8月20日午前5:30
鳥のさえずりと共に、今日も夏真っ盛りな空気が鎮守府に流れ込む。夜の間に冷やされた地面や空気がまた熱せられ、蒸し暑くなる。
そんな事を想像し、つい、ため息を出した吹雪は当直だった朝の見回りを終わらせ、報告するために執務室に向かう。廊下の窓からまだ青々しいグランドを見ると朝練なのか既に走っている艦娘が見られる。
吹雪「みんな元気だなあ……」
自分でも分かるが今日はやけに気が抜けているような気がする。事後話になってしまうが、あんな約束をしたものでは中々、心の準備も出来たものではない。 吹雪はまた、ため息を出し口をつむった。
吹雪「んーちょっと気が緩んでるのかな、でも明日明後日お休みだし……」
そう独り言を呟きながら小さく軋む廊下を歩き続けると執務室に着いた。
吹雪は深呼吸をしてドアをノックし声を出す。
吹雪「司令官、駆逐艦吹雪ですっ!」
数秒たっても返事がなく扉の前で待つと、夏服仕様の海軍制服を身にまとった男が吹雪を迎い入れる。
提督「あーごめんごめん、今日ちょっと喉が悪くて……いいよ、入って」
吹雪「え、大丈夫なんですか?司令官」
提督「あーあんま寄らない方がいいよ。移るし」
提督は会話を早めに終わらせると椅子に座りマスクを着ける。
提督「それで、どうか?」
吹雪は我に帰るとサッと左手に持っていた名簿を提督に差し出した。
吹雪「こちら、朝の巡回チェック表です。鍵、照明、全て問題ありませんでした」
提督「ああ、ご苦労……すまないな吹雪。せっかくのオフに見回りさせてしまって」
吹雪「気にしないでください。鎮守府創設以来の古参として、ずっとやってきましたから」
提督「頼もしい限りだな」
吹雪は何かを思い付くと常設されているポットに水を入れ始める。
吹雪「司令官って確かこの前、インスタントのスープ……買ってましたよね?」
流れ作業のようにカップを準備し、提督に駆け寄る。
提督「ああ、そうそう。そこの引き出しにあるはずだが……それが?」
提督が指を指す方の引き出しからスープの素を取り出すと、カップに素とお湯を入れ、吹雪は机の前に駆け寄る。
吹雪「温かいスープは喉に良いって聞きますし……はい、どうぞ」
吹雪は机の上にカップを置くと一歩下がる。
提督「いやはや……すまないなさっきから」
吹雪「いいえ、風邪って辛いですもんね」
吹雪はそう言うとおぼんを両手で持ちながらその場に待機する。提督はスープを一口飲むと静かに息を吐く。
提督「……そういや、艦娘って風邪引くのか?良く考えたら見たことないんだが」
吹雪は手を後ろで組むと微笑みながら答える。
吹雪「私も良く理解してないんですが……艦娘は滅多に病気にはお世話になりませんね……人とはかなり免疫力が違うらしいですから……」
提督「ふーん、未だに不思議だな……」
吹雪「我ながらそう思います。……あっ、体調管理とかじゃないですかね?やっぱり」
そんなたわいのない会話を交わす吹雪と提督。時間は丁度6時で戦艦や空母の艦娘が食堂へ向かうのが見えた。駆逐艦寮からはポツポツと艦娘が現れてくる。午前6時は人間、艦娘、関係なく辛い時間だ。吹雪も提督に別れを告げると食堂に駆けた。
舞鶴鎮守府 食堂
食堂に着くと沢山の艦娘達がカウンターに並んだり、席を見つけて座ったりしている。ごちゃごちゃした中から姉妹を見つけるとそこに吹雪は向かった。
深雪「……あ、吹雪おはよう」
吹雪「おはよう深雪」
白雪「朝の巡回だったんですね。お疲れ様です」
吹雪「そうだよー。もう眠くて眠くて……」
吹雪は空いてる席に腰を下ろすとカウンターを覗く。朝、昼、夜によって基本のメニューが変わるため飽きが来ないのが魅力だろう。定番メニューは固定だが他はコロコロと変わる。
吹雪「さてと……そろそろ頼みに行かなきゃっ」
深雪「あっ、待ってよ吹雪。私も……」
二人は空き始めた列に並ぶと順番をひたすら待つ。カウンターの上にもメニューがあり、それを見ながら自分の番を待つ。
鳳翔「おはようございます。吹雪さん、深雪さん。いつもので良かったですか?」
吹雪「おはようございます。はい!お願いしますっ」
鳳翔が注文を受け付けると横からわらわらと妖精が現れて鳳翔の手助けをし始める。しばらくするとおぼんに乗って注文した物がやって来て、それを取ると机に向かう。
吹雪「頂きまーす……」
吹雪は手を合わせて一礼すると手を着ける。朝、ほとんどの艦娘が注文するセットメニューでごはん、味噌汁、鮭の塩焼き、海苔に漬物と、とてもスッキリしたセットだ。文句なしの日本食に鳳翔のお墨付きとなると朝の始まりには文句なしの朝ごはんだろう。
白雪「……ちょっと深雪?今日は海洋検察の予定でしょ。そんなゆっくり食べてて良いの?」
白雪の発言に深雪はご飯を喉に詰まらせる。
深雪「ちょっとタンマ…………そういやそうだったぁ。急がないとっ」
深雪は急いで料理を平らげると別れを告げて出口に走っていった。相当焦っていたのか、お皿を片付け忘れている。
吹雪「あはは……今日もいつもの深雪だねー」
白雪「もー姉さんからも言ってやってくださいよー。手伝ってばっかで二倍疲れます」
吹雪「まあまあ……」
吹雪は苦笑いしつつ味噌汁を飲み干す。体の芯から温まった感覚を感じ、吹雪はペチペチと頬を軽く叩いた。数時間の余裕があるとはいえ、やることはやらなければならない。
吹雪「じゃあ白雪ちゃんまた後でね」
白雪「はい!行ってらっしゃい」
食器を片付け、食堂を出るとやっと日が昇ってきた太陽が、水平線から顔を出してきた。新しい1日の始まりだ。吹雪は深呼吸をすると駆逐艦寮の部屋に向かった。
部屋に戻ると吹雪は自分のロッカーを漁りだす。明日着るための浴衣を探しているのだが中々見当たらない。
吹雪「あれ……ここにしまって置いたはずなんだけど……うーん」
吹雪は以前、浴衣を着用しての任務があり、その際使用した浴衣を探していた。捨てるわけにもいかず、それ以来使わずに保管していたのだが一体何処にやったのだろうか。しばらく探していると、吹雪はロッカーの一番奥に何かを包んでいる和紙を見つける。
吹雪「……あっ、あった!」
吹雪は丁寧に和紙で包まれた浴衣を取り出すと中身を確認するため、和紙を静かに開ける。とたんに浴衣から柔軟剤の香りが漂う。
吹雪「よしっ……浴衣は大丈夫。私服は……流石に許可降りないよね……」
基本、艦娘が鎮守府外に出掛ける際、必ず艦娘と一目で分かる服装を着用することが義務付けられている。一般人との差別化が目的で、艦娘が外で安全に行動するための条件の一つでもある。
吹雪「久しぶりに会いに行くんだし新しい制服用意しとかなきゃ……香水は……いらないね」
吹雪はまるで修学旅行前の生徒の様なテンションで準備を進める。
時間はいつの間にか午前8時を過ぎようとしていた。
鎮守府正面玄関
時刻はもうすぐ12時と言ったところか。吹雪はそれまで、提督から特別外出許可申請の証明を貰ったり、身支度を整えたり、姉妹からの質問攻めをくぐり抜けるなど大忙しだった。
吹雪「はあ……お出掛けするだけなのにこんなにも疲れるのは間違ってるよ……」
吹雪は照りつける太陽を手越に見て、今日も暑いと呟きながら門番に近寄る。
天龍「よお吹雪、これから出掛けるのか?」
吹雪「あ、天龍さん!お疲れ様です!はいっ……一泊二日の旅行です」
聞かれてまず答えるのがこれだ。一泊二日の外出はそうそう無いため、回りの艦娘が不思議がり質問する、そのとき旅行と濁しておけば大体怪しまれない。
天龍「ははーん、了解っと……ほれ、許可書だよ……にしてもあっついなぁ……干からびそうだぜ……」
吹雪「大変そうですね……熱中症には気をつけてくださいね!」
天龍「ありがとなー、吹雪も道中気をつけろよー」
吹雪は門を通りつつ笑顔で天龍に別れを告げる。門を出れば鳥かごから出た鳥だ。吹雪は軽い足取りで裕翔の家に向かった。鎮守府から裕翔の家まではそう遠くなく。徒歩でもいけない距離ではない。
しかし、荷物の重量と少女としての体力を考えるとバスを利用した方が楽なため、吹雪は迷わずバスに乗った。猛暑の中、市街地を荷物もって進むのは訓練だけで十分だ。
しばらくバス停の前で待っていると蜃気楼の中からバスが見えてくる。早く涼しいバスに乗りたいという衝動を押さえつつ吹雪は待った。バスに乗るとすぐに一番後ろの角に座る。一番安心するのはなぜだろうか。
「次は~舞鶴公園前、舞鶴公園前です。お降りの際は車が止まるまで、席をお立ちに……」
吹雪「あ、ボタンおさなきゃ……」
車内の涼しい冷房に気をとられ吹雪は反応が遅れる。車内には吹雪と運転手意外誰も乗車してなかった。時間が午前から午後に変わる頃合いだからだろうか。
切符と運賃を運転席の横に備え付けられている機械に通すとバスを降りる。
先程の涼しげな空気が嘘かのように太陽が少女の体を照りつける。吹雪は夏使用の制服から露出した脚や腕に日焼け止めを塗り忘れたことを思いだし駆け足で家に向かった。
極力日焼けは避けたいのが吹雪だ。
吹雪「はぁはぁ……着いた……」
吹雪は膝に手を当てながら呼吸を荒くする。こめかみの汗が首筋を伝って制服の中に垂れる。
吹雪「ほんとにあっつい……もう……制服がベトベトだよ……」
吹雪が状況確認をするのもつかの間、直ぐにインターホンに指を置く。
インターホンが鳴り、しばらくすると一人の青年が玄関から出てくる。
吹雪「こんにちは……」
裕翔「はは、凄い汗だな、まあ入れよ」
吹雪「うん、死にそうだよ」
裕翔に案内されて玄関に向かう。脱いだ靴を綺麗に揃えると裕翔の部屋に向かう。階段を上がって通路奥の部屋だ。
吹雪「わあー、なんか男の子の部屋って感じだね」
裕翔「そりゃそうだろ」
吹雪は裕翔に正論をつつかれ、つい笑いが溢れる。
裕翔「まあ、ゆっくりしててよ。今冷たいの持ってくるから」
吹雪「あ、うん、ありがとう」
裕翔はささっと階段を下りて一階に向かった。吹雪は部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルの前で腰を下ろす。
ぼけーっと部屋の回りを見続けるとやっぱり男の子の部屋といった感じだ。全体的に青で統一されている。
吹雪「エアコン涼しいなぁ……」
裕翔「そうだろ?むっちゃ涼しいよな」
吹雪「ひゃっ!……もうー驚かさないでよー」
いつの間にか戻ってきた裕翔は予想通りの反応だというかのように微笑む。
裕翔「ごめんごめん……はい、カルピスでもよかっかな」
吹雪「うん!ありがとう!」
蝉が鳴き続ける夏の中、二人は淡々と話を続ける。
吹雪「あれ、裕翔、お母さんは見えなかったけど出掛けてるの?」
裕翔「あー、母さんはお菓子買いにな……吹雪が来るとか行ったらテンション高くしてさ」
吹雪「ふーん……そうなんだ……」
裕翔「…………」
吹雪「………………」
話したい、会いたいと思っていても、いざ 面と向かって話をするとなると、どうも会話が途切れてしまう。
吹雪「裕翔は……」
裕翔「……なに?」
吹雪「裕翔は……何処に就職とかするのかなーって思ってね」
裕翔「……海軍幹部候補生として海軍に入ろうかなって思ってる」
吹雪「え?」
裕翔「だから……幹部になって頑張って提督に成ろうと思って……」
吹雪「提督って……」
静まりかえった部屋にいっそう強く蝉の声が聞こえる。
裕翔「悪いか」
吹雪「ううん!そんなことないよ!凄い事だよ提督って……ただ……」
裕翔「……ただ?」
吹雪「……どうして提督に成ろうと?」
吹雪は真っ直ぐな眼で裕翔をみる。
裕翔「……これ言ったら笑うから言わない……」
吹雪「言われてみないと分かんないかなー……なんて」
体操座りをして膝に顔を埋めながら裕翔を見る。
裕翔「……舞鶴の提督になって艦娘の指揮をとって平和をとり戻りたいから……」
吹雪「ふーん……」
裕翔「な、なんだよ……おかしいか?」
吹雪「ううん、凄く素晴らしいことだと思うよ。もし裕翔が提督になったら……そのときまでに"私"が居れば司令官!って呼んであげるよ」
裕翔「……なんか意味深だな」
吹雪「そりゃあね?戦闘で……なっちゃうかもしれないし……でもっ」
吹雪は膝を着きながらも裕翔に駆け寄る。真っ直ぐとした吹雪の目に、裕翔の顔が写りこむ。
吹雪「……裕翔がその気なら私は絶対沈まない。だって私は……」
裕翔「……吹雪……その……」
吹雪「えっ?」
裕翔「そんな近寄られるとちょっと……」
吹雪「……あわわっ!ご、ごめんなひゃい!あっ、べっつにそういうつもりじゃなくて……嫌だったよね、ごめん……」
吹雪はさっと裕翔から距離をとる。
裕翔「い、嫌じゃない!……それにっ」
裕翔は吹雪の細い手を取ると自分の胸に当てる。
裕翔「俺、絶対さ、提督になるから……吹雪もいなくなるなよ」
吹雪「うん……何処にもいかないし、沈まないよ。待ってる」
しばらくずっと手を離さないでいると夏の昼間に似合わない会話をしていることに二人は気がつき、お互い笑いが込み上げてきた。しかし二人は気がついている。ほんとは何を伝えたかったのかを。
吹雪と裕翔は互いにそれぞれ今まであった出来事をこれでもかと話した。
吹雪は姉妹艦や任務の事を、もちろん機密に触れない程度に。裕翔は夏休みの出来事や将来の話。それぞれの話に花を咲かせる。
夕方になると裕翔の母が帰宅し、娘のように扱われたのは言うまでもない。父は出張で残念ながら帰れないそうだが。
暖かい家庭、優しい料理、艦娘が一般家庭の暖かさを肌で感じることが出来るのも、世界の安定を取り戻したお陰なのかもしれない。
時間は既に20時、夕飯も終わって、後片付けを済まし、部屋に戻る。吹雪は先にお風呂に入るとこになり、終わったことを裕翔に伝えに行く。
吹雪「裕翔、次お風呂空いてるよ」
裕翔「おっけ……これ終わったら行く」
裕翔は目の前のテレビゲームに釘付けだった。大抵の男の子のゲームは分からないと思っていた吹雪だが、案外それは理解できるモノだった。
吹雪「へーこんなゲームあるんだ……何て言うの?」
裕翔「んー、FPSって種類のゲームだよ」
FPS……現代はともかく、鉄砲を持った兵士の目線で戦闘するシューティングゲーム。大規模作戦前から人気らしく、作戦後、戦争に触れた若者が影響されて更に人気の増えた種類だ。
あまり良いことではないが、現実とけじめが付けば良いと世間は見過ごしている。
裕翔「あー……負けちゃった……あんとき死ななければなぁー」
吹雪「あはは、部屋の隅を確認しなかったから撃たれちゃったね」
裕翔「……なんだか女子にそう言われるとギャップが凄いんだけど……訓練とかやんの?」
裕翔が吹雪に問いかける。吹雪は腕を後ろで組んで頷く。
吹雪「数年前からやってるよ。大規模作戦以降は対人戦闘に力入れてるらしくて結構増えたけどね」
裕翔「それ言ってもいいやつだよな?後で黒服のお兄さんとか来ないよな?」
吹雪「大丈夫だって!……ほんと面白いよね裕翔って……ニュースになってなかったっけ?艦娘のCQB訓練って」
※CQB≠近接戦闘訓練、主に市街地、室内戦闘で用いられる用語。
裕翔「あー、特別公開のな、横須賀の艦娘達がやってるの見たよ」
裕翔は以前テレビで流れたニュースを思い出す。プロパガンダの為か、牽制の為か、上層部は何を考えているのかわからないが放送されたのを覚えている。
裕翔「あれを吹雪も?」
吹雪「うん、勿論やってるよ。館内業務とか総務とか管轄してる艦娘は少ないけどね」
裕翔「吹雪は結構上手なのか?」
吹雪は少し恥ずかしがるように縮こまる。
吹雪「うーん……並々かな……?これでも9年間就役してるから……」
裕翔「ふーん……実銃って結構反動ある?」
次から次へと質問が飛んでき、吹雪は苦笑いする。
吹雪「あんまり……かな、種類と相性にもよるけど……これくらいっ」
吹雪は裕翔の肩をポンと押す。裕翔は少しぐらついたが呆然としている。
裕翔「え、こんなもんなの?もっとこう……バーンッてなるかと思った」
吹雪「わたしが使ってる小銃の感覚ね。んー多分、裕翔体格良いし、あるいはもっと反動小さく感じると思うよ」
吹雪はつい職業柄を思い人に見せてしまったことに気がつき、サッと心の縁に隠す。裕翔本人は目を輝かせながら吹雪の言葉を聞く。
裕翔「でも艦娘って凄い力持ちじゃないの?……今押されたとき吹雪もぐらついてたけど……」
吹雪「えっとそれは……艦娘があくまで実力を出せるのは艤装を装着した時だけだから……あっ……」
吹雪はつい喋ってしまったことを後悔する。艦娘の力、つまり戦闘力に関係するためこのことは機密の一つなのだ。
裕翔「もしかして不味かったのかな?」
吹雪「えーっと……うん。言わない方がいい事の一つっていうか……二人だけの内緒って事で……お願い!」
裕翔「おう、絶対言わないから頭上げろって……へー、でも凄い為になる話だったよ。ありがとうな吹雪」
吹雪「お礼なんて……そう大したこと言ってないよ…………ってああ!」
いきなり大声を上げた吹雪に裕翔は体を震わせて驚く。
裕翔「なっなんだ!またヤバイこと言ったのか!?」
裕翔はおどおどしながら問いかける。
吹雪「お風呂!……もう……つい話してるうちに時間たっちゃったよ……早く入ってきて!はい!」
吹雪は手に持っていたバスタオルを裕翔に押し付けて、部屋から押し出す。
裕翔「分かった分かった!そう急かすなって……テレビ消しといてくれるか?」
吹雪「……はーい」
吹雪は押し出して自分一人しか居ないことに気がつき、渋々テレビのスイッチを消した。
裕翔が戻ってきた頃には既に寝る準備が出来ていた。裕翔の母がわざわざ布団を敷いてくれたのだ。
部屋にはシングルベッドが一つ、とてもじゃないが裕翔と吹雪が寝るには狭すぎる。という事で裕翔が敷布団に寝ることになった。
時刻は22時、寝るにはちょどいい時間帯だ。今頃鎮守府では、貯まった書類を提督が一人で片付けている頃だろう。なにより今の秘書官はあの龍田だ。
吹雪はそんなことを考えつつ、敷布団を整頓している裕翔を見つめた。
吹雪「ごめんね裕翔、床で寝かせちゃって……」
裕翔「別に?ベッド買う前は敷布団で寝てたから。それに、女の子を床で寝させる性格でもないしな」
吹雪「そっか……」
口ではああ言うものの、明らかに裕翔自身の身長を隠せるほどの布団ではなかった。やはり無理がある。
吹雪「……ねえ裕翔」
裕翔「……ん?どうかしたか?」
吹雪「やっぱその布団寒いでしょ、夏だからって言ってもそれは流石に小さすぎるよ」
裕翔「……でもまあ、吹雪を床で寝かせるよりかは……」
裕翔は苦笑しつつも布団の上で男座りをする。
吹雪「んー……わたしの横で寝る?」
吹雪の突然の問いに裕翔はすっかり目が覚めた。
裕翔「は、はあ?……いや、それは不味いでしょ流石に……」
吹雪「で、でも……風邪引くといけないし……ほら、裕翔一人ならギリギリ入るよ」
吹雪は布団を掻き分けて裕翔が入るスペースを確保する。これならどうにか入りそうだ。裕翔は困惑したが吹雪が良いと言ってるんだ。入るしかない。
裕翔「よいっしょ……」
吹雪「……ね?大丈夫でしょ?」
体はすっぽり入るのだが、どう頑張っても互いの体が触れてしまう。意識しないようにしても思春期の男の子には無理がある。吹雪もそれは同様だった、ここまでとは思っていなかったのである。
吹雪「その……お互い逆の方向に向いてれば……いいんじゃないかな」
裕翔「あ、そうだな………よし、電気消すぞ」
ピッという電子音と共に消灯し部屋が真っ暗になる。感じるのは布団の感触と背中から感じる裕翔の体温だけだ。吹雪はその暖かさを背中で感じながら目を閉じる。開けても閉じても明るさは変わらない、それくらいの暗さだ。
吹雪「……裕翔」
口が緩んでしまい、つい口に出してしまった名前。その本人は背中の向こうにいる。何で呟いてしまったのか吹雪本人にも分からなかった。
裕翔「………………」
裕翔からの返事はない、完全に寝てしまった様だ。
吹雪「寝るのはほんとに早いよね裕翔って……今も……昔も」
吹雪は背中の暖かみを感じ、目を閉じて思い出す。大規模作戦以降の裕翔との思い出を。
吹雪「……初めて裕翔と出会ったときってまだ身長がわたしと同じぐらいだったよね。手足もわたしと同じくらい細くって……避難場所まで手を繋いで誘導したっけ……」
深海棲艦が史上最もEEZまで進撃し、本土に危害を加えた最初で最後の日、大規模作戦が決行された直前の日だ。吹雪は当時、地上支援艦隊の数ある小隊の内の一つを任され、小隊長として舞鶴の市民避難を援助していた。
なぜ、海での直接支援ではなく、地上での間接支援なのか、艦娘として海から人を守るという思想に反しての任務に、当時の吹雪には理解出来なかった。
吹雪「……今でも覚えてるよ。瓦礫の中から裕翔を連れ出した時の事を。……あの時の私は直接人命を救助することがどんなに大事なことか分かってなかったんだと思う。艦艇としてのプライドを捨てきれなかったのかな……」
初めて絶命するはずだった命を助けた日、初めて艦娘として生を得て、命に変えても守ろうとした命、それが今、大きくなって背中合わせで静かに寝ている。
吹雪「……今じゃ身長も何もかも越されて……逆に支えられる存在になっちゃったけど」
吹雪はベッドの中で向きをかえて裕翔の背中に手をつける。人としてはまだ高校生だが、吹雪からは十分大人な背中に見える。
吹雪「こうやって触ていられる事に幸せを感じてるよ……」
吹雪はそういって眉間を背中にくっつける。……すると目の前のその背中がゆっくりと動き出した。
裕翔「……俺も」
吹雪「えっ……」
いきなりの事に驚く吹雪、裕翔はそのまま吹雪の上に覆い被さるように手足を着くと吹雪を見つめる。
裕翔「俺もこうやって一緒にいられることがとても幸せだよ……吹雪」
吹雪「うん…………」
次回「夏祭り 前編」