外の鳥の鳴き声と共に舞鶴にも朝が来た。この日は舞鶴の夏恒例行事である舞鶴神社の祭りが行われる。俗にいう夏祭りで神社の前にある商店街を挟んでの比較的規模の大きな祭りだ。
毎年、舞鶴鎮守府の艦娘等も広報を兼ねたパトロールとして地元自治体と参加している。
吹雪「んっ……うーんっ……」
外は既に騒がしく屋台を立てる音やそれを指揮するように自治体の盛んな声が微かに聞こえる。
吹雪「……そっか……今日はお祭り当日…………」
吹雪は、横でまだ眠る裕翔の顔を覗く。清々しく寝ており、起こすのが申し訳なくなるほどだ。
はだけた寝間着をその場で着直し、背伸びをする。流石に寝かせ続けるわけにもいかないため、裕翔の体を揺さぶる。
吹雪「裕翔ー……朝だよー」
裕翔「……ああ、おはよう……早いな……」
吹雪「早いかな?……時間的にそうでもないけど……」
時計は既に9時を指していた。夏休みになるとどうも体内時計がおかしくなるらしい。
裕翔「よいしょっと……いっつつ……寝違えたのかな……体が痛い……」
吹雪「うん……わたしも……流石に狭かったかな……」
吹雪は肩に手を当てて、揉みほぐす仕草をとった。特に緩和される訳でもないが、なんとなくやってしまう。
吹雪「あ、ちょっと着替えるからこっち見ちゃ駄目だよ」
裕翔「うーん……」
裕翔は、ベッドに横になると逆の方向を向いた。吹雪は横目でそれを確認すると、持ってきたバッグの中から、新品の制服を取り出す。
制服を清楚に格納しているビニールには《艦娘用戦闘服:第一種夏服:吹雪型制服二型》とプリントされている。二型というのは艦娘で言う改二の事だ。
基本艦娘は着任当初に来ていた服を通常服や戦闘服として用いる。式典やその他行事ではごく稀に防衛省から礼装が支給される。
裕翔「……もしかして新しいの着ようとしてるのか?」
吹雪「……うん、次の日に乾くわけないし……艦娘の服にも……種類にもよるけどIR加工とか色々施されてるから一般家庭では洗うわけにいかなくて……もういいよ」
裕翔はゆっくりと起き上がると吹雪の制服姿を見る。見た目はほんとにただの高校生だ。
裕翔「それが戦闘服なのも不思議だなあ……」
吹雪「まあ気がついたら着てたから何故か平気だけどねー」
裕翔「気がついたら?」
吹雪「うんん、なんでもないよ」
部屋の中のどんよりとした空気を抜くために吹雪は窓に向かう。ガラガラっと音を立てて窓を開けると朝の風が部屋の中に入ってくる。
裕翔「さっむ……吹雪閉めてよー」
吹雪「だーめ!はいっ起きて……布団片付けて……」
部屋をあらかた片付けると、吹雪は髪を解いて結び直す為に洗面台へ、裕翔も寝間着のまま歯を磨きに向かう。
洗面台へ向かう途中既に朝ごはんを作っていた母親が見えた。
裕翔母「おはよう!裕翔、吹雪ちゃん」
裕翔「おっす」
吹雪「あ、おはようございますっ!お母さん後で何か手伝いましょうか?」
吹雪母「ほんと?助かるわ~それじゃあ紙渡すからコンビニお願いできるかしら」
吹雪「はい!大丈夫ですっ」
洗面台では先に到着していた裕翔が歯を磨いている。
吹雪「ちょっと鏡良いかな?」
裕翔「鏡?ああ、おっけー」
吹雪は事前に持ってきた 櫛で髪を解き始める。ササッと解くと後ろに余った髪をもって行きヘアゴムで結ぶ。
裕翔「吹雪って髪サラサラなんだな」
吹雪「んーそうかな……それといったお手入れはしてないけど……」
ふーんと裕翔は相づちをうつと磨き終えたのか先にリビングに向かった。
吹雪は母親にお願いされたお使いに出掛けるために玄関に向かう。
裕翔母「ごめんなさいね吹雪ちゃん、いつもは裕翔にお願いしてるんだけど」
吹雪「そ、そんな!わたしから聞いたことですので……それでは行ってきますっ」
母親の笑顔に迎えられながら玄関の扉を開けて外に出る。外の門を開けて道路に出ると、祭りの為なのか既に車止めの規制があちらこちらに見られる。……が、一台だけ見たことのある車が近くに止まっていた。
吹雪「あのナンバープレート……鎮守府の車だ……」
そう呟いたその時、制服にしまっていたスマートフォンから着信が入る。送信相手は叢雲だ。
吹雪「……もしもし?叢雲ちゃん?」
叢雲「吹雪?ごめんなさいね休暇中に、急で悪いんだけどちょっとその車に乗ってくれないかしら?長くは止めないわ」
吹雪「えっ……うん、わかった、今行くよっ」
吹雪は急ぎ足で目の前の車に近づいた。窓は加工されていて外から中を覗けない仕組みになっている。
吹雪が近づくと扉が開き、中へ誘導された。車内には海軍の士官と思われるスーツ姿の男が四人、そして先ほど電話を寄越した叢雲だ。
吹雪「どうしたの?なにか事案が?」
叢雲「ええ、"招かれざる客"よ。艦娘が一人で一泊二日の旅行、しかも駆逐艦娘ときた、格好の獲物って感じね」
吹雪「そんな、どこで情報が……」
叢雲「今は"S"が押さえてるから良いけど今日は回りに気をつけて。もしも何かあったら直ぐに即応できるように待機してるから」
吹雪「あのSがっ?ということは相当な事なの?」
叢雲「まあね、まず大丈夫だとは思うけど、くれぐれも悟られないよういつも通りの吹雪でいてちょうだい」
叢雲は吹雪に追跡装置と小型イヤホンを手渡す。
吹雪「そ、そんな事態なら直ぐに戻るのに……」
叢雲「ええ、普通のお遊びならね。だけど裕翔くんは特別な存在なの」
吹雪「特別って……どういう?」
叢雲「……貴女には言っておくべきかしら……彼、妖精が見えるらしいわ」
叢雲の言葉を聞いて、吹雪は唖然とする。一般人で妖精が見えるというのは日本全国で探してもごく一握りだ。勿論、艦娘を率いる提督になるには、妖精が見えてないと提督になれる確率は極めて低い。
叢雲「以前、幹部候補の高校生を鎮守府に案内したときに、裕翔君だけが妖精を見つけれたのよ。確証が無いから貴女には言えなかったけど……」
吹雪「……なるほど、そうなると裕翔は艦娘と同等か、それ以上の存在って訳なんだね」
叢雲「あの性格よ、優秀な司令官になるわ。それを本人に悟らせてはいけないことは分かるわね?」
見えるからといって適当な気持ちで試験に挑ませるわけにはいかない。それは誰にでも理解できた。
吹雪「ありがとう、お陰でなんとなく理解出来たよ」
吹雪は静かに微笑むと受け取った小道具をポケットに閉まった。
叢雲「ちなみにこの事を知っているのは私と貴女、Sの隊員と提督、一部の上層部の人間だけよ。……吹雪っ」
叢雲は車内で姿勢を正すと吹雪の名を呼んだ。吹雪も姿勢を正して叢雲の目を見る。
叢雲「吹雪1尉、要人に悟られぬよう、裕翔氏を最後まで身辺警護せよ。その為にはどの様な状況も考慮する!……ふふっ…提督からの指令よ」
吹雪「はい!吹雪、任務承りました!……ありがとう叢雲ちゃん」
叢雲「そんなお礼なんて……私は妹として貴女とその幸せを見守るだけだわ」
吹雪は叢雲の言葉を聞き入れ、扉に手を掛ける。扉を開けると外からの夏風が早速入ってきた。
吹雪は気持ちを入れ替え、頼まれたお使いを終わらせるためにコンビニへと向かった。状況開始だ。
数時間前、鎮守府執務室にて
提督「はい、はい……わかりました。ご協力感謝致します。はい……失礼致します」
叢雲「で?どうだったのよ」
白銀の髪をなびかせながら叢雲は提督に質問する。提督は脱力しきったように椅子に持たれ掛けると制帽を手でくるくると回しはじめた。
提督「いやー参ったよ……ほんとに少将と話すのは疲れるものだな」
制帽を横のフックに引っ掻けると腰をすえ直す。
提督「吹雪と裕翔くん、二人を守るためにSを数十名動員、市単位での規制……その他もろもろ……よく少将は了承してくれたよ……」
叢雲「それだけ二人は重要な人物って訳ね、艦娘は常に狙われるけど、提督候補はほんとにごく稀な存在よ。敵さんもそんな特別な人物二人を同時に拉致できる……こんな機会逃すはずがないわね」
提督「問題は……」
提督は目の前の机にしかれた鎮守府職員全員の履歴書を読み漁る。
提督「何処で情報が漏れたかだ……管轄でいうと総務辺りが怪しいが……」
叢雲「総務ね……了解したわ、早速探りをいれてみるわね」
提督「うむ、頼んだ……深海の相手でこっちは手一杯だっていうのに……どうしてこうも人間っていうのは……」
叢雲「案外、敵は近くにいる……ってところかしら?」
冗談を……と提督は首を横に振る。本当に冗談で無くては困る。しかし、部外者が出たということは、そういうことだ。提督は目の前の資料とにらめっこを続けた。
時刻は間もなく午後2時を回ろうとしていた、太陽は丁度沈み始め、祭りの雰囲気もそれらしくなる。裕翔は玄関の前で吹雪がやって来るのを待った。
吹雪「ごめん裕翔!……お待たせ!」
裕翔はゆっくりと後ろを振り向く。そこには可憐な浴衣姿の少女の姿があった。全体的に薄い蒼色で装飾されていて子供過ぎず、されど大人すぎない調和の取れた色だ。
吹雪「どう……かな?」
裕翔「すげえ可愛い」
吹雪「あ、ありがとう……」
でも……っと裕翔は呟きながら吹雪に近づく。吹雪に退く暇はすでになく、その場でじっとする。
裕翔「よいしょっ……後ろのヘアゴムははずした方がもっと可愛いかな、せっかく綺麗な髪なんだし」
吹雪「綺麗ってそんな……どっちにしようか迷ったんだけどこんな機会滅多になくて……」
裕翔「そうだったのか……てっきり多いのかと」
吹雪「あはは……でもまあ、裕翔と一緒なら大丈夫だよ。……さっ行こ!」
吹雪は笑顔で裕翔の手を引っ張る。裕翔もそのまま引っ張られ共に外へ出る。太陽の光より屋台の光が勝る程の丁度いい明るさに数時間の夏祭りが始まった。
次回「夏祭り 後編」