虹に導きを   作:てんぞー

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彼女の青春はそうして決意を抱かせた

『シンクロ率の向上を観測―――タイムハックの成功を確認―――存在率100%の維持を継続―――良し、時間軸への介入が出来た。気を付けてくれ給えよ、前よりも介入難度が上がっているから君とオリヴィエのシンクロ率を向上させている。其方での影響を君も受けやすくなっているからね』

 

 そこは安心しろ、と現代から繋がる通信へと声を向けた。召喚という概念の延長戦で憑依と付与には日常的に触れ、研究し、何度も構築を繰り返してきた。その上で精神汚染や自我境界線の崩壊などに関しては何重にもセーフティをかけている。これは基本的なものだ。霊、化身、龍、概念、それに触れられるようになるとそれに精神が耐えられなくなるケースが出てくる。召喚というスキルが珍しいのは契約の際に発生する死亡率の高さや、高位の存在と契約する場合に発生する難しさと、その後の維持で発生するコストや精神汚染の問題が付きまとっているからだ。

 

 そこらへん、自分は全部クリアしている。その為、そういう危険性を心配する必要はない。なぜ自分がこの時空に干渉できたのか、そのタネが割れた以上、オリヴィエが此方の技能を少しずつだが意識して使用し始めていたことに対する答えは出ている。もうこれ以上、無意識的に使うようなことはないだろう。

 

『ま、君がそういうのなら信じるさ。やると言ったら確実にやらかすタイプだからね』

 

『ドクター、それ世間じゃ信頼ゼロって言うんです』

 

 俺とジェイルの知っている業界とは違う……そんな事を考えていると、世界の景色が変わって行く。青い空が広がって行く中で、足元は踏みしめられた大地が広がっており、ところどころ花や草によって飾られており、広げられた空間は運動するには適した場所の様に思えた。そして正面の景色の中で、二つの姿が対峙するのが見えた。それは動き出す直前であり、瞬間、自分が登場するのと同時に動き出した。それに一番最初に反応したのは、

 

 横の方で大地に座り込んでいたヴィルフリッドだった。此方が出現した瞬間に怠けていた表情を整え、あっ、と声を漏らした。

 

「クラウス―――! ガード! 魔力を全力でガードへ―――!」

 

 ヴィルフリッドの悲鳴の様な声が響くのと同時に、オリヴィエの残像が正面からクラウスと呼ばれた青年の姿を捉えた。素早く体を低くしながら踏み込みつつ陣地を侵略するように、一瞬で自分の立ち位置を調整した。手で押し出そうとする相手の動きを制しつつ、そこで、と気迫を込めればオリヴィエの足が残像を残して振るわれた。全力、魔力は乗らない一撃が王子の姿を捉え、大地から引き剥がしながらその姿を浮かび上げながら蹴り飛ばしそうになる。心の中で行け! そこだ! 逃がさず手元に寄せるのだ! と、エールを送ればそれに反応するようにオリヴィエが動いた。

 

 召喚魔法で吹き飛びそうだったクラウスを手元へと呼び戻して、蹴り飛ばす。全力の蹴りを普通は叩き込めばそのまま吹き飛んでしまうため、連撃前提の蹴りはある程度相手を吹き飛ばさないように力を抜く必要がある。だが自分が考えたのは相手が吹っ飛んでも手元に呼び寄せればいいんだよ! という発想であったので、全力で蹴り飛ばしても大丈夫。

 

 逃げても大丈夫。

 

 相手が何をしても大丈夫。

 

 何をしようとも目の前に呼び出して蹴り飛ばせばよいのだから。

 

 自分のそのイメージが伝わったのか、横方向のリフティングの様な連続の蹴り作業はクラウスを蹴り飛ばしながら目の前に呼び出すという地獄のループを五周したところで襤褸雑巾となったシュトゥラの国の王子を大地に転がす事で完了した。完全にボール扱いだったクラウスが大地にピクリとも動くことなく転がりながら、ごふっ、とどこかコミカルな息を吐いた。それを見てオリヴィエが義手の拳を作った。

 

「なんかできましたー!」

 

「く、クラウス―――!」

 

『あ、ドクターが今の映像でコーヒーを喉に詰まらせちゃったので医務室へと運んでいるのでしばらく交代しますね』

 

 過去と現代で同時に男をダブルノックアウトする女、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。まさに魔性の女であった。そんな頭の悪い事を考えているとヴィルフリッドに一瞬だけ視線を向けられたが、急いでクラウスの方へと駆け寄った。そこにはどこかで見た、獣耳の生えた少女の姿もあった。オリヴィエも歩きながらクラウスへと近づき、

 

「大丈夫でしたか、クラウス? なんか閃いてしまった、と言いますか、アクセルがかかったと言いますか、いい感じにスイッチが入った感覚があったので瞬間的に何かやってしまいましたが」

 

「あぁ、うん。俺の事なら大丈夫ですよ、オリヴィエ。なんか、こう、そうだね……ボールでリフティングされ続けるのってこういう気持ちなんだなぁ、という二度と味わえない新鮮な気分を味わえましたから……」

 

「そんな経験忘れてしまえ」

 

「王子リフティング……流行る」

 

「待ってくれクロ、王子リフティングが流行るとはどういう事なのかぜひ俺に教えて欲しい」

 

 うーん、このカオス、と冷や汗を掻きながら呟く。その原因はおそらく自分にあるのだが。ともあれ、どうやらこれで舞台の役者は全員揃った感じがあった。クロと呼ばれた魔女の少女は此方が見えないようで、クラウスに駆け寄ると回復の魔法をかけて傷やダメージを癒していた。此方を一瞥すらせず、気配も感じられない辺り、やはり未来の彼女が術を発動したのだろうと思う。周りへと視線を巡らせれば、どうやらここが学舎近くの空間であるのが伝わってくる。

 

 他にも多くの人の気配を各所から感じる。そういえばオリヴィエは留学目的でシュトゥラへと向かったというのを思い出し、この魔女とクラウスが学友なのだ、というのを察する。しかし魔女っ子の方は同年代にしては幼く見える―――ロリババアなのだろうか? 流石に違うか、と自分の考えを否定しつつ会話へと耳を傾けた。

 

「それにしても入学してから4年が経ったけど、結局オリヴィエには勝てなかった……」

 

「私、こう見えて強いですから」

 

「人類最高峰の血統ダービーしている所と比べない方がいいよ。シュトゥラ王族って恋愛婚がある程度通るでしょ? ベルカは1から10まで全部そこらへんガチガチだからなぁー……生まれと才能からして次元が違うから、そこまで落ち込む必要はないと思うよ」

 

「今、さらっと今生における鍛錬の全てを否定されたんだが」

 

「気にしない……オリヴィエがおかしいだけ」

 

「えーと……ほら! 私よりもリッドの方が強いですから! つまりこの中で一番おかしいのはリッドです! 生物としておかしい!」

 

「ヴィヴィ様? ちょっとストレート過ぎない?」

 

 そんな会話を繰り広げながらも四人は普通に笑っていた。鳴り響く鐘の音に自由時間の終わりが来たのか、鍛錬か、或いはじゃれあいを切り上げるとヴィルフリッドと魔女を置いてクラウスとオリヴィエのコンビが校舎の方へと向かって行く。授業に出るのは二人だけらしい。必然的にオリヴィエから離れられない自分はオリヴィエとクラウスの後を追う事になる。ヴィルフリッドと魔女を置いて、二人の後を追う。教室へと向かうオリヴィエとクラウスの会話が聞こえる。

 

「それにしてもオリヴィエは相変わらず強いですね。まさかこの4年間で一本も取れないとは」

 

「こう見えて小さい頃から手ほどきを受けてますし、リッドが食客としてついて来てくれるようになってからはエレミアの技とかを教えて貰っていましたしね。腕がなくなってからは体を鍛えないとまともに生活すらできませんでしたし、必然的に死活問題でした」

 

「うーん、それなら俺が勝てないのも納得がいくかぁ……」

 

「まぁ、私はその代わり政治等からは離れたので政治の知識には疎いんですけどね。クラウスは将来的には王位を継ぐ予定でしたよね? だとしたら武門よりも政治が誉れです」

 

「うん……まぁ、そうなんだけどね。一応継承権1位は俺が握っているし、父上も俺に期待してくれている。この国を豊かにしたいとは思っていますし、その為に勉学にも励んでいるけど……やはり、女の子に負けるというのは悔しくてですね」

 

「クラウスがそれを言いますか……政治関連の講義では常にトップじゃないですか」

 

「王位を継ぐ者としてはこれぐらい出来て当然ですよ。だけど現実になると学問だけじゃどうにもならないし、自分だけの臣下を見出したりもしなきゃいけないし、自由もなくなってきます。そう考えるとどうしてもオリヴィエの事が羨ましく思ってしまいました」

 

「うーん、早々に継承権をぽいしてしまった私にはちょっと解らない所ですねー」

 

 オリヴィエの言葉にクラウスが苦笑いを浮かべている。クラウスからすればオリヴィエの自由さ、そして男から見た彼女の強さが羨ましいのだろう。オリヴィエは才能で溢れている。この時代におけるトップクラスの素養を兼ね備えている。あの義手は新たな武器となって彼女の実力を支えている。それが男としてクラウスはたまらなく羨ましいのだろう。だけど同時に、オリヴィエはクラウスの事が羨ましいのだろう。王族という立場で、家族や宮中の者に期待され、そしてやがて王位を継ぐ者として動けている事を。やがてこの国の王として民を守り、導くという事になる事をオリヴィエは羨んでいるのだ。

 

 その嫉妬心が手に取る様に解る。人間は誰しも自分の持たないものを求める。そしてそれは聖人であっても同じだ。そして彼、彼女達は聖人からは程遠い―――俗人だ。欲望を抱き、劣情を抱き、怒りを抱き、そして喜びを知る、普通の人間だ。だけどそれを知ってもなお上手く付き合えている。だからこそこの王族と、元王族ともいうべき存在の間では奇妙な友情が成立しているのだろう。

 

『でも次期国王を襤褸雑巾にしたよね』

 

 たぶん俺の悪い影響である。すまないとは思うが反省はしたくない。蹴られる方が圧倒的に悪いのだと言い訳しておく。

 

 そんなこんなでオリヴィエとクラウスは教室の方へと向かって行く。流石王族の通う学園とでもいうべきか、凄まじい広さと生徒の数で、視線がオリヴィエとクラウスへと集中する。当然ながら既に二人は一種のパートナーとして見られている様な視線もあり、それが理由か異性的アプローチをクラウスへと向ける様な者はなかった。

 

『そこらへん、二人の感情はどうなんだろうね?』

 

 オリヴィエが本当に仲の良い友人だと思っていて、クラウスの方は淡い恋心を必死に隠しているという感じだ。オリヴィエはそもそも恋愛と結婚、付き合いというものを切り離している。良い人だから好きとかでは思考しない。根本的に恋愛観が王族なので結婚した相手を愛する、という考えがベースになっている。だから好きな相手、というのは余り唐突に湧いてこない。それこそダンプカーにでも轢かれる様な衝撃が必要だ。クラウスの方はオリヴィエと比べれば精神が恐ろしく真っ当だ―――というかベルカ聖王家が魔境すぎるのだ。王をほぼシステムとしてしか考えていない。そりゃああんな風になるよ、とは思わなくもない。

 

『良くそんなところまで解るわね……』

 

 助手子の声に当然だろう? と答える。こう見えて、或いは見えなくても自分は一流の召喚術使いである。そしてそれはつまり、魔法使いとしても超一流の領域にあるという事である。一つを極めるように特化するという事は全にも通じる事である。一を尖らせるに当たってはそれ以外の事も知らなければならない。故に当然、突き抜けたやつは見識が広い。そして魔法と召喚方面に突き抜けている自分は超のつく一流の魔法使いなので、人の心や感情を読む程度の事造作もない。だからこれぐらい解りやすい事は完全に心を殺して隠しでもしない限りは簡単に見つけ出せる。

 

 だがそれはそれとして、心が読めるけど空気は読めないので偶にネタを外す。

 

『……ドクターはどうなんですかね、そこらへん』

 

 あいつは人の心を情報として理解するけど、感情としては一切理解しないという非常に特殊なタイプなので話にならない。そもそも人間の感情なんてもっと衝動的で簡単な物なのに、ジェイルはもっと複雑に物事を見てしまう部分がある。だからあいつは対人関係がダメなのだ。自分は本当にシンプルに行動する癖にそれを例外だと言って、自分以外の人間には複雑な理由を求めるのだ。

 

 それはともかく、オリヴィエとクラウスの考えは脇に置き、二人はほぼパートナーとして周囲からは見られているらしい。そんな事もあって接触してくる人は少なく、平和にこの学園生活を堪能出来ているようであった。平和な時代に平和な生活を続け、

 

 オリヴィエも、思春期の終わりを迎えていた。

 

 今では体もほとんど出来上がっていて、もう少女と呼べる年齢にも終わりが来ていた。

 

 この学園生活にも終わりが見えていた。その果てには何をするのかをオリヴィエは漠然として考えているのだろう、今は。どこで働くのか、どこで何をするのか。これから先の事を。とはいえ、

 

 ―――彼女の考えが現実にならないという事を我々が知っている。

 

 始まりは鈍い音であった。何が破裂するような、砕くような音が空気を伝わって広がり、わずかに大地が震動するようにも感じられた。誰かが魔法の制御に失敗したのだろうか? なんて考えが最初に浮かんだのかもしれない。だがそれは断続的に続き、やがて人々は気づく―――これは戦乱で聞き慣れる音だと。

 

 つまり砲撃音だ、と。

 

 やがて多くの者たちが学園の屋上へと向かい、最も高い場所から魔法を使って遠くの景色を眺めようとする。オリヴィエとクラウスも無論、その中の一人であった。息を切らせながら急いで屋上へと走り、そして二人は目撃する、シュトゥラの南部で発生している出来事を。

 

 それは災厄だった。

 

 空には無数の空中戦艦が浮かんでいる。そこから放たれる砲弾が、砲撃がシュトゥラの南部にある大森林を直撃し、大地を腐らせながら生物を死滅させていた。そのおまけで森は炎上し、一切の生存を許さないかのようにすべての生物を殺すという意思だけを感じさせ、燃えていく。それは明確な破壊行為であった。憎しみを憎しみで育てる行い。それが美しかったシュトゥラの大地を穢していた。その非現実的な光景に全ての学生たちがオリヴィエとクラウス含め、停止していた。だがクラウスが屋上から飛び降りるように走り出す。

 

「クロゼルグっ!!」

 

「クラウス、待ってください!」

 

 屋上から飛び降りたクラウスをオリヴィエが追いかけ、降りた先の所で魔女―――クロゼルグを首根っこで掴んで持ち上げるヴィルフリッドの姿があった。学園の出口付近で捕まえた辺り、クロゼルグは急いで戻ろうとしていたのだろう。その姿を捕まえているヴィルフリッドが、

 

「あ、帰ろうとしたから捕まえておいたよ。あと口無しの魔法で口を閉ざさせて魔女術使えないようにしているから、絶対に解除しないでよ。した瞬間森へとすっ飛んで行くだろうから」

 

「んー! んんー!」

 

 クロゼルグが抵抗するように手足を振り回すが、ヴィルフリッドには一切のダメージを出せてはいなかった。ただヴィルフリッドの方もどこか不安を隠しているように感じられ、表情の余裕は演技の様に感じられた。だがそれを察する事の出来ないクラウスとオリヴィエは安堵の息を吐きながらクロゼルグを捕まえたヴィルフリッドを感謝していた。

 

「良かった……ありがとうリッド」

 

「ううん、確かに魔女猫は気に入らないけど自殺させる訳にもいかないしね。それよりもヴィヴィ様もクラウスも僕から離れちゃダメだよ? 一応僕がいれば傷一つつかないようにするから」

 

「情けないけど自分の身分は解っているつもりだよ、リッド」

 

「問題はアレがどこの所属か、という事ですが―――」

 

 遠い空へと視線を向けた。明るい閃光が何度も輝く様に空に瞬く。破壊の閃光と衝撃は唐突にシュトゥラの大地を破壊し、魔女の森を蹂躙していた。その様子をクロゼルグは涙を流しながらヴィルフリッドに拘束され、眺めていた。動こうにも何もできず、そして追いついた時点で何もできないというのを理解しているのだろう。その体からは徐々に力が抜けて行くのが見える。

 

『いやぁ、破壊の光とは何時見ても心が躍るねぇ……』

 

 メインオペレーター(キチガイ)復活。こいつの一言で空気が一瞬で変わる。お前を待っていたんだ。この絶対的などんな状況でさえ楽しめてしまいそうな安心感、ジェイルがいる時じゃないと味わえないだろう。

 

『とりあえず復帰一発目から朗報だ。シュトゥラはこの先の未来において地名が遺らない―――つまりは滅ぶよ!』

 

『前々から思ってけどドクターって頭おかしいっすよね』

 

『何を今更』

 

 ジェイルがしゃべり出すだけで一瞬で空気が破壊されるから凄いな、と思う。そんなこちらの様子を見たのか、ヴィルフリッドから軽い緊張が抜ける。どうやら緊張を抜く為の一役買えたらしい。ただジェイルの話が正しければこの国は歴史に残らないらしい―――やはりゆりかごの暴走によって失われるのだろうか? そう思っていると騎士が飛び込んでくる。

 

「殿下! クラウス殿下!」

 

「声を控えろ! 俺はここに居る! 何事だ」

 

 クラウスのしっかりとした声に騎士はハッ、と声を返しながら息を整え、クラウスの前で膝をついた。

 

「ガレアが宣戦布告し、魔女の森を集中的に燃やしてきました。その中には腐食の禁忌兵器の姿もあり、おそらくは何百年かかろうとも土地を生き返らせることは……」

 

「馬鹿な……彼らは友好国の筈だぞ……? しかも禁忌兵器を持ち出すとは正気か! アレは破壊するだけ破壊して一切の恵みや再生の芽でさえ潰すようなものだぞ!」

 

「つきましては王城にて陛下がお待ちです。ゼーゲブレヒト殿下も一時的に保護するという名目で王城へと退避をお願いいたします」

 

「……仕方がありませんね。解りました」

 

「となると僕もオリヴィエ付きの護衛だから一緒だね。あ、ついでに魔女猫も連れてきても問題ないでしょ? 普段から忍び込んでるし」

 

「え、えぇ……まぁ、そうですね……その……」

 

「俺が保証する」

 

 クラウスが白だと言えば白、それが権力であり、この時代である。クラウスが保証する事で騎士は頭を下げ、そのまま一同は王城へと向かう事になる。

 

 いよいよ、ベルカの終焉を告げる戦争が始まったのだ。

 

 その気配を空を眺めながら感じていた。

 

『ここで少しだけ、のたうち回っている間に調べておいた歴史の話をしよう』

 

『のたうち回っていた』

 

 本当に空気を破壊しなきゃしゃべられない奴だなお前、と呟きながら呆れつつもジェイルのいう事に耳を傾ける。

 

『良いかな? 古代ベルカはロストロギアの暴走で滅び、私の推理が正しければその原因は聖王のゆりかごが原因だと思う。その暴走の引き金がなんであるかは不明だが、この滅びによって多くの家が断絶された。後に発生する聖王統一戦争によって聖王家の血筋を復活させようとしたりしたのが更なる原因なんだけどねー。集めようとしたところで逆に滅びてしまった、という訳だ』

 

 ジェイルは()()()()()()と言う。

 

『普通王族というのはね、完全に血筋を絶えさせないものなんだよ。滅びの可能性が見えて来たら復権できるように庶子でも作ってこっそりと血筋を絶えないように隠しておくものさ。私が聖王家の人間だったらまず間違いなく王族を別の次元世界へと一人か二人、こっそりと逃がして血筋を残しておくもんだよ。だけどね、聖王家の血筋は完全に途絶えたんだよ……管理しやすい聖遺物に付着したDNAだけを残してね』

 

『ドクター、それじゃあまるで狙って根絶やしにされたって言っているみたいですよ』

 

『実際そうじゃないかな? 150年前に次元平定。それと同時期に発生したゆりかごの消失。そして消え去った聖王の血筋。あまりにも一つの時代に全てが重なり過ぎている。偶然という言葉は怖いねぇー……と、まぁ、これが前置きだ』

 

 まだ話に続きはある、とジェイルは言う。

 

『聖王家の血筋は絶えた。だけどまだ残された血筋は幾つかあるんだよ』

 

 そう言えば前にエレミアの血筋は現代まで残っている、とジェイルが言っていたのを思い出す。そしてその言葉を口にするとそうだ、とジェイルが言う。

 

『オリヴィエと最も近しかった一族であるエレミア一族、そして魔女のクロゼルグ一族は現代でもその存在が確認されている。そして同時にシュトゥラ王家のイングヴァルト一族も名前を変えてストラトスという名前になって存続しているんだよ。これは面白い話だとは思わないかい? 誰とかは言わないけど、周辺の人間は何故か血筋が全部無事で、ピンポイントで聖王家が滅んでいるんだ。別にオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに限った事じゃない』

 

 くくくく、と意地の悪い笑い声をジェイルは零した。

 

『オリヴィエが選ばれたのは()()だったのかもしれないね。別にゆりかごに乗ってくれるのであれば誰でも良かった……なんてね』

 

 まぁ、300年前から時空管理局が暗躍して設立を目的としてベルカを滅ぼし、そして150年前の平定で完全に残滓を消し去ってから設立―――だとしたら相当根深い怨念を感じるが、少々非現実的ではないかと思う。

 

 そんな感想にまぁ、とジェイルが言葉を置いた。

 

『一つの推理だからね。私はミステリー小説を読むときは推理しながら読むタイプでね、持っている情報で推測をしつつ読み進めるのが好きなんだよ』

 

 完全にポップコーン片手に映画を眺めている馬鹿野郎だった―――昨晩、消えるかどうかという話をしていたばかりなのに、そういうノリなんだからやっぱり凄い。いや、単純に馬鹿なだけだ、と思う。まぁ、それぐらいのノリでもないとめんどくさくもなるかと納得しつつ、オリヴィエ達の姿を追いかけた。

 

 

 

 

 時間は進み、夜中になった。

 

 シュトゥラ城内の一室、窓から見える夜空をオリヴィエは眺めていた。その側の椅子にはヴィルフリッドが居り、この部屋には二人しかいなかった。既に二人には近隣の情報が入って来ており、現状を理解させられていた。

 

 まず参戦布告をしたのはガレアだけではなかった。ガレア、オーストなどを初めとする多くの大国が一気に宣戦布告を始め、禁忌兵器を持ち出しての滅ぼし合いを開始したという事だった。年々、大国の間で負の感情が高まり、戦の気運が高まっているのも事実であった。小規模な争いは時々発生しているのも事実であったらしい。だがそれとは別に、戦争にもルールが存在する。

 

 それは人類という文明を破壊しない為のルールだ。

 

 かつて、アルハザードという超高度文明が存在した。だがこの文明は今では考えられないほどの高度な技術を誇っていたのに滅んだ。それは高くなり過ぎた技術のせいでアルハザードが自滅したからだ、と言われている。故に兵器の運用にもルールが必要である。行き過ぎた破壊はやがて、殺戮と絶滅へと続く。

 

 人の尊厳を無視し、ただ殺す事と殺戮する事だけを考えて死を生み出すだけの効率的虐殺兵器―――禁忌兵器。それを戦争の道具として利用する事は禁止されていた。禁忌兵器を抜けば最後、それはただの滅ぼし合いになるからだ。禁忌兵器を放った後で()()()()()()()()()()()のだ。つまり侵略で禁忌兵器を使えば、何も残らない。戦った意味ですら存在しなくなる。

 

 そして禁忌兵器には禁忌兵器の報復が来る。奴が使ったのなら、此方も遠慮はいらない。そう言って誰かが放つ。そうやって世界は少しずつ再生もできなくなって滅ぶのだ。故に禁忌兵器は禁止されている。同じ世界内で放ったら滅びの未来しか生み出さないから。

 

 だがそれはシュトゥラへと友好国から放たれた。

 

 それを行ったガレアは当然、ベルカから説明を求められ、シュトゥラやベルカから狙われ、国を守るために先制攻撃を仕掛けたと宣告した。果たしてそれが真実であるのかどうかは不明である。

 

 だが事実として理解できる事が一つある。

 

 それはこのベルカ全土を巻き込む戦争が始まった、という事だった。

 

 これからこの次元世界は未曽有の大戦争へと発展する。それも禁忌兵器を使った大戦争だ。オリヴィエとヴィルフリッドはその状況を正しく理解していた。そしてこれから、どうなるのかをも想像出来ていた。政治に疎い二人ではあるが、オリヴィエは血筋的にはベルカの王族だ。継承権を失っても血がそうである事には意味がある。

 

「……ここでの4年間、楽しかったですね」

 

「そうだねー。ヴィヴィ様も友達を作っていっぱいハッちゃけていたね」

 

 ヴィルフリッドの言葉にオリヴィエは笑い、そしてそうですね、と言葉を置いた。

 

「……私はベルカに呼び戻されるのでしょう。きっと戦争が終わるまでは軟禁でしょう」

 

「ま、それは仕方がないよ。だって戦時中に他国に姫を出すわけにもいかないしね。僕がいると言っても、流石に同じクラスの相手が複数人で来たらやばいからね。やっぱり本国にいるのが一番安全だよ。まぁ、終わるには数年かかるだろうと思うけどね」

 

 その言葉にオリヴィエは黙る。しかし数秒後、少しだけ悩むように口を開いた。

 

「……なんで、戦争が始まったんでしょうか」

 

「利益があるからじゃないかなぁ」

 

 オリヴィエの言葉に軽くヴィルフリッドが答えた。だけど違うなぁ、とヴィルフリッドは言葉を続けた。

 

「禁忌兵器を持ち出したって事は利益を考えない破壊行為だから戦時需要で稼いだとしても最終的に収益が消えるから黒字にはならない。つまり利益外の戦争理由という事だね。そう考えると本気で滅ぼさないと滅ぼされる、ってぐらいには考えているんだろう……うーん、どこかで誰かが戦争を煽っているのかもね」

 

 ヴィルフリッドがその言葉を言い、それが一番現実的なラインだろう、と呟いた。先制攻撃の禁忌兵器。こんなの狂人か或いは本気で滅ぼさないとどうにかなってしまう、と考えている奴でも出来ない、と。それを聞いたオリヴィエは消えそうな声でそうですか、と呟きながら窓の外を見ていた。その背中姿を眺めるヴィルフリッドが声をかける。

 

「……なんとなく考えている事は解るけどダメだよ」

 

「リッド?」

 

 ヴィルフリッドの声にオリヴィエは少し驚いたような表情を浮かべながら振り返ってくる。その表情を見ながらヴィルフリッドは頭を横に振る。

 

「確かにヴィヴィ様は王族で、国民と国に対してその身を粉にして守護する義務があるかもしれない。だけどそれを先に捨てさせたのはベルカで、ヴィヴィ様にはそれは一切求められていなかった。だからヴィヴィ様が何かをしたい、とは思っちゃダメだよ。その結果、ヴィヴィ様が自分の身を犠牲にするようなことがあれば、僕は友人を死に追いやるベルカ聖王家を絶対に許さない」

 

「リッド……いえ、そうですね」

 

 ヴィルフリッドの言葉にオリヴィエが少し弱いが、笑みを浮かべる事が出来た。

 

「リッドがそうやって私の隣で叱ってくれるなら大丈夫そうです。これからもお願いしますね?」

 

「うん、任せてよ。嫌だと言っても叱りに行くからね、育児放棄している聖王陛下と僕は違うんだから」

 

 ヴィルフリッドの堂々とした言葉にオリヴィエは苦笑いから笑い声を零した。少女からしてみれば友人の―――長年の親友の言葉は心強く、そして暖かった。それは突然の状況の前に、そして崩れる現実の前で変化して行く状況に飲まれそうなオリヴィエの心を支えるものでもあった。

 

―――何故なら、オリヴィエは心の強い少女ではなかったからだ。

 

 ベルカ終焉の序曲が鳴り始める中で、オリヴィエの帰還は決定していた。

 




 きっとそんなに心は強くなかった。実家で疎まれ、留学先で楽しい日常を得て、そして燃えるシュトゥラを見て、泣いているクロを見て自分が何とかしないと……と思ってしまったのだろう。誰よりも彼女の親友がそれを知っていた筈だった。

 まぁ、軟禁されちゃうから説得もクソもないんだけどね。

 ナンバーズやクラウス、クロに関する描写が薄いのは掘り下げると短編の領域を超えてしまうのと、オリヴィエメインの物語なので。なので必要なのはメインの役者の二人だけ。

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