紅魔の里日常編、今話にて終了です。
かるせるとの模擬戦から3か月が経過し、辺りは冬の様相を呈して行く。
やがて学校が冬休みに入ると、子ども達は暇な時間を持て余し友達と遊んだり家でゴロゴロしたりと好きに過ごしていた。
そんな中、アンジェルモはある実験のためにそけっとを連れ冬の森に来ていた。
「師匠、危ないのでもっと離れてください、できればその木の後ろ位まで・・」
「え? まだ離れないといけないの? ・・これは期待できそうね!」
森の開けた場所の中心に立ちながら、そけっとを魔法に巻き込まれない位置まで避難させて懐から巻物を取り出し封を切る。
「・・・では! 荒ぶる風を喰らいし炎よ。四属の理と魔術神マグナスの英知において、遮るものを灰燼と化せ! 滅びと新生の扉は開かれり・・」
幼馴染が行っていた動作と詠唱を思い出しながら、膨大な魔力をコントロールしていく。
詠唱と手足の動きで体内で循環して行く魔力を全身を発射台へと変え一気に放出する。
「・・万物を焼き尽くせ!《ファイアストーム》!!」
術者を中心に大きな爆発が起こり木々を焼き払っていく。
周囲の水分が蒸発し、乾いた風が土煙を散らしていくと辺り一面が焼け野原になっていた。
スフィリアが撃っていた魔法には少し物足りないが、それでも達人魔法の名に恥じない威力と範囲を有していた。
「よし、実験成功! いかがでしたか師匠?」
「うん! 威力・範囲共に凄かったわ! あと詠唱も! 敢えて欠点を言えば発動まで隙だらけなことぐらいかしら?」
「うーん・・ しかし、詠唱も動きも魔法の制御に必要なので、ここは仲間にフォローを・・・」
そけっとの意見を聞きながら、魔法使った際の所見をレポートに書き込む。
このような真冬にわざわざ実験を繰り返して彼が巻物の完成を急ぐのには訳がある。
それは紅魔族と比べ魔力が低いという欠点を克服するためであった。
この世界では基本的に魔力が高いほど魔法の威力も高くなる。
かるせるとの模擬戦では魔法の威力で負け、休まず撃ち続けた時の消耗もこちらの方が激しかったのが記憶に残る。
恐らくこのまま上級魔法を覚えても魔力が紅魔族を下回っている以上、彼ら以下の戦力にしかなれず、シルビアと同等の敵に遭ったら命を落としてしまうだろう。
それを克服すべく、自分の魔力を消耗せずに撃てて、彼らの上級魔法に匹敵する達人
魔法の巻物を完成させる必要があったのだ。
そんな中で、実験が成功してほっとしているアンジェルモにそけっとがふと気になった事を伝える。
「それにしても・・アレは自分で撃つと相当魔力を使いそうね? あのネタ魔法と似た感じがするわよ?」
「故郷ではちゃんと役立っていました! ・・上手く工夫すればですが」
紅魔族ですらネタ魔法と断じる爆発系魔法の同類にされる達人魔法。
使い手だった幼馴染のためにも必死にフォローを入れるが、使い勝手の悪さは知っているのでその声は小さくなっていく。
習得の難しさ、燃費の悪さ、隙の大きさの三重苦に加え、先程のファイアストームに関していえば術者の周囲が効果範囲なので味方を巻き込む危険が多い。
正直、工夫しなければネタ扱い不可避の魔法なのだ。
「はぁ、待つだけって暇ね・・さっきの爆発で熊とかが冬眠から覚めないかしら?」
「縁起でもない事言わないで下さい! 次の巻物も試すのでチェックをお願いします」
次々と試されてゆく巻物の魔法。
幻惑魔法の巻物で狂暴化したモンスターが襲い掛かって来たり、魔力変換の効果が止まらずにアンジェルモの生命力が無くなりかけるなどのアクシデントがあったが、概ね期待通りの効果を出した事にアンジェルモは安堵するのだった。
2時間後 紅魔の里にて
冬は日が短い。実験が終わる頃には、辺りは暗くなり空から雪がちらついていた。
そけっとと別れ家路を急ぐ中、空を見上げるとそこにはいつもと変わらず1つの月が浮かんでいる。
(雪か・・不思議なものだ・・あのスカイリムですら今は懐かしく思える)
暖かい南国の島である故郷とは全く違った雪国のスカイリム。
それさえもどこか懐かしいに駆られるのは一体何故か。
街を歩けば住民からは嫌な顔をされ、目が合った子どもには怯えられ、酒場では酔っ払いに女と間違えられる。
任務で外に出れば山賊やストームクローク、猛獣に襲われるなど当たり前だった。
最悪な場合は町の中にまでドラゴンや吸血鬼が襲来する事さえあった。
そんな地であっても懐かしい気持ちに駆られるのは・・
(仲間との思い出があの地に刻まれているのから・・)
力を合わせて敵に挑み任務の合間には様々な技術や知識を学ばせてもらった。
一緒に食事し、酒を飲みながら思いを語り合った。
そんな日々を積み重ねる内に、お互いの背を預けられる大切な仲間に変わっていった。
その記憶は今も自分に刻み込まれている。
(この世界でも彼らのような―― いや、まずはこれからの事を考えよう)
最期の時を共にした仲間の顔が一瞬浮かぶが、かぶりを振って意識を今に戻す。
(原因は何であれ私は運よく第2の生を受ける事が出来た。 私がするべきことは――)
軍に所属していた以上突然の別れは常に覚悟していなければいけない。
だから、戦場で散って行った仲間の分まで生きることが残された者の務めだと部隊の仲間から学んだ。
『死んだ仲間の分まで残った奴が生きろ』というのが帝国やハンマーフェルとの戦いの生き延びて来た隊長が口を酸っぱくして教えてくれたものだ。
だから過去を振り返っても命がある限り今の人生を精一杯生きる。
そう心に決め、帰る足を速めていく。
「まずは今日の実験結果をまとめて、納品分の付呪をして・・あとポーションも――」
春に向けてするべきことを指折り数えながら雪が激しくなる帰り道を急ぐのだった。
3か月後 紅魔の里 学校にて
積もっていた雪も融け、木々枝が新緑に彩られてきた頃。
生命の始まりを感じさせるこの季節に学校では1つの終わりを迎える者たちがいた。
「卒業認定証! 聖剣の賢者及び里随一のエルフに因んだ数々の2つ名を持つアンジェルモ=ヴェルディ殿。
君は我が校初の留学生として卒業に必要とされた魔法を修得するだけでなく、学校や里の皆との友好を深め紅魔族文化に理解を深め『紅魔族っぽさ2級』に達した事は評価に値する! よって、ここに卒業認定証に加え名誉紅魔族の証である眼帯を授ける!」
(紅魔族っぽさ2級ってなんだ!? ・・いや、ここは気にした方が負けか)
認定証に加えて与えられた微妙に喜び辛い検定っぽいもの。
成績に関係なさそうな『紅魔族っぽさ』という謎の評価と2級という中途半端な判定に思わずツッコミそうになるのを思い止まる。あくまでも
あれでも里で初の留学生で、他種族の卒業生になったアンジェルモのために教師たちがわざわざ用意してくれた善意の贈り物なのだと。
断じて抗議の声を上げても無駄だという諦めの境地からではない。
逃げではなく戦略的な観点からの譲歩なのだ。
「これで僕らも卒業! なんかあっという間だったね? 兄さん?」
「ああ、月日が経つのは早い。 特にあんじぇが来てからは・・」
共に卒業を迎えたあんかのとえすとるの兄弟は、引き攣った笑顔で認定証と眼帯を受け取る異郷の友人を眺めつつ彼の話題で盛り上がる。
自己紹介の名乗りが痺れるほど良かった事。
普段は冷静そうなのに、かなり負けず嫌いな一面あり驚いた事。
泥だらけで野菜を追い回したり、風呂掃除をする姿を見てエルフのイメージが崩れた事。
自分より強い相手に無茶をするから心配だった事。
時折こっそりと、雑草やモンスターの素材などを口に入れる変わった趣味があった事。
話のネタは中々尽きることが無かった。
2人が話に花を咲かせる中、壇上では担任やギャラリーに乗せられたアンジェルモが貰ったばかりの眼帯をつけて名乗りを上げているのが見える。
「『謎の転校生あんじぇ』の物語も今日でいよいよ終幕だな」
「でも『聖剣の賢者』の物語はこれからも聞けると思うよ? 噂や本人の口から」
「しかし、時折信じられないような無茶をするだろ? 強いモンスターに特攻してそのままという事も・・」
「・・一応警告はしとこうか?」
「ああ、都合よくこの後は約束している事もあったからな・・」
アクセルへ旅立つアンジェルモに対し、2人は里に残って家業を継ぐと決めている。
高い戦闘力を持つ大人たちに守られる里の中とは違い彼は1人、外の世界へ飛び出していく。
自分たちと年が変わらない彼を待ち受けるものを想像すると期待と不安は心は満たされていく。
旅立ちが迫る友人に対して自分達は何ができるのか。
何かをやり遂げたような顔をして席に着く友を見ながら2人は考え込むのだった。
1時間後 紅魔の里 森の中にて
「――我が魔力を糧とし燃え上がれ《インフェルノ》!!」
詠唱と共にあんかのの魔力が炎へと変換され空高く噴き上がる。
破壊の中心となった木は焼け落ち他の木にまで燃え移りそうになりアンジェルモが消火を始める。
やがて火が消えると得意そうに胸を張るあんかのに笑顔で頷き、モンスターが集まっていないか周囲を探る。
「・・・・ふう、近くに生体反応無し。 じゃあ、次はえすとる頼んだぞ」
「よし! 兄さんには負けないよ!」
「ふん、寝言は寝て言え! 兄より優れた弟などいない!」
張り合う2人に苦笑しながらも、あんかのが放った上級魔法に内心舌を巻いていた。
昨日までは使う事ができなかった上級魔法を練習することなく完全にコントロールをしている。
学んだ知識では可能だと分かっていても実際に目の前に見せられるとやはりその異常さに驚き呆れるしかない。
日々練習を繰り返して魔法の制御を訓練をしているニルンのウィザード涙目である。
(まったく・・逃げる野菜といいエリス神とは何を考えてこんな世界にしたのか? とりあえずニルンのウィザードに謝ってほしいな)
なお、彼の世界にも呪文書があれば一瞬で魔法を覚え、完全に制御できる
~閑話休題~
アンジェルモが罰当たりな謝罪要求を頭に思い浮かべている間にもえすとるの詠唱は続く。
兄に劣らない膨大な魔力が詠唱が進むにつれてそれがあるべき姿へと制御されていく。
「―――天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、魔王軍倒せと僕を呼ぶ、顕現せよ地獄の炎! 《インフェルノ》!!」
先程の破壊跡の上書きするかのように炎が吹き上がり、燃え残っていた木々を灰へと変える。
「イエーイ! どう? 僕も中々やるでしょう?」
「ああ、流石だ! 私も誇らしいぞ!」
こちらにVサインを向けるえすとるを称賛しつつ、満足そうに眼を細めているあんかのと頷き合う。
2人の上級魔法は以前見た大人たちにこそ劣っていたが、それでも自分が相対したかるせるやそけっとの中級魔法を遥かに凌いでいた。
(昨日まで使えなかったのに2人ともこれだけの威力が出せるとは! 私もきっと・・!)
友人の成長を見られた喜びと自分がこれから放つ上級魔法への期待。
高ぶった心を落ち着けるようにアンジェルモは消火活動へと意識を集中させていく。
冷気の風によって炎が消し、呼吸を整えながら空き地の中心へと向かう。
「さぁ、残るはお前だけだ! 期待しているぞ!」
「学校での総決算を見せてよ! あんじぇ!」
期待に赤い眼を輝かせる2人に頷き、両腕を前に突き出して構える。
脳裏に浮かぶのは初めてのこの世界に来た初めての日。
抵抗するのがやっとだった一撃熊を苦も無く一蹴し、力を渇望する事になったあの魔法。
使った事が無い異界の魔法の知識がカードの効果によって脳内に働きかけ、導かれるがままに口・体・魔力が呼応し、魔法を放つ準備が整えられてゆく。
「運命に紡がれたし
長いようで短かった学びの集大成として。
あの時目標となった力に自分が今どれほど近づけたのかの指標として。
待ち受ける旅に向けての始まりの狼煙として。
万感の思いを込め放たれた新たな力は、道を照らす灯火のように術者を明るく照らし出すのだった。
『卒業したら2人の上級魔法を見せてもらえないか? 旅立つ前に自分の力を知りたい』
かつて卒業が間近になって来た日に交わした約束。
自分と里の大人たちの魔法の差は単にレベル差が原因なのか。
それとも種族の差というどうしようもないものなのか。
それを確かめるべく同じ日での卒業を誓った2人に頼んだ。
本来の予定では学校生活の中で確かめるつもりであったのだが、まさか卒業まで魔法が使えないとは入学前は予測できておらず確かめるのが遅れてしまったのだ。
(あぁ、やはり・・)
突如燃え上がった炎に目が慣れてきて浮かびあがったのは自分の魔法による破壊跡。
魔道具に頼らずに自分が放つ事が出来た最高の一撃だった。
それでも2人の魔法には僅かに届いていなかった。
「あんじぇ、その・・」
いつもは自信に溢れているあんかのが珍しくおずおずと話しかけてくる。
えすとるの表情まで心なしか暗い。
「もしや、地味でがっかりさせてしまったか?」
「え!? いや、そうじゃないんだよ!? ただ、大丈夫かなぁって思って・・」
「なんだ? 体調なら万全だぞ? 大体の病気は鷹の羽をかじれば治るからな」
「治らないよ!? むしろお腹壊すよ!?・・ああもう! そうじゃなくて」
「負けず嫌いのお前の事だ。 気落ちしていると思ったのだが・・平気か?」
2人の気遣いに礼を言いつつ、心配するほど自分が落ち込んでいない事を伝える。
「でも、思い通りの結果にはならなかったんでしょ? 『あんなに努力したのに』とか思わないの!?」
子どもらしく真っ直ぐなえすとるの疑問。
自分とコイツ同級生だったよな?とアンジェルモは訝しむがすぐに苦笑を浮かべる。
彼らは正真正銘の子どもで自分の本来の年齢はそれよりかなり下だ。
その事実を忘れるほど自分は学校生活にのめり込んでいたのだと。
「努力はちゃんと報われているさ。 現に私は上級魔法を覚えるという結果を得ているのだからな。 ただ少しばかり私の思い通りに行かなかっただけだ」
努力すれば結果が得られるが必ず思い通りの結果が得られるとは限らない。
凡人が血反吐吐いて努力する横を天才が鼻歌混じりで追い抜いて行く。
逆に才能もあり努力を重ねたのに運に恵まれず誰の目につくこともなく消えゆく者。
兵士としての教育を受け任務に従事していたアンジェルモはそんな世の中に蔓延る理不尽を知っている。
「世の中そんなものだと知っているから別に落ち込んではいない。 気を使わせて悪かったな」
「何、こちらが勝手にしたことだ。 そちらこそ気にするな」
「あんじぇはよく無茶するから、心配なんだってば・・」
「ああ見えて死なない程度には計算しているからな?」
「かるせる先生はともかく魔王軍の連中は一歩間違えれば死んでたぞ!」
「そうだよ! 大体あんじぇはいつもーー」
諭す側と諭される側が逆転し、舌戦が開始される。
自分は大丈夫だから心配いらないという主張。
君は不安だから心配するに決まっているという主張。
言葉こそ真逆であっても込められているのは互いに相手への気遣い。
望んだ通りの物は結果的に得られなかったが、期待していなかった得難い者は確かに得られていた。
To be continue…
次回からはアクセルへのはぐれ旅編が始まりますがその前にニルンの様子を外伝で一話ほど投稿予定です。