虹に導きを   作:てんぞー

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その腕は命を壊す為に生まれた

 むくり。そんな声を零しながら起きた。即座にあまりにも輝かし過ぎるイケメン顔を隠す為の帽子を召喚で取り出して被り直す。ジェイルが実験に使用する場所と聞いて、もしかして寝る場所ないんじゃないか? と思っていたが、普通にキングサイズのベッドが置いてあった事には助かった。流石にベッドまで召喚するのは面倒なのだ。そう思いながらベッドから起き上がり、召喚で着ている服装を新品のものと切り替える。あくびを軽く漏らしながらふぅ、と息を吐いて、立ち上がる。

 

 愛用の歯ブラシセットやお風呂セットはちゃんと召喚でいつでも手元に呼び出すことが出来る。そのことを伝えると能力の無駄遣いと言われてしまうが、便利に使えるものを何故使わないんだ……という見識に関しては友人である彼と完全に同意する事なのだ。ここら辺、自分とジェイルは凄く息が合う。それはそれとして、欠伸を漏らしつつそろそろ歯を磨いて顔を洗うか、と、のしのしと足を引きずる様に歩き出す。

 

 部屋の自動ドアにかけていた呪いを送還させながら開き、その向こう側に出て鋼の通路を見た。昨日の内に館内地図を確認しておいて良かったと、内容を思い出しつつ、風呂場へと向かうためにクダを取り出す。毎度毎度転送装置やエレベータを利用するのも面倒だ、自分の現場に召喚してしまえ、思ったところで、隣の部屋から出てくる小さな姿が見えた。

 

「ぉ……は……よぅ……」

 

 眠そうに目をこすりながら掠れる様な舌足らずな言葉で少女が部屋から出て来た。その片手は人形のウサギの耳を掴んでおり、それを引きずる様にふらふらと歩いていた。危なげな姿に近づいて片手で持ち上げる。まだうとうととしているようで、目を開けたり閉めたりを繰り返し、今にも夢の国へと旅立ってしまいそうな姿だった。

 

 この子がオリヴィエのクローン……そのことを思い出しつつ、似ても似つかない姿に、やはり人物とは環境でどうにかなるもんだな、とこの姿を見ながら思った。オリヴィエの周囲の環境は悲惨の一言に尽きた。両腕が失われて初めて人間として見られる程には。オリヴィエにはいなかったのだ―――母親、人間とは何か、愛を与えられるとはいったいどういう事か。それを教えてくれる人間がいなかった。

 

 そしてこの子もそうだ。父も母も存在しない。故に愛に飢えている。

 

 軽く頭を撫でながら朝風呂を浴びてから歯を磨いてシャワーにするか、と聞いてみると頷きが返ってくる。このまま風呂の中で溺れなきゃいいんだけどなぁ、と苦笑しながらクダを軽く振るって召喚魔術を使って、風呂場の方へと自分を召喚し直す事にする。

 

 

 

 

「やぁ、おはよう。ぐっすり眠れたかな? 君の部屋に置いたアロマポットはアレでも貴重品でね、役に立ったのなら幸いだよ」

 

 朝食を済ませて実験室の方へと戻ると、既にジェイルの姿があった。とはいえ、疲れている様子も無理をしている様子もない。それに予想以上に良い部屋だった。おかげでぐっすり眠れた、と朝の挨拶を返しながら返答した。なんというか、ジェイルって結構被験者とかに対しては大事にするし、無理に徹夜して研究とか進めないよな、と言う。それにジェイルはもちろん、と答えた。

 

「実験とは不確定要素の塊だ。そして難しい研究とはエラーが段々と増えて行くものだ。だとしたら焦るのが一番やってはならない事だ。寝ないで作業なんて脳を酷使して作業効率を下げるだけだ。被験者は貴重な実験に参加する為のキーなんだ、一体どこの馬鹿がそれを使い潰すと言うんだい? 大事な実験だからこそ割れ物を扱う様にメンタル、ボディどちらのコンディションも常に最高の状態でキープするべきなのさ」

 

「おかげで私らも結構いい待遇貰ってますからね」

 

「ドクター、やる事や言動は間違いなくマッドなのに、こういう接する部分では妙に人間的というか現実的というか、逆にそこが生々しいっすよ」

 

「正直キャラじゃない」

 

「君たちはほんとうもう遠慮なく私の事を言うようになったよね。最初の頃はずっと怯えていた癖に」

 

 ジェイルがそう言うとわーわーきゃーきゃーとナンバーズと紹介されたジェイルの個人的な助手集団が盛り上がり始めていた。朝から元気だなぁ、と思って眺めていると、大きな眼鏡を装着した助手が此方へと片手で呼び寄せながら話しかけてくる。

 

「実は管理局の方がこちらを調査している気配があるので、場合によっては衝突するか、逃亡する必要が出てくるので。基本的には小隊規模だったら此方で処理して隠蔽しますが、流石に中隊、大隊規模となってくると辛いですし」

 

 その先は言わなくても解っている。管理局の勢力圏内でこんな怪しい実験をやっているのだ、当然連中としても色々と目があるのだから何かあればバレるだろう。そしてその場合、自分がジェイルと関与しているのがばれたらしつこく追及してくるだろう。ただ、まぁ、管理局に対して中指突き立てて俺を捕まえて見ろよマザーファッカー、それとも俺のケツにキスしてみるか、とケツを晒して挑発するのはそう珍しい事ではない。

 

「やったの!?」

 

 やった。一回だけだが。酒を飲んだテンションで一回だけやったのだ。相手が女性だったのでわいせつ罪まで追加されて別次元まで追いかけられた。最終的にチェーンソー片手に切り落としてやるとまで脅迫された。アレは中々刺激的な半年間だった。もう二度と味わいたくないレベルで。

 

「それはそうもなるでしょう……あ、じゃあ今更犯罪歴を重ねた所で問題ない、と」

 

 まぁ、確かにそうなのだが。管理局連中が本当にどうしようもなくなったら、こっちから逃げる手段を用意するからそこはもう、心配しなくてもいい。何せ、こういうシーンをジェイルに任せると自爆装置でここら一帯そのものを虚数空間にでもぶち込みそうなのだから。

 

「アレ? 私がこっそり搭載した自爆装置の話したっけ?」

 

 ほらね、と呆れているとジェイルが助手たちに締め上げられていた。流石にそれは完全にテロの領域を逸脱しているので締め上げられてもしょうがない。というかお前はいい加減に反省しろ。人間に変形合体機構を作る! とかたまに訳のわからない方向へと全力のバク宙で移動し始めるからこいつは本当に頭がおかしい。そう思っていると、隣の部屋の方からあの子を引き連れながら眼帯の助手がやってきた。

 

 しかし、誰もがこうも白衣姿ばかりだと自分だけスーツ姿で違和感を感じる。そんなことを呟きながら駆け寄ってきた少女を持ち上げて、そのまま実験用の椅子へと座る。眼帯の助手は少しだけ不満そうな表情を浮かべた。

 

「うーむ……完全に懐かれているな。何故だ」

 

 答えは簡単だ―――俺が一番父性を感じさせるからだ。見よ、あの邪悪なる科学者を。完全に人類の敵というかそういう感じの気配しかしないではないか。それに比べて俺はイケメン、優しい、仕事はしっかりとこなす。それでいて文句のつけようがないイケメンだ。つまりジェイルという無限暗夜がそばに存在していると必然的にイケメンの光を求め始める。それが子供というものだ。そうすると自然と俺という父性のイケメンに守られたくなる。

 

 証明完了(QED)

 

「成程。納得だな」

 

「悔しいけど私も納得した」

 

 自分から闇である事を認めるのかこいつ……そんな風にいつも通りのギャグで場を盛り上げながら、膝の上に少女を載せ、ダイブの準備に入る。それに合わせジェイルや助手達が様々な準備を進めている。その間に一つ、これまでの予習をしようと思う。とりあえず、話を最初から追う事にしよう。

 

 今、俺はジェイルの趣味に付き合ってこの施設でタイムハックを行っている。

 

 これは遺伝子をベースに過去の時間軸を投影するはずの技術だったが、相性が良かったのか、それとも性能が良過ぎた結果なのか、一時的に過去へと干渉する事の出来るタイムハック技術となってしまった。そのおかげで憑依し、歴史のベースとなっている聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトに対して限定的な干渉能力を得ることが出来た。

 

 本来の目的は歴史の真実を知る事であり、もっと後年にアクセスするつもりではあった。だが一番最初にアクセスしたのは幼年期。このころのオリヴィエはかなりひどく宮中で疎まれており、侍女や騎士でさえ彼女を嫌っている、いや、恐れていた。

 

 その原因はオリヴィエの完璧さと潔癖さにあった。聖王としての資質が誰よりも大きかったオリヴィエは誰よりも恐れられた。そしてその結果、オリヴィエは兄である王子の一人から命を狙われた。それは魔道実験という形であり、その暴走によってオリヴィエを殺す計画だった。それによって行われた暴走をオリヴィエは生き延びたが、それを知っていた王子は既に自分の騎士を殺すために向けていた。

 

 そんな女騎士との邂逅でオリヴィエは自分という存在の人間らしさの少なさを自覚した。その結果、生を掴んで人になった。その対価としてオリヴィエは両腕、そして子供を産む機能を失った。それが原因でオリヴィエは継承権を剥奪された。だがそれによって漸く、オリヴィエには人間らしさが生まれた。触れられない絵画だったような少女は見る事の出来る名画になった。

 

 継承権を失ったオリヴィエはもはや王族として争う相手でも媚びを売る相手でもない為、自由に接触できる人物となった。その為、王族たちはオリヴィエを恐れるのも殺そうとするのも、下に見るのも止めた。そして従者の世話なしでは生活できなくなったオリヴィエは一般人以下の部分が増えた。そのおかげで騎士や侍女の間では彼女は庇護するべき存在、守るべき存在、或いは助けるべき存在として認識された。

 

 いまだに王族であるオリヴィエは継承権を失っても、それでも国の為にと王族の仕事をこなす。そんな彼女には一緒にそれを手伝う無数の従者たちの姿がある。不思議な事に彼女のカリスマは両腕を失った事で増しているように自分には感じられた。王ではなく、人になった事で初めてオリヴィエの本来の魅力が開花した、と表現してもいいのかもしれない。

 

 そんなオリヴィエはガレアへと親善訪問する為の道すがら、夜盗に襲われた。しかしその夜盗は実はそれに偽装されていたナニカであり、真相は不明である。だがその際にエレミア一族のヴィルフリッドと出会い、オリヴィエはすぐに彼女と打ち解けた。それから二人は親友としてお互いに接するようになった。

 

 ……少し長くなったが、これまでのオリヴィエの話を纏めてみるとこんなところだろうか? まだ二十歳にもなっていないのにこれだけ波乱万丈な人生を送れるものなのだな、と軽く呆れを覚えるが、それにジェイルが口を挟む。

 

「いやいや、それで言えば君も大概だろうに。ただ、それよりも私が気になるのはちょくちょく君が話している内容だね。直接見ていない筈なのにまるで知っているかのようにしゃべっていることが幾つかあるよ」

 

 その言葉にあー、と呟く。高位精神存在をジャンクションする場合、相性が良かったりすると精神の部分的共有みたいな現象は時々発生する。混ざる訳ではなく情報のコピーの様なものなので、そこまで心配する必要はない。召喚術のプロフェッショナルであり、ジャンクションも手段の一つとして利用している以上、そこら辺の対策はしっかりとしている。断言するが精神汚染や混濁、自我融合の様な事故はない。昔、それで失敗した事があるから対策は忘れていないのだ。

 

「まぁ、君がそう言うのならそうだろうけど……ふむ、しかし王女が君の動きをしていたという事は、そういうことなのかな?」

 

 どうなのだろう、と思う。とはいえ普通はそう簡単に発生する現象でもない。やはり、なんかこの技術には違和感を感じる。とはいえ、システム的な部分はジェイルが全てを管理しているし、ジェイルは実験をノリで破産にするような部分はない。継続する事を考えて必要以上に経験を犯すようなことはしない筈だ。

 

 そして自分も、召喚術とそれに付随する術に関しては熟知している。それこそ一流の料理人が自分の道具を完全に把握するかのように。そして断言する。自分たちが監視できる範囲でイレギュラーな変化を発生させる事は絶対にありえない、と。だからこそイレギュラーがあるのなら残るは一つ。

 

―――少女の存在になる。

 

「……?」

 

 だが訳も解らず首を傾げ、そして此方に寄り掛かって抱きついてくる少女の姿に嘘はない。仮面を被っていればそんなのジェイルが一瞬で剥がす。そういう化かし合いに関しては一切敗北のない男だ。だからこの子は本当に心の底から無垢な子供で、何らかの干渉は行っていない。だからこそ余計な不安が混じる。

 

 とはいえ、自分にできる事は少ない。

 

 実験の参加者、そしてオリヴィエの行く末が気になる者として、ただ、

 

 この既知の未知を追いかける事しかできない。

 

 

 

 

 そして再びタイムハックが開始される。聖王の遺伝子を遡って時間軸を遡る。残された遺伝子の中の記録を時空に対して照合させることによって時空間の出来事を引き出して、精神をそこへと召喚、付与する。そしてベースとなった遺伝子そのものに憑依する事で時間を遡り、遺伝子の持ち主に対しても憑依する。そうする事で世界は暗闇から光を取り戻し、一瞬で景色を変質させる。

 

 そうやって変動する世界の中で、見えてくるのは土の大地であり、そして石壁の存在だった。周囲にはそれなりの人の気配があり、騎士や兵士の様な姿をした人々が壁に寄り掛かりながら中央へと向けて視線を向けているのが見えた。空は青く、まだ明るい空が広がっており、春の陽気を感じさせる色を見せており、そんな場所の中央―――おそらくは練兵場。中央である正面奥には両の拳を握ったヴィルフリッドの姿が見え、そして相対するように正面手前、つまりは自分の目の前にバトルドレスを纏っているオリヴィエの背中姿が見えた。そうやって世界の構築が、タイムハックが完了した瞬間、ヴィルフリッドとオリヴィエの口が開いた。

 

「うん?」

 

「あっ」

 

 オリヴィエの方はどこか調子が良さそうな感じに腕を回し、ヴィルフリッドは此方へと視線を向け、迷う事無く両手をバツの字に変えて来た。

 

「よっし! ちょっと待ってヴィヴィ様! うん! 待とうか! 今日は模擬戦なし! 超なしで! タイム! ストップ! これ絶対ダメな奴だって! ほら、なんかヴィヴィ様ってば凄い調子良さそうだしさ!」

 

「えぇ、なんというか欠けていたピースを取り戻したといいますか、安心感を覚えると言いますか……なんか、ちょっと無敵スイッチみたいなものが入った気分ではありますね。たぶん今日、陛下以外となら誰と戦っても勝てそうな気がします」

 

「うん、たぶんそうだろうね……!」

 

 ヴィルフリッドが帰って、と視線を此方へと向けてくる。それに合わせオリヴィエも振り返って此方へと視線を向けてくるが、彼女の視線は此方を突き抜けて行く。やはり、オリヴィエでは此方の存在を見ることが出来ないらしく、少しだけしょんぼりとして表情を浮かべたが、存在感だけは解るのか、調子が良さそうに腕を―――銀色の義手で拳を握った。

 

「なんかいつも以上に身体操作魔法が通りますし、ちょっと強めに行きますよリッド」

 

「わぁい、逃げたーい―――と、言いたいところだけど僕は今じゃヴィヴィ様の食客としておいてもらっているしね。っよーし、上司兼友達との頼みじゃあ断れないかなぁ……エレミアン・クラッツで戦うよね?」

 

「あ、ちょっと試したい事が」

 

「だと思ったよ」

 

 絶対恨むからな、という表情をヴィルフリッドは浮かべてから一瞬で気配を変質させた。本気を出すつもりはなさそうだが、拳を握る姿からは一切の隙を感じさせず、攻めの難しさを感じさせる。とはいえ、完全に本気という様子でもなさそうだ。これならオリヴィエでも勝てる余地があるな、と判断する。ヴィルフリッドが焦っているのは表面上だけだ。ある程度はふざけているという部分がある。今も構えて切り替えているが、それでも決してオリヴィエに対して必要以上のダメージを出さないように制限している。それだけの実力差が両者には存在している。

 

 故にヴィルフリッドが構えるのに合わせてオリヴィエも構えた―――銀色の義手、その指を丸めるように拳を作った。それを引き、わずかに体を開けるように構えた。それは相手が飛び込んでくるための間を作る為で、ある種の余裕を見せる行いでもあった。それを見てヴィルフリッドがうーん、と呟く。

 

「解っていなきゃ隙だと思うし、解っていれば挑発。どちらにしろ物凄くめんどくさいというか、捻くれた戦い方だよ、それ」

 

「そうですか? なんとなくですが合うんですけど」

 

「うん、なんでだろうねー」

 

 緩い声を発しながらヴィルフリッドが一気にオリヴィエの懐へと飛び込んできた。言葉とは裏腹に鋭い動きは瞬きでもすれば見逃してしまいそうなもので素早く、そして正確にオリヴィエの拳が振るわれづらい場所へと踏み込んできた。だがそれにオリヴィエは反応を向けた。懐へと飛び込んでヴィルフリッドの横を抜けるようにその時は踏み出していた。まるで当然の様に踏み込んでくることを知っていたかのように。そしてそのすれ違いざまに、

 

 回避、そして蹴撃。ヴィルフリッドの拳と蹴りがぶつかった。弾き合いながらもヴィルフリッドがオリヴィエに追従する。流れる様な動きでヴィルフリッドが繰り出す拳と蹴りのコンビネーションをオリヴィエは動きを一切止めることなく、練兵場を横断するように移動しながら紙一重で回避し続ける。それと同時に一撃一撃、ヴィルフリッドが攻撃を挟み込んでくるたびに絶対に一撃をカウンターとして蹴りか拳を返す。

 

「うーん、ヴィヴィ様? その丁寧に一発ずつカウンターするのは人によっては挑発にもとれるから止めた方がいいよ? 性格悪いって思われるから」

 

「そうですか? あまり意識していないんですけれど」

 

 言葉を放ちながらも二人の動きは一切変化せず、回避、攻撃、防御、攻撃、回避、という一連の流れが淀みなく、練兵場を常に移動して回りながら発生し続ける。その様子を眺めている兵士や騎士たちが声援や口笛を吹きながら応援している。

 

「いいぞ坊主―! 今日も勝ってくれ! 夕食のおかずを賭けてるからなぁー!」

 

「ヴィヴィ様―! 負けるなー! 今日は勝ってくれると信じてますからねー!

 

「王道の相打ち一点狙いですねぇ……」

 

 勝手な言葉を吐きながらも練兵場そのものは盛り上がっており、楽しそうな声が響く。その中心でオリヴィエとヴィルフリッドが踊る様に戦闘を続けていた。オリヴィエとヴィルフリッド、互いにこうやって手を合わせた戦いをするのは初めての事ではないらしく、慣れた様子で互いの手を潰し、受け流し、回避し、防ぎながら動きを停止する事無く戦闘を続行する。

 

 普通に戦っているように一見思えるが、その実は細かい動きをヴィルフリッドが指導しているのに近い。普通に教えるのではなく戦いを通して間違えている場所を指摘、そこへと攻撃を叩き込む事で適応し、自分で修正させて行く。オリヴィエの才能は高い。それこそ天賦と呼べる領域にあるモノを持っている。だからこそ下手に教えるよりは、お手本を見せてその型を体験させ、自分で学習させた方が効率が良い。

 

 ヴィルフリッドの動きを見て、其方此方の動きを覚えて、それをオリヴィエが自分の形として少しずつ形成して行くのが見える。

 

 オリヴィエにしかない武器―――聖王の鎧。エレミア一族の武術を基本的な動きに取り入れる事でどんな状況、環境でも対応できるようにしつつ、要所要所の動きを聖王の鎧で補正し、確実に動きを誘ってから合間を抜けてカウンターを叩き込んで行く。驚異的な事に、動けば動くほど粗がなくなって行く。まだまだ足りない部分は多くても、基本的なスタイルという部分ではだいぶだがオリヴィエの完成された形は見えていた。

 

 後は鍛錬を繰り返し、粗を削るのと地力を高め、経験を積み続けるだけ。

 

 派手さが欠片もない、地味な時間になる―――だが、それでもオリヴィエは楽しそうに体を動かしていた。腕を大きく振るって、それが本当に動くのだ、と証明するようにひたすら何度もヴィルフリッドとぶつかり合っていた。

 

『実際、腕を数年間失っていたからね、動かせるとなると相当楽しいんだろう。腕がないとそれだけで体のバランスは大きく変わるしね。事故で腕を失った人間は急なバランスの変化から良く転んだりするらしいよ? まぁ、そこまで至らないのは流石の才覚とでもいうべきなんだろうけど、今でさえ魔法を使って腕を動かしてるんだ、楽しいのは事実だろうね』

 

 ほんと不幸なのに何故その上で更に不幸になるのだろうか、この娘。

 

 よほど時代そのものが殺しに来ているのだろうか―――それとも狙われたことなのだろうか? どちらにしろ、手出しは出来ない。自分が出来るのはこの娘の軌跡を追いかける事だ。

 

 楽しそうに笑いながらヴィルフリッドと鍛錬をしているのを見ると、少しだけ、胸が痛む。

 

 だがそうやって鍛錬しているのも長くは続かず、オリヴィエとヴィルフリッドの戦いはヴィルフリッドが耐え切ったことで引き分けて終了する。肩で息をするオリヴィエに対し、ヴィルフリッドはまだまだ余裕そうな表情を浮かべていた。オリヴィエは少しだけ頬を膨らませ、勝てなかった事に不服を覚えているようだったが、そこに戦いを見守っていた侍女がやってくる事で表情を元に戻した。

 

「ヴィヴィ様、そろそろ準備をしなくてはなりませんので」

 

 その言葉にそうですね、とオリヴィエは頷き、ヴィルフリッドに別れを告げてから歩き出す。歩き出すオリヴィエの背中姿を眺めていると、ヴィルフリッドが此方へと視線を向けてくるが、周りへと視線を向け、諦める様な様子を浮かべた。

 

『ふむ……話したい事か、確かめたい事があるのかもしれないね。今のところ、直接会話をしたような相手はいない。あのエレミアの子は明確にこちらを認識している。会話が通じるかもしれないし、隙を見て話しかけるのも悪くないかもしれないね』

 

 確かに、と納得していると一瞬で視界が暗転し、それが再び景色を映し出した。先ほどまで練兵場にいたはずなのに、いつの間にか練兵場を出て歩くオリヴィエの隣へと移動していた。

 

 ……どうやら、あまりオリヴィエから離れる事は出来ないらしい。オリヴィエに自分をジャンクションさせていることを考えれば当然と言えば当然なのだが。ただ実験していなかった事であるが故、少し驚いた。ここまでの異次元な経験は自分も初めてであるのに違いはないし。どうやったら話す隙を見つけられるものか……と考えつつ、オリヴィエと侍女は場内へと戻っていった。

 

 その先にあったのはどうやら風呂場らしい。脱衣所で侍女がオリヴィエのドレスに手をかけるところで、

 

『この映像って聖王教会の解る人間に売ったら研究資金に―――』

 

『あ、しばらくオペレーターを交代させて貰いました』

 

 現代から聞こえてくる殴打と唾を吐くような音にジェイルが制裁を受けているのは想像しやすかった。あいつ、そういう所を一切の遠慮もなく口にするからダメなんだよなぁ……と思っている間にオリヴィエはドレスを脱ぎ終わっていた。流石王族、脱がしてもらう事には慣れているのか、と思ったがよく考えれば両腕の動かない時期がある他、その両腕自体が魔法なしでは動かすことが出来ない代物だ。誰かに脱がしてもらうのも当然だった。そう思っている間に義手そのものも外し、置いて行く。

 

 両腕を外し、体を露出し、そしてその肩部の義手用のソケットを晒した状態で、脱衣所内を見渡す様に視線をオリヴィエが向けた。その様子に侍女が首を傾げた。

 

「ヴィヴィ様?」

 

「いえ……なんでもありません。それよりもいつも通りお願いします」

 

「えぇ、解っています」

 

『両腕が使えないと世話は他人に任せるしかない、か。義手を得ても生活用ではないように見える。やはり日常生活の不便は免れそうにないな』

 

 オリヴィエの場合、王族という環境下で付き人や侍女がいるだけまだマシだと思う。求めれば世話をしてくれる人間がいるのだから。とはいえ、憐れんでしまうのはしょうがない話だろう。実際、健全な肉体を持つ人間からすれば彼女は欠損しているのだから。

 

 しなやかな肢体に控えめな胸を持つオリヴィエは天に愛されたとでも表現すべき肉体を持っていた。やはり聖王の血筋を一番濃く受け継いだのは彼女だった、と聖王の姿を思い出しつつ、浴室の壁に背中を預け、二人の会話に聞き耳を立てる。

 

「ヴィヴィ様……どうしても行くのですか?」

 

「えぇ。ベルカとしてもシュトゥラには友好の証を見せたいところでしょう。あそこは小国ですが大勢の魔女が住んでいますし、王家と友好を結んでいます。魔女の使う魔法……魔術は我々が使う魔法とは毛色が違い、戦争になれば間違いなく面倒なことになります。だからそれを利用できるシュトゥラとはなるべくですが敵対したくないのでしょう」

 

「ですがヴィヴィ様、表向きは留学ですが本当のところは―――」

 

「えぇ、人質でしょう」

 

 侍女に体を、髪を、義手の接合部分を丁寧に洗って貰いながらオリヴィエは納得していた。彼女の価値を最大限に利用するのであればこれがおそらく一番良い方法なのである、と。オリヴィエの中にある納得感を自分の中に感じ取っていた。オリヴィエはそこに諦め等の悪感情は抱いていなかった。

 

「それにシュトゥラは元々友好国です。シュトゥラ王も善政を敷き、過度な差別を嫌う人物だと聞いています。留学という名目で人質に出されていますが……その実は陛下が私の幸せを願っての事だと理解しています」

 

「陛下が、ですか? 正直なことをおっしゃると陛下がとは……」

 

「そのような方……には見えないでしょう」

 

 王は人であってはならない。人のまま王になると、人としての判断が王を滅ぼす。その為に人が王であってはならない。これは古くから伝わる言葉だ。そしてそれを聖王は実行している。判断は王としてこなす。だがそこで人心を逃さないようにしっかりと人として個人には付き合っている……のだと思う。だからこそ、

 

「陛下は……たぶん、負い目を感じている所があるんです。私に対しては一度足りとしても人として、親として接した事がありませんでした。ですが継承権を失い、争いから脱落した私であれば、少しぐらい贔屓しても問題ないと思ったのでしょう。それにベルカ国内は悪い思い出が多いですから……出来る事なら国外で幸せになってほしい、という親心があるんだと思います」

 

「陛下が、ですか? ……陛下が、です、か?」

 

「あの、陛下が少しかわいそうなのでそこまで言い淀まないでください。一応あの方は私の父親なので……」

 

『一応』

 

 まぁ、オリヴィエもどこか、父親として振る舞ってくれない聖王の姿に不満を覚えていたのかもしれない。とはいえ、そこからは楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「今までは危険だからと何かと理由をつけて義手をつけられませんでしたが、リッドが来てからはそれも改善しました! そしてシュトゥラへと向かえば勉強に鍛錬、買い食いだって出来る筈なんです。王族という身分は変わりませんが、国外に出て留学生という名目であれば必要以上に囚われません……事実上の自由ですよ、これは」

 

 楽しそうに笑うオリヴィエは侍女による洗いを終わらせられ、そのまま大浴場の中に身を沈めた。その姿を見てから天井を見上げ、そして考える。オリヴィエが死んだとされる年齢まで既に半分は過ぎ去って、数年という段階まで到達しているのだ、と。

 

 この旅も既に半分は過ぎているという事であり、段々とだがその終わりの方も見えて来た。最終的にベルカはロストロギアの暴走によって崩壊したと言われている。しかし、そこに進むには何らかの理由が必要である。

 

―――そう、例えば戦乱とか。

 

 あの夜の出来事、オリヴィエを襲った夜盗の姿を思い出し、しかし思考する。このシュトゥラという国への留学は本当にそのまま終わるのだろうか? 自分にはどうしても、これが平穏で終わるとは思えなかった。

 

 オリヴィエの歴史を形作るその最後のピースを形成する為に向かうような……そんな予感を感じていた。

 




 申し訳程度のサービスシーン。

 今回でシュトゥラ行くかなぁ? と思ったけど次回へと持ち越しで。拗らせ覇王ケモ耳魔女っ子とかシュトゥラ、ちょっと属性力高くないかお前? と思いつつこの物語ももう折り返し地点は超えた。メインキャラ全員揃ったらそれでもう終盤突入と思うと古代ベルカはほんと短いというか、圧縮されているというか……。

 やっぱ問答無用で幸せになれるなのセント時空が最強か。

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