「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまです」
この世界は、食事の始まりと終わりに決まった言葉を唱えるという変わった風習がある。
自分たちが知っている食前の祈りとは違い、食事を用意した者、そして糧となった命に対して感謝を捧げるという意味を持つ。そしてアンジェルモは、紅魔の里で学んだこの風習を密かに気に入っていた。
昼食を終え、饅頭とはどこか違う温かさを感じつつも、人心地がついたウィズが淹れたお茶を啜る。丁寧に淹れられたであろう茶葉の香りを堪能しながら、先程より多少血色が良くなったように見える彼女に視線を向ける。
(
ノルドの遺跡で遭遇したカラカラに乾いたミイラのような存在。自分が自信満々に召喚した
(吸血鬼の方がまだ信じられるな。血も吸うし人肉も喰らうからな。でもリッチは空腹とは無縁だろうに……)
先程は空腹で倒れ、今はお花畑が幻視されるほどの緩い表情を浮かべている彼女に思わずため息漏らしそうになる。何せ余りにも態度が普通過ぎるのだ。彼女から感じる魔力が本物のリッチあることを示しているだけに余計にそう感じてしまう。
生前は
「……そういえば、ウィズさんは今おいくつですか?」
だからこそ、思わずこの言葉が自分の口から出てしまったことにアンジェルモは顔を歪めてしまう。アンデッドは年を取らないし見た目も変化しない。他者の手にかからなければ永遠に生きられる存在が常命の者のように年齢をわざわざ気にするはずがないというのに何を馬鹿なことを訊くのだろうかと。
「20歳です」
「……えっ、20歳? いや、失礼。何でもありません……」
見た目通りの年齢を言われたことが逆に予想外でアンジェルモは思わず聞き返してしまう。リッチになるには生命の理を捻じ曲げるほど魔法に精通しなければならない。ウィズが現時点で20歳ということは、遅くてもスフィリアと同じ年齢の頃にはその域に達していた可能性が出て来る。
(しかも、彼女は
プライドがひび割れる感覚を覚えながらも、アンジェルモは表面上は何とか平静を保ちながらも言葉を続ける。
「で、ではリッチになった時はおいくつでしたか? あ、思い出したくないのであれば別に―――」
「……20歳の時ですね」
「なるほど20歳の時に……いやちょっと待て流石におかしくないか?」
先程以上に予想外な年齢を言われ思わず素の態度が出てしまう。アンジェルモがひょいざぶろーからこの魔道具店のことを聞いたのは去年のことだ。アクセルで道を聞いた際にもこの店の主はウィズのまま変わりはない。そうなるとウィズはこの店の経営をする傍らわざわざリッチになったということになる。しかも、ごく最近に。
からかっているのかとジト目になるアンジェルモに対し、ウィズは笑顔のまま言葉を付け加える。
「おかしくないですよ? リッチーになった時点で20歳、それから年を取ることはありませんから」
「いやそれだと、数百年生きてる吸血鬼とかが存在しないことになりますよね? だから本当の年齢を―――」
「私は何年たってもずっと20歳ですよ?」
(ッツ!? 笑顔のままプレッシャーを!? 何故そこまでして若輩者に見られたい!?)
剣を向けた時よりも明らかに抵抗する気満々なウィズにアンジェルモは困惑を隠せない。これは人間としての感覚を持つウィズ。そしてアルトマーであるアンジェルモの感性が噛み合わないためだ。
長く生きているということはそれだけ知識が経験が豊富であり、加えて今まで生き残ることができた強い存在ということの証明だ。だからこそアンデッドのような不死の存在や、アルトマーのような長命の種族にとって年齢を重ねること自体が誉となるのだ。
人間もその点については同様であるが先の2種族とは比べ短命であること、そして肉体的に全盛期でいられる期間が短いという違いがある。だからこそ若いままでいたい、或いは若く見られたいという感覚が起こるのだ。
アンデッドはそもそも老化はしない(骨やミイラみたいにはなる)し、魔法至上主義な所があるアルトマーは肉体的な強さなど重要視しない。だからこそ、ウィズが何故そこまでこだわるのかが彼には理解できないのだ。
「あと、個人的なお願いで申し訳ないですができればリッチでなくリッチーと言っていただけますか?いえ、アンジェルモさんに悪意が無いのは分かっていますが……その、無性に悲しくなってきますので」
「え、ええ……構いませんが?」
加えて
◇2時間後 ウィズの魔道具店 玄関にて
「お買い上げ、ありがとうございました! また是非きてくださいね」
ウィズの声を背に受けながらアンジェルモは店の外へと出る。店内はひょいざぶろーの工房で見たお馴染みの物から古代の遺跡から発掘されたものなど興味を引く物が沢山あり、予想以上に長居してしまったのだ。
「結局買えたのはポーションだけ……まぁ里のように安定した収入がないから仕方が無いが」
効果の分からない付呪は分解して調べる。それが習慣となっていた身としては、他の魔道具も買いたかった所。
とはいえ長期の宿代は確保しておかなければならず今回は泣く泣く見送ることにしたのだ。
(生活環境は大事だ。特に長期の活動拠点となる場合には特に……『アンカノ事件』の二の舞は御免だからな。私が赴任する数年前だから報告書以上のことは知らないが……)
顧問として魔術大学に派遣されていたサルモールエージェントが引き起こした事件を思い出す。
彼の技量が問題だったのか、サルモールの支援が足りなかったのか、或いは彼が与えられた部屋の環境が余りにもひどくて精神を病んでしまったのか。原因こそ不明ではあるが、結果として彼は暴走し大学の先代アークメイジとマスターウィザードを殺害。後に彼は現アークメイジによって倒されたが、彼の起こした事件が切っ掛けで魔術大学を監視することができなくなってしまい大きな損害を受けたと報告書にはあった。少なくともアンジェルモは彼のようにはなりたくはないからこそ無理してでも宿屋に泊まることに決めているのだ。
(ああ、アンカノで思い出した。 そろそろ里の皆に手紙でも書くか……む?)
ふと、視線を感じて振りかえるとくすんだ金髪のチンピラ風の男と片目の軽薄そうな見た目の男がこちらを見てヒソヒソと言葉を交わしているのが見える。
『おい、見ろよあのエルフ、貧乏店主さんの店から出て来たぞ!? しかも商品の袋を持って!』
『うわぁ……あの店の商品買ったのかアイツ? 世間知らずなのかそれとも頭がいかれているのか』
読唇術のスキルを使ってみると随分失礼なことを言っているようなので急いでこの場から立ち去ることにした。恐らく駆け出し2人ぐらいなら今の自分でも何とかなるが、この町について早々問題を起こしたくはない。特に金髪の男はどことなくあのノルドを思い出させてしまうためなるべく早く視界から外したかった。
(容姿は特に似ているわけではないのに何故だ?)
違和感に首を捻りながらもアンジェルモは街の散策を再開するのだった。
◇同時刻 ウィズの魔道具店
「お買い上げ、ありがとうございました! また是非きてくださいね」
久し振りにまともな食事ができたこと。更に久し振りに店の商品が売れたこと。そして会計を済ませたアンジェルモが名残惜しそうに商品棚に視線を送ったこと。商品が売れたことだけではなく自分が見立てた商品を客が興味を持ってくれたことの嬉しさからウィズの表情は明るい。
(アンジェルモさん……うーん、随分変わった方でしたね)
倒れていた自分を心配してくれたこと。自分がリッチーだと分かっても最後は剣を引き普通に接してくれたこと。理由は無理矢理な感じがあったが食糧まで分けてくれたことから悪い人物ではなさそうだ。それでも会話の中でお互いに噛み合わないものをウィズはアンジェルモ以上に感じていた。
同じ人類なのに随分、自分と人間を区別していたこと。彼の持つ常識がこちらの持つ常識と違っていたことも何度もあった。
(常識を知らないというより全く違う常識を持っている所はニホンジンと似ていますけど……どう見ても人間じゃないですよね?)
人間どころかあらゆる亜人、挙句はモンスターに至るまで彼の特徴と合致するものはない。外見上は僅かにエルフ族に似てなくも無いが最早種族レベルで別物だ。紅魔の里にいたとのことだがそこで人体実験でもされたのだろうかさえ思えてくる。
(い、いえ流石に人間相手の実験はしないと思いますけど。ああでも、もしアンジェルモさんの方が望んでしまったら―――)
余りにも恐ろしい想像をしそうになりぶんぶんと首を振って必死に霧散させる。変わった言動、容姿、見たことが無い魔法。彼に対する疑問は尽きないがウィズが特に気になったこと。それは光る剣を構えた時に無意識にリッチーの力を使おうとして見えたもの。
(魂が生者にしては随分と希薄だったような? それに肉体と魂の姿が違うなんて……アンジェルモさんは一体?)
一瞬、亡霊と見間違えるほどの朧げで今の彼よりも更に成長した姿の魂をウィズは確かに見ていた。心や感覚こそは人間のままでもウィズは紛れもなくリッチーでありその力は本物だったのだ。
To be continue…
貧乏なのに種族はリッチ(リッチー)ってウィズにとってこの上ない皮肉だよなと原作を読んでて思いました。永遠の20歳でありますが王都の第一線で活躍し、魔王軍の(なんちゃって)幹部でもある彼女は両陣営の幅広い知識を持っている存在であると言えます。
だからこそ仮に転生のシステムを知らなくても主人公を見て「こんな種族この世界にいる?」となりそうな気がします。加えて魂と会話したり、幽霊を見たりできる種族の特性上色々と不完全な転生をした主人公の違和感には絶対に気付きそうな気がします。