虹に導きを   作:てんぞー

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―――黙って救われろ

 戦闘の始まりの流れは完全にオリヴィエが掴んだ。

 

 戦闘が始まるのと同時に、クラウスとヴィルフリッドは前に出ようとした状態で()()()()()()()()し、一瞬だけ体を完全に動かせなくなる。それと同時に聖剣を構えたオリヴィエがそれを振り抜いた。蒼空を思わせる刀身から放たれた光の斬撃は一瞬で二人の姿を飲み込み、大地に亀裂を穿つ。だがそれが到達するよりも早くヴィルフリッドが抜け出し、広く広がった光の刃を拳で破壊し、消滅させた。そこを食い破ったクラウスが一気に前に出て、振り抜いた姿のオリヴィエに接敵する。

 

 だがその動きは最後の一歩を踏もうとしたところで完全に停止した。

 

「これ、は―――」

 

 虹色の障壁だった。

 

 それも掌サイズの板に形成された。

 

 オリヴィエが行ったのは簡単だった。聖王の鎧、それを掌サイズまで小さくし、なるべく見えない様に処理しながら、動き始める体に合わせてそれを設置しただけだった。踏み込むときは、膝の前と足首の前に設置すれば動き出しの速度を完全に相殺して動きが停止する。攻撃に合わせて肘の内側と肩に出現させれば、それだけで攻撃動作が停止する。

 

 最強の防御力とは攻撃を防ぐことにあるのではなく、攻撃すらさせないという点で発生している。オリヴィエの聖王の鎧の使い方は対処法を編み出さない限りは一方的に相手を蹂躙するような、そういう類の技術だった。道場や遊戯、習い事で覚える様な技術ではない。優雅さが欠片も存在しない、戦場での敵の殺し方の類の技術だった。それは日々の中でヴィルフリッドから学習した使い方であり、同時に、柔軟な発想はこっちから学習したものであるというのも理解できた。

 

 おそらくは、本来の歴史よりも一段と強くなっている。彼女の環境がそうやって強くなることを許した。

 

 故に動きが停止したクラウスにオリヴィエの一切容赦のない凶刃が迫る。オリヴィエは止まるつもりがなかった。最早止められなかった。彼女は真面目すぎた。自分で選んだ道を捨てられないほどに。故に一瞬でクラウスが敗北してくれるように祈りながら光を込めてクラウスへと刃を振り下ろし―――それがヴィルフリッドへと阻まれた。

 

「おっとぉ、これは僕がいなかったら速攻で終わってたかもね」

 

「すまないリッド……助かった」

 

 クラウスとの間に割り込んだヴィルフリッドが掌底で閃光を破壊しつつ、逆の手で剣を反らした。その動きは非常に不可解な物であり、まるで幾何学模様を描くような読めなさと奇妙さが入り混じった動きだった。だがそれは不思議とオリヴィエに阻まれる事無くその動きに対応していた。それを見ていて成程、と思う。動きの起点をバラバラに体を動かしているのだ、ヴィルフリッドは。基本的に動きには理想の動きが存在し、鍛錬すればするほどそれに近づき、囚われて行く。故に超一流の戦士等は最速で最短の動作で行動し続ける。

 

 逆に言えば武芸をかじった存在であればある程度最短の動きが理解できている。

 

 トラップじみたやり方でその動きを潰す様に壁を設置すれば、それだけで動きは潰せる。だがそれを回避するようにヴィルフリッドは動きを最短から外したのだ。初速は落ちるし、威力も下がるし、効率も悪くなる。だが最終的に行動は読めず、止められなくなる。つまりは行動停止よりもはるかに良い状態へと体を持って行く事が出来るのだろう。

 

 数百年以上の戦闘経験を実戦形式で継承し続けているエレミア一族でない限り、こんな曲芸は行えないだろう。

 

「オリヴィエに才能で劣る事をこれほど嘆く日が来るとはな!」

 

「生まれ持ったものは時間でしか覆すことが出来ないからそこはしゃーない。それはそれとして、イケメンさんの助けが切実に欲しいけどね……ちらっちらっ」

 

 クラウスと共に距離を開けるようにヴィルフリッドが下がった。その姿をオリヴィエは静かに佇む様に待ち構える。自分から攻めこむ姿勢は見せない。その間にヴィルフリッドが此方へと向かって口でちらちら、と言葉を漏らしながら視線を送ってくるが、そんな事をされても困る。いや、別に俺が困る訳じゃない。何せ俺は読み手なのだ。この物語に関しては本来、傍観者的なスタンスだ。

 

 本の中にある完成された物語を読んでいる側の人間なのだから。確かにヴィルフリッドの時に一度だけ、力を使って助けたのも事実だ。ヴィルフリッドの敗北に記述してある頁を引き裂き、そこに新しい頁を挟み込んで羽ペンで物語を加筆した。そこに関しては認めよう。だけどそれは余りにも無粋だと思う。既に口を出しているし、軽く手を出している以上、これ以上言うのも非常にアレな事なのだが、

 

 それで、いいのだろうか?

 

 本当に一番大事なこの瞬間を、誰か外側にいる外野に任せて突破してそれでいいのだろうか? なんというか、それで悔いなく生きていける? という話である。

 

 少なくとも、そこの青年は弱く、力が足りなくても欠片も心が折れていない。

 

 俺の事なんか知らず、力の差を知っても、それでも体が動く限りは一切諦めるつもりはないように見える。

 

 そう、クラウスは自分とオリヴィエの間の力量差を知っても諦める様子は欠片も見せなかった。ここは絶対に勝たなくてはならない所なのだとクラウスは理解していた。そして同時に自分が足手まといになっているという事実がある事も。おそらくはヴィルフリッドが自分を放置して戦えばもっと効率的に戦えるのだろう、とクラウスは理解していた。だけど、それでもクラウスは戦う事を諦めないし、止めない。

 

 自分から望んで戦いを挑んだのだ、正しいと思って。それを男である以上退く事はできない。ただそれだけのシンプルな事であった。そう、クラウスは男なのだ、王子である前に。格好つけなきゃ生きていけない人種なのだ。そしてここは絶対に格好つけなきゃならない場所でもあった。

 

 ならば完全に動けなくなるその瞬間まで、クラウスは戦い続けるだろう。

 

 それが格好良い男という生き物だ。

 

 此方の言葉にヴィルフリッドは並んだクラウスを見て、そして視線をまっすぐオリヴィエへと向けた―――その表情にはもう、迷いの様子はなかった。冗談を言えるラインも既に通り過ぎていた。認めたくなくても、オリヴィエは本気だった。悩んで悩んで悩んで―――そして逃げ場がなく背中を押され続けた。

 

 だからこんなところまで来てしまった。それをヴィルフリッドは止めなくてはならない。もう、言葉だけではオリヴィエは止まれなかった。それほどまでに立場というものは雁字搦めに彼女を縛っていた。

 

 故に攫うしかない。

 

 もはや言葉はいらなかった。ヴィルフリッドとクラウスが前に出て、それをオリヴィエが迎撃に回った。ヴィルフリッドも両手に消滅の力を纏って正面から聖王の鎧を砕く為に腕を振るう―――だがそれをゆがませるも、突破するまでの破壊力は出ない。普通の聖王の鎧ならともかく、オリヴィエには己と母の分、二人分の聖王核が存在する。それによって補正された聖王家の才児は、おそらく歴代最強の資質を兼ね備えていた。

 

 故に無敵の防壁がヴィルフリッドの攻撃を塞いだ。そしてそこを抜けるようにクラウスが前に出る。拳を握り、全霊を込めてオリヴィエを倒すために前に出る。才能はオリヴィエにもヴィルフリッドにも遠く及ばずとも、それでも王子という身分でありながら乗り込んできたその気概はおそらく、

 

 この場にいる誰よりも強かった。

 

 だがそう来るだろう、とクラウスの事をオリヴィエは知っていた。そしてそれはある意味誘いでもあった。一番弱いところから心を折る為に片付ける。的確に、容赦なく、倒すためにクラウスを引き込んでから、拳をわずかに体をズラして回避しつつ、カウンターで体を切り裂いた。戦闘装束を構成する魔力が斬撃と共に切り捨てられ、クラウスの体に浅い傷を生み出しながら体力を削る。その体が吹き飛ばされ、入れ替わる様にヴィルフリッドが飛び込む。クラウスを切り飛ばした隙間を縫うように飛び込んできたヴィルフリッドを前に、オリヴィエが一瞬だけ隙を晒す。その意識を奪う様に放たれた拳はしかし、

 

「無駄です」

 

 オリヴィエの眼前に出現した虹色の壁によって完全に止められた。微動だにせず立ち続けるオリヴィエが動きを止められたヴィルフリッドへと視線を向ける。ところどころその体には虹色の障壁による拘束が発生しており、それが動きを抑え込んでおり、それが逃げ出す事を許していなかった。

 

「確かにリッドは強いですが―――今はこの呪われた力でさえ使う事を厭いません。普段はこれが聖王家由来だと解っているのであまり使いませんが……リッドを屈服させる為であるならば、全力で使わせて貰います」

 

 このまま一気にヴィルフリッドを蹂躙するというオリヴィエの言葉にヴィルフリッドが小さく笑った。

 

「ヴィヴィ様―――この程度で僕を抑え込めると思ってるとか舐めすぎじゃない?」

 

 直後、ヴィルフリッドの髪色が変色した。黒から反転するように白へと髪色が変貌した。それに合わせ、体を捕らえていた虹色の光を割って破壊した。瞬間、オリヴィエが後ろへと下がるのと同時にヴィルフリッドの拳が壁を貫通して空を凪いだ。その体に誰かが憑依しているという訳ではないが―――一度の経験で、調子を掴んだらしく、未来で生み出される筈の奥義の一部を体得したらしい。

 

 下がったオリヴィエとヴィルフリッドの間に距離が生まれ、その間にクラウスが戻ってくる。ダメージは増え、さらに姿はぼろぼろになっても、クラウスは諦める姿を見せず、無言のまま構えなおす。

 

 そして戦いが再開される。

 

 飛び出すクラウスとヴィルフリッドの姿に牽制の斬撃が閃光として走った。空間を切断する虹色の閃光に反応できるのはそれを先読みしたヴィルフリッドのみ。故に真っ先に消滅を乗せた攻撃でそれを砕いたところでクラウスが前に出て―――当然にように一合交わしただけでクラウスが切り飛ばされる。そしてそこにヴィルフリッドが飛び込む、クラウスの体を張った隙作りを利用するように。

 

 ヴィルフリッドの拳とオリヴィエの剣が衝突する衝撃と魔力を周辺にまき散らしながら今までにない速度で斬撃と拳撃が衝突する。両手で握る剣を回転させるように素早く動かす事で間隔の短いヴィルフリッドの拳に対応し―――動きを引き込んだ。攻撃の瞬間を体に掠らせながら聖王の鎧で動きを反らし、その隙間に切り返した。

 

 斬撃が―――初めて、一撃がヴィルフリッドを通った。だがそれを殺す様に衝撃を逃がし、自分から大地へと向かってワンバウンドしながら転がって拡散、起き上がりながら次の瞬間には踏み込み終わっていた。

 

 斬撃が空を切り、蒼空の軌跡を描く。七色の剣閃が煌きながら虹を斬撃として刻む。

 

 一刀で手数が足りぬのであれば増やせばよい。たったそれだけのシンプルな理論で聖王の鎧を分割し、各々の色に鎧を斬撃に変換して分けた。七色の斬撃が同時に逃げ場を食らう様にヴィルフリッドに襲い掛かり―――そこにクラウスが割り込んだ。

 

 咆哮するような声が大地に響く。クラウスが踏み込む声だった。その動きは鋭く、荒々しく、しかし未熟だ。ぼろぼろの体は既に体を十全に動かせなくなる領域まで痛めつけられている。だがそれでもクラウスは体を動かす。

 

 才能はある―――だが突き抜けた才能ではない。ヴィルフリッドの言う通り、時間が必要となる才能だ。いうなれば基盤、或いは土台。()()()としての才能ともいえるだろう。突き抜けた部分はないが、ここから世代を経て積み上げて行くスタート地点。そういう才能をクラウスは持っている。つまり現時点ではそこまでは才能を発揮できる訳ではない。

 

 それと比べればヴィルフリッドやオリヴィエは完成を目指して成長しているエンドタイプを目指した才能とでも言うべきだろう。土台を通して必要な能力や素質を選別、その上で環境を用意し、血筋を純化させている。そしてその上で必要な部分のみを優秀な母体を通して継承してきた。つまり才能と言っても土台が既に完成されている為、即座に能力を発揮し、その上で成長できるというタイプになる。

 

 だがそれをクラウスは持たない。

 

 300年後の未来に居る子孫であれば話は違うだろう。

 

 だがこのクラウスには今日に至るまで、そこまで必死になる理由も環境も背景もなかった―――或いは大事な友人たちと離れ離れになる、一生抱き続ける後悔が生まれれば修羅となって何かを得るだろう。だがそれが今のクラウスにはない。だから彼はレベルで言えば才能のある青年程度のレベルだ。国家を運営する側の人間としては十分すぎるレベルと言っても良い。

 

 だけど世界最高クラスの才能と肉体の持ち主と比べれば、圧倒的に劣る。

 

 経験も、才能も、技術もまるで劣る。このレベルに至るまでの背景も年数もまるで違う。男だからというアドバンテージなんて存在しない。

 

―――それでもクラウスは前に出た。

 

 ヴィルフリッドとオリヴィエの戦いを一言で表現するなら人外魔境の一言に尽きるだろう。大きな破壊はそこにはない。だが細かい技術と経験と、そして圧倒的才覚による終わりのない連撃が続いている。消滅という能力の上にエレミアによって継承される経験と技術とはつまり、()()()()()()()というプロセスを全て省くという事になる。プロフェッショナルの戦闘家が基礎や応用を学ぶのに最速で20年から30年かけ、そこから一生を通じて馴染ませるための基礎鍛錬を行って行く中、その数十年という単位を自動的にエレミアは免除される、しかも数百年単位の戦闘経験を持って。防御不能、そして絶対的な経験量から行われる近接戦闘は問答無用で相性差を殺し尽くす。

 

 そしてオリヴィエのそれは天性的なセンスだ。人工的に生み出された天賦と言っても良い。元々聖王核は才能というあやふやな存在を増力するものであり、それを二つ保有しているオリヴィエの才能はもはや言葉で語れるものではない。人類の上限。そう言葉で表現するのさえも早いのかもしれない。その上で超直感的に情報や技術を吸収し、即座に反映する能力を持っているため、一分一秒ごとに成長と進化を続ける。生きていればそれだけ強くなり続ける。そういう才能を持っている。

 

 それに比べればクラウスという青年は役者不足だと言える。

 

 ()()()()()。それがおそらく割り振られたクラウスの役割だった。無力で、何も出来ず、そして悲劇がその結末を結ぶ瞬間を目撃してしまう第二の犠牲者。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの人生において彼女が被害者だとすれば、彼女はクラウスの加害者だった。

 

『悲劇は誰かが見てないとならない。そうではないと記録されないし、記憶されないからだ。だからオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの物語をその最後まで語り継ぐオリヴィエの唯一の被害者が必要だった。クラウス・イングヴァルトという青年はおそらく運命に、或いは隠れて歴史を生み出している存在にその役割を割り振られたんだろうね』

 

 だから足りていない。頂点の立つ舞台に足を踏み出すだけの力が。

 

()()()()()()()

 

 クラウスはまた、切り殴られながら大地へと投げ飛ばされた。そのカバーをするためにヴィルフリッドが少しだけだがダメージを負った。だけどそれよりもはるかに多くのダメージをクラウスは受けた。もはや無事ではない場所を探す方が難しいというレベルでクラウスの体はぼろぼろだった。だけども、それでもまた、咆哮と共に立ち上がった。そして愚直にオリヴィエへと立ち向かって行く。その姿をオリヴィエは一刀で切り伏せ、ヴィルフリッドとの戦いに戻る。

 

―――だがクラウス・イングヴァルトは再び立ち上がる。

 

「元々俺が劣っている事は知っていた。いや、恵まれてはいる。だが同年代の女子たちよりも劣るという事は自覚していた。それをコンプレックスに感じていたのがあるのも事実だ」

 

 クラウス・イングヴァルトは折れなかった。或いは折れない。その心は気高く、黄金とも呼べる精神をしていた。既に肉体は限界を超えていた。だけどもそれは未だに普通に戦闘行為を行い、オリヴィエと数秒も戦闘しないうちに蹴散らされる。その度に傷跡が増えていき、ついに防御する為の魔力が切れる。

 

 切り傷が体に増え、クラウスの体から血が流れ始める。

 

「君程優れた先見性がある訳ではない。そうだな、俺は君たちと比べれば明確に劣っているのだろうな、あらゆる面で」

 

 クラウスの体はふらふらとしていたが、一定のラインを超えると一気に安定する。体力さえも底を尽きる程に切り倒されても起き上がる事にオリヴィエが躊躇を覚える。だがクラウスは体を動かす。前に、前に。それすら死を厭わぬ様にオリヴィエを倒す為だけに命の炎を燃やす。

 

 だがそこにご都合主義はない。

 

 突然才能に覚醒する事なんてありえない。

 

 突然対処方法を覚える事なんてない。

 

 突然強くなって逆転するなんてことは―――何よりもあり得ない。

 

 故に命を懸けてもオリヴィエに拳を届かせる事は出来ない。ヴィルフリッドとの対面の合間にあしらわれる様にクラウスは切り倒される。何度も、何度も何度も、立ち上がるたびに切り倒される。だけどそれでもクラウスは起き上がる。

 

「何度、俺にもその才能があれば、と思わない日はなかった。妬み、そしてそれと同じものを欲した」

 

 クラウスが命を懸けたところでオリヴィエは倒せない。奇跡は安くない。

 

「だけどそれがどうした。俺は君の友人で、君は俺の友人で―――君が、いなくなるととても寂しいんだ。君に消えてほしくないんだ。だからこうやって無様を晒しているし、さっき、そこで、リッドに身体操作魔法を教わったんだ。これで体力が尽きても魔力が続く限り体を動かす事が出来る」

 

 そこにはシンプルに意地しか存在しなかった。気迫とも言う。文字通り命を懸けてオリヴィエを救う。その一点に関してはもはやヴィルフリッドに匹敵するものがあった。傷つき、倒れ、それでもさらに血を流して起き上がる姿にオリヴィエが涙を溜めながら剣を振るう。

 

「もう、止めてください! 私は皆を守りたいだけなの!」

 

 それを受け、再びクラウスが弾き飛ばされる。だが今度は大地を転がらず、両足で体を止めながら立ち上がったままだった。オリヴィエの叫び声に戦場が停止した。ヴィルフリッドも動きを停止させ、

 

「俺たちが好きでこんなことをやっていると思うのかッ!!」

 

 クラウスの咆哮が響いた。

 

「こんな馬鹿みたいに痛い事を進んでやると思っているのか! 誰にでも! ふざけるなオリヴィエ・ゼーゲブレヒト! こんな無茶、君の為でなければする訳ないだろ! 全身が砕かれたように痛い! 泣きたいのはこっちだ! 血が流れてきて意識だって朦朧としているんだぞ!」

 

 言葉遣いとかをかなぐり捨てた言葉だった―――心の底から、偽る事のない咆哮。

 

「今も意識が途切れそうだから痛みで意識を保っているが今度はそれで泣きたくなる! だけど! それ以上に! 君をそうやって追い込んでしまった状況から救えなかった俺自身の無能加減に怒りが抑えられない! 何が次期王だ! 友を一人救えず、何が王子だ!」

 

 クラウスの全てを捨て去る様な気迫にオリヴィエの動きが完全に停止する。剣を握る手は震えており、防御だけは半ば無意識的に構えているが、

 

「オリヴィエは、望んでそこにいるのかっ!」

 

 クラウスの言葉に、オリヴィエが小さく唇を動かした。

 

「―――」

 

 震えるように。唇を動かした。

 

「―――い」

 

「言ってくれ、オリヴィエ! 本音じゃなきゃ伝わらないんだ! それを聞く為だけに俺達はここに来たんだ―――!」

 

 本音の叫び声。それがクラウスの中から放たれた―――或いは、それが()()()()()()()()()()()()なのかもしれない。どんなに近くても、ヴィルフリッドは強い。だからその弱さを隠すことが出来る。だけどクラウスは弱い。

 

 殴られ、倒れ、傷つき、その弱さが露呈する。

 

 それでもクラウスはぼろぼろになりながら立ち上がる。その姿にこそ本当に見るべき価値と貴さがあった。弱いという事を理解し、嫉妬しているという事を告白し、それでもなお、折れない意思で絶対に助けると声を張り続ける。

 

 ここにヴィルフリッドがいなければ、ここまでクラウスは意識を保ち続けることが出来なかっただろう。本気で助けに来たという事を証明する前に叩き伏せられ、一瞬で戦闘は終了していただろう。だが歴史の流れは変わった。

 

 ヴィルフリッド・エレミアが間に合ったという一つの事実によって。

 

 そして、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが王女ではなく―――その心はとっくの昔に王族からただの少女へと成り下がっていたことに。王女であれば言葉を否定し、戦闘を続行しただろう。だが既に結末は見えていた。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは死にたくない、と涙を流した。彼女は生きたい。だけど守るためには、とゆりかごへと騎乗を迫られていた。

 

 彼女は悲劇の中を揺蕩うものでしかなかった。

 

 だからこそその決意は脆い。本当に助けようとする覚悟を前に崩れる。だがそれでいい。それの何が悪い。他人の事を思う心は美しい。それが間違った方向へと進んだのであれば、助けるのは部外者の仕事ではない。助けたいと心の底から願う友の出番である。

 

 剣がその手から零れ落ち、涙がオリヴィエの頬を伝う。

 

「死にたくない……死にたくないに決まっているじゃないですか! 怖いよ! 寂しいよ! 死にたくないよ! やっと心を許せる友達に出会えたのに! やりたい事がいっぱいできたのに! だけどこんなのってないよ! 私が死ななきゃどうにもならないじゃないですか……」

 

「馬鹿、それを一緒に悩んで相談する為に僕たち(ともだち)がいるんじゃないか……」

 

「君は決して一人じゃないさ、オリヴィエ。俺も、リッドも、クロもいるんだ。一緒に考えて頑張ろう。女の命を奪って成し遂げる様な平和に価値があるとは俺は到底思えない。だから力を合わせてこの苦難を乗り越えよう……お、っと、っと」

 

 気が抜けてしまったのかクラウスはそこで尻餅をつく。ヴィルフリッドもオリヴィエに近づき一発、鉄腕を解除した素の手でオリヴィエの頬に平手を叩き込んでから、強くその体を抱きしめた。一瞬だけオリヴィエが呆けた表情を浮かべるが、すぐにその表情がくしゃりと涙に歪んだ。そのままヴィルフリッドを抱き返しながら憚ることなく大声で泣き始めた。

 

「怖かった、怖かったよリッド……国を救うためにってみんな私に死ねって言うんだ……」

 

「うん……うん……解ってる、聞いてるよ……うん」

 

 大泣きするオリヴィエに釣られてかヴィルフリッドも静かにだが涙を流し始め、クラウスも自然と涙を流していた。だが恥ずかしそうに逆方向へと視線を反らすと、彼女たちとは違って涙を拭い、結果を誇る様に胸を張った。

 

 かくして、かつて古代ベルカで発生した悲劇は覆されるのであった。

 

 確かにそこには僅かな助言があったのかもしれない―――だが結局のところ、切り開いた道は己の手によるものであった。

 

 そこにはご都合主義の力はなく、美しく彩られる愛と友情の物語があった。

 

 めでたし、めでたし。

 

―――と、言いたいところではあるが、先程から現代と繋がる通信機がクソ煩い。

 

 具体的に言うとこれでもか、というレベルで泣き声が爆音として通信に叩き込まれてくる。今、一体何人が同時に現代でこの物語を見て泣いているのだろうか、と爆音に呆れている。というかボリュームコントロールすることが出来ないのでやや呆れている。この長旅もこれで漸くエンディングが見えた、

 

 と、思いかけ、考え直した。

 

『―――そうだ、忘れていなかったようだね?』

 

 少女たちの声に割り込む様にジェイルの声が聞こえた。

 

『私も、そして君もまだ時間軸に存在し続けている。こっちでは時空の変化も何も観測されていない。つまり今、一時的に流れが変わっただけの状態で、結末(エンディング)が変わっていない状態だ』

 

 もし、本当にここに居る少年少女たちが救われたのであれば―――そもそも、自分やジェイルが時空から消え去る筈なのだ。

 

 それが歴史の改変という行いである。

 

 それ以前、歴史が否定された場合はこのタイムハックでさえ不成立になって時間の外側へと弾き出される。それはつまり、

 

『まだ終わってはいないみたいだね―――本当の敵はここからかもしれない』

 

 ジェイルのその言葉が終わるのと同時に、大地が揺れ、それが揺れた。その震源地へと視線を向ける。

 

 オリヴィエ達が戦っている間は完全に沈黙を保っていたはずの聖王のゆりかご―――それが()()()()()()()()()()()。オリヴィエが騎乗していない状態であるにかかわらず、虹色の魔力をその船体にみなぎらせながら大地と空を巻き込む様にその力を無限に発揮し始めていた。

 

「嘘、そんな、なんで―――」

 

 オリヴィエの驚愕の言葉を置き、大地に着陸していたゆりかごは浮かび上がった。

 

 その機能を果たすために。




 うるせぇ、黙れ、俺達に助けられろ。助けに来たんだよ。泣いてもいいんだよ早く泣けよ抱きしめるからって話。

 王女オリヴィエならそのまま戦闘続行したし身を犠牲にしたかもしれない。だけどここに居るオリヴィエは帽子ニキとリッドとの交流を通じて、シュトゥラの日常でただの少女となってしまった。守りたいから、とゆりかごに乗る事を決意しても結局は少女レベルの決意。

 それはあっさりと砕けてしまうのです。だがそれも悪い事じゃない。少女には少女なりにふさわしい人生があるだろうから。

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