしてそのパイロット専用機も提供している。

それら全てがテストにおいて良好な結果を収めており、機体も武装も順次開発が完了、後は実戦データを取得するのを待つだけとなっていた。

そこでLの提案で、IS学園を強襲する事となった。

 

「それにしても、織斑一夏とまったく会うことの無い場所を襲撃させられるとはな……」

 

彼女の専用機、サイレント・ゼフィルスを操りながら愚痴をこぼす。

組織に対し従順ではないため、命令違反を起こさないよう体内に監視用ナノマシンが注入されているので命令以外の事をするわけにはいかない。

自分はまだ死ぬわけにはいかな――『本音、行ってくる』――突如声でなく、しかし声としか思えないものが脳に響き、全身を包み込むような悪寒に見舞われて、咄嗟に機体を後ろに動かした。

 

「エルなのか?」

「まさかホントにエルまで来てんのか!?」

 

通信越しに聞こえてくる声を聞くに、他の四機のISを用いているメンバーも気づいたらしい。

まるであの男に睨まれた時の様な、言い表すなら魂を鷲づかみにされたかのような純然たる恐怖。

予感は正しかった。

壁越しにISがフルフェイス越しに頭部をつかんでくる。

白と黒、特徴的な赤色のナノマシンから、エルとその男が連れてきたパイロットが標的としているヒュペリオンだと分かった。

 

「くっ、小栗、潤か!?」

 

手負いの獣でもここまで獰猛ではない、そんな目を至近距離で見てしまう。

突如もの凄い圧力のせいでブラックアウトしそうになった。

サイレント・ゼフィルスは優秀な機体だが、ヒュペリオンはそれを上回っているのか、アリーナ中央に向かって強引に押し込まれている。

いや、しかし、この力は以前のデータと明らかに違う。

スラスター出力は悲鳴を上げるほどの最大出力で、モニターには高負荷を表す警告が表示されていた。

ビットで叩き落してやろうとも思ったが、更に推力が増し、耐えるので精一杯となる。

 

「失せろぉ! 失せろ、この糞野郎ぉ!」

 

潤の声を最後に、視界が一気に開けた。

どうやらアリーナに出たらしい。

しかし、外に出たのは良い判断だとは思えない。

お互いビット兵器を用いるが、潤のビット適正は良くてB程度。

数こそヒュペリオンの半分程度しか積んでないサイレント・ゼフィルスだが、ビットの扱いなら勝っている。

 

マドカ、仲間内からそう呼ばれている少女――まるで千冬の生き写しのような少女は、極上の獲物を見つけて微笑んだ。


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